↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/27

第10話 奪う手は、根を見ない

第10話です。

月白草を狙う者が現れると知ったリディアたちは、夜の自生地で待ち伏せを行います。

薬草を未来へ残そうとする者と、今夜の利益のために根ごと奪おうとする者。その二つの手が、月白草の前でぶつかります。

「もう一度、確認します」


北の森へ入る前に、カイが足を止めた。


夜の空気は冷たい。

月は雲に半分隠れ、木々の間には濃い闇が沈んでいる。


カイの後ろには、護衛の兵が四人。

さらに少し離れた場所に、赤い紐を結び直した男がいた。


昨夜捕らえた、採石場近くの小屋に住む男だ。


名前はトム。


王都訛りの男から銀貨を受け取り、赤い実と月白草の跡地に目印をつけていた。


彼は兵に見張られながら、昼のうちに指定された場所へ赤い紐を結び直した。

依頼主に異変を悟られないためだ。


「リディア様は、私の後ろから出ない」


カイは私を見た。


「ええ」


「月白草へ近づかない」


「必要がなければ、近づかないわ」


「必要があっても、先に言ってください」


「分かっているわ」


「魔法を使う場合も、先に言う」


「それも分かっているわ」


カイはまだ私を見ている。


「何かしら」


「本当に分かっていますか」


「ずいぶん疑うのね」


「実績があります」


また、それだ。


私はため息をついた。


「今回は約束するわ。勝手な行動はしません」


「必ずです」


「ええ、必ず」


(ここまで念を押されると、少しくらい反論したくなる。でも、今夜は私一人の調査ではないわ)


月白草を守るために、カイたちは危険を引き受けている。


私が無茶をすれば、彼らの負担が増える。

自分の好奇心だけを優先してはいけない。


マーサ婆さんは村に残ってもらった。


月白草を見分けられるのは私とマーサ婆さんだけだが、夜の森に高齢の彼女を連れてくるわけにはいかない。


セリナにも、北畑の観察を任せた。


子どもを危険に巻き込まない。


それは、交渉の余地がない決定だった。


カイは兵たちへ向き直った。


「相手が採取を始めるまで待つ。命令系統と目的を確認する。可能なら全員、生け捕りだ」


「抵抗した場合は?」


兵の一人が尋ねる。


「武器だけを落とせ。殺す必要はない」


短く、迷いのない命令だった。


「ただし、水路と薬草を踏み荒らすな。足場は昼に確認した通りだ」


私は少し驚いてカイを見た。


彼は私の視線に気づいた。


「何ですか」


「薬草のことまで、ちゃんと覚えていたのね」


「あなたが何度も言いましたから」


「聞き流しているのかと思っていたわ」


「必要なことは聞いています」


(この人は、言葉で安心させるのは苦手だけれど、必要なことは行動に入れてくれる)


やはり、言葉より手の人なのだ。


「ありがとう」


私が言うと、カイはわずかに視線をそらした。


「礼は、無事に終わってからにしてください」


◇


月白草の自生地近くには、古い石壁の跡がある。


私はその陰に身を隠した。


前方には、赤い紐が結ばれた枝。

その先に、月白草が残る石陰がある。


三株。


たった三株だけ。


夜の闇では葉の色までは見えない。

けれど、どこにあるかは覚えている。


石の隙間から湧く、細い清水。

そのわずかな水に支えられ、月白草は赤茶けた水のそばで生き延びていた。


(今夜を越えさせる。絶対に、根を取らせない)


カイは私のすぐ前にしゃがんでいる。


少し離れた左右に兵が二人ずつ。

全員、暗い外套をまとい、森の闇に溶け込んでいた。


待つ時間は長かった。


風が葉を揺らす。

遠くで夜鳥が鳴く。

水滴が石へ落ちる。


そのたびに、誰かが来たのではないかと神経が反応する。


けれど、カイたちは動かなかった。


やがて。


森の奥から、かすかな光が見えた。


一つ。


少し遅れて、もう一つ。


足音もする。


重い靴が土を踏む音。

枝を乱暴に押し分ける音。


二人だ。


先に現れたのは、背の高い細身の男だった。


黒い外套。

黒い革手袋。

顔の下半分を布で覆っている。


片手には小さな灯り。

もう片方には、細長い金属製の道具を持っていた。


その後ろには、大柄な男がいる。


肩幅が広く、腰には短剣。

背負った袋からは、瓶や金属がぶつかる音がした。


細身の男が赤い紐を見つけた。


「印は残っている。あの間抜け、仕事だけはしたようだな」


声には王都の訛りがあった。


大柄な男が鼻を鳴らす。


「こんな夜中に草取りとはな。薬草商会ってのも楽じゃねえ」


「草取りではない」


細身の男が冷たく訂正した。


「月白草の根は、王都なら一本で金貨二十枚になる」


金貨二十枚。


後ろの兵が、わずかに息をのむ気配がした。


ノエルが飲んだ薬草湯。

村人が守ってきた古い薬草畑。

マーサ婆さんが大切に残していた一輪。


それらとは比べものにならない金額なのだろう。


「三株あれば六十枚か」


大柄な男が笑った。


「辺境の雑草にしちゃあ、いい値段だ」


(雑草ではないわ)


思わず口に出しそうになり、唇を閉じた。


まだだ。


相手の目的を確認する。


細身の男は赤い紐の奥へ進んだ。


月白草の場所を探すように、灯りを低く掲げる。


やがて、石陰の葉を見つけた。


「……あった」


声が弾む。


商人が金貨を見つけた時の声だった。


植物を見つけた声ではない。


細身の男は金属製の道具を地面へ置いた。

先端が細く曲がった、根を掘り出すための道具だ。


さらに懐から黒い小瓶を取り出す。


蓋を開けた瞬間、風に乗って鋭い匂いが届いた。


私は眉をひそめた。


青臭さとは違う。

薬草とも違う。

鼻の奥が乾くような刺激臭。


(根を眠らせる薬? いいえ、違う。これは組織を弱らせるための液だわ)


前世で扱った薬品とは同じではない。

だが、植物に与える方向は想像できる。


根の抵抗を弱め、組織を柔らかくし、抜きやすくする。


おそらく、抜いた後の生存率など考えていない。


「液をかけるの?」


大柄な男が聞いた。


「根を切らずに抜くには必要だ」


「生きたまま運ぶんじゃなかったか?」


「地上部が三日保てば十分だ。王都の買い手は根の形を見たがるだけで、植え直すわけではない」


細身の男は平然と言った。


「抜いた跡は土で埋めろ。湧き水の口も、前と同じように石で塞いでおけ」


私の背中に冷たいものが走った。


湧き水を塞ぐ。


前と同じように。


(この人たちは、知っている。月白草が清水で生きていることも、湧水口がどこにあるかも)


それだけではない。


“前と同じように”と言った。


過去にも、誰かが湧水口を塞いだのだ。


赤茶けた水を流れ込ませるためか。

月白草を減らすためか。

採石場の何かを隠すためか。


理由はまだ分からない。


でも、自然に崩れたわけではない。


私はカイの外套の端を、そっと引いた。


カイがわずかに顔を向ける。


私は口元だけで伝えた。


もう十分。


カイが小さくうなずいた。


細身の男が黒い小瓶を月白草の根元へ傾ける。


その瞬間だった。


「その手を止めてちょうだい」


私の声が、夜の森に響いた。


細身の男の手が止まる。


大柄な男は反射的に短剣へ手を伸ばした。


同時に、左右の闇から兵が現れる。


「動くな」


カイが石壁の陰から立ち上がった。


剣はまだ抜いていない。


けれど、その声だけで空気が変わった。


大柄な男は短剣を半分抜いたところで固まった。


細身の男は、黒い小瓶を握ったまま私たちを見た。


「……これはこれは」


顔布の奥で、笑ったようだった。


「辺境の騎士様と、噂の追放令嬢ですか」


「名前を名乗ってください」


私は石壁の陰から出た。


約束通り、カイより前へは出ない。


細身の男は、私を上から下まで眺めた。


「お嬢様が知る必要はございませんよ」


「夜中に領地へ入り、保護予定の薬草を根ごと抜こうとしている人の名前は必要ですわ」


「保護予定?」


男は月白草へ視線を落とした。


「これは、名もない荒れ地に生えた野草にすぎません」


「月白草の名前も、一本の値段も知っていたでしょう」


細身の男の目が、わずかに細くなった。


「聞いておられましたか」


「ええ。根へ液をかけ、三株すべてを抜き、湧水口を塞ぐところまで」


私はノートを取り出した。


「記録させていただきます」


「また記録ですか」


カイが小さくつぶやいた。


「大事でしょう?」


「相手にとっては、かなり嫌でしょうね」


「それなら、なおさら大事だわ」


細身の男は、私たちの会話を不快そうに見た。


「お嬢様。事情も知らず、商会の仕事を妨害するのは感心しませんな」


商会。


自分から口にした。


「どちらの商会かしら」


男は一瞬黙った。


しかし、すぐに開き直るように顔布を外した。


三十代後半ほど。

細い頬。

整えられた髭。

口元には、人を値踏みするような笑みがある。


「ルヴァン商会、北方採取部主任。エドガー・モルツと申します」


予想通りだった。


ルヴァン商会。


黒い封蝋。

赤い紐。

薬草の匂い。

そして、月白草。


「では、エドガー様」


私はノートへ名前を書いた。


「この土地での採取許可を見せてください」


エドガーは鼻で笑った。


「辺境の荒れ地に許可が必要ですか」


「必要です」


カイが短く答えた。


「ここはレヴィン領だ。採石場も旧水路も、領地管理下にある」


「使われていない土地でしょう」


「使っていないことと、所有者がいないことは同じではない」


カイの声がさらに低くなる。


エドガーはため息をつき、外套の内側から折り畳まれた紙を出した。


「面倒ですな。これでよろしいですか」


カイは兵に受け取らせた。


紙には王都財務局の印がある。


私は灯りのそばで内容を確認した。


北採石場周辺における植物性副産物の回収許可。


副産物。


妙に曖昧な言葉だった。


対象は、“採石事業に伴って発生する不用植物および果実”。


月白草の名前は書かれていない。

薬草の採取許可とも書かれていない。


そして、発行日は三年前。


水路の応急工事と同じ時期だ。


「これは月白草を採る許可ではありませんわ」


私が言うと、エドガーは肩をすくめた。


「植物性副産物でしょう」


「月白草は採石事業によって発生したものではありません。もともとこの水辺に生えていた薬草です」


「言葉の解釈でございますな」


「いいえ。生育記録と村人の証言があります」


私は乾燥月白草の記録を示した。


「少なくとも、採石事業が始まる前から、この土地には月白草が自生していました。副産物ではありません」


(曖昧な言葉で全部を包み、価値があると分かったものだけ持っていくつもりなのね)


エドガーは笑みを消した。


「そのような古い証言に、どれほどの価値が?」


「では、正式な調査が終わるまで採取を止めてください」


「お断りします」


「なぜ?」


「商品には時期があるからです」


エドガーは月白草を見た。


「今夜回収しなければ、次の取引に間に合わない」


その視線には、植物への関心がなかった。


あるのは、商品としての値段だけだ。


「月白草は、あなたの取引のために生えているわけではありません」


私は静かに言った。


エドガーが薄く笑う。


「薬草は、使われて初めて価値を持つ。野に置いておくだけでは、ただの草です」


「違いますわ」


「何が?」


「次の花を咲かせる。種を残す。周りの環境を示す。この土地がまだ完全には死んでいないと教える。それも価値です」


「美しいお話だ」


エドガーは嘲るように拍手した。


「ですが、金貨にはなりません」


「今夜の金貨にはならないでしょうね」


私は月白草を見た。


「でも、根を残せば来年も花が咲く。増やせば村の薬になる。計画的に育てれば、来年以降は納税資源にもなるわ」


「そんな悠長な」


「根こそぎ取れば、今夜で終わります」


私はエドガーへ視線を戻した。


「あなたは植物の値段を知っている。でも、価値を知らない」


エドガーの顔から笑みが消えた。


大柄な男が吐き捨てる。


「草相手に説教かよ」


彼は短剣を抜いた。


「ジゴ」


エドガーが制止する。


だが、大柄な男――ジゴは止まらなかった。


「二人や三人ならともかく、こんな田舎兵に囲まれて帰れるか!」


ジゴが一番近い兵へ突進する。


カイが動いた。


速かった。


剣を抜くより先に、ジゴの手首をつかむ。

体を半歩ずらし、その勢いを横へ流す。


ジゴの巨体がよろめいた。


だが、その向かった先には、月白草の自生地がある。


「左へ行かせないで!」


私は叫んだ。


「湧水口を踏みます!」


カイは即座に足の位置を変えた。


ジゴの腕を引き、反対方向へ投げる。


大柄な体が乾いた土の上へ転がった。


兵二人が飛びかかり、短剣を蹴り飛ばす。


無駄な斬り合いは起きなかった。


必要な動きだけで終わった。


(カイは、私の言葉を聞いてくれた。戦いの最中でも、湧水の場所を覚えていた)


そのことに安堵した直後、別の音がした。


エドガーが黒い小瓶を投げたのだ。


月白草ではない。


湧水口へ向かって。


「だめ!」


私は反射的に一歩出そうとした。


だが、カイが先に動いた。


落ちる直前の小瓶を、剣の鞘で横へ弾く。


小瓶は乾いた石の上へ落ち、割れた。


黒っぽい液が石を濡らす。


その場所に生えていた苔が、わずかに縮んだ。


「何をしたの!」


私はエドガーをにらんだ。


彼は逃げようとしていた。


だが、左右から兵が回り込み、腕を押さえる。


「離せ! 私は王都公認商会の人間だぞ!」


「だから何だ」


カイが冷たく言った。


「領地内への不法侵入、薬草の無許可採取未遂、刃物による抵抗。さらに水源への薬液投棄だ」


「証拠があるのか!」


「ありますわ」


私は割れた小瓶を指した。


「全員が見ています。投げた方向も、割れた場所も。薬液に触れた苔の変化も記録します」


エドガーの目が、私を刺すように細くなる。


「この程度で、ルヴァン商会に逆らえると?」


「逆らうかどうかは、調べてから決めます」


私は静かに答えた。


「でも、少なくとも今夜は、月白草に触れさせません」


エドガーは兵に押さえられたまま、低く笑った。


「守ってどうする。徴税官が来れば、村のものはすべて差し押さえられる」


「なぜ、それを知っているの?」


笑いが止まった。


カイの目が鋭くなる。


「ベルトラムが来たことは、村の外にはまだ広めていない」


「それは……商会の情報網を甘く見ないことだ」


「では、その情報網についても話していただきましょう」


カイが兵へ命じる。


「二人を連行しろ。荷物もすべて押収する」


ジゴは悪態をついたが、兵に縛られた。


エドガーは黙ったまま、私をにらんでいる。


彼らが連れていかれたあと、森に静けさが戻った。


私はすぐに月白草へ近づいた。


「待ってください」


カイの声が飛ぶ。


私は足を止める。


「確認するだけよ」


「薬液が飛んでいる可能性があります」


「……そうね」


(危なかった。守れたと思った瞬間が、一番油断する)


私は採取棒を使い、周囲の石と土を確認した。


幸い、黒い液は湧水にも月白草にも届いていない。

乾いた石の上だけだ。


だが、苔は明らかに縮んでいる。


強い液だ。


私は布と土を使い、液が流れ出さないよう周囲を囲った。


「触らないでください」


今度は私が兵たちに言う。


「この石の周囲には近づかないで。明日の明るい時間に処理します」


カイが割れた瓶の破片を見た。


「何の液ですか」


「分かりません。でも、植物の組織に強い負担を与えるものだわ」


「月白草を抜くために?」


「それだけではないかもしれない」


私はエドガーが投げた方向を見た。


彼は月白草ではなく、湧水口を狙った。


根を抜けなくなったから、植物を枯らそうとしたのか。

それとも、湧水口そのものを消すことが目的だったのか。


(この清水が残っていると、困る理由がある?)


私は月白草の近くに膝をついた。


触れない。


ただ、目で確認する。


葉は無事だ。

湧水も流れている。


小さな水音が、夜の静けさの中で続いている。


「守れましたね」


カイが隣で言った。


「今夜は、ね」


「素直に喜ばないのですか」


「喜んでいるわ」


私は月白草を見た。


「でも、これで終わりではないもの」


(今夜来たのは枝。根はまだ王都か、商会の奥に残っている)


エドガーの荷物を調べる必要がある。


採取許可書。

黒い薬液。

赤い紐。

ルヴァン商会の指示書。


そして、ベルトラムの徴税情報を知っていた理由。


「村へ戻りましょう」


私は立ち上がった。


カイが短くうなずく。


「歩けますか」


「歩けるわ」


「本当に?」


「今夜は魔法も使っていないもの」


「勝手に前へ出ようとはしました」


「一歩だけよ」


「約束は一歩でも破れば同じです」


「でも、止まったでしょう?」


「私が止めました」


「……それについては、ありがとう」


カイは少しだけ黙った。


「どういたしまして」


その声は、いつもよりわずかに柔らかかった。


◇


村へ戻ると、夜明けが近づいていた。


エドガーとジゴは、屋敷の倉庫を使った仮の拘束場所へ入れられた。


兵が見張りにつく。


私は休む前に、押収した荷物の確認を始めた。


カイが険しい顔をする。


「今からですか」


「少しだけよ」


「その言葉は信用していません」


「でも、徴税官が来るまで時間がないわ」


「一刻だけです」


「二刻」


「一刻です」


「……分かったわ」


カイが砂時計を机に置いた。


「砂が落ち切ったら終わりです」


「厳しいのね」


「あなた相手には必要です」


エドガーの荷物には、採取道具、保存用の布、赤い紐、黒い薬液の小瓶が三本。


そして、革の書類入れがあった。


中には薬草の一覧が入っている。


赤実。

銀葉草。

月白草。

青灯草。


それぞれの予想量と買い取り価格。


月白草の欄には、赤い線が引かれていた。


私は次の紙をめくった。


そこには、北採石場周辺の簡単な地図が描かれている。


赤い水路。

古い水門。

月白草の旧自生地。

そして、細い清水の湧き口。


地図の横に、短い指示が書かれていた。


> 白花確認時は、根を含め全数回収。

> 回収後、清水口を再閉塞すること。

> 財務局による現地確認前に完了せよ。


部屋が静まり返った。


カイが紙を手に取る。


「再閉塞」


「ええ」


私は喉が冷たくなるのを感じた。


再び塞げ、と書いてある。


つまり、以前にも塞いだ。


「財務局による現地確認前に完了せよ、か」


カイの声が低くなる。


「ベルトラムが来ることを知っていたどころではない。徴税と採取が同じ予定の中で動いている」


私は紙の端を確認した。


下には、黒い蝋の跡。


蔓と杯の印。

ルヴァン商会のものだ。


署名はない。


だが、指示は明確だった。


月白草を根ごと奪う。

清水を塞ぐ。

財務局が確認する前に終わらせる。


(村を助けるための徴税ではない。村が弱っているうちに、価値のあるものを抜き取るための段取りかもしれない)


怒りが、静かに胸の奥へ沈んでいく。


エドガー個人の欲ではない。


商会の計画だ。


そして、財務局の誰かが関わっている可能性がある。


ベルトラム本人か。

別の役人か。


まだ断定はできない。


でも、徴税期限までに提示する材料としては十分に重い。


私はノートを開いた。


「これは写します」


「原本は私が保管します」


カイが言った。


「ええ。改ざんされたと言われないよう、立会人も必要ね」


「村長を起こしますか」


「今は休ませてあげて。朝になってからでいいわ」


(村長には厳しく働いてもらっているもの。今夜くらいは、少し眠ってもらわないと)


私は指示書の内容を一字ずつ写した。


砂時計の砂が落ちていく。


最後の一文を書き終えたところで、カイが砂時計を指した。


「終わりです」


「もう少しだけ」


「駄目です」


「あと一枚」


「駄目です」


「カイ様」


「休んでください」


声は硬い。


でも、その目は怒っているのではなく、心配していた。


私はペンを置いた。


「分かったわ」


カイが少しだけ驚く。


「今日は素直ですね」


「月白草も守れたし、証拠も取れたもの。少しくらい、言うことを聞くわ」


「いつも聞いてください」


「それは難しい相談ね」


カイは深く息を吐いた。


私は立ち上がり、最後に指示書を見た。


三日後の差し押さえまで、残り一日。


昨日まで、私たちは村の苦しさを説明するだけだった。


けれど今は違う。


この村の土地から、誰かが価値ある薬草を根こそぎ奪おうとしていた証拠がある。


清水を塞ごうとしていた証拠もある。


徴税と商会の採取が、同じ時間の中で動いている証拠も。


私はノートを閉じた。


(ベルトラム様。今度は、知らなかったでは済ませませんわ)


夜が明けようとしていた。


窓の向こうが、わずかに白くなる。


月白草は、まだ森の中で生きている。


根も。

葉も。

細い清水も。


奪う手は、根の先にある未来を見ない。


でも、私は見る。


この村が来年も生きるために、何を残さなければならないのか。


そのためなら。


私は、王都の役人にも商会にも、何度でも面倒な女になってやる。

第10話を読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、月白草を狙うルヴァン商会の採取人と直接対決し、薬草と清水を守ることができました。

さらに押収した指示書から、商会が月白草を根こそぎ回収し、湧水口を再び塞ごうとしていたことが判明します。次回は、徴税官ベルトラムを前に、この証拠が突きつけられます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。