第5話 普通の子、冒険者パーティー、そして受付嬢
第四部: 防御力はゼロだが知力と体力はカンストしている! 防御力がゼロならすべて回避すればいいだけだ――お前たちは俺に触れることすらできない。
天人はゆっくりと目を開けた。
「見慣れない天井……そうだった。今は宿屋にいるんだったな」
天人はベッドの上で体を起こし、足を床に下ろした。
「もう朝か?」
天人は立ち上がり、窓を開けた。
「よし。残金は100レヴしかないし、今日はお金を稼がないとな」
天人は顔を洗い、朝食を食べるために食堂へと向かった。
メニューを確認すると、天人は驚いた。
「おおっ、もうメニューが読めるぞ! えっと……ブランクミート、200レヴ? 昨日食べたコルスウルフより高いな。あれより美味しいのかな? ……いや、待てよ。今の所持金は100レヴしかないじゃないか。うーん……よし、料理も飲み物も一番安いものにしよう。すみません、スライムジュースとフラグ・ウェックをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
しばらくすると、店員が料理を運んできた。
「お待たせしました。こちらがフラグ・ウェックとスライムジュースです。どうぞごゆっくり」
「えっ!? これがフラグ・ウェック?」
天人は驚きながら、テーブルの上に置かれた料理を見つめた。
そこにあったのは、揚げた舌だった。
「舌か……。美味しいといいけどな!」
天人は早速、一口かじった。
そして、困惑したような表情を浮かべながら、ゆっくりと咀嚼した。
「うーん……見た目はあまり美味しそうじゃないけど、味はなかなかだな」
天人はそのまま食べ続け、最後まできれいに平らげた。
「ふう……意外と美味しかったな。よし、次はスライムジュースだ」
天人は一口飲んだ途端、再び苦しそうな表情を浮かべた。
「うぐっ……やっぱり美味しくない! 慣れれば美味しくなると思ったんだけどな……。まあ、まだ一回しか飲んでいないし、仕方ないか」
天人はスライムジュースを無理やり飲み、どうにか最後まで飲み干した。
その後、カウンターへ向かい、代金を支払った。
「合計100レヴです。スライムジュースとフラグ・ウェックは、それぞれ50レヴになります」
天人は代金を支払い、宿屋を出た。
「腹ごしらえは済んだ。さて、今度はお金がなくなったな。よし、ギルドでクエストを受けよう! それに、今までにSXランクへ到達した人がいるのかも気になる。もしかしたら、目標にできる人がいるかもしれないしな」
天人は好奇心に胸を躍らせながら、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに入ると、天人はすぐに受付の近くにあるクエストボードへ向かった。
「こんにちは、ツキミヤさん。クエストをお探しですか? よろしければ、お手伝いいたしましょうか?」
(ん……ああ、そういうことか。昨日、登録の手続きを手伝ってもらったから、俺が読み書きできないことを知っているんだな。でも、せっかく親切に声をかけてくれたんだ。断るのも失礼だよな)
「はい、お願いします」
受付嬢は上品で柔らかな笑顔を浮かべ、礼儀正しく一枚の紙を天人に差し出した。
「こちらがクエスト用紙です。ボードから受けたいクエストを選んだら、この用紙を受付に提出してもいいですし、忘れないように持ち歩いても構いません。クエストを達成した後に報酬を受け取れば、そのクエストは完了となります」
天人は真剣な表情で説明を聞き、理解したことを示すように頷いた。
「なるほど……。そういえば、SXランクに到達した人って、今までにいるんですか?」
受付嬢は親しみやすい笑顔のまま答えた。
「はい。これまでにSXランクへ到達した冒険者は、全部で12人です。そして、そのうち7人は同じパーティーに所属しています。『ツキバラ』という名前のパーティーで、世界中のギルドを見渡しても、彼らに並ぶ者はいないと言われています」
「おおっ! 12人もいるのか! ツキバラ……なんだか格好いい名前だな! よし、俺もSXランクに到達してやる! 行くぞ!」
「ふふっ。それでは、まずは簡単なクエストから始めましょう。あの最強のパーティーだって、最初はHランクで、小さなクエストから始めたのですから」
天人はクエスト用紙を手に取り、ギルドを後にした。
そして、北にある『ラッパーの森』へ向かった。
「ステータスは普通じゃないけれど、結局のところ、彼はまだ普通の子なんだね」
天人が立ち去った後、受付嬢はそう呟いた。
一方、天人は北門を出ると、森へ向かって足早に進んでいた。
歩きながら、手にしたクエスト用紙を確認する。
「えっと……レックス草を20枚、それからミルクキノコを10個か」
天人は用紙に描かれた草とキノコの絵をじっくりと観察し、その形を覚えようとした。
「よし、着いたぞ。……あれ? あそこにあるのはレックス草じゃないか? 運がいいな。森に入ってすぐ見つかるなんて!」
天人は青みがかった緑色の葉に手を伸ばした。
葉の先端はギザギザしており、縁には細かな毛が少しだけ生えていた。
天人はレックス草を摘み取ると、さらに森の奥へと進んだ。
ミルクキノコを探しながら、しばらく森の中を歩き回った。
それから約一時間後、ようやく目的のキノコを発見した。
白い傘に茶色い柄。そして、根元の近くには大きな種のようなものが付いている。
天人はクエスト用紙を読み直した。
「ふむ……成熟したミルクキノコの根元には、大きな種が付いている。採取した後は、必ずその種を植え直すこと。そうしないと、素材が希少になってしまう……か」
天人は慎重にキノコを引き抜き、根元に付いていた種を取り外した。
そして、その種を丁寧に土へと埋め戻した。
必要な素材を集め終えた天人は、街へ戻ろうとした。
しかし、その途中――。
ドォォォンッ!!
森の奥から、かなり大きな爆発音が響き渡った。
「な、なんだ!?」
好奇心を刺激された天人は、音のした方向へと走り出した。
そして、そこで目にした光景に思わず息を呑んだ。
数人の冒険者らしき人物たちが、ゴーレムと戦っていたのだ。
「す、すごい……!」
天人は彼らが放つ、強力で美しい魔法に目を奪われた。
しかも、相手はただのゴーレムではない。
全身が鏡のように光を反射する、鏡のゴーレムだった。
鏡のゴーレムには特殊な能力がある。攻撃によって受けたダメージを基準とし、それよりも低いダメージを受けると、そのダメージを攻撃した相手へと跳ね返すのだ。
天人はしばらく、その戦いを見守っていた。
しかし、やがて冒険者たちは限界を迎えた。
前衛を務めていたタンクが倒れ、剣士も重傷を負ってしまったのだ。
ゴーレムは、倒れた二人を踏み潰そうと足を持ち上げた。
天人は反射的に飛び出し、二人を救い出した。
「お前、誰だ!?」
魔法使いとヒーラーの冒険者が、驚いた声を上げる。
突然、巨大で強力な敵と対峙することになった天人は、内心ではひどく焦っていた。
それでも、スキル【冷静】のおかげで、頭だけは冷静に働いていた。
「俺のことは気にしなくていい。選択肢は二つだ。逃げるか、それとも戦うか。まだ戦うつもりなら、俺も手を貸す。どうする?」
「はあっ!? 本当に戦えるのか!?」
魔法使いは不安そうに尋ねた。
天人は【冷静】の効果で表情を変えずに答えた。
「俺が二人を助けたところを見ただろ? 素人に、あんな動きができると思うか?」
「……確かに。彼に協力してもらうしかないんじゃない?」
ヒーラーが魔法使いに声をかけた。
「あなた、お金が必要なんでしょう? だったら、彼に助けてもらうのも一つの手よ」
「……分かった。頼む、攻撃を手伝ってくれ! 俺たちは後ろから援護する!」
「分かった!」
天人は少し自信を取り戻し、ゴーレムへと突進した。
ゴーレムが拳を振り下ろす。
しかし、天人はその攻撃を難なく回避し、ゴーレムの頭へと飛び乗った。
天人はゴーレムの頭部にある核を破壊しようとした。
ゴーレムは核を失えば、その場で消滅するか、崩壊し、魔石だけを残す。
ところが、ゴーレムも黙ってはいなかった。
天人に向かって拳を振るう。
天人はその攻撃を回避した。
しかし、ゴーレムの敏捷性もかなり高かった。
天人が地面へ降りようとした瞬間、ゴーレムは素早く拳を繰り出した。
(まずい! 避けきれない!)
天人はとっさに二本の短剣を構え、攻撃を受け止めようとした。
その瞬間、天人の目の前に青い光が現れた。
青い光は、ゴーレムの拳を受けた途端、砕け散った。
天人の体は大きく吹き飛ばされ、遠くの地面へと叩きつけられた。
全身に激痛が走る。
骨も何本か折れ、体力も残りわずかになってしまった。
(くそっ……! ここで倒れるわけにはいかない! 自分で始めたことくらい、最後までやり遂げてみせる!)
天人は激痛をこらえながら、必死に走り出した。
そのとき、突然、彼の体が光に包まれた。
痛みが少し和らぎ、減っていた体力も回復していく。
「頑張れ! 君ならできる!」
ヒーラーの声が響いた。
魔法使いも呪文を唱え、ゴーレムの動きを封じた。
「今だ! 攻撃して!」
天人は残された力を振り絞り、ゴーレムへと斬りかかった。
しかし、核は想像以上に硬かった。
(くそっ……! 今の俺じゃ、核を破壊できない!)
核を破壊するのを諦め、天人はゴーレムの首へと短剣を振り下ろした。
ゴーレムの頭部が地面へと落ちた。
その直後、ゴーレムは動きを止め、完全に崩壊した。
天人は残された魔石を拾い上げた。
「ふう……成功した」
天人は一息ついた後、ふと思い出したように魔法使いへ尋ねた。
「そういえば、さっきの青い光は君の魔法だったのか?」
「ああ。あれは俺の防御魔法だ。どれだけ強くても、十分な装備もなしにゴーレムの攻撃をまともに受けることはできないからな」
天人は地面に横たわったまま、疲労と激痛に耐えていた。
(痛みが尋常じゃない……。防御力がゼロだからなのか? でも、森でダークウルフに攻撃されたときは、ここまで痛くなかった。もしかして、あいつらとはレベルが違うのか……? まあ、どちらにしても、防御力がゼロの俺にとって、攻撃を受けるのは危険ってことだな)
ヒーラーが急いで天人のもとへ駆け寄り、再び回復魔法をかけた。
「……ああ、やっぱり。さっきの光も、君たちが助けてくれたんだな?」
「もちろんよ。あなたは見ず知らずの私たちのために、命を懸けてくれたんだもの。もし私たちが何もしないまま、あなたまで倒れてしまったら、一生恥ずかしい思いをすることになっていたわ」
遠くから魔法使いが答えた。
天人は真剣な表情になり、口を開いた。
「実は、俺はHランクの冒険者なんだ。だから……このことを秘密にしておいてもらえないか?」
「はあああっ!? Hランクだって!?」
魔法使いは驚きのあまり、大声を上げた。
「……まあ、君は俺たちの命の恩人だ。裏切るような真似はしないさ。もちろん、秘密にするよ。でも、魔石まで渡してもらう必要はない。感謝の気持ちとして、半分は君に渡そう」
「いや、半分は多すぎるよ。それに、君はお金が必要なんだろ? 何に使うのかは知らないけど、きっと大切な事情があるんだと思う。だから、俺が全部受け取るわけにはいかない」
天人がそう答えると、魔法使いは少し申し訳なさそうな顔をした。
「……分かった。ありがとう。でも、俺たちも何も渡さないわけにはいかない。じゃあ、五分の一ずつにするのはどうだ? 全員が平等に分けるんだ。どうだろう?」
「そこまで言うなら……分かった。ありがたく受け取らせてもらうよ。ただ、できれば宿屋カレンで渡してくれないか? ギルドで受け取ると、誰かに怪しまれるかもしれないからな」
ヒーラーの魔法をしばらく受けた後、天人はようやく立ち上がった。
しかし、体にはまだ強い痛みが残っていた。
「それじゃあ、俺はこれで失礼するよ。まだ達成していないクエストがあるからな」
天人は激しい痛みをこらえ、ふらつく足取りでギルドへと戻った。
受付嬢は、天人の姿を見るなり驚いた声を上げた。
「ちょっと、どうしたんですか!? どうしてそんなにふらふらで、ボロボロになっているんですか!?」
受付嬢はすぐに天人を別室へ連れていき、魔法をかけた。
すると、先ほどまで全身を襲っていた痛みが、嘘のように消え去った。
「はあ……間に合ってよかったです。今のは闇属性の特殊な魔法なんですよ。対象の時間を巻き戻すことができます。ただし、巻き戻す時間が長くなるほど、消費する魔力も増えます。それに、傷の状態によっても消費する魔力の量は変わるんです」
「えっと……ありがとうございます」
受付嬢は心配そうな顔で尋ねた。
「それで……いったい何があったんですか?」
天人はゴーレムとの戦いを隠すことにした。ギルドから何らかの処分を受けるのではないかと心配したからだ。
「森の中で、いつの間にかゴブリンに囲まれていたんです。ギルドの規則では、HランクやGランクの冒険者はモンスターと戦わず、遭遇したら逃げなければならないことになっていますよね。それで逃げようとしたんですが、走っている途中でゴブリンに殴られてしまって……。しかも、たくさんいたんです」
天人の話を聞いた受付嬢の表情が、みるみるうちに険しくなった。
「天人さん!」
「は、はいっ!?」
「その規則は、あなたが本当に敵に勝てない場合に適用されるものです! 戦ったほうが生き残れる可能性が高いなら、規則に反して戦っても問題ありません。反対に、戦うことで生存率が下がる場合に限り、違反として処分の対象になるんです!」
受付嬢は、さらに言葉を続けた。
「あなたはもうレベル7ですし、敏捷性も筋力も高いんですよ? ゴブリン相手に負けるとは思えません!」
天人は困惑しながら、うつむいた。
「分かりました……。すみません。これからは、もっと気をつけます」
「……本当に気をつけてくれますか?」
「はい」
「なら、いいでしょう。では、部屋を出て受付に戻りましょう。クエストの報酬をお渡ししますので、少々お待ちください」
天人は受付嬢とともに部屋を出た。
その後、天人はクエスト用紙と集めた素材を受付嬢に提出した。
「それでは、クエストの達成を確認しました。報酬は400レヴです。お受け取りください」
天人は報酬を受け取ると、急いで宿屋へと戻った。
そして、カウンターで店主に声をかけた。
「すみません。もう一泊、部屋を借りたいんですが」
代金を支払った天人は、すぐに自分の部屋へ向かい、ベッドに倒れ込んだ。
「はあ……。あんなに本気で戦ったのは初めてだ。もし、あのヒーラーと魔法使いがいなかったら、絶対に勝てなかっただろうな……」
天人はゆっくりと目を閉じ、そのまま再び眠りについた。
皆さん、防御力ゼロのテンジンの物語の続きを読んでくれてありがとう!
また次の物語で皆さんに会えたら嬉しいです!




