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第2話 白い土の正体

第2話です。

追放先の辺境で、リディアは“呪われた土地”の正体を探り始めます。

今回は派手な魔法ではなく、土と水を相手にした小さな実験の回です。

「治せる、ですか」


カイ・レヴィンの声には、疑いが混じっていた。


無理もないと思う。


私は王都から追放されてきたばかりの令嬢だ。

しかも、理由は“植物魔法しか使えない無能”。

そんな女が、到着早々に枯れた畑を見て「治せます」と言ったのだから、信じろという方が難しい。


村人たちも、遠巻きにこちらを見ていた。


誰も近づいてこない。

誰も声をかけてこない。

ただ、こちらの様子を見ている。


期待ではない。

警戒でもない。


諦めだ。


これまで何度も誰かが来て、何度も何も変わらなかったのだろう。

祈祷師。魔導士。王都の役人。

立派な服を着た人間ほど、村に何も残さず帰っていったのかもしれない。


だから私は、あえて笑わなかった。


希望を語るには、まだ早い。


「カイ様。木の器を三つと、井戸水を少し。それから、できれば雨水を溜めたものがあれば欲しいです」


「……雨水?」


「はい。井戸水と比べたいので」


カイはしばらく黙っていた。

だが、やがて近くの兵に指示を出した。


「用意しろ」


「よろしいのですか、カイ様」


兵は少し戸惑っていた。


「どうせ今さら失うものもない」


カイは低い声で言った。


「この方が何をするつもりなのか、見てから判断する」


なるほど。

信頼ではない。

観察だ。


私はその姿勢に、少しだけ好感を持った。


人は、最初から信じなくていい。

ただ、見てくれればいい。


研究も同じだ。

仮説は信仰ではない。

確かめるためにある。


私は畑の端に膝をつき、白く粉を吹いた土を布の上に集めた。

それとは別に、少し離れた草地の土も取る。

さらに、村の家の裏に残っていた黒っぽい土を少量分けてもらった。


三種類の土。


悪い畑の白い土。

まだ草が残っている場所の土。

人の生活に近い場所の土。


それぞれを木の器に入れ、指で砕く。


カイが隣に立った。


「何が違うのですか」


「まだ分かりません」


「分からないのに、治せると言ったのですか」


「原因の方向は見えています。でも、確かめないまま決めつけるのは危険です」


私は白い土を指でつまんだ。


さらさらしている部分と、妙に固まる部分がある。

乾いているのに、重い。

そして表面だけが白い。


「たぶん、畑の表面に悪いものが上がっています」


「悪いもの?」


「水に溶けた成分です。水が地面の下から上がって、乾くときにそれだけが残る。何度も繰り返すと、表面が白くなります」


カイは眉を寄せた。


「つまり、毒ですか」


「毒というより、土が作物にとって苦しくなっている状態です」


私は器に井戸水を注いだ。


白い土はすぐに水を吸った。

けれど、しばらくすると表面に濁りが浮いた。


次に、草地の土。

こちらは水を吸う速度が少し遅い。

だが、濁り方が違う。


最後に、家の裏の黒い土。

水を含むと、ふわりと沈んだ。

指で混ぜると、柔らかく崩れる。


やはり、違う。


見た目だけではない。

水を受けた時の反応が違う。


「この畑、昔は水が多かったのではありませんか」


私が尋ねると、カイの表情が変わった。


「……なぜ分かるのです」


「土が、水の扱いに失敗した形をしています」


「水の扱い?」


「乾きすぎても駄目です。でも、ただ水を増やせばいいわけでもありません。水が抜けずに残れば、根は息ができなくなる。逆に、下から悪い水が上がれば、乾いたときに土の表面だけが白くなる」


カイは黙った。


その沈黙に、何か引っかかるものがあった。


私は顔を上げる。


「心当たりがありますか」


「三年前、大雨で北の水路が崩れました」


カイは畑の奥を見た。


「応急で流れを変えたのです。村に水が入らないように。畑の下を通る古い溝も、その時に一部が埋まりました」


「それです」


思わず声が少し強くなった。


村人たちがざわめく。


私は慌てて息を整えた。


落ち着け。

説明しすぎると、また誰も聞かなくなる。


「すみません。今のは、かなり大事な情報です」


「水路が原因だと?」


「原因の一つです。たぶん、畑に入る水と、畑から抜ける水の流れが崩れています。水が足りないのではなく、流れ方が悪い」


「だが、畑は乾いている」


「表面は、です」


私は棒で土を少し深く掘った。


表面は乾いている。

だが、少し下の層は妙に固い。

根がそこで止まっている。


「上は乾いて、下は詰まっている。作物にとっては最悪です」


カイは膝をついた。

貴族の令嬢の隣で、土に膝をつくことにためらいはないらしい。


そのことに、私は少し驚いた。


彼は白い土を指で触り、低くつぶやいた。


「我々は、水が足りないのだと思っていました」


「足りない部分もあります。でも、足せばいいわけではありません」


「では、どうすればいい」


その問いは、初めて少しだけ本気だった。


私は器に入った三種類の土を並べた。


「畑全体をすぐに変えるのは無理です。まずは小さく区切ります。白い土を薄め、余分な水が抜ける道を作り、耐えられる植物を先に育てる」


「作物ではなく?」


「いきなり麦を植えても、たぶん失敗します。まず土を戻す植物を使います」


「土を戻す植物……?」


「人間で言えば、病人にいきなり固い肉を食べさせないのと同じです。まずは体を受け入れる準備を整える。土にも、それが必要です」


カイは目を細めた。


完全には分かっていない。

でも、聞こうとしている。


それで十分だった。


その時だった。


「そんな草で腹が膨れるものか」


背後から、かすれた声がした。


振り返ると、年配の男が立っていた。

日に焼けた顔。痩せた頬。曲がった背中。

だが目だけは、妙に鋭い。


「村長」


カイが立ち上がる。


村長と呼ばれた男は、私をじっと見た。


「王都のお嬢様。草を育てるなどと、また妙なことを言いなさる」


その言葉に、周囲の村人たちが気まずそうに視線を伏せた。


カイが何か言おうとしたが、私は軽く手で制した。


「そうですね。草では、すぐにはお腹いっぱいになりません」


村長の眉が動いた。


反論されると思っていたのだろう。


「ですが、今の畑に無理やり麦を植えても、また枯れます」


「そんなことは分かっている。分かっていても、植えねば食えんのです」


声は荒かった。

だが、その奥にあるのは怒りではなかった。


焦りだ。


種をまき、芽が出ず、また種を失う。

その繰り返しが、どれほど人を削るか。


研究室で失敗した実験とは違う。

ここでは、失敗がそのまま空腹になる。


私は言葉を選んだ。


「だから、小さく始めます」


「小さく?」


「畑全部を使いません。手のひらほどの区画をいくつか作って、何が効くか試します。水の通し方、土の混ぜ方、育てる草の種類。それを比べます」


村長は鼻で笑った。


「遊びに見えますな」


「はい。見た目は地味です」


私はうなずいた。


「でも、全部を賭けて失敗するより、少しずつ確かめる方が生き残れます」


村長は黙った。


その目に、ほんの少しだけ迷いが浮かぶ。


私はさらに続けた。


「今、村に残っている種は貴重です。だから、最初から全部使わせてくださいとは言いません。私が使うのは、畑の端と、食用にしない草と、捨てる灰。それから、できれば古い藁が欲しいです」


「藁など、何に使う」


「土を裸にしないためです」


「土を……裸?」


村人の一人が、小さくつぶやいた。


私は畑を指した。


「人も裸で強い日差しと風に当たり続ければ弱ります。土も同じです。表面を守らなければ、水も命も逃げていきます」


村長は難しい顔をした。


納得したわけではない。

だが、完全に拒む気配も薄れた。


そこへ、カイが口を開いた。


「村長。畑の北端なら、今は何も植えていない。そこを使わせる」


「カイ様」


「失敗しても失うものは少ない。成功すれば、次を考えられる」


村長は長く息を吐いた。


「……北端だけですぞ」


「ありがとうございます」


私は頭を下げた。


村長はそっぽを向いた。


「礼などいりません。わしはまだ信じておりませんからな」


「はい。それで構いません」


信じなくていい。

見てくれればいい。


私は畑の北端に向かった。


そこは、他の場所よりさらに白い粉が目立っていた。

最悪の場所だ。

けれど、実験場所としては悪くない。


変化が分かりやすい。


私は木の枝で、小さな四角を三つ描いた。


一つ目は、そのまま。

二つ目は、白い表土を薄く削り、草地の土を少し混ぜる。

三つ目は、さらに藁を敷き、灰をほんの少し加える。


ただし、灰は入れすぎない。

土を変えるものは、薬と同じだ。

少なければ効かない。

多ければ害になる。


「それだけで変わるのですか」


カイが尋ねた。


「すぐには変わりません。でも、違いは出ます」


「何日で?」


「早ければ三日。遅ければ七日」


「そんなに待つのですか」


「畑にとっては、かなり急いでいます」


私は苦笑した。


前世でも、植物相手の実験は待つ時間が長かった。

焦って引っ張れば、芽は抜ける。

強く命令しても、根は伸びない。


植物は遅い。

けれど、嘘はつかない。


条件が整えば、必ず反応する。


私は畑の隅に残っていた小さな草を数本、慎重に掘り上げた。

根を傷つけないように、土ごと移す。


カイが目を丸くした。


「雑草を植えるのですか」


「雑草ではありません」


「では?」


「この土地で、まだ生き残っている先輩です」


カイが言葉を失った。


私はその草を、三つ目の小さな区画に植えた。


葉は細く、色も薄い。

けれど根は思ったよりしっかりしている。

この草は、この土地の苦しさを知っている。


ならば、最初の案内役になれる。


私は指先で葉に触れた。


緑脈視グリーン・リード


視界の端が淡く揺れる。

草の中を流れる弱い緑の線が見えた。


乾き。

苦み。

根の先の迷い。

それでも、伸びようとする力。


私は深く息を吐いた。


「少しだけ、助けます」


魔力を流すというより、方向を整える。

伸びろ、と命令するのではない。

こっちに水がある、と教える。


草の葉が、ほんのわずかに震えた。


その瞬間、頭の奥に鈍い痛みが走る。


やはり、長くは無理だ。


私は手を離し、膝に力を入れて立ち上がった。


少しふらついた。


「大丈夫ですか」


カイが腕を伸ばしかける。


「大丈夫です。少し、水をください」


カイはすぐに革袋を差し出した。


私は一口飲み、息を整える。


村人たちは、黙ってこちらを見ていた。


草は劇的に伸びたわけではない。

花が咲いたわけでもない。

畑が一瞬で緑になったわけでもない。


ただ、小さな葉が風に揺れているだけ。


きっと彼らには、何も起きていないように見えるだろう。


それでいい。


今日の目的は、奇跡を見せることではない。


条件を作ることだ。


「明日の朝、また見に来ます」


私がそう言うと、村長が渋い顔をした。


「本当に、これで何か分かるのですか」


「分かります」


「何が?」


「この土地が、まだ生きる気があるかどうかです」


村長は何も言わなかった。



その夜、私はレヴィン家の古い屋敷に案内された。


屋敷といっても、王都の邸宅とは比べものにならない。

石造りの壁はところどころ傷み、廊下には冷たい風が入り込む。

使用人も少なく、灯りも必要最低限だった。


だが、不思議と嫌な感じはしなかった。


無駄がない。

飾りがない。

生き残るために、余分なものを削った場所。


研究室に少し似ている。


案内された部屋には、机と寝台と水差しがあった。

十分すぎる。


私は荷物から小さなノートを取り出した。

王都から持ってこられた数少ない私物の一つだ。


前世の研究ノートとは違う。

紙質も悪く、インクもにじみやすい。

けれど、記録できればそれでいい。


私は今日見たことを書き出した。


北畑。

表土白化。

井戸水に苦み。

水路崩壊後に悪化。

排水不良の可能性。

塩類集積の疑い。

生存草あり。

葉先枯れ、根浅い。

小区画試験開始。


書いているうちに、胸の奥が少し落ち着いていく。


記録は、祈りに似ている。


不安なものに名前をつける。

分からないことを、分からないまま並べる。

すると、次に何を見るべきかが少しだけ分かる。


私はペンを置いた。


その時、扉の外が騒がしくなった。


足音。

押し殺した声。

誰かが泣いている。


私は立ち上がった。


廊下に出ると、若い侍女が慌てて走っていた。


「何かありましたか」


声をかけると、侍女は驚いたように振り返った。


「リディア様……その、村の子が倒れたと」


「子ども?」


「はい。セリナという娘の弟です。熱が高くて、食べ物もあまり取れていないそうで……」


胸の奥が、ひやりと冷えた。


畑の問題は、待てる。

草の反応には時間が必要だ。


でも、人の体は待ってくれない。


「医師は?」


「この村にはおりません。薬師も、去年王都へ移ってしまって……」


私は机の上のノートを見た。


今日、畑の端で見た草。

村の家の裏に生えていた葉。

道端に残っていた、あの匂い。


すべてが頭の中でつながる。


薬になるかもしれない。

ただし、確かめずには使えない。

似た草と間違えれば、逆に危険だ。


私は水差しを取り、外套を羽織った。


「案内してください」


侍女は目を丸くした。


「ですが、もう夜です」


「夜でも、葉脈は見えます」


私は小さく息を吸った。


枯れた土地。

白い土。

小さな実験。

そして、熱を出した子ども。


この辺境は、私に休む暇をくれないらしい。


けれど、不思議と嫌ではなかった。


王都では、私の植物魔法は役立たずと呼ばれた。


ならば、ここで確かめればいい。


本当に役立たずなのか。


それとも、まだ誰も使い方を知らなかっただけなのか。


私は廊下を歩き出した。


窓の外では、乾いた夜風に、名もない草が小さく揺れていた。



第2話を読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、リディアが枯れた土地を“呪い”ではなく“土と水の問題”として見始める回でした。

次回は、村の子どもを救うため、薬草と毒草を見分けるリディアの知識が試されます。


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