第3話 初めてのデートは、明日
「なんで、それ知ってる?」
誰にも話していないはずの、俺の過去。
凪はまた「まだ言えない」と笑った。
そして翌日。
俺たちは初めてのデートをすることになった。
「まだ、言えない」
凪はそう言った。
目の前には、昔よく一人で時間を潰していた公園。
そして、古びたベンチ。
俺が小学生の頃、そこでよく寝ていたことを凪は知っていた。
誰にも話した覚えはない。
「……それで納得すると思う?」
「思ってない」
「じゃあ教えてよ」
「ごめん」
凪は俯いた。
さっきまで浮かんでいた涙は、もう見えない。
「100日目には、絶対に話すから」
「100日目って……まだ98日もあるんだけど」
「うん」
「長すぎるだろ」
「じゃあ、それまで私と一緒にいて」
「答えになってない」
「なってるよ」
「どこが?」
凪は少しだけ笑った。
「私にとっては」
まただ。
こいつは時々、意味の分からないことを言う。
だけど。
さっきまで泣きそうだった凪をこれ以上問い詰める気にはなれなかった。
「……分かったよ」
「怒ってる?」
「ちょっと」
「嫌いになった?」
「それ聞くの早すぎだろ」
「だって約束したから」
昨日の放課後。
凪と小指を絡めて交わした約束。
――100日目まで、絶対に私を嫌いにならないで。
「嫌いにはなってないよ」
俺が答えると、
「よかった」
凪は本当に安心したように笑った。
その顔を見ていると、なんだか調子が狂う。
「じゃあ帰ろ」
「ああ」
俺たちは公園を後にした。
結局。
あの日、凪がなぜ俺の過去を知っていたのか。
答えを聞くことはできなかった。
◇
「で?」
翌日の昼休み。
目の前で悠真が焼きそばパンを食べながら俺を見ている。
「何が?」
「白石と付き合ってんの?」
「ぶっ!」
危うく飲んでいたお茶を吹き出しかけた。
「お前……!」
「うわ、汚ねえ」
「急に何言ってんだよ!」
「その反応、答えじゃん」
「違う」
「じゃあ昨日、白石と二人で帰ってたのは?」
止まった。
「……見たの?」
「見た」
「どこで」
「校門」
終わった。
「しかもさ」
悠真がニヤニヤする。
「お前ら、めっちゃ楽しそうだった」
「普通だろ」
「白石が男子と二人で帰ってる時点で普通じゃねえよ」
確かに。
凪は男子とあまり話さない。
告白されても全部断ってきたと聞いている。
そんな凪が二日連続で俺と帰っている。
怪しまれない方がおかしい。
「で?」
「何が」
「付き合ってる?」
「…………」
「湊」
「……誰にも言うなよ」
悠真の動きが止まった。
「マジ?」
「声でかい」
「マジで!?」
「だから声!」
俺は慌てて悠真の口を塞いだ。
周囲を見る。
幸い、昼休みの教室は騒がしい。
聞かれてはいない……と思う。
「いつから?」
「一昨日」
「どっちから?」
「白石」
「はあ!?」
「静かにしろ!」
「いやいやいや!」
悠真は俺の肩を掴んだ。
「白石凪だぞ!?」
「知ってるよ」
「学校で一番告白されてるって噂の?」
「たぶん」
「それがなんでお前!?」
「俺が一番聞きたい」
「なんか弱み握った?」
「犯罪者みたいに言うな」
悠真はしばらく俺を見つめた。
そして。
「……湊」
「なんだよ」
「明日死ぬんじゃね?」
「縁起でもないこと言うな」
「だっておかしいだろ。人生の運全部使ったぞ」
否定できないのが腹立つ。
「でも」
悠真が急に真面目な顔になった。
「美月は知ってんの?」
「……なんで美月が出てくる?」
「いや」
悠真は俺から目を逸らした。
「知らないなら、まあいいけど」
「何だよ」
「自分で考えろ」
意味が分からない。
そのとき。
スマホが震えた。
凪からだ。
『今日の放課後、予定ある?』
『ない』
すぐに既読。
『じゃあ一緒に帰ろ』
昨日と同じだ。
『了解』
送ろうとして、
『あ』
追加のメッセージが届いた。
『明日は?』
明日は土曜日。
特に予定はない。
『暇だけど』
しばらく返信がない。
一分。
二分。
珍しい。
そして。
『じゃあ』
また止まる。
『明日、デートしませんか』
「…………」
画面を見たまま固まった。
デート。
付き合っているんだから、不思議ではない。
でも。
改めて文字にされると、とんでもなく恥ずかしい。
「何ニヤけてんの?」
悠真が俺のスマホを覗こうとする。
「見るな!」
「白石?」
「違う」
「絶対白石じゃん」
俺はスマホを隠した。
そして返信する。
『いいよ』
送信。
十秒後。
『やった!』
その後に、両手を上げて喜んでいるウサギのスタンプ。
思わず笑ってしまった。
「……お前、キモいぞ」
「うるさい」
付き合って三日目。
明日。
俺は人生で初めて、彼女とデートすることになった。
◇
放課後。
「湊!」
校門を出たところで呼び止められた。
美月だった。
「今日、一緒に帰ろ」
「悪い」
俺は即答した。
「今日ちょっと用事ある」
「用事?」
「ああ」
「何の?」
「なんでもいいだろ」
「怪しい」
美月が目を細める。
昔からこいつは妙なところで勘がいい。
「女?」
「なんでそうなる」
「顔」
「顔?」
「湊、嘘つくとちょっとだけ右見るから」
「…………」
「ほら、今も見た」
怖い。
幼馴染怖い。
「誰?」
「だから違うって」
「じゃあ一緒に帰れるじゃん」
「いや……」
そのとき。
校舎から凪が出てきた。
目が合う。
まずい。
凪が俺の隣にいる美月を見る。
そして、昨日と同じ笑顔になる。
「朝倉くん」
「白石」
「今から帰る?」
「ああ」
「私も。一緒に帰らない?」
美月が凪を見る。
凪も美月を見る。
「…………」
「…………」
何だこれ。
俺だけ分かる。
凪の笑顔が怖い。
「湊」
美月が俺を見る。
「用事って、これ?」
「いや、その」
「へえ」
美月が凪を見る。
「二人、仲良かったっけ?」
「最近ね」
答えたのは凪だった。
「朝倉くんには、色々お世話になってるから」
「色々?」
「うん。色々」
絶対わざとだ。
「ふーん」
美月の目が細くなる。
「じゃあ私も一緒に帰ろうかな」
「え?」
俺と凪の声が重なった。
美月が笑う。
「何? ダメなの?」
「いや……」
凪を見る。
笑っている。
でも。
目が笑っていない。
「もちろん」
凪が答えた。
「一緒に帰ろ、桜井さん」
「うん」
こうして。
人生で最も気まずい下校が始まった。
◇
「二人っていつから仲良いの?」
美月が聞く。
「最近かな」
凪が答える。
「きっかけは?」
「秘密」
「なんで?」
「二人だけの秘密だから」
おい。
美月が俺を見る。
「湊?」
「俺を見るな」
「怪しい」
「何もない」
「ふーん」
凪が俺の横を歩く。
美月も俺の横を歩く。
なぜ俺が真ん中なんだ。
地獄だ。
しばらく歩いたところで、美月が立ち止まった。
「私こっちだから」
分かれ道だ。
「じゃあね、湊」
「ああ」
「白石さんも」
「うん。また学校で」
美月が数歩歩く。
そして。
「あ、湊」
振り返った。
「明日暇?」
心臓が嫌な跳ね方をした。
「明日?」
「買い物付き合ってほしいんだけど」
横を見る。
凪がいる。
「……悪い」
「予定ある?」
「ああ」
「何?」
「その……」
凪が俺を見る。
言えない。
デートとは言えない。
「ちょっと出かける」
「誰と?」
「…………」
沈黙。
美月の表情が少し変わった。
そして凪を見た。
一瞬だった。
「……そっか」
いつもの笑顔に戻る。
「じゃあいいや。また今度」
「ああ」
「じゃあね」
美月は手を振って歩いていった。
その背中を見送りながら、俺はなぜか少しだけ胸が引っかかった。
「……湊くん」
横から声。
「はい」
「明日のデート」
「はい」
「絶対来てね」
「行くよ」
「桜井さんに誘われても?」
「断っただろ」
「……そっか」
凪は満足そうに笑った。
「じゃあ、楽しみにしてる」
「どこ行くんだ?」
「まだ秘密」
「また秘密かよ」
「明日の朝、駅に十時」
「服装は?」
「私服」
「それは分かる」
凪が笑った。
「ちゃんと格好良くしてきてね」
「ハードル上げるなよ」
「大丈夫」
凪が俺を見る。
「湊くんは、黒い服が似合うから」
「……そう?」
「うん」
そして。
何気なく続けた。
「前も、黒いパーカー着てたときが一番――」
凪が止まった。
俺も止まった。
「……前?」
「…………」
まただ。
凪の顔から血の気が引いていく。
「俺、お前の前で私服着たことないよな」
付き合って三日目。
同じクラスになって四ヶ月。
休日に会ったことなんて、一度もない。
「凪」
「……ごめん」
「何で知ってる?」
答えない。
「俺が黒いパーカー持ってることも?」
「…………」
凪は唇を噛んだ。
そして。
「明日」
小さな声で言った。
「明日のデートで、一つだけ教える」
「一つ?」
「うん」
「全部じゃなくて?」
「全部は100日目」
また100日目。
でも今回は違った。
初めて。
凪の方から秘密を話すと言った。
「何を教えてくれるんだ?」
俺が聞く。
凪はしばらく黙っていた。
そして、俺をまっすぐ見つめた。
「私が初めて湊くんに会った日のこと」
「……初めて?」
「うん」
「同じクラスになった四月じゃないの?」
凪は首を横に振った。
「違うよ」
「じゃあ、いつ?」
凪は答えなかった。
ただ。
ひどく寂しそうに笑った。
「湊くんが思ってるより、ずっと前」
その瞬間。
なぜか胸の奥がざわついた。
俺は凪に会ったことがある?
そんなはずはない。
こんな女子、一度会えば忘れるはずがない。
それなのに。
「じゃあ明日ね」
凪が俺から離れていく。
「十時。遅刻しないでね」
「ああ」
「それと」
数歩先で振り返った。
「黒いパーカー、着てきてほしいな」
笑っている。
でも。
その目はまた、泣きそうだった。
「……分かった」
「ありがとう」
凪は手を振った。
俺も小さく手を上げる。
彼女の姿が見えなくなってから。
スマホが震えた。
美月からだった。
『ねえ』
続けて、もう一件。
『湊って、白石さんと付き合ってる?』
「…………」
俺は画面を見つめた。
返事を打てないまま。
もう一件届いた。
『もしそうなら、ちゃんと教えて』
そして最後に。
『私、湊に話したいことがある』
明日は、凪との初デート。
そして凪は、俺たちが「初めて会った日」のことを話すと言った。
なのに。
その夜の俺はまだ知らなかった。
翌日、凪の口から出てくる日付が――
俺の記憶では、絶対にありえない日だったことを。
――100日目まで、あと97日。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
第3話では、凪との初デートが決まりました。
そして「凪と湊が初めて会ったのは、本当に高校二年の春だったのか?」という新たな謎も。
一方、美月も二人の関係に気づき始めています。
次回、第4話――「君と初めて会った日」。




