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第18話 殿下、その靴で畑を歩けますか

第18話です。

婚約を破棄し、リディアの植物魔法を“無能”と切り捨てたエリオット王子が、ついにレヴィン領へやって来ます。


王宮文書に記された《殿下確認済》の文字。


彼は、この土地に何が起きていたのか、本当に知っていたのでしょうか。

エリオット王子がレヴィン領へ入ったのは、翌日の昼前だった。


遠くからでも分かった。


先頭を進む騎兵。


磨かれた鎧。


王家の旗。


その後ろを走る、白と金で飾られた馬車。


昨日の鉱務局の一団とは比べものにならない。


王族が来た。


その事実だけで、村の空気が固くなる。


畑の男たちは鍬を持つ手を止めた。


井戸場の女たちは、無意識に子どもを自分の後ろへ隠した。


セリナも私のそばへ寄ってくる。


「リディア様……」


「大丈夫よ、とは言わないわ」


私は小さく言った。


「でも、逃げる必要もありません」


セリナは私を見上げた。


やがて、こくりとうなずく。


その手には、今日も記録用の木片があった。


(この子は、もう王都から来た偉い人を見るだけで黙る子ではないのね)


カイは私の隣に立っている。


今日は剣を腰に差していた。


「無理に前へ出ないでください」


「誰に言っているのかしら」


「あなたです」


「殿下相手に剣を抜いたりしないでね」


「それはこちらの台詞です」


「私は剣を持っていないわ」


「あなたは言葉があります」


村長が後ろで鼻を鳴らした。


「そちらの方が切れ味は良さそうですな」


「村長」


「何も申しておりませんぞ」


馬車が止まった。


従者が扉を開ける。


最初に降りてきたのはヴァルター。


昨日と変わらない、落ち着いた表情。


そして。


その後ろから、エリオット王子が姿を現した。


金色の髪。


青い瞳。


王都で最後に見た時と、ほとんど変わらない。


違うとすれば。


大広間では、遠く感じた。


今は。


土の上に立っている。


たった十数歩先だ。


胸の奥が、わずかに痛んだ。


(……まだ痛むのね)


悔しい。


もう平気だと思っていた。


婚約を破棄されたことそのものではない。


あの時。


私という人間ではなく、“役に立つかどうか”だけで切り捨てられた。


その感覚を、体が覚えている。


でも。


私は息を吐いた。


今は、あの頃とは違う。


エリオットは村を一度見渡した。


枯れた畑。


粗末な家。


井戸。


集まった村人。


そして最後に。


私を見る。


「久しいな、リディア」


「ご無沙汰しております。エリオット殿下」


私は礼をした。


必要以上に深くはしない。


必要以上に浅くもしない。


エリオットの眉が、ほんの少し動く。


「随分と……変わったな」


「そうでしょうか」


「王都では、そのような格好で土の上に立つ女ではなかった」


私は自分の服を見る。


裾には土がついている。


袖も少し汚れている。


髪も、王都にいた頃ほど完璧には整っていない。


「こちらでは、土が相手ですもの」


「相変わらずだな」


「何がです?」


「植物の話になると、周りが見えなくなる」


ヴァルターが昨日言ったことと同じだった。


私は少しだけ目を細める。


「殿下が、そうおっしゃっていたと聞きました」


エリオットがヴァルターを見る。


ヴァルターは何も言わない。


「まあいい」


エリオットは私へ視線を戻した。


「鉄箱を出せ」


挨拶は終わりらしい。


「お断りしますわ」


村人たちの間に、小さなどよめきが起きた。


エリオットは驚かなかった。


むしろ。


そう言うと思っていた顔だった。


「理由を聞こう」


「昨日、ヴァルター様へ説明しました」


「私はお前の口から聞きたい」


私は少し考えた。


「では、その前に一つ確認させてください」


「何だ」


「殿下は、北部特別処分区についてご存じでしたか?」


ヴァルターの表情がわずかに固くなる。


エリオットは答えた。


「知っている」


あまりにも早い答えだった。


カイの目が鋭くなる。


村長が杖を握り直した。


私は続ける。


「青晶鉱精製副滓が、第七坑へ運び込まれていたことも?」


「知っている」


胸の奥が冷たくなる。


「土壌や井戸水へ影響が出る可能性も?」


少し。


間があった。


「報告は受けていた」


村人たちがざわついた。


後ろから、誰かの声が聞こえる。


「知ってた……?」


「王都は知ってたのか……?」


セリナの顔が強張る。


私は手を上げた。


村人たちへ、少し待ってほしいと合図する。


(怒って当然。でも、最後まで聞かなければ)


「では」


私はエリオットを見る。


「なぜ止めなかったのです?」


「止める必要がないと判断されたからだ」


「誰が?」


「鉱務局。財務局。そして王太子府だ」


「殿下も含めて?」


エリオットは私から目をそらさなかった。


「そうだ」


胸の奥で。


何かが静かに切れた。


怒鳴りたいわけではない。


泣きたいわけでもない。


ただ。


妙に冷静になった。


「理由を伺っても?」


「国家のためだ」


エリオットは答えた。


「青晶鉱は王国防衛に必要な資源だ。精製量を増やせば、副滓も増える。安全な処分場を新たに整備するには、多額の費用と年月がかかる」


「だから、この村へ?」


「この地域は人口が減少していた」


村人たちの空気が変わる。


エリオットは、それでも続けた。


「農業生産も低かった。王国全体から見れば、処分による損失より、青晶鉱の供給を維持する利益の方が大きい」


セリナの手が震えた。


村長が一歩前へ出ようとする。


私はそっと手を伸ばし、止める。


まだ。


「つまり」


私は言った。


「ここに住む人間が減っても、国家全体では得だと?」


エリオットの目がわずかに細くなる。


「言い方を変えろ」


「どう変えればいいのかしら」


「国家運営には優先順位がある」


「優先順位」


「全員を救うことはできない」


その言葉は。


正しい。


たぶん。


どこかでは。


資源は有限。


予算も有限。


兵も、食料も、薬も。


すべての人を、すべて同じようには守れない。


そんなことは、私にも分かる。


でも。


「全員を救えないことと」


私は静かに言った。


「救えない人へ何も知らせないことは、同じではありませんわ」


エリオットが黙る。


「危険性を知っていた」


一つ。


「それでも続けた」


二つ。


「住民には説明しなかった」


三つ。


「水路を変えた理由も隠した」


四つ。


「最後には、“土地固有の魔力不全”として処理した」


村人たちの顔を見る。


誰も口を開かない。


ただ。


聞いている。


「それは優先順位ではありません」


私はエリオットへ戻る。


「切り捨てたことを、切り捨てられた側に知らせなかっただけですわ」


「知らせて何になる」


エリオットの声も少し強くなった。


「不安を煽るだけだ」


「逃げる選択ができます」


「どこへ?」


「残るなら、水を変える努力もできる」


「王都の支援なしで?」


「今、やっていますわ」


私は北畑を見る。


「小さくだけれど」


エリオットも視線を向けた。


「そんな草で?」


「ええ」


「馬鹿馬鹿しい」


その一言。


懐かしいほど。


昔と同じだった。


植物を見る彼の目。


戦場で敵を倒さない。


城壁を壊さない。


一瞬で怪我を治さない。


だから。


価値が低い。


(やっぱり、そこなのね)


私は少し笑った。


「では、見ていただけますか」


「何を」


「その“馬鹿馬鹿しい草”を」


◇


北畑へ向かう。


王子の一団も続いてくる。


村人たちも、少し距離を空けてついてきた。


畑の入口で、エリオットが足を止める。


白い土。


ぬかるんだ場所。


石。


昨日の雨で少し泥になっている。


王子の靴は、上等な革製だった。


私は振り返った。


「殿下」


「何だ」


「その靴で畑を歩けますか?」


エリオットの眉が動く。


「馬鹿にしているのか」


「いいえ」


私は首を振った。


「畑を見ていただきたいだけですわ」


従者が板を置こうとする。


私は言った。


「板の上からでは分かりません」


エリオットは私を見る。


私は続ける。


「土の硬さも。ぬかるみも。白い膜も。足元で感じた方が早いわ」


カイが小さく横を向いた。


笑いをこらえている。


エリオットはしばらく私を見た。


そして。


従者を手で止めた。


自分の足で、畑へ入る。


一歩。


靴が泥へ沈む。


二歩。


白い土が靴へつく。


村長が何か言いたそうな顔をしている。


やめてほしい。


今ここで「王族も泥を踏むのですな」などと言えば全部台無しだ。


村長を見る。


目が合う。


彼は。


ぎりぎり黙った。


(えらいわ、村長)


新しい実験区画へ着く。


私はセリナから木片を受け取った。


「ここを見てください」


処置なし。


草地土のみ。


草地土と藁。


そして。


失敗した灰入り区画。


エリオットは眉を寄せる。


「違いが分からん」


「近くで見て」


「私は植物学者ではない」


「葉の向きだけで構いません」


エリオットがしゃがんだ。


数秒。


「……こちらの方が立っている」


「ええ」


「だから何だ」


私は答える。


「三日前、この草は全部寝ていました」


セリナが横から木片を見せた。


「私が毎日記録しています」


エリオットがセリナを見る。


セリナの肩が少しだけ震えた。


でも、木片を下ろさない。


「これが一日目。これが二日目。今日です」


簡単な線。


葉の角度。


土の色。


水分。


エリオットが木片を見る。


「子どもの記録か」


セリナの顔が曇る。


私は口を開こうとした。


しかし。


エリオットが続けた。


「毎日同じ時刻か?」


セリナが驚いて顔を上げる。


「は、はい」


「水の量は?」


「決められた量です」


「誰か確認したのか」


村長が答える。


「わしですな」


エリオットが木片をもう一度見る。


「なら、比較には使える」


私は少しだけ驚いた。


(完全に馬鹿にするわけではないのね)


彼は合理主義者だ。


自分が価値を認めた基準なら、子どもの記録でも受け入れる。


だからこそ。


厄介なのかもしれない。


私は灰を使った区画を指した。


「こちらは失敗です」


「失敗?」


「一日目は一番良かった。でも、翌日から葉先が傷みました。灰を加えた判断が悪かった可能性があります」


エリオットが私を見る。


「自分の失敗を記録したのか」


「当然でしょう?」


「王都の研究官なら、条件不良と書く」


「それでは次も失敗しますわ」


エリオットは黙った。


一瞬だけ。


私を見る目が変わった気がした。


昔。


婚約者だった頃。


私が温室で植物の話をすると、彼はすぐ飽きた。


でも。


今は聞いている。


(遅いわよ)


ほんの少し。


そんな意地悪な気持ちが湧いた。


◇


「それで」


エリオットが立ち上がる。


「この小さな実験で、王国の政策が間違っていたと証明できるのか」


「できません」


即答した。


エリオットの眉が動く。


「では」


「この実験が示しているのは、土地が死んでいないということだけです」


私は白い畑を見渡した。


「条件を変えれば、植物は反応する」


「副滓の影響を除けば回復する、と?」


「可能性があります」


「可能性」


「まだそれ以上は言えませんわ」


「随分と慎重だな」


「研究者ですもの」


「だが、それでは政治はできない」


私はエリオットを見る。


「どういう意味?」


「政治は、すべての結果が出るまで待てない」


彼は王子の顔になっていた。


「七割の確率でも決めなければならない。時には五割でもだ。戦争は研究室の結果を待ってはくれない」


「それは理解します」


「なら」


「でも」


私は遮った。


「決めた後に、間違いが分かったなら直すべきでしょう?」


エリオットが止まる。


「三年前の判断が、当時必要だったとして」


一歩近づく。


「井戸水が苦くなった」


「畑が白くなった」


「月白草が消えた」


「報告書どおりの異常が起きた」


私は彼を見る。


「その時点で、なぜ止めなかったの?」


沈黙。


「殿下」


答えがない。


「知らなかった?」


エリオットの顎がわずかに動く。


「……詳細までは報告されていなかった」


今度は。


私が黙る番だった。


「どういう意味?」


「処分継続の承認はした」


彼は言った。


「だが、その後の村の水質変化や健康被害について、王太子府には重大報告は上がっていない」


ヴァルターを見る。


一瞬。


彼の顔から、何かが消えた。


すぐに戻る。


でも見た。


エリオットが続ける。


「私が受けた報告では、処分区周辺の影響は“許容範囲内”。住民の不調は飢饉と感染症によるもの。農地劣化は大雨の影響とされていた」


「殿下確認済の文書は?」


私は尋ねる。


「土地固有の魔力不全として処理すると書かれていました」


エリオットの眉が寄る。


「何だ、それは」


ヴァルターが口を開く。


「殿下。おそらく三年前の簡易報告で――」


「私はお前に聞いていない」


低い声だった。


ヴァルターが黙る。


私はエリオットを見る。


演技かもしれない。


知らないふり。


責任逃れ。


可能性はいくらでもある。


(決めつけない)


また、それだ。


嫌になるくらい。


でも必要だ。


「その文書を見ていただきます」


「今ここに?」


「写しがあります」


「原本は?」


「安全な場所ですわ」


エリオットが少しだけ口元を歪めた。


「信用がないな」


「お互い様では?」


「違いない」


一瞬。


昔のエリオットに近い表情だった。


それが。


余計に複雑だった。


◇


屋敷へ戻る直前。


エリオットが足を止めた。


「リディア」


「何でしょう」


「お前を王都へ戻す話だが」


「お断りしますわ」


「最後まで聞け」


「結果は同じです」


エリオットは眉間を押さえた。


「昔からそうだったな」


「何が?」


「話を最後まで聞かず、植物の方へ行く」


「植物は大事ですもの」


「人より?」


その問いに。


私は少し考えた。


「いいえ」


エリオットが意外そうに見る。


「植物を見るのは、人を助けるためでもあります」


「昔はそんなことを言わなかった」


「昔の私は、研究だけで満足していたのかもしれません」


自分でも。


そう思う。


前世では。


植物が好きだった。


研究が好きだった。


答えが出ることが嬉しかった。


でも。


ここへ来て。


セリナ。


ノエル。


村長。


マーサ婆さん。


カイ。


枯れた土地の向こうに、人の顔を見るようになった。


「ここで学んだのよ」


私は言った。


エリオットの目が、少しだけ細くなる。


「だから王都へは戻らない?」


「少なくとも、あなたに連れ戻される理由はありません」


「婚約を戻すと言っても?」


空気が止まった。


私も。


一瞬。


意味が分からなかった。


カイの顔が変わる。


村長の目が見開く。


セリナは口を開けたまま固まっている。


「……何を?」


私が聞くと。


エリオットは平然としていた。


「婚約破棄を撤回する」


(は?)


心の中では。


それしか出なかった。


たぶん。


顔にも出た。


エリオットが少し不快そうに眉を寄せる。


「何だ、その顔は」


「ごめんなさい」


思わず出た。


「意味が分からなくて」


「そのままの意味だ」


「なぜ?」


「お前の価値を見誤っていた」


あまりにも。


あまりにもエリオットらしい言葉だった。


私は数秒。


黙った。


そして。


笑ってしまった。


「リディア?」


「ごめんなさい。本当に」


口元を押さえる。


笑いたい場面ではない。


でも。


止まらない。


「価値を見誤ったから、戻す?」


「何がおかしい」


「全部ですわ」


私はようやく笑いを収めた。


エリオットを見る。


「私を切り捨てた時も、“役に立たないから”」


「戻そうとする理由も、“役に立つと分かったから”」


「あなたは、何も変わっていないのね」


エリオットの表情が固まる。


「王族の婚姻は、感情だけで決めるものではない」


「分かっています」


「なら」


「でも私は、道具ではありませんわ」


静かに言った。


「植物魔法が役に立たなければ不要で、役に立つなら必要。その考え方で選ばれる王妃になるつもりはありません」


エリオットが黙る。


私は続ける。


「それに」


ちらりとカイを見る。


彼はなぜか、すごく怖い顔をしていた。


(……怒っているわね)


「私は今、この土地を治したいの」


「王都からでもできる」


「いいえ」


私は白い畑を見る。


「土は、報告書だけでは分からないもの」


そして。


泥のついたエリオットの靴へ視線を落とす。


「今日、殿下にも少し分かったでしょう?」


エリオットも自分の靴を見る。


泥だらけだ。


「……嫌味か」


「少しだけ」


村長が後ろで噴き出した。


今度は止めなかった。


◇


屋敷へ戻り。


王宮文書の写しをエリオットへ渡した。


彼は黙って読む。


一行目。


二行目。


《当該地域の生産力低下については、自然災害および土地固有の魔力不全として処理すること》


その文字で。


エリオットの指が止まった。


「これは……」


「殿下確認済、とあります」


エリオットは紙の上部を見る。


表情が変わる。


「私は、この文書を見ていない」


ヴァルターが静かに言った。


「殿下。三年前は多数の案件が――」


「ヴァルター」


エリオットが顔を上げる。


青い瞳が冷たい。


「この“確認済”は誰が書いた」


沈黙。


ヴァルターは答えない。


「答えろ」


王子の声だった。


さっきまで私と話していた青年とは違う。


命令する人間の声。


ヴァルターがゆっくり頭を下げる。


「私です」


村長が息をのむ。


カイの手が剣の柄へ近づく。


エリオットは紙を見たまま尋ねる。


「なぜ」


「殿下の判断を代行したまでです」


「私は土地固有の魔力不全として処理しろなどと命じていない」


「しかし、処分事業の継続は承認されました」


「話をすり替えるな」


ヴァルターの目がわずかに細くなる。


「王太子府を守るためです」


「何から?」


「責任から」


部屋が静まり返る。


ヴァルターは、もう取り繕っていなかった。


「処分区で問題が発生したと公になれば、承認した殿下にも責任が及びます」


「だから虚偽の理由を作った?」


「政治とは、そういうものです」


エリオットの顔が歪む。


ヴァルターは静かに続けた。


「殿下は王になる方だ。一つの辺境村のために、傷を負っていただくわけにはいきません」


その言葉。


どこか。


エリオット自身が言っていた考えに似ていた。


全体のために。


一部を切る。


だからこそ。


エリオットは即座に否定できなかった。


ヴァルターが私を見る。


「リディア様なら、ご理解いただけるのでは?」


「いいえ」


私は答えた。


「理解はできます。でも、賛成はしませんわ」


「同じことです」


「全然違うわ」


私は机の報告書を指した。


「間違った判断をした責任を取ることと、間違いそのものを隠すことは違います」


ヴァルターは薄く笑う。


「理想論です」


「そうかもしれません」


私は微笑み返した。


「でも、その理想論で、この草は少し立ちましたわ」


ヴァルターの笑みが消える。


その時。


屋敷の外から、激しい鐘の音がした。


一回。


二回。


三回。


連続。


第七坑ではない。


村の警鐘。


兵が飛び込んでくる。


「カイ様!」


「何だ」


「北部放水路が!」


息を切らす。


「水門が再び閉じられています!」


私は立ち上がった。


「誰が?」


「分かりません! 見張りの兵が一人、倒されています!」


エリオットの顔が変わる。


カイはすでに扉へ向かっていた。


「リディア様、村に残れ」


「行くわ」


「今回は――」


「月白草と第七坑の水位が関係している!」


私は外套をつかんだ。


「今止めなければ、また地下へ水が流れ込む!」


カイが舌打ちする。


「俺の後ろから出ない」


「分かっているわ!」


私は走り出した。


背後から、エリオットの声。


「待て、私も行く」


振り返る。


彼は泥のついた靴のまま立っていた。


「殿下」


「私の名で続けられた事業なら」


エリオットはヴァルターを見る。


「今度は、自分の目で最後まで見る」


ヴァルターの顔から、初めて余裕が消えた。


その瞬間。


私は悟った。


水門を閉じたのは。


証拠を消したい誰かなのではない。


まだ第七坑の中に。


**消さなければならない何かが残っている。**


第18話を読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、ついにエリオット王子本人がレヴィン領へ入りました。


彼は副滓処分事業の継続自体は承認していたものの、その後に起きた深刻な水質・農地被害や、「土地固有の魔力不全」という虚偽説明については知らなかったと主張します。


そして、王宮文書の《殿下確認済》を書いたのは、政務補佐官ヴァルター本人でした。


一方、エリオットからはまさかの“婚約破棄撤回”の申し出が――。


しかしその直後、ようやく切り替えた北部調整槽の水門が何者かによって再び閉じられます。


次回、第七坑へ再び流れ込む水と、まだ地下に残された“消したいもの”を巡って事態が動きます。


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