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第24話 薬草園は、誰か一人のために作らない

第23話で、セリナは初めて自分の目で青灯草を見分け、その理由まで自分の言葉で説明できるようになりました。


リディアだけが植物を知り、村人たちはその答えを待つ。


そんな関係から、この村は少しずつ変わり始めています。


そこでリディアが次に考えたのは、薬草を育てるだけではなく、その見分け方や使い方まで村の中へ残していくための“小さな薬草園”でした。


けれど、薬草園はリディア一人の研究場所ではありません。


土を知る人。


昔の薬草を覚えている人。


記録する人。


そして、まだ何も知らない子どもたち。


それぞれの小さな知識と手を持ち寄って、村で最初の薬草園を作ります。



「ここなら、使えそうね」


朝の光がまだ家々の屋根を低く照らしている頃、私はマーサ婆さんの家の裏にある小さな空き地へ立っていた。


昔は野菜を育てる畑だったらしいけれど、今では半分ほどを雑草が覆い、残った場所も人が何度も踏み通ったせいで土が硬く締まっている。


広さだけを見れば、薬草園と呼ぶには少し心許ない。


それでも村の中央に近く、井戸からも遠くないうえ、家々から歩いて様子を見に来られるという意味では、とても扱いやすい場所だった。


「ここに作るんですか?」


セリナが私の隣へ並び、少し首を傾げながら荒れた空き地を見回した。


「ええ。最初の薬草園としては、このくらいがちょうどいいと思うわ」


マーサ婆さんは腕を組み、どうにも納得しきれない顔で地面を眺めている。


「薬草園と言うには、ずいぶん狭いですけどねぇ。昔は豆や葱を少し植えて、それでいっぱいになるくらいの畑でしたよ」


「だからいいの。最初から広く作って管理できなくなったら、それこそ意味がないでしょう?」


後ろから、聞き慣れた低い声がした。


「また“小さく始める”ですかな」


振り返ると、村長が杖をつきながら歩いてくる。


「ええ。またです」


「最近はもう驚きませんぞ。リディア様の仕事は、何でも最初は片手で持てるくらいから始まりますからな」


「ようやく分かってくれたのね。成長したわ」


「だから、あなたに言われたくありませんな」


そのやり取りを聞いていたセリナが、小さく笑った。


以前なら、村長が私の提案に反対し、私が理由を説明し、それでもしばらく疑われるところから始まっていた。


今では文句を言いながらも、彼はすでに作業用の手袋まで持ってきている。


(本当に、変わったわね)


本人には言わない方がいいだろう。


言えば、きっとまた「年寄りをからかわないでいただきたい」と返される。


◇


私は空き地の中央へしゃがみ込み、表面の土を指先で少し崩した。


北畑のような白い膜はほとんど見られず、赤茶色の異常な沈着もない。


ただし同じ空き地の中でも、場所によって土の状態はかなり違っていた。


マーサ婆さんの家の壁際は、朝の直射日光が当たりにくいため少し湿っている。


反対に南側は一日中よく陽が当たり、表面がかなり乾いていた。


中央部分は何度も踏まれたらしく、鍬を入れようとしても簡単には刃が入らないほど硬い。


「全部掘り返して、同じ土にした方がきれいじゃないですか?」


セリナが尋ねる。


「見た目はきれいになるでしょうね。でも、全部同じにする必要はないわ」


私は湿った壁際を指した。


「青灯草は少し湿り気のある場所を好むから、たぶんこの辺りが向いている」


次に、日の当たる南側。


「銀葉草は比較的乾燥に強いから、あちら側」


少しだけ地面を高くできそうな場所を示す。


「丸根草は水を欲しがるけれど、根の周りに水が溜まり続けるのは良くないから、ここは少し盛り土をして排水をよくしてみましょう」


セリナは私の指した場所を順番に見ながら、納得したように頷いた。


「薬草園だからって、全部同じ条件にするわけじゃないんですね」


「植物はそれぞれ違うもの。人間が管理しやすい形に合わせるより、植物が生きやすい条件を利用した方が楽なのよ」


そこへマーサ婆さんが口を挟んだ。


「それなら香り草は、家の西側へ植えた方がいいでしょうね」


私は顔を上げた。


「どうして?」


「昔、この畑で香り草を育てた時、そこだけ冬を越したんですよ。家が北風を少し遮ってくれるからだと思っていましたが」


私はすぐにノートを取り出す。


「いつ頃の話?」


「二十年以上前でしょうかね」


「ほかの場所は?」


「春には増えるんですが、寒くなるとほとんど消えました。あそこだけ翌春まで残ったんです」


私は簡単に位置と状況を書き留める。


マーサ婆さんが呆れたように笑った。


「そんな昔の婆さんの記憶まで書くんですか」


「書くわ。王都の本には載っていない、この場所だけの情報だもの」


マーサ婆さんの表情が、ほんの少しだけ変わった。


誇らしい、というほど大げさではない。


でも、自分の記憶にも意味があると分かった時の顔だった。


(知識は、私だけが持っているわけじゃない)


むしろ私は、この土地で暮らした時間では彼女たちに到底かなわない。


私が持っているのは植物を見るための方法であって、この村の全部を知っているわけではないのだ。


◇


作業を始める頃には、いつの間にか人が増えていた。


畑仕事を終えた男が二人。


鍬を持ったカイ。


セリナとノエル。


さらに、何をするのか分からないままついてきたらしい子どもが三人。


村長まで当然のようにいる。


「ずいぶん集まったわね」


私が言うと、カイが持ってきた鍬を一本差し出した。


「一人でやるつもりだったなら、諦めてください」


「一人でやるとは言っていません」


「言わなくても分かります」


「最近、私への信用が低くない?」


「実績に基づいた判断です」


村長が笑う。


「正しい記録ですな」


なぜか今日だけ全員が同じ側にいる。


私は少し不満だったが、鍬はありがたく受け取った。


最初に行うのは、雑草を全部抜いてしまうこと――ではない。


畑の男が勢いよく草を刈り始めようとしたため、私は慌てて止めた。


「待って。その辺りは残してちょうだい」


男が手を止める。


「これも薬草なのか?」


「いいえ。今のところは普通の草だと思うわ」


「なら抜いた方がいいだろ?」


彼が指した場所には、何の変哲もない細い草が何株かまとまって生えている。


私はその株元を示した。


「でも、この草が生えている場所だけ、周りより土が柔らかいでしょう?」


男もしゃがみ、指で土をつまんだ。


「あ、本当だ」


「この草の根が土をほぐしている可能性もあるし、もともと状態のいい土だからこの草が育っているだけかもしれない。どちらなのか分からないうちに、邪魔だからという理由だけで全部抜く必要はないわ」


「じゃあ残す?」


「作業の邪魔にならない範囲でね」


村長は何も言わず、その草の周りへ小さな石をいくつか並べ始めた。


「何してるの?」


「踏まれると、後であなたが騒ぐでしょう」


「私が?」


「そうですな」


「……ありがとう」


村長は何も答えず、次の石を置いた。


◇


大きな石を取り除き、硬くなった土へ少しずつ鍬を入れていく。


ただし、小石まで全部取り除くことはしなかった。


ノエルが両手いっぱいに小さな石を抱えながら聞いてくる。


「これは捨てる?」


「そのくらいなら残していいわ」


「石って邪魔じゃないの?」


「大きすぎる石は根が伸びる邪魔になるけれど、小さい石まで全部悪いとは限らないの。水の抜け方に影響したり、土が崩れるのを少し防ぐこともあるわ」


ノエルが自分の手の石を見る。


「じゃあ、役に立つ石もある?」


「あるわよ」


「ただの石じゃない?」


私は思わず笑った。


前に「ただの草なんてない」と話したことを覚えているらしい。


「何でも“ただの”って付ければいいわけじゃないわよ」


「でも、まだ知らない石かも」


「それは否定できないわね」


隣で聞いていたセリナが吹き出した。


それから子どもたちは、小石を見つけるたび勝手に捨てるのではなく、「これは取る?」「これは残す?」と大人へ聞くようになった。


作業は少し遅くなる。


でも、それでいい。


速く畑を作ることだけが目的ではないから。


◇


土がほぐれてくると、今度は植える場所を決めていった。


青灯草。


銀葉草。


丸根草。


香り草。


まだ何も植えていないのに、セリナは札を一本ずつ並べ、それぞれの場所を確認している。


「青灯草は、ここ。少し湿っている場所」


「そう」


「銀葉草は日当たりがいいこっち」


「ええ」


「丸根草は水路に近いけど、少し高くする」


「理由は?」


「水は欲しいけど、根のところにずっと溜まるのは嫌だから」


私は頷いた。


「よく覚えているわ」


セリナは嬉しそうに笑い、それから香り草の札をマーサ婆さんの家の壁際へ置いた。


「これはマーサ婆さんの記録」


「まだ記録したばかりだけどね」


「でも記録でしょう?」


確かに。


私は何も言い返せなかった。


◇


午後になる頃には、ようやく植え付けを始められる状態になった。


青灯草は六株。


野生群落の一か所からまとめて取るのではなく、十分な株数が残っている場所を選びながら、少しずつ分けてもらった。


銀葉草は種を三か所へ分散して撒く。


丸根草は小さな株を四つ。


香り草はマーサ婆さんの家の脇に残っていた株から三つだけ分けた。


セリナが苗を確認しながら尋ねる。


「月白草は、やっぱり植えないんですよね?」


「ええ。まだ駄目」


「珍しいから、こっちで守った方が安全そうなのに」


「珍しいからこそ、今は動かさないの」


私は青灯草の根についた土を崩さないように持ちながら続けた。


「月白草がどんな土や水を本当に必要としているのか、まだ分かっていないでしょう? 守りたいからと全部掘り上げて、ここで枯らしたら、それは保護ではないわ」


セリナは少し考える。


「好きだから触りすぎても駄目?」


その言葉に、私は少し笑った。


「そういうこと。植物は、心配だからって構いすぎても元気になるとは限らないの」


「リディア様にも難しそう」


「どうして?」


「いつもすぐ見に行くから」


カイが後ろから言った。


「よく見ていますね」


「カイ様まで」


今日はどうも分が悪い。


◇


青灯草の六株は、六人で一株ずつ植えることにした。


私。


セリナ。


マーサ婆さん。


畑の男。


村長。


そしてカイ。


村長は自分の手に乗った小さな株を見ながら、いかにも困った顔をしている。


「わしまで植える必要がありますかな」


「せっかく手伝ってくれたんだから、一株くらいお願いするわ」


「枯れたら責任重大ですぞ」


「枯れた理由を一緒に考えましょう」


「失敗まで役に立つと言われると、逃げ道がありませんな」


それでも彼は、私が説明した通りに穴の深さを確認し、根を曲げないよう慎重に土を戻した。


セリナの方は少し深く掘りすぎている。


「もう少し浅くていいわ」


「これくらい?」


「そう。根元まで埋めすぎないで」


一方。


カイは黙々と作業していて、あっという間に一株を植え終えていた。


「カイ様、意外と上手ね」


「穴を掘って土を戻しているだけです」


「植物まで埋めないでね」


「そこまで不器用ではありません」


村長が笑う。


「信用されておりませんな」


カイが無表情のまま答える。


「リディア様にだけは言われたくありません。昨日も北畑で土を見ながら一刻以上動かなかったそうですから」


「必要な観察よ」


「村人は最初、倒れたのかと思ったそうです」


セリナが笑いすぎて、持っていた水の器をこぼしかけた。


「セリナ、気をつけて」


「ご、ごめんなさい」


私まで笑ってしまった。


こんなふうに笑いながら土を触る日が来るなんて、最初にこの村へ着いた時には想像もしなかった。


◇


銀葉草の種はとても細かく、少し強い風が吹けば簡単に飛ばされてしまう。


そのため子どもたちは周りへ座り、風よけのように手を広げていた。


「息を吹いたら駄目?」


ノエルが聞く。


「絶対に駄目」


そう答えた瞬間。


周囲の子どもたちが一斉に息を止めた。


頬を膨らませたまま固まっている。


「そこまでしなくていいわよ」


全員が一気に息を吐き、周囲から笑い声が上がった。


私は銀葉草の種を三つの区画へ少しずつ分けて撒く。


ノエルが尋ねる。


「どうして一か所に全部撒かないの?」


私が答える前に、セリナが口を開いた。


「一か所が駄目になっても、全部なくならないように」


私は彼女を見る。


「正解」


セリナが少し誇らしそうに弟を見る。


ノエルも納得したらしい。


「じゃあ、お菓子も三か所に分けたら全部なくならない?」


「それはあなたが全部食べるでしょう」


セリナの即答。


また笑いが起こる。


◇


植え付けが終わったのは、日が西へ傾き始めた頃だった。


青灯草六株。


銀葉草の種を三か所。


丸根草四株。


香り草三株。


数だけを見れば、あまりにも小さい。


けれど、朝にはただの荒れ地だった場所が、今では植物ごとに区画が分かれ、札まで立っている。


さらに端には、最初から生えていた正体の分からない草を一本だけ残した。


ノエルが札を覗き込む。


《未同定》


「まだ知らない草?」


「そう」


「抜かない?」


「今は抜かない」


「毒かもしれない?」


「可能性はあるわ」


ノエルが一歩下がる。


私は札の下へ、大きく文字を書き足した。


《触らず報告》


「分からないものは、何でも触って調べる必要はないの。危険かもしれないなら距離を置いて、知っている人と一緒に見る」


ノエルが頷く。


「分からない時は、触らないで呼ぶ」


「正解」


セリナが弟を見ながら、少し得意そうに笑っていた。


◇


最後に。


一番大きな札を立てる。


《レヴィン薬草園》


文字を書いたのはセリナだった。


少し右へ傾いている。


本人もすぐに気づいたらしい。


「曲がった……。書き直します?」


私は少し考えてから首を振った。


「そのままでいいわ」


「でも、きれいじゃない」


「今日作った最初の札でしょう?」


セリナが首を傾げる。


「これから薬草が増えれば札も増えるし、何年かしたらこの札だって腐って、新しいものへ取り替えることになるかもしれない」


私は少し傾いた文字を見る。


「その時に、“最初はこんなだった”って分かるものが一つくらい残っていてもいいでしょう?」


セリナはもう一度札を見て、それから笑った。


「じゃあ、これでいい」


村長も完成した薬草園を見回した。


「これで、完成ですかな」


私はすぐには答えなかった。


完成。


研究者として考えれば、まだ始まったばかりだ。


移植した青灯草は葉を少し垂らしている。


丸根草が本当に根づくかも分からない。


銀葉草は、そもそも芽が出るかさえ確認できていない。


失敗する可能性はいくらでもある。


それでも。


朝には何もなかった。


そして今は。


村のみんなで土を掘り。


昔の知識を聞き。


子どもたちまで札の意味を覚え。


ここに小さな薬草園がある。


「ええ」


私は頷いた。


「今日のところは、完成です」


その言葉を聞いた瞬間、子どもたちが「できた!」と声を上げた。


誰かが拍手を始める。


畑の男も。


セリナも。


村長まで小さく杖で地面を叩いた。


マーサ婆さんは少しだけ顔を横へ向け、目元を指で拭った。


セリナがすぐ気づく。


「マーサ婆さん、泣いてる?」


「土が目に入っただけですよ」


「立ってるのに?」


「風です」


私は聞かないことにした。


◇


しばらくして、皆が完成した薬草園を眺めながら話していると、村長がぽつりと言った。


「昔は、こんなものを作る必要などなかったのですがな」


マーサ婆さんも静かに頷く。


「山へ少し入れば、使い切れないくらい薬草がありましたからねぇ」


その言葉に、私は少し考えた。


「だったら、この薬草園は昔に戻すためだけの場所にはしない方がいいわね」


二人が私を見る。


セリナも近づいてきた。


「昔に戻しちゃ駄目なんですか?」


「悪くはないわ。でも、昔と同じに戻ったら、また薬草があることを当たり前だと思ってしまうかもしれないでしょう?」


青灯草。


銀葉草。


丸根草。


香り草。


一つずつ見る。


「どうしてここでは育ったのか。どんな場所では枯れたのか。どうやって増やしたのか。いつ採ればいいのか。そして、誰がその使い方を知っているのか」


私はマーサ婆さんを見る。


「全部、残していきたいの」


村長がゆっくり言った。


「薬草そのものではなく、知識も残す」


「ええ」


セリナ。


ノエル。


子どもたち。


畑の人。


「私一人が全部知っている薬草園では駄目なの。マーサ婆さんだけが使い方を知っている状態でも、同じです」


いつか。


誰かはいなくなる。


それが十年後か。


五十年後か。


明日か。


誰にも分からない。


だからこそ。


「誰か一人がいなくなっても、この薬草園が残るようにしたいの」


マーサ婆さんは、しばらく何も言わなかった。


やがて村長が杖の先で地面を軽く叩く。


「では、わしも少しくらい覚えておきますかな」


セリナが笑った。


「村長さん、青灯草の特徴、覚えてます?」


「葉が丸くて、裏に毛があって、茎に赤い筋……でしたかな」


私は驚いて村長を見る。


「覚えているじゃない」


「何度も聞かされましたからな」


マーサ婆さんが笑う。


「薬草を覚えるまで長生きすれば、村長もそのうち薬草爺さんですな」


「それは遠慮したいですぞ」


笑い声が。


小さな薬草園の上に広がった。


◇


夕方の風が少し冷たくなり、村人たちは一人ずつ帰り始めた。


最後まで残っていたセリナは、大きな札の前で何度も薬草園を振り返っている。


「明日、青灯草が元気になってるかな」


「分からないわ」


「銀葉草、芽が出るかな」


「すぐには出ないと思う」


「丸根草は?」


「根づかない株もあるかもしれない」


セリナは私をじっと見た。


「リディア様」


「何?」


「今日くらい、もうちょっといいこと言ってください」


私は言葉に詰まった。


遠くで村長が笑う。


「言われておりますぞ」


カイも口元を少し緩めていた。


確かに。


今日は完成した日だ。


結果がまだ分からないことばかりなのは事実だけれど、だからといって喜んではいけない理由にはならない。


私は完成した薬草園を見回した。


少し葉を垂らした青灯草。


まだ土の中にいる銀葉草の種。


根づくかどうかも分からない丸根草。


そして。


少し曲がった《レヴィン薬草園》の札。


「じゃあ」


私はセリナを見る。


「明日、一株でも今日より葉を上げていたら、みんなで喜びましょう」


セリナが笑う。


「うん!」


「芽が一つ出ても」


「うん」


「新しい葉が一枚増えても」


「記録する?」


「もちろん」


セリナの笑顔が。


さらに大きくなった。


◇


皆が帰ったあと。


私は少しだけ薬草園に残った。


隣にはカイ。


彼も特に何か言うでもなく、完成したばかりの小さな区画を眺めている。


「ずいぶん賑やかな研究所になりましたね」


「研究所?」


「違うんですか」


私は考える。


研究所。


学校。


畑。


薬箱。


どれも。


少しずつ違う。


「まだ、名前を決めなくていいと思うわ」


「看板には薬草園と書いてありますが」


「それは場所の名前よ」


私は少し笑った。


「何になるかは、これから決めればいいの」


カイは一度頷き、それから青灯草へ視線を向けた。


「あなたが全部育てるわけではないんですね」


「ええ」


「意外です」


「どういう意味?」


「何でも自分で確認しないと気が済まない人なので」


反論しようとして。


できなかった。


「……努力しているのよ」


「知っています」


あっさり返された。


「それに」


私は薬草園を見る。


「私だけで育てたら、私の薬草園になってしまうでしょう?」


「違うんですか」


「違うわ」


少し傾いた札。


セリナの字。


マーサ婆さんが決めた香り草の場所。


村長が残した雑草の周りの石。


子どもたちが運んだ小石。


畑の男が耕した土。


カイが植えた青灯草。


全部。


ここにある。


「これは、村の薬草園よ」


カイが。


ほんの少し。


笑った。


「なら、長く残りそうですね」


私は薬草園を見る。


「そうなればいいわ」


「珍しく希望を言いましたね」


「カイ様」


「はい」


「今日は完成した日だから、いいの」


夕方の風が吹く。


植え替えた青灯草の葉が、ゆっくり揺れた。


まだ。


この土地に根づいたわけではない。


でも。


植物より先に。


ここへ関わった人たちの方が。


少しずつ。


根を張り始めているのかもしれない。


私はそんなことを考えながら、曲がった薬草園の札をもう一度見た。


完璧ではない。


小さい。


これから失敗もする。


それでも。


今日。


確かに始まった。


それで十分だった。


第24話を読んでくださり、ありがとうございます。


今回は一話を通して、何もなかった空き地が村のみんなの手によって“小さな薬草園”になるまでを描きました。


リディアが植物の条件を見る。


マーサ婆さんが昔の知恵を伝える。


セリナが覚え、子どもたちが札を見る。


村人が土を耕し、カイや村長も一緒に手を動かす。


こうして完成した薬草園は、リディア一人の研究場所ではありません。


薬草を増やすこと以上に、


**「薬草を知る人を増やす」**


ことが、この場所の本当の役割になっていきます。


次回は、完成したばかりの薬草園で起きる最初の“小さな失敗”。


植物を守ろうとするリディアが、「手をかけること」と「手をかけすぎること」の違いに向き合います。


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