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家ごと異世界に転移したけど物資無限なのでスローライフを送ります  作者: 多趣味な平民


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八話 再会

「痛いだろうが、我慢してくれ……っ!」


 シルヴィアを庭の柔らかい芝生の上へとそっと横たえ、俺は救急箱に入っていたオキシドールのボトルを傷口へ勢いよく振りかけた。


 白い泡を立てて傷口を消毒するごく普通の市販薬だが、異世界においては、薬品の持つ『消毒・治癒』という効能すらも異常な効果を発揮する。


 シュワシュワと尋常ではない密度の泡が発生したかと思うと、深々と開いていた肉がくっつき、滑らかな皮膚が再生されていく。


「くっそ、治りが遅い! オキシドールじゃ表面を塞ぐのが限界か!?」


 だが、裂傷が塞がるまでは至らない。


 さらに内臓へのダメージか、あるいは角熊の爪に毒か呪いでも含まれていたのか、シルヴィアの荒い息遣いは一向に収まらず、黄金色の瞳は苦しげに細められたままだ。


「何かないのか!? 傷を治すだけじゃなくて、内側から細胞を元気にさせるやつ……栄養ドリンク! サプリメント! あとは高タンパクな肉か!?」


 俺は半狂乱になりながら、ガレージやリビングからかき集めてきた地球の製品を次々と試した。


 滋養強壮用の栄養ドリンクを口元に垂らし、高級マルチビタミンサプリを粉状に潰して水に溶かして飲ませる。そのたびに彼女の体から眩い光の粒が弾けるものの、回復には至らない。


 震える手で次々と治療薬を取り出しながらも、頭の中では最悪の結末がぐるぐると回る。


「な、なんだ……!? 土から……光が……!?」


 その時だった。


 庭の一角が淡く光り始めていた。


 月明かりのようなぼんやりとした青白い光は、生き物のように渦を巻き、横たわるシルヴィアの全身を優しく包み込んでいく。光が浸透していくにつれ、苦しそうに歪んでいた彼女の表情が、見る見るうちに安らかな寝顔へと変わっていった。


「キタコレ! やっぱり持つべきものは地球産よッ!」


 庭の土や草か、充満する空気か、あるいは相棒を救いたいという俺の想いか。


 理由は何だっていい。傷も衰弱も吹き飛ばすであろうこの美しい光景を前に、俺は勝利を確信し、握りしめた拳を天高く突き上げた。


「あ、あれ……? なんか縮んでね?」


 が、歓喜したのも束の間。


 眩い光に包まれたシルヴィアの身体から、シュゥゥゥ……と蒸気のような光の粒が勢いよく吹き出し始めた。それと同時に、三メートル近くあった巨大な身体が、みるみるうちに小さくなっていく。


「これって治癒の光だよな!? 天に召される時の肉体消滅とか、魂が昇華して精霊や天使にジョブチェンジする時に起きる現象じゃないよな!? 頼むから消えないでくれよ! 子犬サイズくらいで踏みとどまれ!!」


 想像とはあまりにもかけ離れた謎現象。


 誰かから回答を得られるはずもなく、治癒だとしたら邪魔するわけにもいかず、俺は冷や汗を全身から噴き出しながら藁にもすがる心地で光の収束を待ち続けるのだった。


 やがて、まばゆい光の奔流が最高潮に達し、やがて潮が引くようにスーッと収まっていく。


「……へ?」


 光の残滓が晴れ、その中心にポツンと立っていたのは――巨大な銀狼でも、ましてや愛くるしい子犬でもなかった。白銀の髪をふわりと広げた、どこか幼さの残る美少女だ。


 透き通るような白い肌。その頭頂部には銀色の犬耳が生えており、腰元からはフサフサとした毛並みの豊かな尻尾が伸びている。


(ぜ、全裸だとぉ!?)


 そう、彼女は布切れ一枚すら身につけてはいなかった。


 息を呑むほど神秘的で幻想的な光景――からの、あまりにも生々しいコンプライアンスの危機。見た目中学生女子の全裸はいろんな意味でアウトだ。世の中で一番アウトまである。


「和樹はわかってない。持つべきものは地球産じゃない。愛犬。犬しか勝たん」


「何の話!? てか誰ぇ!?」


 慌てて両手で顔を覆い、目を逸らそうとしたが、自分の置かれた状況を一切気にしていない落ち着いた少女の声とツッコミどころ満載の内容に耐え切れず、俺は指を大きく開いて目の前のケモ耳少女を穴が開くほど凝視してしまうのだった。


「さすが和樹。野生の獣を自分好みのロリっ子に変身させるどころか、全裸にして頭からつま先まで隅々まで性的な目でじっくり鑑賞するその欲望に忠実な生き様には、もはや脱帽」


「濡れ衣が酷すぎるだろ!」


 思わず指を開いてしまった絶好のタイミングを逃さず、冷ややかなジト目を向けながら、淡々と極悪な罪を被せてくる少女。


 ここでうっかり認めたり狼狽えたりしてしまえば、俺の社会的地位と尊厳は終わる。


 異世界ぼっち生活でそんなこと気にして何になるのかは知らない。ガッツリ見てしまった事実があるのに無罪を勝ち取れるかもわからない。だが、そんな客観的な論理はどうでもいい。


 重要なのは俺自身の気持ち! 事故だと思えれば、必要なことだと思えれば、俺のプライドは守られるのだ! 胸を張って生きていけるのだ!


「尊厳も何も、そんなもの和樹には最初からない。昔から女子の裸をガン見どころか、自分から拝む機会をあくどく作ってた。小学生の時に近所の女子を公園の滑り台へ巧み誘導して下着を覗いたり、中学一年生の時にペットの首輪に小型カメラを仕込んで女子更衣室に突撃させようとしたり、中学三年生の時に――」


「その口を今すぐ閉じろぉぉぉぉぉぉッ!!」


 墓まで持って行くと心に誓っていた幼き日の黒歴史。それを何故、異世界のケモ耳少女が詳細に把握しているのか。


 そんな疑問を抱くより先に、俺の肉体はこれ以上の黒歴史の暴露を阻止すべく、彼女の口を封じに飛び出していた。


「イエスロリータノータッチの基本理念すら忘れて、押し倒そうとしてしまうなんて……。でもすべては私が可愛すぎるせい。和樹は悪くない。大丈夫、誰にも言わない。私は和樹の味方」


「うるせええ! 手なんて出してないだろ! 出せるわけないだろ! 冤罪とコンプライアンスの恐怖に日々怯えながら生きる現代男の肩身の狭さを舐めんなよ!」


 もはや自尊心を守っているのか失っているのかわからないまま、俺は着ていた作業用のポロシャツを荒々しく脱ぎ捨てると、全裸のまま無表情に棒立ちしている少女の頭から勢いよく被せた。


「……和樹の匂いがする」


 メンズサイズの大きなポロシャツにすっぽりと全身を包まれた少女は、ダボダボの襟元を小さな手で引き寄せると、クンクンと鼻を鳴らして安らぐように目を細める。


 その小動物めいた無邪気な仕草に加え、丈が長すぎて膝下まで隠れ、まるでぶかぶかのワンピースを着ているかのような見た目は、客観的にも破壊力抜群の可憐さだった。


「意気地なし。昔は異世界に行ったら奴隷買ってハーレム作るんだとか、催眠術をマスターして女を思い通りにするんだとか大口を叩いてたクセに」


 ……まぁ、すぐに冷ややかなツン毒状態に戻ったわけだが。


「ふん、甘いな。それと同じぐらい、衣類が透ける眼鏡が欲しいとか、透明人間になって女子の着替えや入浴を覗きをしたいとも言っていたはずだ。さらに言えば、愛読書も百合、機械、露出など直接的な挿入のないプラトニックかつフェチズムに特化したジャンルを幅広く網羅している! 俺の属性は肉食か草食かなどという単純な二元論ではなく、その日の気分で自在に変化するハイブリッドなのだよッ!」


「なるほど。それは盲点だった」


 ふっ、勝った。


 性癖と欲望の全貌を自ら暴露することで、相手の揺さぶりを完璧に無効化してみせたのだ。


 ……いや、人間として大事な何かを失った気もするが、今はこのバトルの勝利を噛み締めるとしよう。




「それで、お前は一体誰なんだ? なんで俺の黒歴史をそんな詳細に知ってるんだよ? シルヴィアじゃないのか?」


 目の前にいる少女がシルヴィアが擬人化した姿だというなら容姿的には納得だが、だとしたら俺の黒歴史を把握していることに説明がつかない。


 正直言って、俺の生い立ちを知る家族や、妙な絆で結ばれた地元の悪友どもすら凌駕する情報量だ。


「……忘れたの? ひどい」


 俺の問いかけに、ポロシャツの袖をぎゅっと握りしめた少女が、どこか寂しげに黄金色の瞳を伏せた。銀色のケモ耳と尻尾もしゅんと垂れ下がる。


「毎日、私の裸を穴が開くほど眺めて、体のあちこちにベタベタ触れて、排泄中もニヤニヤしながら観察してたのに……」


「絶対人間に対する思い出じゃないよな!?」


 絶叫する俺に、少女は伏せていた瞳をゆっくりと持ち上げた。相変わらず表情の変化は乏しいが、その黄金色の瞳の奥には、どこか可笑しそうに俺の反応を楽しむ光が宿っている。


「毎日一緒にお散歩したことも、その途中公園で拾った熟女もののエロ本を持ち帰ったら母親に見つかって家族会議が開かれたことも、半年に一回は『そろそろ下着の形覚えたよな? ○○ちゃんの下着を取って来れるよな?』って無茶な命令してたことも、全部忘れちゃったんだ……」


「え……? 散歩……? 公園に落ちてた熟女もののエロ本……?」


 先程よりも一層具体的で、記憶の核心を突くキーワードの数々。


 その瞬間、俺の脳裏に忘れていたはずの『昔の光景』が怒涛の勢いで駆け巡り、パズルのピースが一気に組み合わさっていく。


 五年前。老衰のために静かに息を引き取った一匹の愛犬。俺が小学生の頃からずっと一緒で、辛い時も嬉しい時も一番近くで寄り添ってくれた、あの雑種犬の姿が愛くるしい姿が重なっていく。


「お前……まさか……」


「和樹が鼻水垂らしてボロボロ泣きながら『天国でも元気でね』って庭の端っこに手厚く埋めてくれた骨。家ごと異世界に飛ばされてきた時に、庭の土と一緒に巻き込まれて……シルヴィアの魂と融合した」


「小春ぅぅぅぅぅぅぅッ!!」


「和樹、うるさい。犬に対して至近距離でその声量は、もはや暴力」


 感極まって抱きつこうとした俺の両腕は、小春の氷のように冷静な一言と、見た目からは想像もつかない腕力によってあっさりと制止された。


 ……ああ、間違いない。小春だ。


 俺を手のひらの上で転がして遊ぶドSな空気感も、相手にしてもらえないとすぐ拗ねるデレ感も、何だかんだ協力してくれる優しさも、すべてが当時のままだ。


「今の私はシルヴィアでもあり、小春でもある。森で生きていたことも覚えてるし、地球で暮らしてた記憶もある。当然、スペックも双方のいいとこ取り」


「スペック? シルヴィアの身体能力のことか?」


「そう。ベースになっている銀狼の圧倒的な身体能力と大気を自由に操る風魔法が、小春という『地球産』と融合したことで超強化されてる」


 小春はそう告げると、ダボダボのポロシャツの袖をさっと捲り上げた。


 直後、彼女の姿が一瞬で消失する。


「え……!?」


 驚いて視線を彷徨わせると、外に転がっていた角熊の巨大な死骸のすぐ隣へと瞬時に移動していた。


 そして彼女は、自身の身長の数倍はある肉の塊を、華奢な片手で軽々と持ち上げてみせたのだ。


「今日のお昼は熊鍋。肉質は硬そうだけど、地球の圧力鍋があればいける」


「は、はは……どうりであのバカでかい角熊を一撃で吹き飛ばせるわけだ……」


 三メートルの巨体を力任せに弾き飛ばし、ねじれ角の猛進を紙一重でかわしてみせたあの立ち回り。あれはもはや野生動物の領域を超越していた。しかも、その能力が地球産のチート補正によってさらにパワーアップしているという。


 かけがえのない大切な相棒が戻ってきたという溢れんばかりの歓喜と同時に、とんでもなく頼もしい最強の存在が味方になったのだと、俺は胸を熱くしながら改めて実感するのだった。

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