第7話 薬草は、売るものではなく残すもの
第7話です。
徴税官ベルトラムから、三日後までに納税案を出すよう迫られたリディアたち。
種と農具を守るため、村に残された薬草と資源を調べることになります。
「村にあるものを、全部調べます」
私がそう言うと、村人たちは黙った。
広場に残っていた空気は、まだ重い。
王都財務局の黒い馬車が去ったあとも、ベルトラム・ガノンの甘ったるい香水の匂いだけが、しつこく鼻の奥に残っている気がした。
三日後。
その言葉は、村人たちの首に縄をかけるには十分だった。
税を納められなければ、物納差し押さえ。
食料、家畜、農具、そして来期用の種まで対象になり得る。
種を取られれば、来年はない。
農具を取られれば、畑を戻せない。
薬草を取られれば、子どもや老人を支えられない。
それでも、徴税官は言った。
納税が先だ、と。
(本当に、腹が立つわね。数字だけ見て、来年生きる人間を見ていない)
私はノートを開いた。
「まず、三つに分けます」
カイが隣で腕を組む。
「三つ?」
「一つ目は、絶対に守るもの。種、農具、飲み水、村で使う薬草。二つ目は、条件付きで差し出せるもの。余剰の加工品や、今すぐ命に関わらないもの。三つ目は、価値を示すためのもの。薬草の記録、再生中の畑、井戸水と水路の調査結果」
村長が杖を鳴らした。
「言い換えると、取られてよいものと、取られては困るものを分けるわけですな」
「少し違います」
「ほう?」
「取られてよいものはありません」
私は村長を見た。
「ただ、どうしても守る順番を決めます」
村長は一瞬黙り、それから口元を歪めた。
「……優しいようで、なかなか冷たいことを言いなさる」
「冷たく聞こえるかもしれません。でも、全部を守ると言って何も守れないのは、もっと残酷です」
(本当は全部守りたい。でも、それを口にするだけでは何も変わらない)
カイが短くうなずいた。
「現実的です」
「褒めているのかしら」
「半分は」
「残り半分は?」
「無理をするな、です」
「それ、最近多いわね」
「あなたが無理をするからです」
カイの返事は相変わらず短い。
けれど、その声には昨日より少しだけ遠慮がなかった。
悪くない変化だと思った。
セリナが木片を抱えて前に出る。
「リディア様。私は何をすればいいですか?」
「セリナは、薬草の場所を教えてちょうだい。子どもたちが遊ぶ場所、山羊が食べない草、村の人が昔から使っていた葉。そういうものを知っているでしょう?」
セリナは少し驚いた顔をした。
「そんなことでいいんですか?」
「そんなこと、ではないわ」
私は膝を少し曲げ、セリナと目線を合わせた。
「薬草は、本に載っている場所に生えるわけではありません。実際にどこにあるかを知っている人の方が大事なの」
セリナの目が、少し明るくなった。
「私、探します」
「お願いね。でも、一人では行かないで。赤い実の場所には近づかないこと」
「はい」
その返事は素直だった。
でも、握りしめた木片には力が入っている。
怖いのだろう。
それでも、動こうとしている。
(この子の手から、役目を奪ってはいけないわ)
私は村人たちに向き直った。
「薬草を知っている人はいますか。昔、熱や腹痛、傷に使っていた草でも構いません」
しばらく、誰も手を上げなかった。
村人たちは互いに顔を見合わせる。
言っていいのか、迷っているようだった。
やがて、背の低い老婆が一歩前に出た。
「昔の話でよければ、少しは知っております」
村長が振り返る。
「マーサ婆さん」
マーサと呼ばれた老婆は、背は曲がっているが、目はよく動いていた。
皺だらけの手には、乾いた葉を編んだ小さな籠を持っている。
「薬師が村にいた頃は、わしも手伝っておりました。もっとも、もう古い知識です。今の若い者は、そんな草のことなど聞きたがりませんでしたからね」
声は穏やかだが、少し棘がある。
私は頭を下げた。
「教えていただけますか」
マーサ婆さんは、私をじっと見た。
「王都のお嬢様が、婆の昔話を信じるのですか」
「信じる、ではなく確かめます」
カイが横で小さく息を吐いた。
村長は眉を上げた。
マーサ婆さんは一瞬きょとんとし、それから低く笑った。
「正直なお方だ」
「大事なことなので」
「よろしい。では、確かめていただきましょう」
◇
最初に向かったのは、村の南側にある古い薬草畑だった。
畑、と言っても、今はほとんど野草地に近い。
石で囲まれた小さな区画に、背の低い草がまばらに生えているだけだった。
マーサ婆さんは杖で足元を示した。
「ここには昔、熱冷ましの青灯草、傷に使う銀葉草、腹に優しい丸根草がありました」
「今は?」
「見ての通りです。半分も残っておりません」
私はしゃがみ込んだ。
土は北畑ほど白くはない。
けれど、柔らかさが足りない。
乾いた表面の下に、固い層がある。
薬草たちも、ずいぶん弱っていた。
青灯草は数株。
銀葉草は葉が小さく、色が薄い。
丸根草らしきものは、根を掘らなければ分からない。
(これは売るどころではないわ。今あるものを刈り取れば、来年は消える)
私は青灯草に触れた。
緑脈視を使いたくなる。
でも、すぐには使わない。
まず見る。
触る。
匂いを確かめる。
周囲の土を確認する。
魔法に頼る前に、観察で分かることを拾う。
「どうですかな」
村長が後ろから聞いた。
「弱っています。でも、残っています」
「売れますか」
その言葉を聞いた瞬間、セリナが不安そうにこちらを見た。
マーサ婆さんも黙った。
私はゆっくり立ち上がった。
「売りません」
村長の眉が動く。
「徴税官への代替価値にすると言っていたではありませんか」
「価値を示すことと、売り払うことは違います」
私は薬草畑を見渡した。
「今ここに残っている薬草は、村の命綱です。刈って差し出せば、一時的には価値になります。でも、次に子どもが熱を出した時、何も残りません」
「では、税の代わりにはならぬ」
「そのままでは、です」
村長が杖を握る手に力を入れる。
「また、分かりにくい言い方をなさる」
「すみません。でも、ここは大事なので曖昧にしたくないの」
(薬草を金に変えるのは簡単。でも、命を金に変えたら終わりだわ)
私はノートに薬草畑の略図を書いた。
「売るのは薬草そのものではありません。まずは薬草資源としての価値を示します」
カイが尋ねる。
「どういう意味ですか」
「この村には、薬草が自生できる環境がまだ残っています。青灯草、銀葉草、丸根草。それらを保護し、増やせれば、来年以降に薬草税や薬草納品で納税できる可能性があります」
村長が目を細めた。
「今払う税の代わりに、来年以降の薬草納品を提案する、と?」
「ええ。ただし、それだけでは弱いわ」
私は薬草畑の端を指した。
「だから、三日以内にできることを作ります」
「三日で薬草を増やすおつもりですか」
「増やすというより、守る形を作ります」
「守る形?」
「薬草畑を区分けして、残す株、採取できる葉、増やす株を分けます。さらに、村人が採りすぎないよう記録します。つまり、薬草管理台帳を作るの」
カイが少しだけ感心したように言った。
「台帳ですか」
「そう。王都の人間は、紙に弱いでしょう?」
村長がふっと笑った。
「嫌な言い方ですな」
「褒め言葉として受け取ります」
「褒めておりませんぞ」
マーサ婆さんが青灯草を見下ろしながら言った。
「採れる葉は少ないですよ。無理に取れば、株が弱ります」
「無理には取りません」
「徴税官は、それで納得するでしょうか」
「しないでしょうね」
私は正直に言った。
セリナが不安そうに眉を寄せる。
「じゃあ、だめなんですか?」
「だめかどうかは、まだ決まっていないわ」
私はセリナを見る。
「相手が納得しなくても、こちらが守る理由を持つことが大事なの」
「守る理由……」
「この薬草は、今売るより、育てて残す方が価値がある。そう説明するための根拠を作るのよ」
セリナは小さくうなずいた。
まだ全部は分かっていないだろう。
でも、必死に聞こうとしている。
それだけで十分だった。
◇
次に、マーサ婆さんは村外れの石垣沿いへ案内してくれた。
「ここには銀葉草が残っているはずです」
石垣の陰には、細い銀色の葉がいくつか伸びていた。
名前の通り、葉の裏が淡く光って見える。
傷薬として使う草だという。
私は葉に触れ、匂いを確かめた。
青臭さの奥に、少しだけ油のような匂い。
葉は薄いが、繊維は強い。
「これも少ないわね」
「ええ。昔はもっとありました」
マーサ婆さんは石垣の向こうを見た。
「北の水路が悪くなってから、薬草の場所もずいぶん変わりました。水辺の草は消え、乾いたところの草ばかり残る」
「やはり、水路の影響が広がっているわ」
(薬草の分布も証拠になる。畑だけではなく、村の植物相そのものが変わっている)
私はノートに書き足した。
薬草分布の変化。
水辺種の減少。
乾燥耐性種の偏り。
水路異常後に進行。
カイが横から覗き込む。
「それも徴税官に見せるのですか」
「見せます」
「理解しますかね」
「しないかもしれないわ。でも、理解できないなら、理解できないと記録します」
「あなたは本当に記録で殴る気ですね」
「事実で殴る、と言ってほしいわ」
「余計に物騒です」
「そうかしら」
村長が後ろでぼそりと言った。
「剣より怖いですな。後から効く」
マーサ婆さんが小さく笑った。
その時だった。
セリナが石垣の隙間を指さした。
「リディア様、これも薬草ですか?」
そこには、銀葉草によく似た葉が生えていた。
形は似ている。
色も近い。
でも、私はすぐに違和感を覚えた。
葉の縁がわずかに赤い。
茎の節が詰まっている。
銀葉草より、葉の先が鋭い。
私はセリナの手をそっと止めた。
「触らないで」
声が少し強くなった。
セリナがびくりとする。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいわ。よく見つけてくれた」
(驚かせた。でも、ここは強く止めて正解)
私は息を整えてから、柔らかく続けた。
「これは銀葉草に似ているけれど、違う草よ。たぶん、傷口には使わない方がいい」
マーサ婆さんが顔を近づけ、目を細めた。
「……本当だ。葉の縁が赤い。昔、薬師が嫌っていた草に似ています」
「名前は?」
「赤縁草、と呼んでおりました。傷に使うと、かえって腫れることがあると」
セリナの顔が青くなった。
「私、銀葉草だと思いました」
「だから、記録するの」
私はノートに二つの葉の簡単な絵を描いた。
銀葉草。
葉裏が銀色。
縁は滑らか。
茎は薄緑。
赤縁草。
葉縁に赤み。
節が詰まる。
傷には使わない。
「似ているものほど、間違えやすいわ。だから、見分ける印を残します」
セリナはじっと絵を見た。
「私、覚えます」
「覚えるだけでなく、誰かに伝えられるようにしましょう」
「はい」
カイが低く言った。
「毒草を薬草として差し出されたら、まずいですね」
「ええ。かなりまずいわ」
私は赤縁草を見つめた。
「徴税官が薬草の価値を知ったら、量だけを求めるかもしれません。そうすると、村人が急いで採って、似た草を混ぜてしまう危険がある」
「意図せず、毒が混ざる」
「そう。そして責任は村に押しつけられるでしょうね」
村長の顔が険しくなる。
「王都の連中なら、やりかねませんな」
「だから先に、薬草と似た草の見分け表を作ります」
私はノートを閉じた。
「売るためではありません。守るためです」
◇
午後には、村の倉庫を確認した。
残っている種は少ない。
麦の種。
豆の種。
乾燥に強い小粒の雑穀。
だが、どれも十分とは言えない。
農具も傷んでいた。
鍬の柄は割れ、鎌は刃こぼれし、荷車は車輪が歪んでいる。
それでも、村にとっては貴重なものだ。
ベルトラムが差し押さえ対象にすると言った農具。
それは、王都の帳簿ではただの物品かもしれない。
でもここでは、来年を耕す手そのものだった。
私は一つずつ記録した。
鍬、七本。
うち三本は修理必要。
鎌、十二本。
刃こぼれあり。
荷車、二台。
一台は車輪不良。
麦種、残量少。
豆種、比較的保存良。
薬草畑、保護必要。
村長が横で腕を組んでいる。
「こんな傷んだ道具まで書くのですか」
「書きます」
「王都の徴税官が見れば、価値なしと笑うでしょう」
「価値が低いなら、差し押さえる意味も低いと主張できます」
村長が目を細めた。
「なるほど。壊れかけの農具を持っていかれても困るが、持っていく側にも旨味は少ない、と」
「はい。逆に、村に残せば修理して使えます。だから差し押さえより、村内修理を優先すべきです」
カイが短く言った。
「筋は通っています」
「相手が筋を聞くかどうかは別ですが」
「聞かせるしかありません」
その言葉に、私は少しだけカイを見た。
最初に会った時より、彼の声はずいぶん変わった。
王都の令嬢を警戒していた騎士。
泣きたいなら屋敷でどうぞ、と言いそうな男。
いや、実際に近いことは言った。
でも今は、同じ方向を見ている。
(信頼、というにはまだ早いかもしれない。でも、同じ問題を見ている。それで十分だわ)
倉庫の奥から、セリナが小さな袋を持ってきた。
「リディア様、これ、マーサおばあちゃんが古い薬草だって」
袋の中には、乾燥した葉が入っていた。
色はややくすんでいる。
香りも弱い。
私は少量を手に取り、匂いを確認した。
「古いわね」
マーサ婆さんがうなずく。
「去年のものです。もう効きは弱いでしょう」
「売り物にはならないわ」
村長が渋い顔をする。
「また売れぬものですか」
「でも、使い道はあります」
「ほう?」
「薬草湯として強い効果は期待できません。でも、香りが残っているものは虫よけや保管場所の匂い移り防止に使えるかもしれません」
カイが少し驚いた顔をした。
「古い薬草まで使うのですか」
「使えるものは使います。ただし、何に使えるかを間違えないことが大事です」
(効かない薬を薬として売れば詐欺。でも、別の使い方なら資源になる)
私は古い薬草を別の籠に分けた。
使用禁止。
治療用不可。
保管・防虫用途の確認。
村長がしみじみと言った。
「あなたは、本当に捨てるのが下手ですな」
「違います。捨てる前に確認したいだけです」
「同じでは?」
「少し違います」
「頑固ですな」
「村長ほどではありません」
村長は一瞬黙り、それから鼻を鳴らした。
「口まで達者になってきなさった」
カイが横で言った。
「元からです」
「カイ様」
「事実です」
「それも記録しておこうかしら」
「やめてください」
セリナがくすりと笑った。
その笑い声に、倉庫の中の空気が少しだけ和らいだ。
◇
夕方。
私は屋敷の一室で、集めた情報を整理していた。
机の上には、薬草の葉、木片の記録、倉庫の一覧、北畑の観察図が並んでいる。
薬草管理台帳。
似た草の見分け表。
農具修理一覧。
種の保護理由。
徴税官への代替提案。
書くべきものが多すぎる。
頭が重い。
目の奥が痛い。
指先にはインクがにじんでいた。
(休まなきゃいけないのは分かっている。でも、三日後は待ってくれないのよね)
そう思った時、机の上に木の杯が置かれた。
中には、薄い湯が入っている。
顔を上げると、カイが立っていた。
「飲んでください」
「薬草湯?」
「ただの湯です」
「気が利くのね」
「倒れられると困りますから」
「その言い方、優しいのか冷たいのか分かりにくいわ」
「両方です」
私は思わず笑った。
湯を飲むと、体の奥に少しだけ熱が戻る。
カイは机の上の書類を見た。
「どこまで進みましたか」
「薬草は、売却ではなく保護資源として提案します。銀葉草と青灯草は残す。古い薬草は治療用に使わず、保管用途へ。農具は修理計画を添えて、差し押さえ対象から外すよう求めます」
「種は?」
「絶対に守ります」
私ははっきり言った。
「種を取られたら終わりです。ここは譲れません」
カイはうなずいた。
「同意します」
「ただ、ベルトラムは簡単に引かないわ」
「でしょうね」
「だから、もう一つ欲しいの」
「何を?」
私はノートの端を指で叩いた。
「王都が欲しがる価値です」
カイの表情が険しくなる。
「薬草以外に?」
「ええ。薬草そのものでは弱い。けれど、もしこの村に“他領では採れにくい薬草”が残っていれば、話が変わるわ」
「心当たりがあるのですか」
「まだないわ」
「ないのに探すのですか」
「心当たりがないから探すの」
カイは深く息を吐いた。
「あなたらしいですね」
私は机に広げた薬草の葉を見た。
青灯草。
銀葉草。
丸根草。
そして、赤縁草。
似た草。
消えた草。
増えた草。
環境が変わった証拠。
マーサ婆さんは言っていた。
昔、水辺に白い花が咲いていた、と。
私は顔を上げた。
「カイ様。明日の朝、昔の水辺の薬草地を見に行きます」
「北の水路ですか」
「その近く。でも、赤茶けた水路そのものではなく、昔の流れが残っている場所」
「危険です」
「でしょうね」
「分かっていて言っていますね」
「ええ」
カイは眉間を押さえた。
「本当に、あなたは……」
「無茶はしないわ」
「信じていません」
「ひどいわね」
「実績があります」
反論できなかった。
その時、扉が小さく叩かれた。
入ってきたのはマーサ婆さんだった。
手には、古びた布包みを持っている。
「リディア様。少し、見ていただきたいものがございます」
「何でしょう」
マーサ婆さんは布包みを開いた。
中には、乾燥した白い花が一輪だけ入っていた。
花弁は細く、色は少しくすんでいる。
だが、形は美しい。
白い花。
水辺に昔咲いていたという、あの花だろうか。
私はそっと顔を近づけた。
ほとんど香りは残っていない。
けれど、ほんのかすかに、清涼感のある匂いがした。
「これは?」
「昔、この村で“月白草”と呼んでいた花です」
マーサ婆さんの声は、少し震えていた。
「熱病の後、体力を戻す薬湯に少しだけ使っておりました。今はもう、村では見かけません」
「どこで採れたのですか」
「北の古い水辺です。赤い水路になる前、澄んだ流れのそばに咲いていました」
私は花を見つめた。
月白草。
消えた薬草。
水辺の環境変化。
熱病後の回復。
もし、まだどこかに残っているなら。
それは村にとって、ただの薬草ではない。
薬としても、徴税官への価値提示としても、水路異常の証拠としても使える。
(見つけたい。でも、見つけたら守らなければいけない。価値があると知られた瞬間、奪われる可能性がある)
私は布包みを丁寧に閉じた。
「マーサさん。この花のことを、今は広めないでください」
カイが私を見る。
「隠すのですか」
「守るためです」
私は静かに答えた。
「価値を見せる相手を間違えると、薬草は村を救う前に奪われます」
マーサ婆さんは深くうなずいた。
「そう言ってくださると思っておりました」
村長とは違う形の、古い知恵を持つ人だ。
私はカイに向き直った。
「明日の朝、月白草の跡地を見ます」
カイはしばらく私を見ていた。
「私も同行します」
「もちろん。止めても来るでしょう?」
「止めても行く人に言われたくありません」
「それもそうね」
カイは小さく息を吐いた。
「護衛を二人つけます。セリナは連れて行きません」
「ええ。危ない場所なら、連れていかないわ」
その時、廊下の向こうで小さな物音がした。
振り返ると、扉の隙間からセリナの影が見えた。
聞いていたのだろう。
「セリナ」
私が呼ぶと、彼女はおずおずと顔を出した。
「ごめんなさい。聞くつもりじゃ……」
「聞いてしまったなら、お願いがあるわ」
「私に?」
「明日の朝、あなたは北畑の記録を続けてちょうだい。村長と一緒に」
セリナは少しだけ唇を噛んだ。
きっと、一緒に行きたかったのだろう。
でも、彼女はうなずいた。
「分かりました。私、畑を見ます」
「ありがとう」
「でも、リディア様も無理しないでください」
その言葉に、私は一瞬返事に詰まった。
セリナの目は真剣だった。
子どもに心配されている。
(これは、少し反省した方がいいわね)
私は柔らかく笑った。
「ええ。約束するわ。無茶はしません」
カイが横から言った。
「記録しておきます」
「カイ様」
「大事な観察記録です」
村長の真似のような言い方に、思わず笑ってしまった。
けれど、その笑いはすぐに静かな緊張へ変わった。
月白草。
消えた白い花。
赤茶けた水路。
徴税官の期限。
三日後の差し押さえ。
明日の調査で、何かが見つかるかもしれない。
それが希望なのか、さらに厄介な問題なのかは分からない。
でも、見ないままでは進めない。
私はノートを開き、新しい見出しを書いた。
月白草調査。
目的。
薬草資源の確認。
水路異常との関係。
採取ではなく保護。
ペンを置き、窓の外を見る。
夜の村は静かだった。
けれど、昨日までの静けさとは少し違う。
どこかで、水を沸かす音がする。
誰かが農具を直す音がする。
セリナが木片に印を刻む小さな音がする。
村は、少しずつ動き始めていた。
まだ救われてはいない。
でも、止まってもいない。
(大丈夫、とは言わない。でも、悪くないわ)
私は月明かりの下で、古い白い花の形をもう一度思い出した。
明日、あの花の跡を探す。
それが、三日後の徴税官に対する最初の切り札になるかもしれなかった。
第7話を読んでくださり、ありがとうございます。
今回は、村に残された薬草と資源を調べ、リディアが「売るもの」と「守るもの」を分けていく回でした。
次回は、かつて水辺に咲いていた薬草“月白草”を探すた
め、リディアたちが北の古い水辺へ向かいます。




