表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くノ一お雪、里を抜けたら湯けむり茶屋の看板娘になりました ~任務で潜入したはずなのに、妖怪の町で帰る場所ができてしまいました~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/22

二十一の巻 からくり仕掛けの夜明け

 仕掛けの起動部分を切り離す作業は、十日かかった。

 玄斎と鈴音が毎日地下に降り、議論しながら、少しずつ進めた。爆発は三回あった。鈴音によれば全部小さい爆発だったが、三回目は玄斎の眉が少し焦げた。玄斎は何も言わなかった。鈴音は「眉は生えてきます」と言った。それも何も言わなかった。

 十日目の夕方、二人が地下から上がってきて、「終わった」と言った。

 雪乃、こはく、お銀、あやめ、たま、きゅう太が月見庵の前で待っていた。

「本当に終わりましたか」

こはくが訊いた。

「終わった。移動用の歯車を全部切り離した。温泉は今まで通り出る。仕掛けが動き出しても、町は動かない」

 鈴音は言う。

「たまさん、確認してもらえますか」

「行ってくる」

 たまが地下に降りた。

 しばらく待った。

 たまが上がってきて、伝えた。

「問題ない。温泉の流路は生きている。移動に関わる仕掛けは、完全に切り離されている。こはくが強化した封印も、そのまま保たれている」

 全員が少し動かなかった。

 それから、きゅう太が叫んだ。

「やったぞ」


 その夜、月見庵で小さな宴になった。

 農家の男、荒物屋の主、大工の夫婦、番頭が来た。お銀が酒を出し、こはくが団子を焼き、鈴音が「わたしの功績が一番大きい」と言い、きゅう太が「おいらも頑張った」と言い、あやめが「どちらも大きい違いはない」と言い、二人が「ひどい」と言った。

 玄斎は縁台の端に座り、酒を一杯だけ飲んだ。農家の男が隣に座り、話しかけた。

「お前さんが、からくりを切り離したのか」

「鈴音と二人でやった」

「この町の地下に、そんなものがあるとは知らなかった。長いこと、ここに住んでいるのに」

「知らない方が、多い。どんな町でも」

「そうかもしれないな」

農家の男は酒を飲んだ。

「あんたは、これからどうするんだ」

「まだ決めていない」

「ここにいてもいいんじゃないか。お銀さんに言えば、置いてくれると思うが」

「お前が言うのか」

「俺が言ってもいいし、あんたが言ってもいい。どっちでも、お銀さんは聞いてくれる」

 玄斎は少し間を置いた。

「考えておく」

「そうしてくれ」

農家の男は立ち上がった。

「うちの畑に、人手が要るときは声をかける。力仕事なら体を使ってくれ」

「からくりの方が得意だが」

「からくりで畑仕事ができるなら、それでいい」

「……考えておく」

 農家の男は笑い、他の人々のいる方に歩いていった。


 宴が終わり、人々が帰ると、月見庵が静かになった。

 あやめが、雪乃に声をかけた。

「少し、話せるか」

「はい」

 二人は坂道に出た。

 夜の猫又坂は静かだった。提灯が揺れ、遠くから三味線の音がかすかに聞こえた。

「明日、里に戻る」

あやめは伝えた。

「そうですか」

「最後の報告を書いた。玄斎の計画を阻止したこと、仕掛けを切り離したこと、猫又坂の安全が確保されたこと」

「雪乃のことは」

「お前が里の命令に従わなかったことは、書いた。ただし、その理由と結果も書いた。お前がここにいたことで、計画が止まったこと。里の判断では間に合わなかった可能性があること」

「それで、里はどう判断しますか」

「分からない」

あやめは少し間を置いた。

「ただ、すぐに追っ手を出すほど余裕のある状況でもない。玄斎の件が片付いたことで、里の警戒は一段落する。しばらくは、そっとしておくと思う」

「しばらく、のあとは」

「そのときに考えろ。今は、今のことだけでいい」

「あやめさんらしくない言い方です」

「そうか」

あやめは前を向いたまま言った。

「こはくに言われた。先のことを全部考えてから動こうとするから、疲れると」

「こはくさんが、あやめさんにそんなことを」

「いつの間にか話していた。あの娘は、話しかけてくる」

「そうですね」

「……悪くはなかった」

 雪乃は少し笑った。

「あやめさん、里に戻って大丈夫ですか」

「大丈夫だ。私は里の忍びだ。それは変わらない」

「変わらなくていいと思います。ただ」

「ただ」

「帰りたい場所がないと言っていました。それは、変わりましたか」

 あやめは少し間を置いた。


「変わったかもしれない」

「どこが帰りたい場所になりましたか」

「言わなくていいか」

「言わなくていいです」

「……月見庵の団子が、美味かった。それだけだ」

「団子が、帰りたい場所ですか」

「団子と、それを食べる場所だ。それだけだ」

「いつでも来てください。こはくさんが用意します」

「里の任務の合間に、宿場町に寄ることは、規則上は問題ない」

「では、規則の範囲内で来てください」

「……そうする」

 あやめは坂を見た。

「雪乃」

「はい」

「お前が選んだ道が正しいかどうか、今の私には分からない。ただ」

「ただ」

「お前の顔が、里にいたときと違う。それだけは分かる」

「どう違いますか」

「里にいたとき、お前は前を見ていなかった。どこを見ているか、分からない顔をしていた。今は、前を見ている」

 雪乃は少し考えた。

「里にいたとき、前に何があるかを知らなかったからだと思います」

「今は、前に何があるか分かるのか」

「月見庵があります。こはくさんがいます。お銀さんがいます。それで十分です」


 あやめはしばらく黙ってから、「そうか」と言った。

「あやめさんも、いつか前が見える場所を見つけてください」

「見つかるかどうか、分からないが」

「分からなくていいです。探しながら歩けばいいと思います」

 あやめは少し笑った。

 声に出した笑いではなく、口元だけが動く程度の笑い方だった。

「お前に言われると、しょうがない気がする」

「なぜですか」

「お前が言うことは、大体、正しいことが多い。腹が立つが、正しい」

「腹が立ちますか」

「立つ。ただ、それも悪くない」


 翌朝、あやめが出立した。

 月見庵の前で、こはく、お銀、雪乃が見送った。

 あやめは旅装束に戻り、荷をまとめていた。

 こはくが包みを渡した。

「道中の分です。草餅と、きなこ団子と、月見まんじゅうです」

「多すぎる」

「足りないと困ります」

「一人でこれを食べ切れるか」

「食べてください。甘いものは、疲れに効きます」

 あやめは包みを受け取った。そして、

「ありがとう」

 こはくに向かって言った。

「いつでも来てください」

「来る。規則の範囲内で」

「規則を気にしなくていいときも、来てください」

「そういうときが来れば」

「来ます」

 あやめはお銀を見た。

「世話になった」

「世話をした覚えはない。ただ、また来るなら、団子を食べていけ」

「……そうする」

 あやめは雪乃を見た。

「元気でいろ」

「あやめさんも」

「玄斎の件が、里でどう処理されるかは分からない。ただ、しばらくは大人しくできると思う」

「ありがとうございます」

「礼はいい」

あやめは坂の上を向いた。

「では行く」

「あやめさん」

「何だ」

「竹林で戦ったとき、わざと負けてくれましたね」

 あやめは少し止まった。

「言い訳をしたいが、事実だから言えない」

「ありがとうございます。あのとき、勝てたのはあやめさんがそうしてくれたからです」

「負けたのは本当だ。加減したことは認めるが、それでも負けだ」

「では、次に来たとき、また戦いましょう。今度は本気で」

「今度こそ連れ帰るかもしれないが」

「そのときはそのときです」

 あやめは少し笑った。また、声には出ない笑い方だった。

「では、またいつか」

 坂を上り始めた。

 三人は見送った。

 あやめが坂の上に消えるまで、見ていた。


 その日の昼、月見庵には久しぶりに賑わいが戻った。

 玄斎の騒ぎのあと、客足は少し鈍っていた。それでも今日は、噂を聞いた者、心配して様子を見に来た者、ただ団子を食べに来た者が、次々に縁台へ腰を下ろした。

 こはくがいつも通り客を迎えた。

「いらっしゃいませ」

 雪乃は配達に出て、洗い物をして、薪を割った。

 いつもの仕事だった。

 昼過ぎ、きゅう太が来た。川からきゅうりを一本、差し出してきた。

「お土産だ」

「きゅうりが、土産ですか」

雪乃が訊いた。

「川で採れた。新鮮だぞ」

「月見庵に持っていけば、こはくさんが喜びます」

「そうする」 

「ただし、川で採れたという説明は少し考えた方がいいです」

「なぜだ」

「食材として、少し不安になります」

「洗えば平気だ。雪乃ねえちゃんは、最近ずっとここにいるな」

「はい」

「ずっといるつもりか」

「そのつもりです」

「よかった。おいら、雪乃ねえちゃんがいなくなると思って、少し心配してた」

「いなくなりません」

「本当か」

「本当です」

「じゃあいい」

きゅう太はそう言って、月見庵に走っていった。


 夕方、玄斎が縁台にいた。

 お銀と話していた。

 雪乃は少し離れた場所から聞くともなく聞いた。

「置いてもらいたい」

「理由は」

「作業が終わった。次に何をするか、決まっていない。決めるまで、ここにいたい」

「働くか」

「働く」

「薪割りと帳簿の計算は、続けるか」

「続ける」

「あと、団子の仕込みを手伝え。人手が要る」

「団子の作り方は知らない」

「教える。覚えろ」

「……分かった」

「それだけだ」

 お銀が帳場に入った。

 玄斎は縁台に座ったまま、坂道を見ていた。

 歯車丸が、縁台の端に立っていた。

「玄斎様」

「何だ」

「命令確認。本機の次の任務を指示してください」

「任務はない」

「任務がない場合の行動方針を指示してください」

「好きにしろ」

「好きに、という概念は」

「好きなことをしていいということだ」

「本機が好きなことは、団子を見ることです。しかし食べる機能がありません」

「隣で見ていろ」

「了解した」

 歯車丸は縁台に並んで立った。玄斎は何も言わなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ