第四話
可南子ちゃんから聞き出した内容は、概ね予測通りではあった。
同時に、どうして分かったのかも尋ねられた。
「どれのこと?」
「……わたしの体操着が盗まれたこと」
「ああ、具体的に何が盗まれたのか、はっきりとは分かってなかったよ。ただ、体操着とジャージの上下、あとは上履きならあの店だろうって見当は付けてた」
相沢さんに尋ねたのは、中学指定の体操着などを取り扱う店だった。
可南子ちゃんが徒歩だったことから、店の特定そのものは簡単だった。
「制服を盗まれた可能性は低いだろうって除外したんだ。値段も高いし、大事になりやすいからね。小物類を盗まれたのも、ちょっと考えにくかった。失くしたのと盗まれたのと区別が付けづらいし、あきらかに盗まれたんだろうなって」
「そ、そこ。どうして盗まれたって」
大家さんから何度も聞かされたように、可南子ちゃんは優しいのだろう。
両親に告げて心配を掛けることすら厭うくらいに。
「失くしたなら、可南子ちゃんは素直にご両親に謝るよね。自分の不注意だと思っても、事故だと考えても、どっちにしても隠す必要は無いし」
「う、うん」
「手元から消えて、しかも盗まれたと自覚できる物かタイミングだった。盗まれた直後には気づけず、大事にもしにくい。対象を絞ったら……さっき言った三パターンかなって」
可南子ちゃんは目をパチパチと何度も瞬かせた。
「合ってる……。盗まれたのは……ロッカーにしまってあった体操着の上下」
「名前も書いてあるし、間違って持って行かれたわけじゃないとも思ったんだね」
可南子ちゃんは俯いた。
思い出して悲しくなってきたのだろう。
「あ。……さ、さっきはごめんなさい」
ぼくの顔を見て、自分の発言を思い出したらしかった。
「気にしてないよ。こんな風に笑ってるのは事実だし」
「ご、ごめ――」
さらに謝ろうとした可南子ちゃんに、余裕ぶって笑った。
「だからさ、可南子ちゃんも笑ってた方がいいと思うよ?」
「え……」
「ほら、可南子ちゃんは可愛いし。笑ってたらイヤなヤツが十人いても、味方がすぐに千人くらいパッと増えるんじゃないかな」
可南子ちゃんは謝ろうとした口をはっと押さえ、頑張って笑みを作った。
「そうそう、そんな感じ。ようやく大家さんの言ってた笑顔が見られた。美少女は笑顔を振りまくだけでひとを幸せに出来るんだから。やっぱり女の子には笑顔が一番似合うね」
「あ、ありがとう」
天使がここにいるぞ。
大家さん、あなたは正しかった。
あとは簡単だ。
相手は分からないが、自分は嫌われているらしい。
そう考えた時点で可南子ちゃんは耐えることを選んでしまった。
ものを隠す、あるいは使えなくするのは、よくあるいじめの類型だ。
手軽で、しかも効果が高い。長年繰り返されるには理由がある。
ぼくは知っている。
いじめは、基本的に反撃しない、できない相手が狙われる。
対象になるのは優しい子が多い。相手のことを考えてしまうからだ。
考えすぎてしまう性格でもある。そうやって我慢していって、知らぬ間に一人で追い込まれていく。
要らない心配まで背負い込んで、苦しんでしまう。
やり返すことも出来ず、そのうちに助けを求めることさえ、遠慮――あるいは躊躇してしまう。
頼れない。すがれない。
それが悪い流れを呼び込んで、どんどん身動きが取れなくなって、やがて窒息する。
神経がささくれ立っているときに現れたアパートの住人。
それが気楽そうに声を掛けてきた。
自分はこんなに辛いのに、なんでこんな風にヘラヘラ笑っている人間がすぐそばにいるのか。
可南子ちゃんの言葉は、ぼくには助けを求める叫びに聞こえた。
「で、ご両親に秘密にして買い換えようと考えたと。ぼくを避けてたのも、見慣れないひとが怖くなったからかな?」
「な、なんで……分かるの?」
「ぼくの場合は高校に入っての新生活だけど、可南子ちゃんは二年生への進級。で、クラス替えか何かでそれまで培ってきた人間関係が一新されちゃったと」
小さく頷かれて、コーヒーカップを傾けてから、ゆっくり続けた。
一年生時の友達もいたはずだが、巻き込んで良いのかと迷った。
「クラスメイトの誰かが、いじめを仕掛けてきている。誰に相談していいか分からない。両親にも心配を掛けたくない。反応しなければそのまま日々が過ぎると期待した?」
言い当てていたのか、尊敬の眼差しで見つめられてしまった。
「先生は……当てにならない?」
「その、わたし、あの先生が苦手で」
「そっか」
教師も人間である以上、相性がある。非常時に頼りにならない先生も案外多い。
相談しようと思っても、あとの展開が悪くなることが容易に予測出来る人物も存在する。
「相談は、したんだけど……」
「ちょっと待った」
可南子ちゃんの言葉を止めた。
今のは聞き逃せなかった。
「相談は、したんだ?」
「う、うん」
「で、その教師はなんて」
「勘違いじゃないのか、って……だけど、そんなはずはないのに」
嫌な考えが脳裏を過ぎった。
カップを傾けながら、それを否定する材料を探した。
ひとつ教えて欲しいんだけど。
そう前置きし、可南子ちゃんに尋ねた。
「体操着が盗まれたタイミングって、クラスメイトには不可能な状況かな」
「そ、そうだけど……どうして」
可南子ちゃんの目に理解の光が煌めいた。
ぼくの聞き方が悪かったか。
しかし、こうなると話が随分と変わってくる。
「まさか、でも」
「……その教師、男?」
一応確認を取った。
こくりと頷かれた。
邪推であればいい。けれど。
「可南子ちゃん」
「……うん」
見たところ、可南子ちゃんは頭の回転は速いほうだ。ひとに気を遣いすぎるだけで、黙っている最中も色々と考えているはずだった。
ぼくの考えと、可南子ちゃんも気づいたことは、きっと同じだ。
盗まれた体操服。
否定された相談。
犯人はクラスメイトではない可能性。
しかし物証も無ければ証言も無い。ミステリ小説なら証拠を揃えてから来いと一蹴される状況だった。
「この件、ぼくに任せてくれるかな」
「それ、は……」
躊躇うに決まっている。
ほとんど初対面みたいなものだ。信頼や信用が醸成されるには時間が足りない。
それも分かっていた。
しかし想定していたよりも、可南子ちゃんは危険な状況かもしれない。
「でも」
迷惑を掛けたくない、なのか。
それともぼくが信頼に値しない、なのか。
こうして素直に話してくれたのも、ぼくが見抜いた体で話を持って行ったからだ。
元より半ば無理矢理聞き出したようなものだ。
「じゃあ、こうしよう。可南子ちゃんは目立たないように大人しくするなり、誰かに相談するなり、学校で好きにしてくれて構わない。ただ、ぼくも動く」
「えっ……で、でも」
「ご両親には話した方が良いとは思うけど……どうしても嫌なら、それはそれで仕方ない。ぼくも喋らないよ。それでいいかな」
釈然としない顔で、可南子ちゃんが頷いた。
「代わりに、約束して欲しいんだけど」
「……なにを?」
「その教師と二人きりにならないこと。学校で一人でいるのも避けた方がいい。で、どこかに呼ばれたら必ず他の……出来れば女性の教師についてきてもらうこと。やっぱり相談に乗るとか言い出して、人気のない場所に呼び出されたら絶対に逃げるように」
可南子ちゃんは真剣な顔で頷いた。
いじめだった方がまだマシだった、なんて結末は嬉しくない。
くだんの教師の名前と人相、日頃の印象なども詳しく聞き出した。
「小林さんって……なんか、お兄ちゃんみたい……」
「そうかな」
「心配の仕方が、お父さんと似てる……」
話がまとまり、可南子ちゃんは席を立った。
ぼくは伝票を取った。
喫茶店から出ると、ちょうど雨が止んだところだった。
晴れ間はまだ見えなかったが、重々しい曇天が少しだけ明るくなっていた。
「じゃあ、ぼくはちょっと寄るところがあるから」
「うん。……気をつける」
「帰り道でまた降るかもしれないし、可南子ちゃん。この傘持っていきなよ」
「大丈夫……ですから」
言って、可南子ちゃんは鞄を開いて見せてくれた。
一番上に覗くのは、水玉模様の折りたたみ傘。
微笑んだ可南子ちゃんは、少しだけ軽くなった足取りで家路に着いた。
それを見送ってから、ぼくは近くにある公園に向かった。




