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第8話 未来から来た写真

凪が落とした、一枚の写真。


そこに写っていたのは――今より少し大人びた俺と凪。


そして裏には、まだ来ていない日付。


2027年12月18日。


『三回目こそ、あなたを死なせない。』凪が落とした、一枚の写真。


そこに写っていたのは――今より少し大人びた俺と凪。


そして裏には、まだ来ていない日付。


2027年12月18日。


『三回目こそ、あなたを死なせない。』

「……意味分かんないだろ」


公園のベンチ。


俺は一人。


手の中には、凪が落としていった写真。


何度見ても。


日付は変わらない。


2027年12月18日。


来年。


まだ一年以上先。


写真の中には俺と凪。


今より少し大人びている。


俺は制服じゃない。


凪も制服じゃない。


二人とも笑っていた。


そして。


凪のお腹。


「これ……」


少しだけ。


膨らんで見える。


ただ服のせいかもしれない。


写真の角度かもしれない。


でも。


どう見ても普通じゃない。


裏返す。


『三回目こそ、あなたを死なせない。』


凪の字。


俺は知っている。


付き合ってから送られてきたメモ。


授業中に渡された小さな紙。


全部同じ字だ。


「三回目……」


二回目じゃない。


三回目。


じゃあ。


俺は二回死んでいる?


いや。


母さんは一回しか知らない。


凪はさっき。


『もう二回も湊くんを失ってるから』


そう言った。


失った。


死んだとは言ってない。


一回目。


事故。


二回目。


何だ?


そして。


三回目。


この写真は何なんだ。


未来?


冗談?


加工?


「……凪」


電話をかける。


一回。


出ない。


二回目。


出ない。


三回目。


『ただいま電話に出ることが――』


切る。


メッセージ。


『写真拾った』


送る。


既読がつかない。


『2027年12月18日って何?』


『三回目って何?』


『電話出て』


既読。


ついた。


でも。


返信はない。


「……逃げんなよ」


俺は立ち上がった。


凪の家。


知らない。


住所を聞いたことがない。


そうだ。


学校。


名簿なんて今はない。


美月。


美月なら知ってるかもしれない。


俺は電話をかけた。


数回の呼び出し音。


『……もしもし』


「美月?」


『何』


声が冷たい。


昨日のこと。


俺が凪と付き合っていると伝えたから。


当然だ。


「ちょっと聞きたい」


『白石さんのこと?』


「……そう」


ため息。


『湊さ』


「うん」


『私にそれ聞くの、結構ひどいよ』


「ごめん」


『…………』


「でも、今だけ」


『何があったの?』


俺は迷った。


写真のこと。


話していいのか。


でも。


美月も何か知っている。


「美月」


『何?』


「三回目って言葉に心当たりある?」


電話の向こうが静かになった。


「美月?」


『……誰から聞いたの?』


心臓が鳴る。


「知ってるんだな」


『湊』


「何?」


『今どこ?』


「公園」


『あの公園?』


「うん」


『そこにいて』


声が変わった。


『絶対動かないで』


「なんで」


『今行くから』


電話が切れた。


「……なんなんだよ」


また。


俺以外は。


知っている。


◇


十五分後。


美月が走ってきた。


髪は少し乱れている。


息を切らしながら。


「湊!」


「お、おう」


「写真は?」


いきなりだった。


「写真?」


「持ってるんでしょ」


「なんで分かる?」


美月の顔が険しくなる。


「見せて」


「待てよ」


「いいから!」


俺は写真を渡した。


美月が見る。


表。


裏。


その瞬間。


顔色が変わった。


「……最悪」


「何が?」


「凪、やっぱり持ってきてたんだ」


「持ってきてた?」


美月は答えない。


「知ってるの?」


「…………」


「この写真」


美月は唇を噛んだ。


「知ってる」


「なんで?」


「見たことあるから」


「いつ?」


「去年」


「…………は?」


俺は固まった。


「去年?」


「うん」


「2027年の写真を?」


「そう」


意味が分からない。


「ふざけてる?」


「ふざけてない」


「じゃあ何なんだよ!」


「声大きい」


「大きくなるだろ!」


公園に人はいない。


夕方。


風だけ。


「未来の写真を去年見たってどういうことだよ」


「湊」


「何」


「まず座って」


「座ってる場合かよ」


「お願い」


美月の顔。


今まで見たことがないくらい。


真剣だった。


俺は仕方なくベンチに座る。


美月も隣に座った。


写真を両手で持っている。


「これ」


美月が言う。


「凪がずっと持ってた」


「どこで手に入れた?」


「知らない」


「知らない?」


「私も全部は知らない」


「じゃあ何を知ってる?」


美月はしばらく黙った。


「湊」


「うん」


「タイムリープって信じる?」


「……は?」


予想してなかった言葉。


「漫画の話?」


「違う」


「じゃあ」


「時間を戻ること」


美月が写真を見る。


「過去に戻ること」


「本気で言ってる?」


「本気」


「無理だろ」


「私もそう思ってた」


「じゃあ何で」


「凪に会うまでは」


ぞくっとした。


「どういう意味?」


美月は写真を俺に返した。


「中学二年の冬」


「うん」


「事故のあと、湊が入院してたとき」


「うん」


「凪、毎日来てたでしょ」


「母さんから聞いた」


「私も来てた」


「…………」


「毎日じゃないけど」


知らなかった。


美月も。


そこにいた。


「湊が凪を忘れ始めた頃」


美月は続ける。


「凪がおかしなこと言うようになった」


「何を?」


「この事故、前にもあったって」


鳥肌が立つ。


「……前?」


「うん」


「どういうこと?」


「私も聞いた」


美月は俺を見る。


「そしたら凪は」


一度息を吸った。


「『今回で二回目』って言った」


「…………」


二回目。


あの時点で。


すでに二回目。


「じゃあ」


頭が混乱する。


「俺が知ってる事故は……二回目?」


「凪の言葉が本当なら」


「一回目は?」


「知らない」


「凪は?」


「話さなかった」


「なんで」


「『話したらまた変わるから』って」


「変わる?」


「未来が」


静かになる。


頭の中。


一つずつ。


線が繋がる。


凪は。


未来を知っている。


付き合う日。


別れる日。


俺の記憶。


写真。


三回目。


「待って」


俺は美月を見る。


「じゃあ凪は……未来から来たの?」


美月は首を横に振った。


「分からない」


「でも」


「タイムリープなのか」


「…………」


「未来の記憶だけ持ってるのか」


「…………」


「何度も同じ時間を繰り返してるのか」


美月は言った。


「私には分からない」


「凪に聞いた?」


「何回も」


「何て?」


「『全部言ったら、また失敗する』」


また。


失敗。


「何に失敗?」


「そこも教えてくれなかった」


「……くそ」


手の中の写真を見る。


三回目。


あなたを死なせない。


「じゃあ」


俺は言う。


「これが三回目ってこと?」


「たぶん」


「今が?」


「…………」


美月は少し迷った。


「違うと思う」


「え?」


予想外だった。


「なんで」


「写真の日付見て」


2027年12月18日。


「来年」


「うん」


「今は2026年」


「そう」


「じゃあ?」


美月が写真を指差す。


「もしこれが三回目の未来なら」


「うん」


「今はまだ、その途中かもしれない」


意味が分からない。


「もっと分かりやすく言って」


美月は考える。


「凪の中では」


「うん」


「2027年まで一度生きた時間があるのかもしれない」


「…………」


「そこで湊が死んだ」


「俺が?」


「たぶん」


「そのあと凪が過去に戻った」


「…………」


「今に」


風が吹く。


写真が揺れる。


「じゃあ」


声が出にくい。


「この写真は」


「凪が前の時間から持ってきたのかも」


「物まで持ってこれるのかよ」


「知らない」


「都合良すぎだろ」


「私に言わないで」


美月が少し怒る。


でも。


すぐに表情を戻した。


「ただ」


「何?」


「一つだけ」


「うん」


「私が絶対におかしいと思ってることがある」


「何」


「凪」


美月が言った。


「未来を知りすぎてる」


「それは分かる」


「違う」


「何が」


「タイムリープしただけなら」


美月は俺を見る。


「一回分の未来しか知らないはずでしょ」


「…………」


「でも凪は」


声を落とす。


「何回も失敗したみたいに話す」


確かに。


『三回目こそ』


『もう二回も湊くんを失ってる』


『また同じことになる』


全部。


一回や二回じゃない。


もっと。


「何回?」


俺が聞く。


美月は首を横に振る。


「分からない」


「凪は何回やり直してる?」


「知らない」


「でも」


美月は。


小さく言った。


「私は三回どころじゃないと思ってる」


「……なんで?」


「前に」


美月の顔が強張る。


「凪のノート見たことある」


「ノート?」


「たまたま」


「何が書いてあった?」


美月は答えようとして。


止まった。


「美月」


「……数字」


「数字?」


「日付がいっぱい」


「何の日付?」


「十二月十八日」


心臓が鳴る。


「何個?」


美月が俺を見る。


「十七個」


「…………」


言葉が出なかった。


「全部、年が違った」


「どういう意味」


「2023年」


「うん」


「2024年」


「…………」


「2025年」


美月は続ける。


「それだけじゃない」


「何?」


「2031年とか」


「…………」


「2034年もあった」


「待って」


未来。


もっと先。


「どういうことだよ」


「分からない」


美月の手も震えている。


「その横に」


「何が書いてあった?」


美月は。


俺から目を逸らした。


「湊」


「言って」


「…………」


「何?」


「全部」


小さな声。


「×がついてた」


「…………」


背中が冷たくなる。


十七個。


十二月十八日。


全部。


失敗?


「じゃあ」


俺は呟く。


「凪は」


言葉にしたくない。


でも。


「十七回?」


美月は答えない。


俺は写真を見る。


『三回目こそ、あなたを死なせない。』


「でも三回目って書いてある」


「その写真が」


美月が言う。


「いつの凪のものか分からない」


「…………」


そうか。


三回目のときの写真。


それを今。


何回目か分からない凪が持っている。


「今は」


喉が乾く。


「何回目なんだ?」


美月は。


静かに首を横に振った。


◇


その夜。


凪から返信が来た。


午後十一時四十七分。


『写真』


一言。


俺はすぐに返す。


『持ってる』


既読。


『美月に見せた?』


指が止まる。


『見せた』


長い沈黙。


『そっか』


『凪』


『なに?』


『何回目?』


既読。


返信なし。


『今って何回目なんだ?』


既読。


一分。


二分。


五分。


そして。


凪から電話。


出る。


「もしもし」


『湊くん』


「うん」


『その質問』


声が。


震えている。


『しないでほしかった』


「答えて」


『…………』


「美月から聞いた」


『どこまで?』


「ノート」


沈黙。


「十二月十八日が十七個」


『…………』


「全部×」


凪の呼吸だけが聞こえる。


「十七回失敗したの?」


『違う』


「じゃあ何」


『十七回じゃない』


「……え?」


凪が。


泣いている。


『もっと』


「何回?」


『言えない』


「何回?」


『湊くん』


「教えて」


沈黙。


長い。


本当に長い。


そして。


凪は。


小さく言った。


『今が』


「うん」


『百回目』


「…………は?」


時間が止まった。


「今……何て」


『百回目』


凪が泣く。


『湊くんと過ごすの』


「冗談だろ」


『冗談じゃない』


「百回って」


『うん』


「じゃあ」


手が震える。


「99回」


声が出ない。


「俺は」


『…………』


「99回、死んだの?」


電話の向こうで。


凪は答えなかった。


その沈黙が。


何よりも怖かった。


「凪」


『違うよ』


「じゃあ」


『死んだだけじゃない』


「……え?」


『事故』


『病気』


『私を庇って』


『私が湊くんを傷つけて』


『湊くんが私を嫌いになって』


声が崩れていく。


『私が死んだこともある』


「…………」


『何回やっても』


泣き声。


『十二月十八日を越えられない』


「越える?」


『うん』


「十二月十八日になったら何がある?」


『それが』


凪は。


言った。


『分からないの』


「……は?」


『百回やっても』


「待って」


『原因が分からない』


「そんな」


『だから今回』


声が震える。


『初めてやり方を変えた』


「何を?」


『湊くんに』


一度。


息を吸う音。


『私を忘れてもらった』


俺は。


何も言えなかった。


「じゃあ」


ようやく。


声を絞り出す。


「俺が凪を忘れたのは」


『うん』


「事故のせいじゃない?」


沈黙。


そして。


『違う』


凪が言った。


『私が』


泣きながら。


『湊くんの記憶を消したの』


――100日目まで、あと92日。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


「三回目」どころではなかった凪のやり直し。


今回は――100回目。


そして明かされた、湊が凪を忘れた本当の理由。


次回、第9話――「君が僕を忘れさせた」。

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