第4話 便利屋−④
分かりきっていたことだ。
僕は弱い。一人じゃ何も出来やしない。君なしでは生きていけない。
だって、君は強いから。
裏切った事など無かったのに。何でも言う事を聞くと言ったのに。
「俺、もうやめるわ」
そんなことは許されない。だから、だから_____
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バイス・デリーデルのニュースが流れた日の夜、青年はすぐさま倉庫街へと向かった。
誰にも使われていない一番端の倉庫、表の扉は音がうるさいから裏口から入る。
丹念に作り上げたバリケードが壊されていたのを見て血の気が引いた。
奥に隠してあったドラム缶を引っ張り出し、急いで中を確認する。
だがそこには何も無かった。
それはそうだ。ここにあるはずのものは、なぜか今日海岸で見つかったのだから。
必死に思考を巡らせながら、思い当たることを探っていく。
すると、倉庫の端に見覚えのないアタッシュケースが落ちている事に気がついた。数日前ここに来たときにはこんなもの無かったように思う。おそるおそる近づき、中を開けようとした。
「何探してんの?」
突如背後からかけられた声に、心臓が止まりかけた。さっとアタッシュケースから手を離す。
振り向くと、裏口に三人の人影がある。背の高い男二人に、少女が一人。
「き、君たち、、、」
そこにいたのは便利屋の二人と、ニット帽を被った知らない少年だった。
嫌味を含んだ目つきでこちらをじろじろと見ている。
「誰だ君、、、?」
「俺?俺はスカム。あんた依頼したんだって?ご利用あざーっす」
彼が二人の言っていたサボりの便利屋か。
手をヒラヒラさせ、間延びした声で笑いかけてくる。腹の中が読めない感じだ。
「こんなところで何を?」
アグリーが聞いてきた。その目は猜疑心にあふれている。
「いや、あの、、、」
「更新されたニュース見た?あの遺体、DNA鑑定の結果バイス・デリーデル本人だと断定されたって」
「うっ、、、」
「つまり、一昨日依頼してきたアンタはバイス・デリーデルじゃなかったのね」
そして死亡確認されテレビに映された彼の顔写真は、やはり依頼人とは似ても似つかなかった。
本物のバイス・デリーデルはとっくに死んでいたのだ。
「多分バイスが死んだのは行方不明になった水曜日。事故か事件かは知らないけど、あんたはそれに関与してた。あんたの挙動を見るに、そのドラム缶に本物のバイスの死体を隠してたんでしょ。でもどういう理由か今日、こことは別の場所で発見されてしまった。だから確認しようと戻ってきたんだね」
スカムという少年の言う通りだった。
犯人は現場に戻ってくる。ここが現場ではないにしてもだ。
そして、自分ではない第三者が死体の存在に気づき、海岸へと引きずり出したのだ。でなければずっと見つからないはずだったのに。
「まあ、自分でボディーガードが雇えなかったりバイトに行ってる時点で、あんたがボンボンじゃないことはバレバレだよ。こんなご時世に身を守る術がない金持ちなんていないでしょ」
そのことは仲間から聞いたのだろう。それだけで疑われてしまったのだろうか。
「あんた、本当は誰なわけ?」
あの日、自らをバイス・デリーデルと名乗った男は俯いて何も言えなかった。そんな彼にスカムは更に追い打ちをかける。
「ちなみにもう通報してここに来てるから。警察が来るまでに教えてよ」
うっと息が詰まった。あわよくばここから三人をふりきって逃走する方法を考えていたが、無情にも砕かれてしまった。もう逃げ場は無いという事だ。
男は観念し、項垂れて重い口を開いた。
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男の本名はクロドア・アーク。
バイスとは小学生からの付き合いだった。バイスは金持ちという事もあり、クラスでは人気者で先生からも気に入られていた。
しかし自分はといえば、家柄は至って平凡で、先生からも忘れられるような目立たない子供だった。
ただ通学路が同じという理由だけで、バイスと仲良く出来ていたのだ。ただそれは友達なんて間柄ではなく、クロドアがバイスの命令には何でも従う腰巾着だっただけだ。
バイスは優等生だったが、周りの求める人物像を演じる生活に嫌気がさし、小学校高学年の頃から不出来な同級生に対しいじめをするようになった。クロドアの役目は教師の目に入らないように見張りをする事だった。いじめを止める事も、被害者を助ける事もしなかった。
ただ命令された通りに、疑いもなくバイスの為に。
中学生に上がる頃には誰も見ていない場所で不良連中とつるむようになった。それがドギー、ローヤ、ゼブのグループだった。彼らもまたバイスと同じく学校や家庭に嫌気がさしていたらしい。
そのころからクロドアはバイスにべったりだったので、自然とそのグループに入るようになった。
そこでの日常は、底辺というより他無かった。
万引き、喧嘩、カツアゲ、臆病な自分にとってはやりたくもない事ばかり。特にドギーはノリの悪いクロドアにいつも実行犯を押し付けようとしてきた。
クロドアはなるべく加担せず、強要されそうになればすかさず何をしても金の力で解決できるバイスの背に隠れた。バイスは連中とは上手く付き合い、面倒事は避けていた。連中もバイスの金が目的だった。バイスの庇護があったからこそ、自分は目をつけられずに済んでいたのだ。
付き合いは高校に上がっても続き、両親からはとっくに諦められていたクロドアにはバイスしか寄る辺がなくなっていた。
しかし高校の卒業式から二週間後、バイスが突然言い出したのだ。
「俺、もうやめるわ」
不良グループはどんどん非行をエスカレートさせていき、最近では暴力団との関係まで噂されていた。カツアゲの頻度も上がり、どうやら金を溜め込んでいるらしかった。
「流石に親に隠せなくなってきたし。それに俺来月から親父のとこで経営学ぶ事になってんだよな」
ならば自分も抜ける。けれどそんなことをあいつらが許すはずがない。連中に口添えしてくれと頼んだ。
しかし彼はそれを突っぱねた。
「知るかよ、自分でなんとかしろよお前。いつまでも俺に頼ってんじゃねえよ」
「そんな、、、!」
「俺は何もしねえからな」
そう言うとバイスはクロドアに背を向け歩き出した。
もう二度と振り返ってすらくれない気がした。
死に物狂いでその背中を追いかけた。
「待って、待ってよ」
「君がいなくなったら、誰が僕のことを守ってくれるんだよぉっ」
バイスの足に縋りつき、必死に見捨てないでくれと懇願した。これからも何でも言う事を聞くからと。
だが彼はクロドアの顔面を踏みつけ、吐き捨てた。
「いい加減うぜぇんだよ。いつも金魚のフンみてぇに纏わりつきやがって」
「きめーよお前。もう二度と俺に関わるなよ、いいな?このグズ」
乱暴にクロドアの手を振り払うと、海岸への階段を降りていった。
その一言にカッとなった訳ではない。怒りを感じるはずもなかった。
ただ、自分を守ってくれる人間がいなくなる事への恐怖。
たったそれだけがクロドアの体を動かし、縋り付くために伸ばした腕が、バイスの背中を押してしまったのだ。
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「それから死体を隠して、パトロンのバイスがいなくなったら、連中はきっと一番に僕を問いただすだろうから、必死に逃げた」
しかしとうとう尾行されどうすればいいか分からなくなった時、便利屋のことを知ったのだった。
「ごくたまに僕たちのグループに絡みに来てた子がいて、その子に極秘でなんとか逃げる方法がないか相談したら、君たちの事を教えてくれたんだ」
そしてバイスの立場を利用することで、自分が不良に狙われているもっともらしい理由を作り、計画通りグループ連中を退けることに成功した。あとは倉庫の遺体をどうやって処理するか考えるだけで良かった。
「でもまさか、こんなに早く遺体が発見されるなんて思ってもみなかったでしょうね」
アグリーがため息混じりに口を挟む。クロドアは力なく頷いた。じきに警察がやって来る。
「急なことだったから、多分指紋とか、証拠もボロボロ残してただろうな、、、」
唇を噛む。思い出すのは嫌なことばかりだ。
「もう捕まるしかないのかな、、、なんで僕だけがこんな目に、、、あいつらだって捕まればいいのに、、、」
またブツブツとつぶやき始めたクロドアに、スカムはこともなげに言った。
「払えばいーじゃん」
「は?」
この発言には自分だけでなく、アグリー、ジードも驚いていた。驚いた、というよりは何か意図を探るような、そんな訝しげな顔をしている。
「いや、何を?」
「金に決まってんじゃん。罰金」
「罰金、、、?」
何を言っているのかさっぱり分からず、自分だけ脳の回転が遅れているのではないかと疑った。
「知らねーの?金貯めてたんでしょ」
スカムが奥のアタッシュケースを指差す。あれの中身はまさか金なのか。
「あれは、僕のじゃない、、、」
「そーなの?でも使っちゃえば?足りるか分かんないけど」
「いや、だから何の話をしてるんだよ。それより警察が」
まさか時間稼ぎのつもりだろうか。だが彼の次のセリフでそれは否定された。
「え、嘘だよ」
「は?」
脳の回転が今度こそ停止した。
「通報なんてしてねーよ?そんな事しても俺らになんにもメリットないし、ねぇ?」
両脇の二人に同意を求めるスカム。二人は完全に同意のようだ。
そこで分かった。クロドアの動機を聞き出す為だけに彼は嘘をついたのだ。それも至極自然な口ぶりで。何故自分はこんなあからさまな嘘に騙されたのだろう。
「つーわけで俺らもう帰るね。あとは金払うなり逃げるなり好きにしなよ。俺ら別にあんたがどうなろうがどーでもいいんだよね」
そう言うと三人は本当に帰ってしまった。急速に自分への興味を失ったかのようなあっさりした態度だった。
あまりの事態に拍子抜けしてしまったクロドアはしばらく放心していたが、やがてのろのろと倉庫の外に出た。とっくにあの三人の姿は無く、警察が来ている気配もなく、ただ自分だけがポツンと一人だった。
狐に化かされた気分だ。これで本当に全てが終わったのだろうか。
まだおぼつかない足取りで海岸沿いの道を歩きながら、クロドアは自首やスカムの言う罰金よりも、今回の計画のことに思いを馳せていた。
ボディーガードの話をされた時や、ローヤとゼブに便利屋の前でバイスの話を出された時は流石に肝を冷やした。もし自分の名前を呼ばれでもしたら一巻の終わりだった。それに金も無いから、法外な依頼料を請求されても終わっていた。
今思えば、よくこんな綱渡りな作戦がうまくいったなと思う。それもこれも、バイスの遺体が見つかったから____
(、、、、、、いや、待てよ)
明らかにおかしい事が起きている。
発見されたバイスは、身分証以外の情報が無い程顔が損壊していた。だから便利屋もすぐに依頼人が偽物だという単純な答えに辿り着いた。彼の顔写真を調べられてしまえばすぐにバレる嘘だからだ。
だが自分は、バイスの顔を潰してなどいない。
階段を落ちて頭を強打して死んだ彼を、そのまま倉庫の中に捨ててあったドラム缶の中に隠したのだ。そもそも彼の顔を潰す必要はどこにもなかった。だからこそニュースを見た時は度肝を抜かれたのだ。
一体誰がバイスの遺体を動かし、その顔を潰したのだろう。まるで自分に疑いが向くように仕向けたように。そんなことができるのは、クロドアの計画を知っていた人間しかいないだろう。
いつの間にかバイスを突き落とした階段の前まで来ていた。そしてはっとした。
そうだ、”あの子”だ。自分に便利屋の事を教えてきたあの子が、バイスを、、、
(、、、、、、あ?)
一瞬、違和感が頭をよぎった。
数秒考え込んで、クロドアはその正体に気がついてしまった。
それはとても信じがたく、そして恐ろしい事実だった。
(嘘だろ、、、でも、だとしたら”彼”って、、、)
その瞬間、不意に足がもつれた。
気づいたときには階段を踏み外し、クロドアは真っ逆さまに転落していた。
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「死んだ!?」
「ああ、昨日俺たちが帰った後にな」
バイスもといクロドアの正体を突き止めた翌日、ジードは昼のニュース速報を観て知った事をそのままアグリーに伝えた。
海岸沿いの階段下で絶命した男が発見された。それは今度こそ間違いなくクロドアだった。死亡時刻は自分達と別れた数十分後。おそらく事故だろうが、奇しくもバイスと同じ死に方をしたようだ。
「ああ、そう、、、」
流石にどう反応したらいいのか分からなかった。
依頼を受けている最中にも思っていたが、クロドアは配慮的に見えて自己中な節があった。自分が助かる為なら何でも犠牲にするし、責任転嫁もする。通行人に扮したジードを見捨てるような発言もした。
そこに気づいたアグリーは彼に少し不快感を持っていたが、死んだとなるとそれとは別に嫌な気分だった。
「誰かに突き落とされたとか無いわよね、、、」
「いや単純に運が悪かったんでしょ。気にしても何にもなんないって」
スカムがソファに寝転びながら投げやりな発言をする。
「それに、結局は人殺しじゃん?」
人殺しという言葉にジードがぴくりと反応したが、そうだな、と飲み込んだ。
「あの人、例の制度の事知らなかったんでしょ。連中の金の事は知ってたのに使おうとしなかったし。生きてたとしても結局捕まって死刑だったよ」
本当に大企業の御曹司であれば、逃げ回る必要もなかっただろう。ただ金を払ってくれるよう父親に頼めば良かったのだ。クロドアのようなただの庶民にはそんな事は出来ない。
こういう事はよくある。久々にまともな依頼だと浮かれていた自分がいただけだ。
もう関係ない事だとアグリーも自分なりに納得させた。
依頼料の入った封筒は、あれから一度も開封されていない。
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テロから数年後、死刑制度は相変わらずだったが、撤廃に対する懐柔案が発表された。
それが「罰金解放制度」だった。
内容は至ってシンプル。大金を払えば殺人をしても捕まらない。いくら人を殺そうが、金さえ払えば無罪放免。
それは金持ちほど優遇され、貧乏人は今までと変わらず厳しい罰則に怯えねばならない。そんな制度だ。ましてや人殺しが野放しになるという意味だ。国民は一時動揺に包まれた。
当然審査のようなものはあり、殺害した人数、殺意や計画性の有無、被害者の社会的地位などを考慮した結果、罰金の額が定まる。払えるのなら無罪、払えなければ有罪だ。
そして何より重要なのは、「罰金は加害者の貯蓄からは支払われない」、という規則だ。いくら金を持っていようが、自分の資産で罰金を払う事は認められない。
この制度を利用して釈放されるには、外部から自分に金を出資してくれる人間がいなければならない。
つまり、人を殺そうが許してもらえるような人徳のある人物こそ、無罪にふさわしいという事だ。建前上は。
国民は元々横暴な気質だった政府の懐柔案を最終的には受諾した。
この国の半分を占める、資産がある者は特に何も変わらなかった。地位のある立場で殺人なんて起こす気は無いし、いつ自分が間違いを起こそうと、家族や同業者に出資を頼んでおけば助かるからだ。
残りの半分の資産のない者は、いざという時の金を貯めることに専念したり、より一層自身の行動に細心の注意を払うようになった。
その結果、制度を利用しない殺人の検挙率は下降傾向にある。誰も下手な事をして死にたくはないからだ。
しかし何より変わったのは、裏社会の情勢だった。
この国にも不埒な事を企む輩は一定数いたが、この制度は彼らにとって神の思し召しも同然だった。
殺人と常日頃から関わり、捕まる事を嫌う連中が金持ちのパトロンを見つける為に一斉に奔走したことで、その勢力範囲は日々広がりつつある。彼らは富豪の拉致や強襲を増加させ、富裕層の社会を激化させた。
金のある者は身を守る術を欲した。それはボディーガードであったり、最新鋭の防犯システムであったり、隠居する事であったり、中には自ら裏社会とのつながりを持つ事で安寧を手に入れる者もいた。
金という矛と同時に、それより強力な盾がないと生き残れない世界となった。
便利屋・HANDED、彼らもそんな金持ちに雇われた防具の一つだ。
雇い主はこんな時世の中、あろうことか無闇に争うことを望まず、人の親切を何より重んじた。
金持ちも貧乏人も、裏も表も関係なく、人との繋がりを作るために創られた。
そこでは罪も罰も関係ない。ただ依頼人の為に動くのみ。そこに依頼人の幸せは含まれない。
「恩も恨みもまとめて返す」
それが雇い主のたった一つの信条だった。
そして彼らの誤算もたった一つ。
この雇い主が、決して善人ではなかった事だ。




