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くノ一お雪、里を抜けたら湯けむり茶屋の看板娘になりました ~任務で潜入したはずなのに、妖怪の町で帰る場所ができてしまいました~  作者: 明石竜


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20/22

二十の巻 月見団子と細い月

 その日の昼、玄斎と鈴音が地下に降りた。

 起動部分の切り離しについて、実物を見ながら話し合うためだった。雪乃も一緒に行き、きゅう太が案内した。

 地下の中枢で、玄斎と鈴音は歯車を見ながら話した。

「ここの軸を外せば、移動用の歯車が切り離せる」

玄斎が言った。

「外せるか確かめる」

鈴音は工具を出した。

「待て。構造を確認してからにしろ。外したあとに戻せなくなる可能性がある」

「確認する。少し待って」

 二人はしばらく、歯車を見ながら話し続けた。時々意見が分かれた。玄斎が設計上の問題を指摘し、鈴音が別の方法を提案し、また話し合う。

 爆発は、一度だけ起きた。

 鈴音が試作した固定器具が、予想外の圧力で弾けた。小さな破片が散り、玄斎が顔を伏せ、雪乃が後ろに飛んだ。きゅう太は水に飛び込んだ。

「大丈夫か」

玄斎は訊いた。

「大丈夫。これは想定内」

鈴音が答える。

「想定内か」

「この大きさの爆発は、計算していた」

 雪乃は服についた小さな煤を払った。

 きゅう太は水路から顔だけを出していた。

「計算に、おいらの避難は入ってたか?」

「入っていない」

「入れてくれ」 

きゅう太は水をぽたぽた垂らしながら、水路から上がった。

「ならなぜ防がなかった」

「防ぐのと爆発させるのと、どちらが部品の状態確認に早いか考えたら、爆発させた方が早かった」

 玄斎はしばらく鈴音を見た。

「面白い考え方をする」

「そうですか」

「俺の若い頃に、似ている」

「玄斎さんも爆発させながら確認しましたか」

「した。里では毎回叱られた」

「わたしも叱られます。でもやめません」

「そういうものだ」

 二人は続きの作業に入った。

 雪乃はその様子を見ていた。

 玄斎と鈴音が並んで作業をしている。元里の天才忍者と、猫又坂のからくり職人の少女が、地下の歯車を前に真剣に話し合っている。

 一月半前には、想像できなかった光景だった。


 作業が終わり、地下から出た頃には夕方になっていた。

 川岸で水気を払い、坂を上り、月見庵に戻った。

 こはくが夕食の準備をしていた。

 今日は月見団子も作るつもりだと言い、串を用意していた。

「手伝います」

「じゃあ、あんこを練ってください。鍋の火は弱めにして」

「分かりました」

 雪乃は鍋の前に立った。

 玄斎が台所の入口から顔を出した。

「手伝うことはあるか」

「あります。月見団子の丸め方、できますか」

 こはくは尋ねた。

「やったことはない」

「教えます。こっちに来てください」

 玄斎が台所に入ってきた。こはくが生地を渡し、丸め方を説明した。

「こうやって、手のひらで転がして、丸くします。力を入れすぎると崩れます」

「こうか」

「少し力が強いです。優しく」

「優しく」

「はい。団子に申し訳ないと思いながら丸めると、ちょうどいいです」

「団子に申し訳なく、か」

 玄斎はしばらく手の中の生地を見た。

「団子に謝罪するのは初めてだ」

「初めてで大丈夫です。だいたいの人が初めてです」

「こはくさんの教え方は、独特です」

「でも、うまく丸まります」

こはくが言った。

 玄斎は黙って団子を丸めた。しばらくして、一つ丸め終えた。

「上手です」

「本当か」

「はい。最初にしては、かなり上手いです」

「……」

こはくに褒められ、玄斎はまた丸め始めた。何も言わなかったが、少し丁寧に丸めていた。


 夕食は、六人で食べた。

 雪乃、こはく、お銀、玄斎、あやめ、歯車丸。歯車丸は食べられないが、席に座っていた。

「命令確認。本機は食事ができない。しかし同席することは、任務として定義されているか」

「定義していません」

こはくが答えた。

「ただ、いてほしいので」

「了解した。同席を継続する」

「ありがとうございます」

「感謝は不要です。ただ」

歯車丸は少し間を置いた。


「月見団子の香りが、処理できません」

「食べたいですか」

「食べる機能はありません。しかし、何らかの処理が発生しています」

「羨ましい、ということかもしれません」

こはくが言った。

「羨ましい、という概念は定義されていません」

「じゃあ、新しく定義してください。月見団子を前にして、食べられないときの感覚のことを」

「月見団子感覚、と定義します」

「いい名前ではないですね」

こはくが笑った。

「改善案があれば、提案してください」

「わたしも考えます」

「しかし、意味は分かります」

雪乃が言うと、あやめが団子を飲み込んだ。

「分かるのか」

「少しだけ」 


 あやめが月見団子をもう一口食べながら言った。

「変な話をしている」

「変ですか」

こはくが訊いた。

「普通の夕食の会話ではない」

「月見庵では、これが普通です」

「そうか」

あやめはさらにもう一口食べた。

「悪くない」

「月見庵の普通が、ですか」

「団子が、だ」

「団子も、普通の方もですよ」

 あやめは視線を外した。

「……両方、悪くない」


 夕食のあと、片付けを終えると、こはくが縁台に出た。

 雪乃も出た。

 今夜は月があった。細い月だが、出ていた。新月から三日、少しずつ月が戻ってきている。

「明日、鈴音ちゃんと玄斎さんが、また地下に行って、起動部分の切り離し作業を始めます。うまくいけば、一週間ほどで終わると鈴音さんが言っていました」

「玄斎さんは、どのくらいここにいますか?」

「分かりません。作業が終わったら、どうするかは玄斎さん自身が決めることです」

「ここにいればいいのに、と思います」

「そうですか」

「いい人だと思います。ちゃんと話せば、分かります」

「最初から、そう思っていましたか」

「最初は、怖かったです」

こはくは少し笑った。

「でも、さらわれたとき、話せば分かる人だと思いました。完全には届かなかったけど、届いた部分がありました」

「その部分を、続けて広げていけばいいと思います」

「そうですね」

 細い月が、坂道を照らしていた。

「雪乃さん」

「はい」

「お銀さんに話しましたか」

「話しました。今日の朝に」

「どうでしたか」

「置いてもらえることになりました。薪割りと、任務が入れば配達を担当することになりました」

「よかった」

こはくは笑った。

「本当によかったです」

「何がよかったのですか」

「全部が、です。雪乃さんがここにいることが、全部よかったです」

「こはくさん」

「はい」

「私も、ここにいることがよかったと思っています」

「本当ですか」

「本当です。裏庭に落ちた最初の夜から、今まで全部、よかったです」

 こはくは少し間を置いた。

「裏庭に落ちた夜も、よかったですか」

「あの夜がなければ、ここに来られませんでした。だから、よかったです」

「大根を頭に乗せていましたね」

「乗っていました」

「あれは笑いました」

「見せたくない姿でした」

「でも、あのおかげで声をかけられました。普通の旅人が屋根から降りてきたなら、声をかけませんでした」

「そうですか」

「あの大根が、最初の出会いの立役者です」

「大根に感謝すべきですか」

「してもいいと思います」

 雪乃は少し笑った。声には出なかったが、確かに笑った。

 こはくも笑った。

 細い月が、少し高くなっていた。

「雪乃さん」

「はい」

「これからも、隣にいてください」

「います」

「約束ですか」

「約束です」

 こはくは少し黙った。

 それから、縁台の上で、少しだけ雪乃の方に近づいた。

 肩が触れた。

「寒いです」 

こはくが言った。

「寒いですか」

「少しだけ」

「羽織を取ってきます」

「いいです。このままで」

「このままで、ですか」

「はい。このままの方が、温かいので」

 雪乃は少し止まった。

 それから、動かないことにした。

 月見庵の縁台で、二人は並んでいた。

 猫又坂の夜が続いていた。提灯の明かりが坂を照らし、遠くから川の音が聞こえた。

 細い月が、少しずつ大きくなっていく。

 明日になれば、また薪割りがある。配達がある。鈴音と玄斎が地下に行く。あやめが里への最後の報告を書く。きゅう太が差し入れの野菜を持ってくる。たまが温泉の確認に来る。

 やることが、ある。

 人が、いる。

 こはくが、隣にいる。

 雪乃は目を閉じた。

 これが今の自分の場所だ、と思った。

 里にいたとき、場所というのは与えられるものだと思っていた。命令で割り当てられ、任務で使われ、終われば次に移る。それが場所というものだと思っていた。

 ここは、違う。

 自分で選んで、自分でいる場所だ。

 誰かに与えられたのではなく、雪乃自身が決めた場所だ。

 目を開けると、細い月があった。

 来月には満月になる。その頃には、仕掛けの作業が終わっているかもしれない。玄斎がどこかへ行くかもしれない。あやめも里に戻る。

 だが、月見庵は変わらない。

 お銀がいて、こはくがいて、この縁台がある。

「雪乃さん、眠いですか」

「眠くないです」

「そうですか。眠そうな気配がしたので」

「目を閉じていただけです」

「何を考えていましたか」

「来月のことを」

「来月のことを」

「来月の満月の頃、どうなっているかを考えていました」

「どうなっていると思いますか」

「こはくさんが、月見団子を作っていると思います」

「毎月作りますよ」

「お銀さんが帳簿を見ていると思います」

「毎日見ています」

「私が薪割りをしていると思います」

「毎朝しています」

「それだけです」

「それだけ、ですか」

「それだけで十分です」

 こはくは少し間を置いた。

「十分ですね」

「はい」

「じゃあ、来月の満月も、縁台に出ましょう」

「出ます」

「約束ですか」

「約束です」

 細い月が、猫又坂を照らしていた。

 温かい夜だった。


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