敵襲
【21】
次の日の朝、俺たちは街の中心にある駅へと向かった。
駅は街の中でも一際目を引く大きなドーム状の建物で、構内には国のあらゆる方面へと向かう列車が停車していた。
幸いなことに駅には魔法による攻撃の被害はなく、どの方面への列車も平常に運行しているようだ。
「国の中心へ向かうのはあの列車です」
数ある中でかなり目立つ鮮やかな赤色をした列車をセフィアが指差した。列車といっても日本で見るような新幹線や近郊型電車ではなくかなりごつい機関車が客車を引っ張るタイプの列車である。
「首都グランデ行きの特急列車。あと十分ほどで出るようです」
「グランデまではどのくらいかかるんだ?」
「約十五時間ほどです。順調に行けば今日の深夜に着くでしょう」
──今日の深夜。こっちの世界に来て約十日、やっと‥‥‥やっと彩奈にたどり着くことができるかもしれない。
今日の夜、あるいは明日の朝にはまた彩奈のあの笑顔が見られるかもしれない。
そんな期待にわずかに体が疼く。
今まで何日も彩奈と顔を合わせないことなどなかった。だからこそ気づかなかったが、こうした状況になってみると無意識に彩奈を助けたいと思う。
──それほど彩奈が俺にとって大切な存在だったということか。
我ながら少し驚きである。
だが‥‥‥
そうすんなりといくだろうか。
大前提としてこの国の王アヤナが彩奈本人だという保証はない。もしかしたら同じくらいの歳で名前が同じ別人かもしれない。
それにアヤナが彩奈本人だとしても、この国の現在の状況。アヤナが抱えている問題は俺には想像もできないくらい大きなものだろう。
ただ彩奈と会うことができた。それだけでは根本的には何も解決しない気がする。
──‥‥‥一体俺に何ができる?
相変わらず答えに出ない泥沼の自問自答が続いた──
列車の出発時刻になった。俺たちは二等車に相当する客車に乗り込む。二等車といってもかなり立派な客車だった。長距離列車のためか席はすべて個室、向かい合わせの座席の真ん中にテーブルが用意されていた。
これだけ立派な列車だというのに客の入りはかなり寂しい。一車両につき八つの個室が設けられていたが、俺たちを含めて三つの個室にしか客が入っていなかった。
逆に先ほど到着した首都グランデから来た列車からは大勢の客が降りて来た。首都から避難して来た人々だろう。
「首都の状況は思わしくないようですね」
セフィアが小さな声で言った。
この街にきてからすべての環境が首都は危険だと指し示している。昨日の泊まった宿では首都に行くのをやめるよう諭されたほどだ。
「ここからは間違いなく危険な旅になるな。セフィア、本当について来てくれるか?」
ここから先、いつどこから魔法が飛んでくるか、敵襲に遭うかわからない。いくら白竜族でステータスが高いとは言っても、戦地の真っ只中に俺は十五歳の少女を連れて行こうとしているのだ。かなりの罪悪感さえ生まれる。そんな罪悪感を押し殺してセフィアの顔を見る。
少し間が空いたのち、セフィアがにこりと笑った。
「おともします」
その言葉と同時に、列車が少しずつ動き出した。
五時間ほど経っただろうか。列車は途中いくつかの駅に止まりながらもここまでは順調に走っているようだ。気が張っていなければ列車の小気味良い振動も気持ちよく感じられるのだろうが、今は気を紛らわせる一つの手段でしかない。
途中の駅から首都行きのこの列車に乗ってくる者はいない。少し前の駅で老夫婦らしき二人組が降りていったことで俺たちのいる客室には、もう俺たちと兵士と思われる二人組しか乗っていない。
特に会話をすることもなく、客車に響くカタンコトンという音と、時折車窓に流れる遠距離魔法によって被害の受けた街に、どこか寂しい気持ちになっていった。
そんな時、セフィアがふと顔を上げた。
「‥‥‥なにか‥‥‥なにかが来ます‥‥‥‥‥‥」
「なにか? なにかってなんだ?」
「‥‥‥わかりません。これは‥‥‥魔法?」
次の瞬間、俺の首筋にもザワッとなにか戦慄のようなものが走った。
俺とセフィアの間に緊張感が走る。同じ客車にいる兵士らしき二人組はまだ気づいていないようだ。だが約十秒後、この列車に乗っている全員が今何が起こっているかを把握することとなる。
何やら空に真っ黒な球体のようなものが現れたのだ。俺は一瞬で状況が良くない方向に向かっていることを悟る。
「おい! なんだあれは!」
兵士達が騒ぎ始める。
横ではセフィアが警戒心に満ちた目をしていた。
「あれはおそらくネグロヴィオーラという魔法です。私も見るのは初めてですが、一説には周囲200メートルを闇の炎で焼き払う魔法だとか」
「そんなものがなんでここに⁈」
「きっとこの列車が狙われているんだと思います。なぜかはわかりません。ですがこんな何もない荒野で魔法が飛んでくるとすればそれしか考えられません」
一目見るだけであの黒い球体がとてつもないエネルギーを秘めていることは容易に想像がつく。
「ど、どうにかなるのか?」
俺の問いに対しセフィアは下を俯いた。
「‥‥‥正直、私ではどうすることもできません。あの魔法を二人で回避する方法は今の私は‥‥‥悔しいですが持ち合わせていません」
「そんな‥‥‥それじゃただあの魔法に飲まれて死ぬのを待つしかないのか?」
「唯一‥‥‥唯一方法があるとすれば、爽真さんが私と最初に出会った時に発動した防御魔法、あの魔法が発動できればなんとかなるかもしれません」
セフィアと最初に出会った時に発動した魔法、それはドラゴンに襲われそうになった時に無我夢中で俺が発動したドーム状の防御魔法だ。
だがあの魔法はそれ以来一度として発動できたことがない。俺自身、本当にあの魔法を発動したのが俺なのかを疑っているくらいだ。
しかしセフィアは間違いなく俺が発動したと言っている。そして今生き残る方法は、もう一度あの魔法を発動するしかない。
最初は空に月くらいの大きさしかなかった黒い球体が今はもう視界の半分を覆うほどまで迫って来ている。
──やるしかない!
俺はもう一度あの魔法を発動するため、神経を集中させる。
──思い出せ。あの時、俺はどうやった?
「爽真さん! お願いします!」
隣からセフィアの必死の叫びが聞こえる。
俺はこの極限状態に追い込まれ、意識を集中という領域の奥底に沈めていく。
──あの時も俺は必死だった。なんとか助かりたくて防御態勢をとった。
そしたら体の内側から何かが溢れるような感覚になって‥‥‥
体がだんだんと忘れかけていたあの恐怖の瞬間を思い出してくる。
──そうだあの感覚だ。あの感覚を思い出せ。
俺はこんなところでくたばるわけにはいかないんだ。
体内の中心と思われる場所に極限まで意識を集中させる。
すると少しずつ体内から何かが溢れてくる感覚に襲われる。
──これだ。この感覚だ。急げ!
何かが溢れてくる感覚がだんだんと強くなってくる。
だが黒い球体は周りに紫色の稲妻を走らせながらものすごい勢いで列車に迫っていた。直撃までもう五秒もないだろう。
──間に合え‼︎──
次の瞬間。
ものすごい地響きとともに真っ黒な球体が列車を飲み込んだ──
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