アース・ベア
霧の向こうから現れたのは、岩石のようなゴツゴツとした皮膚を持つ、体長3メートルはあろうかという巨大な魔獣――『アース・ベア』だった。
しかもその背中には、きらきらと星のように輝く美しい砂がびっしりと付着している。
「あれって……『研磨の星砂』!? どうして魔獣の背中に……!」
「なるほどな。あの熊、背中が痒くて星砂の岩盤に体を擦り付けたんだろ。おかげで星砂が魔力を吸って、頑丈な岩の鎧になっちまってる」
ポポがメルの肩に飛び乗り、短い毛を逆立てて威嚇する。
「メル、あれはちょっと怒ってるの! 自分の縄張りに人間が入ってきたからご立腹なの!」
アース・ベアは大きく咆哮すると、その巨体に似合わないスピードで、ずしんと地面を揺らしながらこちらへ突進してきた。ターゲットは、一番手前にいるメルだ。
「メル、下がれ!」
リュカの静かな、しかし有無を言わせぬ声が響く。
次の瞬間、リュカの姿がかき消えた。
凄まじい踏み込みでアース・ベアの懐へと滑り込んだリュカは、抜刀すると同時に、魔獣の頑丈な前脚を的確に斬りつける。キィン!と硬質な金属音が響いたが、リュカの放った鋭い一撃は、星砂の鎧ごと魔獣の体勢を大きく崩した。
「ガルルッ!?」
「お前の相手は俺だ。……俺のメルに、気安く爪を向けるな」
リュカの瞳に、普段のほのぼのした様子からは想像もつかない、冷徹で圧倒的な「強者」の光が宿る。その気迫に、魔獣の方が一瞬気圧されたように身を引いた。
(リュカ、かっこいい……。でも、あの星砂の鎧、普通に攻撃するだけじゃリュカの剣が傷ついちゃう!)
メルは咄嗟に頭をフル回転させた。魔道具の素材としての『研磨の星砂』の性質。それは「特定の魔力刺激を受けると、一時的に結合が緩んでボロボロと剥がれ落ちる」という特徴がある。
「リュカ! あの魔獣の胸のあたりにある、少し色の薄い岩を狙って! そこに私の魔力弾を撃ち込むから、連動させて火の魔術を重ねて!」
「分かった。ポポ、メルを頼む!」
「任されたの! メル、いつでもいけるの!」
ポポがメルの前に立ち、小さな障壁を張って周囲の飛び散る岩片を防ぐ。
メルは懐から試作中の魔導杖を取り出すと、炭化した大鍋の失敗を糧に、今度は慎重に、かつ正確に魔力をコントロールした。
「いっけぇー……!」
メルが放った淡い光の弾が、アース・ベアの胸の急所に命中する。パキィンと高い音がして、星砂の結合が一瞬だけ緩んだ。
「――そこだ!」
リュカの剣が炎を纏う。流れるような美しい太刀筋で、炎の魔術が宿った一撃が、緩んだ星砂の鎧を真っ向から消し飛ばした。
ズウゥゥン……!
最大の防御を破られたアース・ベアは、リュカの圧倒的な実力を前に戦意を喪失したのか、ドタドタと慌てて霧の奥へと逃げ去っていった。
「やった……! やったね、リュカ!」
「ああ。怪我はないか、メル?」
剣をサッと鞘に収めたリュカは、さっきまでの冷徹さが嘘のように、焦った様子でメルの元へ駆け寄ってきた。メルの頬や手に傷がないか、隅々まで確かめるように顔を覗き込んでくる。
「うん、リュカが守ってくれたから全然平気! それに見て、あそこに!」
アース・ベアが逃げ去った衝撃で、地面には剥がれ落ちた『研磨の星砂』が、小さな山を作ってきらきらと輝いていた。
「これだけあれば、大鍋の焦げなんて一瞬でピカピカになるわ! それに、依頼の分を提出してもお釣りがくるくらい!」
「ふふ、大収穫なの。これで今夜は極上のごはんが確定したの」
ポポが嬉しそうに喉を鳴らす。
リュカはそんな2人を見て、心底愛おしそうに目を細めると、メルの頭を優しく撫でた。
「よくやったな、メル。お前の的確な指示のおかげだ。……さあ、素材も集まったし、少し開けた場所に戻ってキャンプにしよう。幻の魔魚も、お前の特製パエリアになるのを待ってる」
「うん! 任せて、リュカの分は大盛りで作っちゃうんだから!」
ハプニングを乗り越え、より一層絆を深めた2人と1匹。
未開の渓谷に、今夜は極上のパエリアの香りが広がるのを想像しながら、3人は笑顔で歩き出した。2人の繋いだ手は、先ほどよりも少しだけ、自然に、そしてぎゅっと結ばれていた。




