第五話
盗み聞きをされないように、視界の効く場所に陣取った。
可南子ちゃんが家に着くまではあと十五分ほどある。
ベンチが濡れていたため、立ったまま電話を掛けた。
まずは一人目。
「小林です。はい。いえ。可南子ちゃんのことでお話が……。ええ、今日会いまして。やっぱり気づいてたんですか。いえ、ぼくも喋らないと約束したので……詳細についてはメールで送ります。これなら喋ったわけじゃないですから。はい、はい。分かってますって」
手早く通話終了し、次だ。
「相沢さん。さっきはありがとう。で、さっきの件で力を借りたいんだけど……まずは相談に乗ってもらってもいいかな」
「もちろんです。小林君のことだから、人助けですよね?」
可南子ちゃんから聞き出した話を伝える。
最初はいじめを想定していたが、ことによると最悪の事態も考えられることを。
おおよその話が伝わったところで、相沢さんの口調がことのほか厳しくなった。
「ちなみにその教師の名前を教えていただいても?」
可南子ちゃんから聞き出した名前を告げた。
「小林君には嬉しくない情報だと思いますが、おそらくその教師の犯行です」
「根拠は」
「私の在学中にも似たことがありましたから。そのとき盗まれたのは水着や体操服です。目撃証言も無く、物証が掴めなかったのも同じです。もしかしたら襲われて泣き寝入りした子もいるかもしれません。……誰かに知られたい話ではありませんから」
相沢さんの声は震えていた。
ぼくは努めて冷静に話を進めた。
「あの男、生徒からだけでなく、教師からもひどく嫌われてます。正当に追い出せる名目と手段が用意できれば、皆さん嬉々として乗るでしょうね。……教師だって人間ですから」
「物証があれば、どうにか出来るってことか」
「すぐに見つかる場所に隠すとも思えませんし、持ち帰るなり廃棄する場合にも気を遣うでしょう。ただ、教師として働く以上、一時的にでも校内に保管する場所があるはずです。怪しいのは個人用のロッカーですね。ただ、当然鍵がかかってます」
少しどころではなく考えてから、ぼくは言った。
「鍵を開けなくてもロッカーの中を探れる方法がある、といったら?」
「そんなこと出来るんですか」
「出来ると思う。信じてもらうしかないけど」
「……分かりました。信じます」
「ありがとう」
「お礼を言うのはこっちですよ、小林君」
「じゃあ、用意が出来たら電話するよ」
相沢さんの発した声は、なんというか、溌剌としていた。
◆◇◆
一番手っ取り早い方法がぼくにはあった。
「というわけでメアリーさん、手伝ってください」
「ショージくんってさ……いや、そういう性格だってのは知ってたけどー」
いったん帰宅して、事情を話したところ快諾を得た。
メアリーさんの協力を得て、岸月中学校に向かう。
その場で相沢さんと落ち合い、盗まれた体操服の隠し場所を探った。
「全力出しました。必要な根回しは済んでます。ただ、私の顔を見られた場合、あの男に気取られるかもしれません。こっちから入りましょう」
裏口から侵入し、職員室近くの空き教室に滑り込む。
相沢さんから盗品の一時保管場所として有力な場所を聞いて、メアリーさんに調べてもらった。
「ロッカーの中とか暗くて分からないんじゃないかな」
「幽霊に夜目とかあります?」
「完全に真っ暗だと見えないけどね。小さくても光があれば大丈夫。ここかな。あ、見えた。あった! ……って、何この量。いっぱいあるんだけど」
盗まれた体操服は、やはり教師用の貴重品用ロッカーに詰め込まれていた。
察知されて証拠品が処分されたり、すでに家に持ち帰ってしまった場合など、手遅れの危険もあった。
しかし相沢さんが話を持ちかけた数人の協力で、犯人が一人になれるタイミングを作らなかったそうだ。
「ロッカーの中で確定したよ」
「どうやって、は聞かないほうがいいですよね」
話が早い。
そこから先は相沢さんの計画通りだった。
「あとは任せてください」
協力者と連携して、散々焦らしてから、偶然を装って犯人を一人にさせた。
人目を気にしながらロッカールームに駆け込み、焦った手つきで体操着を鞄に詰め込む姿はみっともなかった。
これまでの周到さが嘘のような慌て方は、明白に疑われていると悟ったがゆえの自滅か。
合図に応じて数人、いや、ざっと見ても十人以上の教師が、雪崩を打って問題教師もとい窃盗犯に飛びかかっていった。
さらに数名が身体で逃げ道を塞いでいた。
犯人は抵抗むなしく確保され、あっという間に警察行きと相成った。
事前の話では逮捕は難しいと聞いていたが、相沢さんは笑顔だった。
「学校は面子を大事にしますが……自分たちで捕まえてしまえば、ね」
ぼくは震えた。
隣にいるメアリーさんはけたけた笑っていた。
「盗まれた体操服の持ち主については……」
内容を察して、相沢さんが後を引き取った。
「安心してください。妙な騒ぎにならないよう上手く対処してもらいます。目を付けられていたのは気の弱い子や、騒ぎ立てそうにない子ばかりですしね」
ふふふふふ、と相沢さんはご満悦だ。
「弁償については騒いだ方が確実なんですが。まあ校長先生のポケットマネー……もとい誠意に期待しましょう」
「そ、そうか」
クラスメイトの隠された一面は、知るべきではなかったかもしれない。
「小林君。ご協力ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだよ。助かった。相沢さんがいなかったら、こんなに綺麗に終わらなかっただろうし」
ぼくの言葉に相沢さんは首を横に振り、真摯な表情を覗かせた。
「小林君は私に機会を与えてくれました。……これは、本当なら私が生徒会長をやっていたときに解決すべきだったんです。当時も、最後まで現場を押さえることは出来ませんでした。警戒していた分、あの男が、より慎重になったようにも思います」
淡々とした声に、ぼくは何も言えなかった。
「小型カメラや盗聴器を設置するのを躊躇ったんです。思えば……停学や退学、他の教師や在校生の非難を覚悟してでも、あの男だけは確実に処理しておくべきでした」
静かな口調ではあったが、込められた感情は強く、重かった。
「卒業してからも、ずっと気になっていたんです。でも……これで、ようやく胸のつかえが取れました」
そして澄み渡るような声と、とても朗らかな笑みが続いた。
「小林君、ありがとう」
◆◇◆
ここから後は山も谷もない。
あの教師はすぐさま懲戒処分とされ、窃盗犯としてきちんと逮捕された。余罪もぼろぼろ出て来ているという。
主体として動いたのは相沢さんということになった。
矢面に立って貰う形になり、警察から事情を聞かれたりと、高校入学早々やたらと忙しそうではあったが、相沢さんは満足そうだった。
初対面の時より生き生きとしている。
この出来事、公には、ぼくの名前は一切でなかった。
ありがたいことだ。
結局、クラスメイトによるいじめもなかった。
これも嬉しい結果だった。
ぼくが何をしたのかは一切語らなかったし、可南子ちゃんもことさら聞き出そうとはしなかった。
ただ、ありがとうと笑顔で感謝を伝えられた。
大家さんには一応、ことの顛末をメールで教えておいた。
平穏な日々が戻ってきた。
それで充分だった。
今日は良い天気だ。
アパートの屋根の向こうに青空が広がっている。
「……おはようっ」
「ああ、おはよう」
以来、可南子ちゃんはぼくの姿を見つけると、ととと、と駆け寄ってきて、笑顔で挨拶をしてくれるようになった。
きらきらと輝くような笑みだった。
「ね……お兄ちゃんって、呼んで良い?」
「いいとも」
嬉しそうだ。ぼくも釣られて笑顔になる。きゃっきゃうふふ。
そこに割り込む声がある。
「か、可南子! な、なぜ小林君をお兄ちゃんと呼ぶんだい……」
「お父さん……えっと、ひみつ」
大家さんが愕然としつつも、やっぱり可愛いなあと顔をほころばせている。
顔には出さないあたり、大人である。
大家さんの目線がちらりとこっちに向く。可南子ちゃんに分からないように小さく頷く。
メアリーさんが、呆れたようにこぼした。
「男の子って、どうしてこう格好付けたがるんだか。もー……」
ぼくはにやりと笑うだけで、答えなかった。
メアリーさんもそう口にしつつ、顔はしっかり笑っていた。




