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第25話 枯れかけた一株を、助けすぎない

村人たちの手によって、レヴィン村に初めての薬草園が完成しました。


青灯草、丸根草、銀葉草、香り草。


植えられた数はまだ少なく、見た目も決して立派ではありません。


それでも、誰か一人が知識を抱えるのではなく、村のみんなで育て、観察し、次の人へ伝えていくための場所が生まれました。


けれど植物は、人間の期待どおりには育ってくれません。


薬草園が完成した翌朝。


リディアたちは早速、最初の失敗と向き合うことになります。

翌朝、まだ村の屋根に薄い朝靄が残っている頃、私はマーサ婆さんの家の裏へ向かっていた。


夜の間に少し冷え込んだらしく、道端の草には細かな露がつき、歩くたびに革靴の先が湿っていく。


遠くでは鶏が鳴き始め、どこかの家から薪を割る乾いた音が一定の間隔で響いていた。


昨日完成したばかりの薬草園が見えてくる。


少し曲がった札。


《レヴィン薬草園》


その向こうに並ぶ小さな区画。


私は自然と歩く速度を上げた。


(青灯草はどうかしら)


植え替え直後は、葉が少し垂れていた。


根が新しい土へ馴染めば、朝には多少戻っているかもしれない。


期待しすぎない。


分かっている。


それでも。


早く見たい。


薬草園の入口へ来たところで、すでに誰かがしゃがみ込んでいるのが見えた。


「セリナ?」


呼びかけると、彼女が勢いよく振り返った。


いつもなら朝から元気な顔をしているのに、今日は眉を寄せ、両手を膝の上へ置いたまま困ったような顔をしている。


「リディア様……」


嫌な予感がした。


私は彼女の隣へしゃがむ。


「何があったの?」


セリナが黙って一株を指差した。


六株植えた青灯草。


そのうち一株だけ。


葉が昨日より明らかに下を向いていた。


色も少し薄い。


隣の株は、まだ多少しおれているものの、朝露を受けて葉を起こし始めている。


でも。


この一株だけは違った。


私は葉へ手を伸ばしかけ、途中で止める。


まず見る。


葉。


茎。


根元。


周囲の土。


「朝、水をあげた?」


「まだです」


セリナはすぐに首を横へ振った。


「昨日、リディア様が“朝見るまでは何もしないで”って言ったから」


「よく我慢したわね」


「でも……」


彼女はしおれた葉を見ながら、指先を落ち着かなさそうに擦り合わせる。


「水、足りないんじゃないですか?」


可能性はある。


でも。


私は土へ指を入れた。


表面から少し下。


湿っている。


むしろ。


思っていたより水分が残っている。


私は指についた土を親指で軽く潰した。


「乾いてはいないわね」


「じゃあ、もっと水をあげなくてもいい?」


セリナが水桶を見る。


今にも持ち上げそうだ。


「まだ待って」


「でも、昨日より元気がないです」


「そうね」


「だったら早く何かした方が……」


声に焦りが混じる。


その気持ちは。


とてもよく分かる。


目の前で植物が弱っている。


何かしたくなる。


水。


肥料。


土。


場所。


触って。


動かして。


助けたい。


私は。


たぶん誰より。


それをやりたくなる人間だった。


「セリナ」


私はしおれた株を指差す。


「昨日から変わったことを、一つずつ確認しましょう」


「変わったこと?」


「植えた場所」


セリナが周囲を見る。


「同じ場所です」


「水」


「昨日、一回」


「量は?」


「全部同じ」


「植え方は?」


セリナが思い出すように目を上へ向けた。


「六人で一株ずつ……」


そこで。


彼女の視線が、問題の株で止まった。


「これ……誰が植えました?」


私は札の簡単な記録を見る。


「村長ね」


少し離れた道から。


「何ですかな」


声。


振り返ると。


当の本人が。


杖をつきながらこちらへ歩いてきていた。


聞こえていたらしい。


「村長」


「朝から人の名前を呼ばれると、ろくなことがありませんな」


「昨日、この株を植えたでしょう?」


私は青灯草を指す。


村長が目を細め、杖を地面へ置いたまま腰を曲げる。


「……わしの株だけ、ずいぶん元気がありませんな」


「心当たりは?」


「ありませんぞ」


言いながらも。


村長の眉が寄った。


「昨日、土はどう戻した?」


私が聞くと、村長は顎へ手を添えた。


「根がぐらつかぬよう、しっかり押さえましたな」


私は。


セリナを見る。


セリナも。


私を見る。


「どのくらい?」


「このくらいですかな」


村長は両手を重ねるようにして、地面をぎゅっと押す仕草をした。


かなり。


しっかり。


私は一瞬。


目を閉じた。


「……押しすぎたかもしれないわ」


村長の手が止まる。


「わしが?」


「可能性の一つよ」


「しかし、倒れないようにと思って」


「ええ。悪いことをしたわけではないの」


私は株の根元を指す。


「ただ、土を強く固めすぎると、水や空気が根の周りを動きにくくなることがあります。植え替えたばかりの根には、それが負担になったのかもしれない」


村長が。


しおれた青灯草を見る。


急に。


少し小さくなったように見えた。


「……わしが枯らしたのですかな」


その言葉に。


私はすぐ首を振った。


「まだ枯れていません」


「しかし」


「それに、村長が植えたことが原因だと決まったわけでもない」


私は他の株を見る。


「同じ種類でも、一株ごとに状態は違うもの。最初から根が弱っていた可能性もあるし、この場所だけ少し条件が違う可能性もある」


「では、どうします?」


セリナが尋ねた。


私は少し考える。


「何もしません」


二人が。


同時にこちらを見る。


「……はい?」


村長が聞き返した。


セリナも、水桶を持とうとしていた手を止めている。


「正確には、大きく変えない」


私は説明する。


「根元の表面だけ、少し固すぎる部分をほぐします。でも掘り返さない。水も追加しない。場所も変えない」


「それだけ?」


セリナが不安そうに尋ねる。


「それだけ」


「元気ないのに?」


「元気がないからよ」


私は小さな木の棒を使い、株から少し離れたところの表土だけを慎重にほぐした。


土が硬い。


確かに。


他の株より。


少し締まっている。


ただし。


根へ触れるほど深くは入れない。


「弱っている植物を心配して、毎日掘り返したらどうなると思う?」


セリナが考える。


「もっと弱る?」


「そう。昨日植える。今日掘る。明日別の場所へ移す。そのたび根が傷つくでしょう?」


私は道具を置いた。


「植物を助けようとして、人間の方が落ち着かなくなることがあるの」


村長が腕を組む。


「あなたが言いますかな」


私は。


何も言えなかった。


セリナが。


吹き出した。


「リディア様、昨日も青灯草ずっと見てました」


「観察です」


「一刻以上?」


「必要な観察よ」


村長の口元が少し戻った。


「なら、この株も観察して待つことですな」


「……そういうこと」


少し悔しい。


◇


朝の作業が始まる頃には、薬草園へ何人かの村人が様子を見に来ていた。


昨日完成したばかりなので、気になるらしい。


畑の男が、しおれた青灯草に気づいた。


「あれ、一個もう駄目になったのか?」


村長の肩が。


ほんの少し。


下がった。


私はそれを見て。


すぐ答える。


「まだ駄目とは決まっていないわ。植え替え直後の反応として、経過を見ます」


「水やった方がいいんじゃないか?」


「土は十分湿っています」


「肥料は?」


「今は入れません」


「じゃあ何する?」


「見る」


男が苦笑する。


「また見るのか」


「ええ」


私は腕を組んだ。


「植物は、困った顔で見つめたら早く育つわけではないもの」


セリナが。


私を見る。


「昨日ずっと見てたのに?」


「セリナ」


村人たちが笑った。


(この子、本当に最近遠慮がなくなってきたわね)


でも。


悪くない。


◇


午前中。


薬草園の別の場所では。


今度はノエルが声を上げた。


「札、倒れてる!」


皆が振り向く。


銀葉草の区画。


昨日立てた札が、夜露で柔らかくなった土から抜け、斜めに倒れていた。


ノエルはその場で立ち止まり。


触らない。


「セリナ!」


呼ぶ。


姉が走ってくる。


「何?」


「札!」


「本当だ」


「挿していい?」


ノエルの手が。


途中で止まる。


昨日決めたルールを覚えている。


セリナは周囲を見て。


私を探した。


でも。


こちらへ呼びには来なかった。


代わりに。


昨日の記録板を見る。


種を撒いた場所。


石でつけた目印。


札の位置。


一つずつ。


確認。


私は。


少し離れた場所から黙って見ていた。


セリナがノエルへ指を差す。


「ここ。昨日、三個の石の後ろに立てた」


「じゃあ戻す?」


「うん。でも種のところ踏まないで」


二人で。


慎重に。


札を戻す。


私は。


何も言わなかった。


セリナがこちらを見る。


「合ってます?」


「どう思う?」


「記録と石、両方同じだったから合ってます」


「なら、それでいいわ」


セリナが。


嬉しそうに笑う。


薬草園。


まだ。


完成して二日目。


なのに。


私がいなくても。


少し動き始めている。


(いいわね)


胸の奥が。


静かに温かくなる。


◇


昼近く。


陽が高くなるにつれ、朝露はすっかり消え、薬草園の土からは湿った匂いと青草の匂いが立ち上り始めていた。


私は問題の青灯草を見に戻った。


変化。


なし。


葉は。


まだ垂れている。


セリナも横へしゃがむ。


「変わってません」


「ええ」


「悪くもなってない?」


私は昨日の絵と比較する。


葉の角度。


色。


茎。


「たぶん、大きな悪化はしていないわ」


セリナが。


少し息を吐いた。


「よかった」


「まだよかったとは決めない」


「……はいはい」


「セリナ?」


「村長さんの真似です」


どこからか。


「聞こえておりますぞ」


声。


マーサ婆さんの家の軒下で。


村長が座っていた。


どうやら。


午前中ずっと。


時々こちらを見ていたらしい。


私は立ち上がり。


彼のところへ歩く。


「心配?」


「何がですかな」


「青灯草」


「別に」


視線は。


完全に青灯草へ向いている。


「村長」


「……少しです」


私は隣へ座った。


古い木の長椅子が、小さく軋む。


軒先では乾燥中の薬草が紐に吊られ、弱い風が吹くたびに細い葉が擦れ合っていた。


「枯れたら、どうします?」


村長が聞いた。


「理由を考える」


「それだけ?」


「次は植え方を変える」


「また植える?」


「もちろん」


村長が。


ゆっくり杖の頭を撫でる。


「昔は」


彼が言った。


「一つ駄目になると、“この土地では無理だ”とすぐ諦めておりましたな」


私は黙って聞く。


「何度やっても枯れたからです。種も金も余裕がなかった。失敗すると、本当に腹が減った」


「……そうね」


簡単に。


「失敗しても次へ」


なんて。


言えない時代があった。


この村には。


実験のために失える種さえ。


なかった。


「だから」


村長が言う。


「あなたが小さく試せと言う意味も、最近ようやく少し分かりましたぞ」


私は彼を見る。


村長は薬草園を見ている。


「一株なら」


杖の先で土を軽く叩く。


「もし駄目でも、村全部が困るわけではない」


「ええ」


「でも一株が育てば、次にやる理由になる」


「そう」


私は微笑む。


村長も。


ほんの少しだけ。


口元を緩めた。


「では」


「はい?」


「わしの株にも、もう一度くらい機会があるということですな」


私は笑った。


「まだ一回目も終わってないわ」


◇


午後。


問題が。


もう一つ起きた。


今度は。


人為的だった。


「リディア様ー!」


セリナの叫び。


走る。


薬草園。


丸根草の区画。


一株。


土が。


びしょびしょ。


水溜まりまでできている。


「何これ」


思わず声が低くなる。


ノエルが。


少し離れたところで。


ものすごく気まずそうな顔をしている。


手には。


小さな水桶。


「……ノエル?」


肩が。


びくっ。


「はい」


「何をしたの?」


「水……」


見れば分かる。


「どうして?」


ノエルは。


しばらく黙って。


小さな声。


「元気になると思って」


ああ。


私は目を閉じた。


朝。


青灯草がしおれていた。


きっと。


それを見たのだ。


「いっぱいあげたら、いっぱい元気になるかなって……」


怒れない。


だって。


気持ちは分かる。


私も。


似たようなことをしそうになる。


セリナが弟の頭を軽く叩いた。


「勝手にやったら駄目って言ったでしょ!」


「だって!」


ノエルも頬を膨らませる。


「枯れたらかわいそうじゃん!」


「だからって――」


「セリナ」


私は手を上げる。


二人が止まる。


私は。


水溜まりの前へしゃがむ。


「ノエル」


少年も。


少しずつ近づく。


「これ」


土を指す。


「たくさん水があると、どうなると思う?」


「元気になる?」


「人間だったら?」


「え?」


「喉が渇いた時に、水を一杯飲むのは気持ちいいでしょう?」


「うん」


「じゃあ、大きな桶一杯を一気に口へ入れられたら?」


ノエルの顔が。


すごく嫌そうになる。


「無理」


「植物も似たところがあるの。必要だからといって、多ければ多いほどいいわけではないのよ」


ノエルが。


丸根草を見る。


「死ぬ?」


不安そう。


私は正直に答える。


「分からない」


顔が。


さらに曇る。


「でも、今できることはあるわ」


周囲へ細い溝を掘る。


溜まった水を。


株から少し離れた場所へ流す。


根は掘らない。


株も抜かない。


ノエルも。


小さな木片を使って溝を作る。


「ごめんなさい」


ぽつり。


私は。


手を止めた。


「次はどうする?」


「勝手に水やらない」


「それだけ?」


考える。


「土を見る」


「それから?」


「分からなかったら……聞く」


「それでいいわ」


私は再び溝を掘る。


「失敗した時に一番大切なのは、失敗しなかったことにすることじゃないの」


ノエルが。


こちらを見る。


「じゃあ何?」


「次に同じ失敗をしにくくすることよ」


セリナが。


横から木片を持ってくる。


「記録します」


「ええ」


セリナが書く。


《丸根草 一株》


《ノエル 水を多く入れる》


ノエルが。


慌てる。


「名前も書くの!?」


「書きます」


「恥ずかしい!」


私は吹き出した。


「じゃあ、“管理者誤灌水”にする?」


「もっと分かんない!」


結局。


《水過多 一株》


とだけ書いた。


ノエルは。


ほっとしていた。


◇


夕方。


朝から気にしていた青灯草。


私は。


何度目か分からない確認へ行った。


そこに。


村長もいた。


先に。


しゃがんでいる。


「村長」


「何ですかな」


「何してるの?」


「観察です」


堂々。


少し。


腹が立つ。


「どう?」


「分かりません」


「正しいわ」


私も隣へしゃがむ。


朝と比較。


葉。


まだ。


少し下がっている。


でも。


一番上の葉。


朝より。


ほんのわずかに。


角度が上がっている。


気のせい?


私は。


顔を近づける。


「リディア様」


村長が言う。


「はい」


「近いですぞ」


「見てるの」


セリナも来る。


「何か変わった?」


「上の葉」


三人。


並んで。


見る。


静か。


夕方の風。


マーサ婆さんの家の煙突から。


細い煙。


遠くで。


家畜の鳴き声。


薬草園には。


西日が斜めから差し込み。


葉の縁だけを。


淡く光らせている。


セリナが。


目を細めた。


「……ちょっと上がってる?」


村長も。


顎を前へ出す。


「言われれば」


私は昨日の記録を見る。


葉角。


簡単な絵。


今。


「少しだけ」


「助かった?」


村長。


私は。


すぐには答えなかった。


でも。


今日は。


セリナに言われたことを思い出す。


少し。


いいことを言ってもいい。


「回復している可能性はあるわ」


村長の肩が。


目に見えて。


下がった。


「そうですか」


声が。


少し。


嬉しそうだった。


「ただし、明日また――」


「リディア様」


セリナ。


「何?」


「そこまででいいです」


村長が。


思わず笑った。


私も。


笑う。


「……そうね」


今日は。


それでいい。


◇


皆が帰ったあと。


私は薬草園の入口で。


一人。


立っていた。


いや。


一人だと思った。


「今日は早く帰る気がありますか」


カイ。


後ろ。


私は振り返る。


「今帰ろうとしていたところよ」


「本当ですか」


「本当」


「なら珍しい」


「信用がないわね」


「積み重ねです」


夕暮れ。


空。


薄い橙から。


紫へ。


変わり始める。


薬草園。


まだ。


小さい。


朝。


一株。


しおれる。


昼。


札が倒れる。


午後。


一株。


水浸し。


完成した翌日から。


問題ばかり。


私は。


少し笑った。


「思ったより、うまくいかないわね」


カイが。


隣へ並ぶ。


「昨日作ったばかりでしょう」


「それでも」


「全部元気に育つと思っていた?」


私は。


少し考える。


「思ってはいなかったわ」


「では?」


「育ってほしかった」


カイが。


少し笑う。


「同じようで違いますね」


「ええ」


私は青灯草を見る。


「頭では、失敗するって分かっているの。でも、目の前で弱ると、すぐ何かしたくなる」


「助けたいから?」


「たぶん」


カイは。


少し黙る。


それから。


私を見る。


「人間にも同じですか」


「え?」


「弱っている人を見ると、自分で何とかしたくなる」


私は。


答えに詰まった。


ノエル。


セリナ。


村長。


この村。


全部。


思い浮かぶ。


「……そうかもしれない」


「なら」


カイは青灯草へ視線を戻す。


「あなたも、ときどき周りに任せた方がいい」


私は。


眉を寄せる。


「薬草の話?」


「どちらでしょうね」


「カイ様」


「はい」


「最近、言い方がずるいわ」


「あなたに言われたくありません」


少し。


笑う。


風が吹く。


薬草園の札が。


かた。


小さく揺れた。


私は。


青灯草。


丸根草。


倒れた札。


そして。


今日。


自分たちで直したセリナとノエルの姿を思い出す。


守ること。


手を出すこと。


同じではない。


何かが起きるたび。


全部。


私が直したら。


この薬草園は。


いつまでも私の薬草園のままになる。


昨日。


言ったばかりだった。


これは。


村の薬草園。


なら。


失敗も。


村で。


覚えていけばいい。


◇


夜。


ノート。


《薬草園 二日目》


青灯草。


六株中、一株しおれ増加。


植え付け時の土壌圧密の可能性。


表層のみ軽くほぐす。


追加灌水なし。


夕方。


上位葉にわずかな回復傾向。


丸根草。


一株。


水過多。


排水溝を追加。


経過観察。


銀葉草。


札倒伏。


セリナ、ノエルが記録と位置標識を照合し修正。


私は。


最後の一行で。


ペンを止めた。


今日。


一番重要だったこと。


何だろう。


青灯草が。


少し戻ったこと?


違う。


丸根草が。


助かったかもしれないこと?


それもある。


でも。


私は書いた。


《問題が起きても、すぐ全部を動かさない》


少し考え。


さらに。


《観察する時間も、管理の一部》


もう一つ。


《人に任せることも、管理の一部》


そこまで書いて。


私は苦笑した。


(植物の記録なのに、最後は自分への注意ね)


机の端。


ノエルにもらった。


まだ名前の分からない白い花。


数日たっている。


花弁は。


少しだけ。


弱ってきた。


水を替える。


触りすぎない。


位置を変えない。


ただ。


見る。


「あなたにも」


私は小さく言った。


「少し、教えられてるのかもしれないわね」


窓の外。


夜の村。


薬草園は。


暗くて見えない。


でも。


そこには。


しおれた青灯草も。


水をもらいすぎた丸根草も。


曲がった札も。


全部ある。


完璧ではない。


だから。


明日。


また見ればいい。


それが。


育てるということなのだと思う。


第25話を読んでくださり、ありがとうございます。


完成したばかりの薬草園では、早速一株の青灯草がしおれ、丸根草には水を与えすぎるという失敗も起こりました。


「弱っているなら何かしてあげたい」


そんな気持ちは、植物を大切に思うほど強くなります。


しかし、触る。


水を与える。


植え替える。


そのすべてが、必ずしも植物のためになるとは限りません。


今回リディアが学んだのは、


**「何もしないで観察することも、植物を育てる仕事の一つ」**


ということでした。


そして薬草園では、リディアが指示しなくても、セリナとノエルが記録を確認し、自分たちで倒れた札を直せるようになっています。


少しずつ。


この場所は、本当の意味で「村の薬草園」になり始めました。


次回は、薬草園の変化を見届けたエリオットがいよいよ王都へ帰還します。


ただし、その出発前。


彼のもとへ届く一通の手紙が、再び王都側の不穏な動きを示すことになります。


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