五話 乗っ取られた小屋
「で、できたああああっ! 俺の資材小屋!!」
朝早くから始まった過酷なDIY作業は、夕焼け空が茜色に染まるまで続いた。
水糸代わりに使った釣り糸による『パッチン切断術』と、チート化した木ネジが打ち込み時に見せる圧倒的な密着力。その二つを最大限に活かした結果、昼までの悪戦苦闘が嘘のように作業は爆速で進行し、ついに鉄のように硬い木材で組み上げられた保管庫が完成したのだ。
高さ2メートル、幅3メートル、奥行き3メートル。降雨も積雪も何も考慮していない平らな屋根。外観はどこからどう見ても無機質な豆腐建築そのものだ。
だが、四方を太くズッシリとした角材の柱で囲い、内部には棚板も組み込んだ本格仕様である。試しに体重をかけて柱を激しく揺すってみるが、ミシミシという嫌な軋み音すら立てず、ピクリとも動かない。これなら巨大害獣に突撃されたとしても余裕で耐え切れるはず。
「よし! 日が暮れる前に物資を運び込むぞ!」
俺は疲労困憊の体に鞭を打ち、無限復元の恩恵を受けるための仕込み作業を開始した。
ガレージを何度も往復し、単管パイプや工具箱を次々に担ぎ出す。さらには、米袋、缶詰、ミネラルウォーターのペットボトルケースなど、家中の消耗品を段ボールに詰めて手際よく運び込んでいく。
「ふっふっふ……これで四日後には我が家の備蓄が二倍! さらにその四日後には三倍だ!」
決して広いとは言えない小屋だが、詰め込まれた各種缶詰やレトルト食品、整然と並ぶ工具類でみるみる埋まっていく光景は、まさに壮観の一言。万が一を考えて持ち出した物資は全体の二割程度だがそれでも十分すぎる。
これから四日ごとに幾重にも倍増していく段ボール&収納ボックスの山と物資の未来を妄想すると、疲労も忘れて自然と唇が歪み、ニヤニヤと邪悪な笑みがこぼれ落ちてしまうのだった。
「このまま物資を増やしまくって現地人と交易してもいいし、死ぬまで働かない完全無欠のニート生活を決め込んでもいい。夢と野望が無限に広がるなぁ。この世界に人間がいるのか知らんけど」
「ルゥ……」
「よう。お前も物資の搬入を手伝ってくれるのか?」
そうして家と小屋を汗だくで何往復かしていると、森の奥からあの巨大な銀狼――心の中で密かに『シルヴィア』と名付けた我が家の用心棒が姿を現した。
……何とは言わないが確認したら女の子だった。
俺が重い荷物を運んでいるのを見て、何かを察して駆けつけてくれたのかもしれない。
「あれあれあれ? そっちじゃないよ?」
が、そんな俺の脳天気な問い掛けに対し、シルヴィアは退屈そうに巨大な欠伸を漏らすと、完成したばかりの小屋へ悠然たる足取りで歩みを進めた。
小屋の周りをウロウロしたかと思うと、今度は壁や床の感触を確かめるように前足でバシバシ叩き始めた。
「ははーん。さては強度を確かめるんだな? 運び込んだものが潰されないか不安なんだな? 安心しろ。それはもう俺がやった」
「グルル」
シルヴィアが「じゃああれはなんだ」と言わんばかりに、小屋の床下をじっと見つめ、低く唸る。
「中央の切り株のことか? あれはデザインだよデザイン。決して高圧洗浄機で豪快になぎ倒した後、根っこを掘り返す方法が見つからずに絶望したわけじゃないぞ。床下の補強柱として活かしたかったの。お陰で素人仕事とは思えない、味わい深いインテリアっぽさが出てるだろ?」
シルヴィアは俺の自慢げな言い訳など毛ほども気にしていない様子で、フンと鼻息をひとつ吐き捨てた。そして、巨大な体を滑り込ませるように小屋の中へと足を踏み入れた。
「あ、ちょっと! 入るのはいいけど足元気をつけてくれよ!? そこには俺が一生懸命運んだ物資が――」
俺の制止の声など、彼女の耳には一切届いていなかった。
周囲の物資には目もくれず、フンフンと鼻先を近づけて床の匂いを嗅ぎまわると、やがて部屋の真ん中にどっかりと腰を下ろして寝そべった。
「……え?」
そしてシルヴィアは銀色に輝くフサフサの長い尾を自分の体に丸く巻き付け、山積みの缶詰や工具箱に囲まれたその狭い空間で、満足そうに細めた瞳を閉じると、深く安らかな息を吐き出した。
「の、乗っ取られたぁぁぁぁぁぁッ!?」
俺は手にしていた段ボールを投げ出し、叫び声をあげながら小屋へと駆け寄った。
「おいシルヴィア! そこは俺の資材置き場! 物資を保管して増殖させるための倉庫なの! お前の犬小屋じゃないんだよ!?」
「ガルゥウウウウッ!!」
次の瞬間。シルヴィアが突如として牙を剥き出し、耳を限界まで後ろに寝かせて、これまで見せたこともない恐ろしい形相で威嚇してきた。
「ひいぃッ!? ご、ごめんなさいッ!! 命だけはご勘弁をぉぉッ!!」
あまりの恐怖と剣幕に、俺は悲鳴を上げながら両手を頭の上で組んで地面に伏せた。
忘れていた。相手は気まぐれで俺をあの世に送れる猛獣。いくらチート武器があろうと、紙装甲の俺は彼女の機嫌を損ねないように大人しく搾取され続けるしかないのだ。
するとシルヴィアはすぐに威嚇をやめ、今度こそ気持ちよさそうに瞳を閉じ、静かな寝息を立て始めたのだった。
「う、嘘だろ……俺が汗水流して一日掛かりで作った資材小屋が……番犬の寝床に……」
力づくで追い出せるはずもなく、俺は運び途中の工具箱を膝の上で抱えたまま、ただ呆然と夕暮れの森に立ち尽くすしかなかった。
異世界生活、六日目の朝。
目覚まし時計の音とともに跳ね起きると、俺は速攻で作業着に着替え、朝食もそこそこに庭へと飛び出した。
朝日を浴びて輝いているのは、昨日俺が血と汗と涙の末に建てた資材小屋――改め、シルヴィアの犬小屋である。
恐る恐る覗き込んでみると、そこには丸くなって気持ちよさそうに眠る巨大な銀色の毛球があった。俺が近づいても「すー……すー……」と幸せそうな寝息を立てるばかりで起きる気配すらない。
「そんな態度を取っていられるのも今のうちだぞ。今日の俺は昨日までの俺とは違う。寸法計測のコツも、効率的な伐採と加工の手順もマスターしたからな。設計図もこの通りバッチリだ」
作業着のポケットからスマホを取り出し、オフラインで使えるようダウンロードしておいた『初心者向けDIY&建築図面アプリ』を起動。昨日の失敗点や気になる点をすべてフィードバックし、今回は昨日の倍以上のスケールで設計し直してある。
現代文明とチートツールが組み合わされば鬼に金棒だ。
「あの小屋は練習で作ってみただけだし! いざ物資詰め込んでみたらちょっと小さかったかな〜、屋根の形もうちょっとどうにか出来たかな~、作業楽しすぎてまだ作り足りないな~って思ってたところだし! 物資もまだまだ家に残ってるから余裕で暮らせるし! どうせ四日後には復元されるから実質作業完了だし!」
強がり混じりの大声を静かな森に虚しく響かせながら、俺は涙目で拳を握りしめ、昨日使いきれなかった巨木の山へと足早に向かった。
まずは資材の切り出しから。
緑色の釣り糸を伸ばし、両端を立木と右手に固定してピンと張り詰める。昨日の経験値のお陰で、もはやメジャーで印をつける手際すら職人レベルだ。寸分の狂いもなくガイド線へ糸を合わせると、左手の親指で力を込めて勢いよく弾いた。
パッチン!
乾いた爽快な音が鳴り、重厚な巨木が一直線にカットされて地面へ落ちる。断面は相変わらず研ぎ澄まされた鏡のように平滑で美しく、毛羽立ち一つない。
「今日も絶好調! この調子で一気にいくぞ!」
パッチン! パッチン!
テンポよく鳴る切断音とともに、鋼鉄級の硬度を誇る異世界の木材が、ミリ単位の狂いもない柱や壁板、屋根用の板材へと次々に姿を変えていく。
昨日あれほど寸法ズレに苦しんだ材木の切り出し作業が、なんとわずか一時間足らずで完了してしまった。
続いて取りかかったのは、巨大倉庫の命運を分ける基礎の補強作業。
汗ばんだ腕をまくり上げ、俺は建設予定地へと踏み込んだ。シルヴィアに占拠された旧小屋から少し離れた、陽当たりの良い場所だ。
スコップで浅い穴を掘り、そこへ鋼鉄製単管パイプを垂直に立てかける。そして右手に握りしめたのは、何の変哲もない手のひらサイズの小さな大工用金槌。
見た目こそホームセンターの初心者日曜大工コーナーで数百円で買えるような可愛らしい金槌だが、俺の手に握られチート化した今、大型重機すら凌駕する圧倒的な威力を秘めている……はず。
「ふんっ!!」
全身の体重を乗せ、掛け声とともに振り下ろす。
ズドォンッ!!
手のひらサイズの金槌から放たれたとは思えない、地響きのような腹に響く重低音が森に響き渡った。
本来なら杭打ち用の大型重機を投入しなければ不可能な作業も、チート金槌にかかれば極太の単管パイプがまるで柔らかい土に押し込む串のように、抵抗もなく地中深くへ埋まっていく。
空気を激しく震わせる打撃音を連続で叩き込むこと数回。
地中深くまで打ち込まれた鉄の杭は、どんな暴風や大地震が来ようと、あるいはシルヴィアクラスの巨大生物が突進してこようと、ビクともしない鉄壁の土台へと化けた。
土台さえしっかりしていれば、あとは組み上げていくだけ。
アプリの3D図面通りに、切り出した角柱を単管パイプの基礎へ噛み合わせ、接続部分にはインパクトドライバーで木工用ビスを一気に叩き込む。
キュイーンという快音とともに柱が立ち上がり、横木が渡され、分厚い壁板が隙間なく一枚ずつビス留めされていった。
作業開始からわずか三時間。
「ふぅ……できた! 今度こそ、俺の完全無欠な大容量倉庫!!」
そこに佇んでいたのは、昨日の豆腐小屋とは比べものにならない、堂々たる佇まいの大型木造倉庫だった。
広さは三倍。雨風や害獣の侵入を完璧にシャットアウトする強固な二重扉、屋根は雪が降っても大丈夫なように斜めにし、さらには風通しと湿気を考慮した引き違いの小窓まで完備した。
素人仕事とは思えない圧巻の出来栄えである。
「どうだシルヴィア! これが人間の底力だ!!」
騒音を聞きつけたのか、隣の犬小屋から出てきたシルヴィアに、俺は腰に手を当てて高らかに勝利宣言。新築の大倉庫をじっくりと見上げる彼女の、巨大で神秘的な金色の瞳が、心なしか感心したように見開かれる。
「ふふん、参ったか! 今回はちゃんと頑丈な扉を設置したからお前でも簡単には占領できない――ん?」
勝ち誇りかけた俺の視線が、シルヴィアの首元から胸元にかけての美しい銀毛に留まった。
ふんわりとした毛並みの一部が不自然に固まり、鮮烈な赤黒い液体がべっとりと付着している。
「血……!? お前、怪我してんのか!?」
思わず肝を冷やし、手にしていた工具を放り出して駆け寄った。
「見せろ、どこをやられた!?」
急いで毛をかき分け、傷口を探そうと指を滑らせる。シルヴィアは俺の焦りようを悟ったのか、嫌がる風もなく素直にその手を受け入れていた。
だが、いくら探しても皮膚には擦り傷一つすらない。苦しそうな素振りもゼロだ。
「あ……これ、お前の血じゃないのか」
胸を撫でおろしつつ、その血の正体にハッと気がついた。
今朝も俺がぐっすり眠っている間に、彼女はこの家の周りを徘徊していた狂暴な獣を狩り、我が家の平和を陰で守ってくれていたのだ。胸元に付着した血は、その激闘の凄まじさを物語る返り血だった。
「そっか。今日も朝から防衛を頑張ってくれてたんだな。ありがとな、シルヴィア」
俺が労をねぎらうように太い首筋を優しく撫でてやると、彼女は気持ちよさそうに黄金色の目を細め、「ルゥ……」と短く喉を鳴らした。
「よし、ちょっと待ってろ! お礼に美味いご馳走と水を持ってきてやるからな!」
俺は駆け足でキッチンへ向かうと、復元現象によって補充された特売の黒毛和牛と、冷えたペットボトルのミネラルウォーターを両手いっぱいに抱え、彼女の待つ作業場へと戻ってきた。
「ほら、地球の最高級肉だ。食べてみな」
ステンレスのボウルに和牛を投入して差し出すと、シルヴィアは怪訝そうに鼻先を近づけてヒクヒクと匂いを嗅いだ。そして、お試しとばかりに肉をパクリと口に含み、一回、二回と噛みしめる。
次も復元される保障はないが、彼女と仲良くなれるなら惜しくはない。というか頑張りに報いないのは俺の信条に反する。
「――っ!?」
次の瞬間、シルヴィアの目が極限まで見開かれた。
サシの入った極上和牛の脂と旨味が口いっぱいに広がり、脳内物質が弾けたのだろう。信じられない速度でゴクリと飲み込むと、尻尾を猛烈な勢いで振り始めた。
「ははは! 美味いだろ? 地球の肉牛の旨味をナメるなよ。でも今日はここまでだ」
「くぅ〜ん……」
馬ほどもある巨大モンスターが、まるで餌をねだる子犬のように切ない声を漏らし、じっと俺の顔を見つめてくる。
(うっ……かわいすぎる……!)
甘やかしたい気持ちをグッと堪え、俺はあえて首を横に振った。ここで甘やかしすぎれば、せっかくの最高級肉を有難がられなくなってしまうし、胃を壊されても困る。
「駄目だぞ。美味いものは少しずつ食べるから価値があるんだ。でも、小屋の中の道具を返してくれるなら考えなくもないぞ?」
未練たらたらにボウルを鼻先でつつくシルヴィアに交渉を持ちかけるも、彼女はフイッと露骨に顔を背けた。
「おい、目を逸らすな。あそこにあるのは大事なものなんだって。お前が持ってても使い道ないだろ」
まだ予定の半分ほどしか運び込んでいないとはいえ、中には大事な食料や資材が詰まっているのだ。
いくら賢くても彼女に米が炊けるはずもないし、缶詰の缶切りなんて知る由もない。そもそも大半が工具や日用品。猛獣にとっては、ただの四角い箱や鉄の塊でしかないはず。
しかしそんな俺の至極真っ当な指摘も、シルヴィアは華麗にスルー。完成したばかりの大倉庫の前でどっかりと横たわった。
今度は占領する気はないらしい。
「はぁ……いつかは返してくれよ……」
倉庫の前に鎮座する獣。
その姿はまるで、神殿を守護する伝説の聖獣そのものだった。




