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HANDED  作者: アサド
3/13

第3話 便利屋−③

「「はぁっ!?」」


コンビニ裏を伺っていたら、男二人の素っ頓狂な声が聞こえてきた。今のはおそらくゼブとローヤの声だ。


そして今、自分の足元には理由は分からないが昏倒したドギーが転がっていた。



一体何が起こっているのか全く理解できなかった。

だがそれは二人も同じなようだ。ドギーのすぐ側に立ち尽くす自分の存在には当然気づいただろうが、そんな事問題ではないかのように呆然として何もしてこなかった。


そんな二人の奥に、さっきドギーに連れて行かれた通行人がいた。

右足を空中に浮かせたまま、気だるげにズボンに付いた唾液を拭っている。はっとしてドギーの顔を見ると、彼のたるんだ顎にはかろうじて靴跡に見える傷が刻まれていた。大きな擦過傷から血が滲み出しているのが余程のスピードとパワーで蹴られた事を物語っている。


あの青年がドギーを蹴り飛ばしたのだ、それも尋常じゃない力で。そうとしか考えられない。


「今の、あいつがやったのかよ、、、?ドギーが吹き飛んで、、、」

「はあ?馬鹿か、なんで人が吹き飛ぶんだよ。あ、ありえねぇだろーが」


二人は完全に動揺して現実を直視出来ていない。みっともないほど慌ただしくドギーの体と青年を交互に見ている。

そんな二人の横を素通りして、今までどこにいたのかアグリーが青年のもとに近づく。まったく警戒していない軽い足取りで。


「大丈夫だった?服汚れてるけど」


気安く青年に話しかけるアグリー。青年のパーカーの下の白いTシャツにはうっすらと靴跡がついている。やはり暴行を受けたのだ。しかしドギーはあえなく返り討ちに合ったようだ。


「ほんとだ。きたね」


今気づいたようで、青年は手で汚れを払い始めた。そんな彼にこれ使って、とハンカチを差し出すアグリー。


(ま、まさか、、、)


「なんで蹴られたの?」

「とりあえず無視してたら蹴られた」


(間違いない。この二人は、、、)


「ア、アグリーさん、その人も、便利屋の、、、」


アグリーと青年は揃ってこちらを見た。


「あ」


アグリーが自分、ではなくその後ろを見て声を上げた。


振り返るとゼブが青年の方を強張った顔で睨みつけている。二人とも冷静になったようで、金髪のローヤが転がっていた廃材のパイプを拾いあげた。


「てめえ、よくも舐めたマネを、、、」

「分かってんだろうな」


声を低くして精一杯の虚勢を張っている。さっきのあれを見てまだ挑もうとするのは意外だった。

しかし、挑戦を買った青年がこちらに一歩向かってくる度に、腰が引けている。


「クソが、なんなんだよてめえ。」

「そいつの差し金か?俺らをどうする気だ」

「別に何もしない。お前達が彼に付き纏うのをやめたらな」


青年が抑揚のない声で言い返す。しかしただ怒鳴り散らすだけのドギーより数倍は威圧感がある。


依頼内容も知っている。やはり彼はアグリーと同じ便利屋の仲間なのだ。アグリーと先程連絡していたのは彼なのだろうか。

しかし、彼女はさっき自分に彼が知り合いかどうか聞いてこなかったか?


「は、付き纏ってたわけじゃねえよ」

「ただ、バイスの奴が裏切ったってあいつが言ってたから、、、」


急速に血の気が引いた。


「便利屋さん!お願いします、僕の為にこいつらをやっつけてください!」


自分でも驚くくらい大声が出た。もうこれ以上このろくでなしたちに付き合っていられない。これ以上余計な事を喋られてたまるか。


まさか自分がしゃしゃり出て来るとは思わなかったのだろう、驚いたローヤがこちらを見て叫んだ。


「は!?てめえ何のつもりだよ」

「俺らを売る気か」


ゼブが言い終わらない内に、便利屋の青年が二人の背後に回っていた。


「ヒィッ」

「に、逃げるぞっ」


二人は気迫に怯み訳も分からず一目散に逃げ出したが、逃げられるはずもなかった。


_______



青年は不良三人を叩きのめした後、一旦全員見つからないようにコンビニ裏に放置した。自分は便利屋二人に連れられてまたあのビルまで戻ってきた。


ソファに座り、ようやく一息つけた時にはもう夕方だった。


「お疲れ様でした、バイスさん」


アグリーが向かいのソファに腰掛けねぎらいの言葉をかける。


「本当にありがとうございました。これで一安心です、もう怯えなくていいんですね」

「ええ、あれだけ怖い思いをすれば、もう手出ししようと思わないでしょうね」


確かにゼブもローヤもそこそこ喧嘩慣れしているはずだが、あの青年には手も足も出ず赤子同然だった。相当怖い体験として心に残っただろう。

青年の名はジードというらしい。


ちょうどそこに、着替えを済ませたジードがポットとカップを持って入ってきた。


三人分のお茶を淹れていくジードをまじまじと見つめる。正直見た目だけで言えばあんなに喧嘩が強いとは思えない。

さっきはフードを被っていたせいで分からなかったが、アグリーに負けず劣らずの美形だ。色白で、男の割にはまつげが長く、輪郭もほっそりとしている。眼鏡の奥の目は深海のような群青色だ。浮き世離れした秀麗な顔立ちは、まず間違いなく外国人だろう。

しかし何より目を引くのは、その銀糸のような細く美しい髪だ。地毛とも思えないが、染めているわけでもなさそうだった。ほとんどの人間が濃い色の髪を持っているこの国では、この銀髪はかなり目立つ。だからフードを被っていたのだろう。


あまりに見すぎたのか、視線に気づいたジードがちらりとこちらを見た。どきりとして反射的に目を逸らしたが、失礼に思われなかっただろうか。幸いにも彼は気にした様子はなかった。


差し出されたお茶を飲みながら、事の顛末を整理する。


まずアグリーが自分と共に街に繰り出し、ジードがそれを後から尾行する。

彼と同じように二人を追いかけ、且つアグリーの存在に動揺している連中に目星をつけ、その特徴をアグリーにメールで伝える。

ビンゴならカフェに入り、それを合図にしてジードが三人に接触する、という流れだったらしい。

わざわざ相手の警戒心を上げるような真似をしたのは、単純なあいつらがすぐに行動を起こすように仕向け、一網打尽にする短期決着を狙っていたのだ。


「途中で、アグリーさん一人じゃあいつらに勝てないと思ったんですけど、まさか仲間がついてきてたとは。二人で営業しているんですか?」

「いえ、三人ですけど、あと一人は遊びに行ってるみたいでサボり。さっき電話がきたけどね」

「へえ、いいんですかそれ、、、」

「まあ、そういう奴だから」


なんとなく遠い目をしている二人に、一体どんな人なんだろうと気になりはしたがこれ以上踏み込むのはやめておいた。空気を入れ替えるようにデイバッグの中を漁る。


「これ、依頼料です」


貯金を切り崩して用意した厚みのある封筒をアグリーに手渡す。アグリーは中身を少し検めて、たしかに、と受け取った。最初に提示された金額とぴったり合うはずだ。大きな値じゃなくて良かった。


残りのお茶を一気飲みし、ソファから立ち上がった。


「では、ありがとうございました。お世話になりました。」

「ええ、またいつでも頼りにしてください」


深く一礼し、ビルをあとにした。

全て終わった時の気持ちはとても清々しい。


これでもう、自分は解放された。もう何も恐れる事はないんだ。途中危ない場面もあったがなんとか乗り越えた。やはり自分は人に守ってもらえる、そういう運に守られているんだ。


燦々とした夕日を眺めながら、新しい日常への期待に胸を膨らませて帰路に着いた。



___________



深夜、海岸沿いの倉庫街。昼間は周辺が不良のたまり場となり、近づくような人は誰もいない。そんな場所に一つの人影が蠢いている。その人物は数時間ぶりにここへ戻ってきた。

一番端の古ぼけた倉庫は、潮風が直にあたりシャッターが錆びついている。開けようとするとギギギと不快な音が鳴る。

裏口には鍵代わりの廃材で作った拙いバリケードがあり、全てどかすのは骨が折れる作業だった。それほどまでに必死で封じ込めなければならないものがここにはある。


倉庫の中はカビ臭く、ブルーシート、鉄骨、灯油のポリタンクなど、古く朽ち果てたものが床に投げ捨てられている。

その中に新品のアタッシュケースを放り投げた。大きな音がしたが、付近には誰もいないから心配は無用だ。それに中には些細な金しか入っていない。

ドギー、ローヤ、ゼブの不良三人組が必死こいてかき集めていた、総額で百万円くらいの”上納金”だ。数日前、たまり場の共用金庫から盗み出しておいた。納期は今日までだったはずだ。間に合わなければ報復が待っている。あの三人がこれからどうなるのかは簡単に予想がつく。知ったことではないが。


そして、最も奥深くに隠すように置いてある、胸の高さ位の大きなドラム缶。


人影はドラム缶の中を覗いた。

中に人が入っている。

顔が判別出来ないほどに潰れた、バイス・デリーデルだった。



_________



『今日未明、南区の海岸で男性の遺体が発見されました。遺体は顔の損壊が激しく、直接の死因は頭部を強打したことによるものです。また、遺体は死後三日は経過しており、水曜日から行方不明となっているバイス・デリーデルさんの身分証の入った財布を所持していました。警察は遺体をバイスさんとみて捜査を進めています』


今日は依頼もなく自宅で昼食を食べ終わった時、惰性でつけていたテレビからその衝撃のニュースは伝えられた。


「、、、どういうこと?」


アグリーは思わず食後のお茶が入ったマグカップを落としそうになった。隣で皿を下げていたジードも手を止め、怪訝な顔をしている。二人とも理解が追いつかず、黙ったまま食い入るようにテレビを見た。


「そのニュースがどうかしたのー?」


その沈黙を破るかのような呑気な声がした。

ミルクを大量に入れたコーヒーを啜りながら聞いてくるのは、昨日一日遊びに行って仕事に参加しなかった少年・スカムだ。

どうせお咎めがあるのならと好きなだけ遊びまわり、帰ってきたのは朝だった。当然アグリーからの小言はあったが、お土産でどうにかなると思っていたらしい。お土産とは大量のコンビニのホットスナックで、わざわざアグリーが苦手なものを買ってきた。アグリーの気は収まらず、ホットスナックはジードとスカムの胃に消えていった。


昨日の昼間に電話で仕事の内容を伝えはしたが、真面目に聞いていた素振りはなかった。依頼人の名前は覚えていなかったのだろうか。


「この人、一昨日から昨日まであたしたちが依頼受けてた人なんだけど、死んだって」

「ああ、なんか言ってたね。てかマジ?」


スカムはコーヒーカップをテーブルに置いて、椅子から身を乗り出してくる。興味を惹かれたようだ。

ニュース番組の終わったテレビをジードが消した。


「、、、どう思う?」

「水曜から行方不明だった、ってことは俺たちに依頼してきた時には既に世間的には行方知れずだったのか。家出でもしてたのか」

「金持ちにも色々あるんだよ。それはまあいいとしてさ、じゃああの人お前らが依頼完了してまもなく死んだってこと?」

「偶然?もしかして昨日の不良が報復に、、、」

「いや、ジード君に散々脅されたんでしょ。小物っぽいし昨日の今日で行動起こさないって。あ、てかそもそも死後三日経ってんでしょ、矛盾してんね」

「じゃあ誰なの、あの依頼人は、、、」


あの依頼人が幽霊でもない限り、ありえないことが起きている。

アグリーはパソコンを立ち上げ、ニュースについて調べ始めた。


「事故か、殺人かどっちだろうな。不良にとっくに殺されてたのか」

「十中八九殺人だと思うよー?金持ちなんて狙われる宿命なんだからさ」

「財布は盗られてなかっただろ。中身は知らないが」

「じゃあ個人的な恨みでボコボコにしたとか」

「そういえば裏切ったとか言ってたな、、、」


ジードとスカムがあれこれ話している中、突然


「え?」


アグリーが声を上げた。パソコンに目が釘付けになっている。


「なに?」


二人がパソコンを覗く。

アグリーが開いているのはネットの掲示板だった。


【ホテル王の息子バイス・デリーデル死亡!?秘蔵の子供時代の写真】


バイスの事件について匿名のコメントが大量に書き込まれている。事実無根なものが大半で、中にはどこから持ってきたのか、バイスの顔写真を晒している書き込みもあった。

デリーデルズ・ホテルの公式サイトやパンフレットに掲載されているのは経営者である彼の父親や優秀従業員のみで、事業に関わっていない彼の写真は無かった。だから今ここにある写真は、バイスの学生時代の友達か同級生が無断で載せたものだろう。


写真は全て同じ人物が写っていた。だが、アグリーにもジードにも全く見覚えのない青年だった。


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