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第6話 徴税官は、泥を踏まない

王都財務局の徴税官ベルトラム・ガノンが、ついに村へやって来ます。

丁寧な言葉で人を見下す相手に、リディアは“記録”を武器にして向き合います。

「この村で起きたことは、これから一つ残らず記録します。もちろん、徴税官様のお言葉も」


私がそう告げると、ベルトラム・ガノンの笑みが、わずかに固まった。


ほんの一瞬。


けれど、見逃すほど私は優しくない。


(嫌がったわね。なら、これは効く)


王都財務局の徴税官。

小太りの体に、上質な上着。

白い手袋。

泥道には不釣り合いな磨かれた靴。

そして、鼻につくほど甘い香水の匂い。


村人たちの服は擦り切れ、手は荒れ、頬は痩せている。

その中で、ベルトラムだけが別の世界から来たように浮いていた。


いや、正確には違う。


彼は浮いているのではない。

浮いていることを、隠すつもりがないのだ。


「記録とは、これはまた熱心なことでございますな」


ベルトラムはすぐに笑みを戻した。


「王都を離れ、土に親しまれるうちに、書記官のまねごとまで始められましたか」


柔らかい口調。

丁寧な言葉。

けれど、その中身は明らかな侮りだった。


カイの肩がわずかに動く。


私は横目でそれを見て、小さく首を振った。


今は剣を抜く場面ではない。


相手は役人だ。

剣で黙らせれば、こちらが悪者にされる。


だからこそ、ペンで受ける。


「まねごとでも、残らない言葉よりは役に立ちますわ」


私が答えると、ベルトラムの目が細くなった。


「ほう」


「まず確認します。ベルトラム・ガノン様。王都財務局所属の徴税官。到着は本日、朝の第八刻頃。同行者は御者一名、護衛二名。間違いありませんか」


「……間違いございません」


「ありがとうございます」


私はノートに書き込んだ。


わざと、ゆっくりと。


村人たちが息を潜めて見ている。

カイは黙っている。

村長は杖を握り、ベルトラムをにらんでいた。


ベルトラムは手袋の指先を整えながら、村を見渡した。


「さて、レヴィン辺境領の皆様。本日は予定通り、今年分の納税確認に参りました」


その言葉だけで、村人たちの顔がこわばった。


「畑が不作であることは、こちらも聞き及んでおります。まことにお気の毒でございます」


ベルトラムは胸に手を当てた。


「ですが、王国の税は民の感情で増減するものではございません。飢えている、苦しい、畑が枯れた。そうした事情は、個々の家庭には痛ましいことでしょう。ですが、制度とは別の話でございます」


「別の話、ですか」


カイの声が低くなった。


ベルトラムはにこやかにうなずく。


「ええ。王国を支えるのは規律です。辺境だからと特別扱いをすれば、他領にも示しがつきません」


村長が一歩前に出た。


「特別扱いを求めておるのではありませんぞ。畑が枯れ、井戸水まで怪しい。村は今年、種も食料も失っております」


「村長殿」


ベルトラムは、ゆっくりと村長を見た。


「お気持ちは理解いたします。ですが、毎年どこの村も“苦しい”と申します。苦しくない村など、王国にはございません」


村長の顔が赤くなる。


「この村は、子どもが倒れておるのですぞ」


「それは医師の問題でございましょう」


「薬師も医師も、村にはおらん!」


「それは村の運営上の問題でございますな」


その瞬間、広場の空気が鋭くなった。


村人たちの目に怒りが浮かぶ。

でも、同時に恐れもある。


相手は王都の徴税官だ。

逆らえば、さらに悪くなるかもしれない。


その恐れを、ベルトラムは知っている。


知ったうえで、踏んでいる。


(本当に、嫌な踏み方をする人ね)


私はノートにペンを走らせた。


ベルトラムがそれに気づき、眉をぴくりと動かした。


「何を書いておられるのですかな」


「先ほどのご発言です」


「発言?」


「“子どもが倒れていることは医師の問題”“薬師や医師がいないことは村の運営上の問題”。そのように記録しています」


ベルトラムの笑みが薄くなる。


「言葉尻を取るのは感心しませんな」


「言葉尻ではありませんわ。命に関わる認識です」


私は顔を上げた。


「この村では、井戸水の異常、畑の不作、子どもの体調不良が同時に起きています。それを別々の問題として処理するのは危険です」


「リディア様」


ベルトラムは、わざとらしくため息をついた。


「あなたは植物魔法の使い手であって、医師でも水利官でも財務官でもない。専門外のことに口を出されるのは、いささか危ういのでは?」


私は静かに微笑んだ。


「そうですね。私は医師ではありません。だから、治療したとは言いません。水利官でもありません。だから、原因を断定していません。財務官でもありません。だから、税制について勝手な結論は出しません」


ベルトラムの目が、ほんの少しだけ揺れる。


私は続けた。


「その代わり、見たことを記録しています。土の状態。水の匂い。畑の変化。村人の証言。赤い実の発生場所。子どもの体調不良。徴税官様のご発言」


(決めつけない。でも、見なかったことにはしない)


「それの何が問題でしょうか」


ベルトラムは笑った。


「実に立派な心がけでございますな。ですが、記録で税が消えるわけではございません」


「消してほしいとは言っていません」


「ほう?」


「徴税の延期、または現地調査完了までの一時保留を求めます」


広場が静まり返った。


カイがこちらを見る。

村長も、村人たちも、息を止めていた。


ベルトラムは、少しだけ口角を上げた。


「お断りいたします」


早かった。


考える間もないほどだった。


「理由を伺っても?」


「王都の規定により、納税期限はすでに定められております。辺境の一村の都合で変更する権限は、私にはございません」


「では、権限のある部署へ報告を」


「必要があるとは思えませんな」


私はペンを置いた。


そして、ベルトラムをまっすぐ見た。


「今、確認しました。ベルトラム様は、村の現地記録を確認する前に、徴税延期の検討を不要と判断された。そう記録してよろしいですね」


「……リディア様」


ベルトラムの声が、少し冷たくなった。


「あなたはご自分の立場をお忘れではありませんか」


「忘れていませんわ」


「あなたは王子殿下との婚約を破棄され、この辺境へ送られた身です。王都での後ろ盾は、すでにない」


広場がざわついた。


村人たちの視線が私に集まる。


痛い言葉だった。


王都で切り捨てられたこと。

無能と呼ばれたこと。

ここへ送られたこと。


その全部を、この男は人前でわざと口にした。


カイが一歩前へ出ようとする。


私はまた、軽く首を振った。


大丈夫。


少なくとも、今は崩れない。


(大丈夫、ではないわね。でも、ここで傷ついている場合じゃない)


私は静かに答えた。


「ええ。私は王都に後ろ盾を持ちません」


ベルトラムが満足げに笑う。


私は続けた。


「だからこそ、後ろ盾ではなく、事実を持ちます」


笑みが止まった。


「殿下に見限られたかどうかは、今この村の井戸水とは無関係です。私の婚約破棄は、畑の白化原因にはなりません。私の立場が弱いことは、ノエルという子どもが熱を出した事実を消しません」


私はノートを指先で押さえた。


「話をずらさないでください」


広場の空気が変わった。


誰かが、小さく息をのんだ。


ベルトラムの護衛が不快そうに動く。


カイがその前に出た。


「護衛の方々。手は出さないでください」


声は静かだったが、鋭い。


ベルトラムは鼻で笑った。


「これはこれは。辺境の騎士様まで、追放令嬢の味方でございますか」


「私はレヴィン領の管理者として、村の安全を守っているだけです」


「安全。結構なことですな。では、その安全のためにも税を納めていただきたい。王国の軍、街道、治安。すべて税によって支えられておりますから」


「村が潰れれば、来年の税はありませんぞ」


村長が低く言った。


ベルトラムは村長を見下ろした。


「それは、村長殿が考えるべき運営責任です」


村長の手が震えた。


怒りで。


私は一歩、前へ出た。


「ベルトラム様。納税対象の確認をしたいのですが」


「ようやく本題ですかな」


「現在、この村に残っている主な資産は、食料、家畜、農具、そして来期用の種です」


「その通りでございます」


「このうち、来期用の種を徴収対象に含めるおつもりですか」


ベルトラムはにこりとした。


「状況によりますな」


村人たちがざわつく。


「種を取られたら、来年まけない!」


「今年だけじゃなく、来年も終わるぞ」


「そんな……」


不安が一気に広がった。


ベルトラムはそれを楽しむように見ていた。


「皆様、誤解なさらぬよう。私は何も、村を滅ぼそうとしているわけではございません。ただ、納税義務を果たしていただきたいだけです」


私は声を低くした。


「種を取れば、来年の収穫が消えます」


「納税が先でございます」


「来年の収穫が消えれば、来年の税も消えます」


「それは来年考えることでございますな」


その言葉に、私の中で何かが冷えた。


怒りは熱くなるものだと思っていた。

けれど、本当に怒ると、逆に頭が冷えることがある。


(だめ。この人は、来年ここに生きている人のことを見ていない)


私はゆっくり息を吸った。


「では、確認します」


「また記録ですか」


「ええ」


私はペンを取った。


「ベルトラム様は、来期用の種を徴収対象に含める可能性を示した。来年の収穫および来年分の税収に悪影響が出る可能性を指摘されても、“それは来年考えること”と回答した」


ベルトラムの頬が、かすかに引きつった。


「その書き方は悪意がございますな」


「事実と違うなら訂正しますわ」


「言葉には文脈というものが」


「では、正確な文脈をおっしゃってください。書きます」


沈黙。


ベルトラムは笑っていたが、目は笑っていなかった。


村人たちは、固唾をのんで見ている。


村長がぽつりとつぶやいた。


「……記録というものは、なかなか性格が悪いですな」


「使う人間次第です」


私は小さく返した。


カイが横で低く言った。


「今のあなたは、かなり性格が悪く見えます」


「褒め言葉として受け取るわ」


「半分は褒めています」


「残り半分は?」


「無茶をするな、です」


「気をつけます」


ベルトラムが咳払いをした。


「茶番はそこまでにしていただきたい」


彼は手袋を整え、村人たちへ向き直った。


「本日、税の納付状況を確認いたします。不足がある場合、王都財務局の規定に基づき、物納可能な品を差し押さえます」


村人たちの顔から血の気が引く。


「家畜、農具、貯蔵穀物、種、薬草、その他価値のある品。順に確認いたします」


「農具まで取るおつもりですか!」


畑の男が叫んだ。


ベルトラムは涼しい顔で答える。


「価値ある物品であれば、対象となり得ます」


「農具を取られたら畑を戻せない!」


「それは残念ですな」


その一言で、男が掴みかかりそうになった。


カイがすぐに間へ入る。


「やめろ」


「でも、カイ様!」


「今ここで手を出せば、村が不利になる」


男は歯を食いしばった。


悔しさが、広場に広がる。


私は男を見た。


「大丈夫、とは言わないわ」


男がこちらを見る。


「でも、ここで手を出さないで。あなたの怒りを、相手に利用させたくないの」


(怒って当然。でも、怒り方を間違えたら、この男が悪者にされる)


男は拳を握りしめ、ゆっくりと下ろした。


ベルトラムが薄く笑う。


「賢明ですな」


私はその笑みを見ながら、ノートを閉じた。


「ベルトラム様」


「何でございましょう」


「差し押さえを行うなら、書面をお願いします」


「書面?」


「はい。対象物、数量、理由、徴収判断者の氏名、立会人。すべて明記したものです」


ベルトラムの表情が止まった。


「通常、そのような細かな書面は現地では」


「通常ではない状況ですもの」


私は穏やかに言った。


「村の食料・種・農具を差し押さえるなら、それが村の来年の生産力に与える影響も記録します。後ほど王都へ提出できるよう、徴税官様の署名もいただきます」


「あなたに提出権限があると?」


「私個人ではありません。ですが、カイ様はレヴィン領の管理者です。村長も立会人です。そして私は、現地記録の作成者です」


カイがすぐに答えた。


「その通りです。書面なしの差し押さえは認めません」


村長も杖を突いた。


「わしも立ち会いますぞ。耳は遠くなっても、名前くらいは覚えられますのでな」


ベルトラムは、初めて明確に不快な顔をした。


「ずいぶんと強気でございますな」


「弱い側ほど、紙を残すべきですから」


私は答えた。


その時、セリナが村人たちの後ろから小さく声を上げた。


「リディア様!」


振り返ると、セリナが木片を抱えて走ってきた。


「北畑の記録、持ってきました!」


息を切らしながら、彼女は私に木片を差し出す。


そこには、昨日と今朝の実験区画の印が刻まれていた。


葉の角度。

土の色。

湿り気。

村長の確認印らしき、曲がった線。


私は受け取って、うなずいた。


「ありがとう、セリナ」


セリナはベルトラムを見て、少し怯えた。


でも、逃げなかった。


「これも、記録です」


小さな声だった。


けれど、確かに聞こえた。


ベルトラムはセリナを見下ろした。


「子どもの落書きですな」


セリナの肩が震える。


私は一歩、セリナの前に立った。


「訂正してください」


ベルトラムが私を見る。


「何をですかな」


「これは観察記録です。字が拙いことと、価値がないことは同じではありません」


「リディア様、子どもの前で大げさな」


「大げさではありませんわ」


私は声を落とした。


「この子は、昨日から畑を見ています。あなたより、この土地の変化を見ている」


ベルトラムの笑みが消えかける。


「徴税官様。村の子どもが記録した現地観察を“落書き”と表現した。この発言も記録します」


「……お好きになさい」


「はい。好きにします」


カイが少しだけ横を向いた。


また笑いをこらえている。


村長は小さくうなずいていた。


セリナは、私の後ろで木片をぎゅっと握り直した。


(大丈夫。この子の手から、できることを奪わせない)


ベルトラムは、ついに笑みを消した。


「リディア様。あなたは自分が何をしているのか、分かっておられるのですか」


「ええ」


「王都財務局に逆らうということは、王都に逆らうことです」


「違いますわ」


私は静かに首を振った。


「私は王都に逆らっているのではありません。村を見ずに数字だけを持ち帰ろうとするあなたに、現地を見てくださいと言っているのです」


「生意気な」


護衛の一人が低くつぶやいた。


カイが即座にそちらを向いた。


「今の発言は撤回しろ」


護衛が鼻で笑う。


「辺境の騎士が、王都の護衛に命令か」


空気が一気に張りつめた。


ベルトラムは止めない。


むしろ、成り行きを見ている。


村人が怯える。

カイが怒る。

手が出る。

そうなれば、相手は“徴税妨害”として処理できる。


(乗ってはだめ。相手は、それを待っている)


私はカイの袖を軽く引いた。


「カイ様」


カイは私を見る。


目に怒りがある。


私は小さく首を振った。


「まだです」


その一言で、カイは深く息を吸い、剣の柄から手を離した。


「……分かりました」


ベルトラムはつまらなそうに眉を上げた。


私は護衛の方を見た。


「今の発言も、必要なら記録します。ですが、私は護衛の方と争うつもりはありません」


そして、ベルトラムに向き直る。


「改めて確認します。差し押さえを行うなら、書面を出してください。出せないなら、現時点での差し押さえは保留してください」


「あなたに命じられる筋合いはございません」


「命じているのではありません。求めています」


「断ると言ったら?」


「そのことも記録します」


ベルトラムの頬が赤くなった。


怒りを、無理に笑みで隠している。


「実に面倒な方だ」


「よく言われます」


「殿下が婚約を破棄された理由が、少し分かる気がいたしますな」


その言葉に、広場が静かになった。


さすがに、村人たちも顔をこわばらせた。


カイが低く言う。


「ベルトラム」


呼び捨てだった。


危ない。


私は先に口を開いた。


「そうかもしれませんね」


ベルトラムが意外そうにこちらを見る。


私は続けた。


「私は、きっと王都では面倒な女だったのでしょう。草を見て、土を見て、数字を見て、納得できないことを納得したふりができない」


(本当は傷つく。でも、この傷を今、村人に背負わせるわけにはいかない)


「でも、この村では、その面倒さが役に立つかもしれません」


私はノートを持ち上げた。


「だから、好きなだけ笑ってください。その間に、私は記録します」


ベルトラムは、しばらく黙っていた。


そして、ようやく懐から一枚の書類を取り出した。


「本日は、納付状況の確認のみといたしましょう」


村人たちの間に、わずかな安堵が広がる。


だが、ベルトラムは続けた。


「ただし、三日後までに不足分の納税案を提出していただきます。提出がない場合、財務局権限により、物納差し押さえを実行いたします」


カイが険しい顔になる。


「三日では短すぎる」


「規定でございます」


「現地調査を」


「そちらは、リディア様が熱心にされているではありませんか」


ベルトラムは皮肉を込めて言った。


「その立派な記録とやらで、三日後までに納税案を作っていただきましょう」


村長がうなる。


「無茶を言いなさる」


「無茶ではございません。税とは、そういうものです」


ベルトラムは馬車へ向かって歩き出した。


靴に泥がつかないよう、護衛が板を置く。

彼は当然のように、その上を踏んでいった。


その姿を見て、私は思った。


この男は、最後まで泥を踏まない。


村の土も。

畑の苦しさも。

子どもの熱も。

種を取られる恐怖も。


何一つ、自分の足で踏まないまま、数字だけを持っていこうとする。


馬車に乗る直前、ベルトラムが振り返った。


「リディア様」


「何でしょう」


「記録がお好きなら、こう書いておくとよろしい」


彼は笑った。


「追放令嬢、辺境にて税を止められず、と」


村人たちが息をのむ。


私はノートを開いた。


そして、静かに書いた。


「徴税官ベルトラム・ガノン。三日後の納税案提出を要求。提出なき場合、物納差し押さえを実行すると発言」


顔を上げる。


「追放令嬢の感想は、あとで別に書いておきますわ」


ベルトラムの顔が、わずかに歪んだ。


馬車の扉が閉まる。


やがて、王都財務局の紋章をつけた黒い馬車は、砂ぼこりを立てながら村を出ていった。


残された広場には、重たい沈黙が落ちた。


三日。


たった三日で、納税案を出さなければならない。


できなければ、種も農具も奪われる。


村人たちの顔には、先ほどまでの小さな希望が消えかけていた。


セリナが小さく言う。


「リディア様……どうするんですか」


私はノートを閉じた。


正直に言えば、簡単ではない。

むしろ、かなり厳しい。


税そのものを消すことはできない。

村に余裕もない。

王都は助ける気がない。


でも、ゼロではない。


畑の実験区画。

赤い実。

井戸水。

北の水路。

村に残る薬草。

そして、徴税官が嫌がった記録。


使えるものはある。


「まず、村にあるものを全部調べます」


私が言うと、村人たちが顔を上げた。


「食べ物、種、農具、家畜、薬草、藁、灰、壊れた道具。捨てる予定のものまで全部です」


村長が眉を寄せた。


「そんなものを調べて、どうするおつもりですかな」


「納税案を作ります」


「払えるのですか」


「払える案ではなく、村が来年も生き残るための案です」


カイが目を細めた。


「代替案を出すのですね」


「ええ。種と農具を守る代わりに、別の価値を示します」


「別の価値?」


私は北畑の方を見た。


「薬草です」


村長が目を見開く。


「薬草など、そんなに残っておりませんぞ」


「だから、調べます。残っているもの、増やせるもの、売れるもの、村で使うべきものを分けます」


(薬草は命を守るもの。でも、同時に価値にもなる。扱いを間違えたら、村の命綱を売り払うことになるわ)


私はセリナの木片を見た。


小さな記録。

小さな草。

小さな一歩。


それでも、始まりにはなる。


「三日で、全部は変えられません」


私は村人たちに向き直った。


「でも、三日で“奪わせない理由”は作れます」


カイが静かにうなずいた。


「指示を」


村長も、渋い顔のまま杖を鳴らした。


「仕方ありませんな。三日でできることを、三日分やりましょう」


セリナが木片を握りしめた。


「私も、やります」


村人たちが、少しずつ顔を上げる。


まだ不安は消えていない。

でも、完全に折れてはいない。


私はノートを開いた。


一番上に、新しい見出しを書く。


三日間の納税代替案。

目的。

種と農具を守る。

村の生産力を残す。

薬草資源を確認する。

徴税官の差し押さえを防ぐ。


ペン先が少し震えた。


怖い。

失敗すれば、村は来年を失う。


でも、やるしかない。


(大丈夫とは言わない。でも、見捨てない)


私は顔を上げた。


「始めましょう」


白い畑の向こうで、乾いた風が吹いた。


その風の中で、小さな草が揺れている。


まだ弱い。


でも、倒れてはいなかった。

第6話を読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、徴税官ベルトラムが登場し、リディアが“記録”を武器に初めて正面から対抗する回でした。

次回は、三日後の差し押さえを防ぐため、リディアたちが村に残された薬草と資源を調べ始めます。


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