表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くノ一お雪、里を抜けたら湯けむり茶屋の看板娘になりました ~任務で潜入したはずなのに、妖怪の町で帰る場所ができてしまいました~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/22

十四の巻 からくり職人と忍びの手

 地下水路の入口は、川の岸壁にあった。

 きゅう太に案内されなければ、気づかなかったと思う。岩の隙間に見えるが、近づいてみると人が一人通れるほどの幅がある。水は膝ほどの深さで流れており、奥に続く暗い通路が見えた。

 五人で来ていた。雪乃、こはく、鈴音、きゅう太、そしてたまだ。

 たまは来るとは思っていなかったが、朝にまたたび湯の前で合流したとき「わしも行く」と言い、それ以上の説明はなかった。たまが来ることに異論を言える者は、この中にはいなかった。

「暗いぞ。おいらは平気だけど」

「私は夜目が利きます」

「わたしも少しなら」

「わしは問題ない」

「わたしは」

鈴音はそう言い、工具袋から小さな箱を取り出した。

「これがあるから」

 箱の蓋を開けると、中から青白い光が出た。鈴音が作った照明装置で、からくりの原理で油を使わずに光る仕組みだという。

「爆発しませんか」

雪乃が訊いた。

「これは爆発しない。爆発するのは別のやつ」

「別のやつが存在することが問題だと思います」

「大丈夫大丈夫。行こう」

 鈴音が先に水路に入った。きゅう太が続き、こはく、たま、雪乃の順に入った。


 水路の中は、思ったより広かった。

 膝まで水に浸かりながら進むと、しばらくで天井が高くなった。岩盤が丸く削られており、水路というより洞窟に近い形になっている。鈴音の照明が壁を照らすと、石の表面に細かい刻み目があった。

「人工的に掘られています」

雪乃は言った。

「そう」

鈴音が頷いた。

「自然の水路じゃない。昔、誰かが掘った」

「古いからくり師が、ということですか」

「たぶん。材質を見ると、相当昔の工事だけど、精度が高い。適当に掘ったのではなく、設計図があって掘られている」

 たまが壁を見た。

「わしが猫又坂に来たとき、既にこれはあった。百年以上前のことじゃ」

「百年より古いですか」

「もっと古いかもしれん。この刻み目の様式は、わしが見知っているものより古い」

 きゅう太が先に進んでいた。

「こっちに分かれ道があるぞ」

 三方向に分かれる場所があった。鈴音が写しを出し、確かめた。

「右が猫又亭の下。左がまたたび湯の岩場の方向。真ん中は、まだ分かってない」

「真ん中は、坂の上に向かうはずじゃ。社のあたりに出ると思う」

「では左に進みましょう」

雪乃が指示した。


 左の水路を進むと、床が変わった。

 石畳のように、平らな石が敷き詰められている。水の流れが緩くなり、深さが浅くなった。

 鈴音が照明を前に向けた。

 通路の両脇に、管が走っていた。またたび湯の岩場で見たものと同じ形だ。ただ、ここの管は大きい。胴回りが雪乃の両腕を合わせたほどもある。

「大きい」

こはくが呟いた。

「これが本管だ」

鈴音がそう伝え、管に触れた。

「細い管は、これから分岐して地上に向かっている。またたび湯の岩場の管も、猫又亭の床下の管も、ここから繋がってる」

「本管は、どこから来ていますか?」

 雪乃は訊いた。

「もっと奥から来てる。源泉の方向」

 鈴音は写しに書き込みをした。

「分岐点はここより奥だと思う。進もう」


 さらに進むと、水路が低くなった。

 天井が下がり、体を屈めなければ進めない。水の深さが腰まで上がった。こはくが冷たいと言い、たまが眠そうな顔のまま淡々と歩いた。

 きゅう太は楽しそうだった。

「ここ、おいらの秘密の遊び場の近くだぞ。もう少し行くと、広いところに出る」

「秘密の遊び場というのは」

こはくが訊いた。

「川から来た魚とか、変な石とか、いろいろあるんだ。おいらだけ知ってる」

「人は来ませんでしたか」

「来なかった。おいら以外、ここに来るやつを見たことない」

「最近はどうですか」

雪乃が訊くと、きゅう太は少し考えた。


「最近は、一回だけ、変な音がした。ガチャガチャする音。でも誰もいなかった」

「いつのことですか?」

「ひと月くらい前」

 一月前。またたび湯の幽霊騒動が始まった頃と近い。玄斎の準備が、その頃から本格化していた可能性がある。

 低い天井が続いた先で、きゅう太の言った通り、広い空間に出た。


 広さは、月見庵の調理場の三倍ほどある。

 天井が高く、壁が丸い。鈴音の照明を上に向けると、天井に大きな歯車が見えた。今は動いていないが、噛み合った歯車が何枚も組み合わさっており、それぞれの軸が壁の中に入っている。

「これが……」

鈴音の声が上擦った。

「これが地下の仕掛けか」

「中枢ではありませんが、近いと思います」

「すごい。こんなの、見たことない。設計が全部違う。現代のからくりとは、根本的な考え方が違う」

 鈴音は照明を持ったまま、あちこちを見回した。歯車の軸を触り、壁の刻み目を確かめ、床の石の組み合わせを調べた。

「これ、全部繋がってる。歯車が動けば、壁の中の軸が回って、管に圧力が伝わる。管が圧力を受ければ、弁が開いて、何かが地上に向かう。温泉も、この仕組みで押し上げられてるんだと思う」

「止めることはできますか」

「この歯車を全部固定すれば、仕掛け全体が止まる。でも、固定するのは難しい。材質が特殊で、普通の工具では歯に噛み込めないと思う」

「特殊な合金ですか」

「そう。またたび湯の部品と同じ材質。古い時代の、忍術と組み合わされたもの」

「玄斎が使っているものと同じ」

「設計の系統が一緒だから、玄斎はここの設計を参考にして自分の部品を作ったんだと思う。十年前にここを調べたとき、この素材の作り方を学んだんじゃないかな」

 たまが歯車の一枚に手を当てた。

「封印がある。この歯車の中心に、術が施してある。古い術じゃ。これを解かなければ、動かせない」

「封印を解く方法は」

「特殊な火で焼くことじゃ。普通の火では解けない」

「狐火が」

雪乃は呟いた。

「そうじゃ。玄斎はここを調べて、こはくのような力を持つ者が必要だと分かった。だから狙っておる」

 こはくは歯車を見上げた。

「わたしの火で、封印を解けるのですか」

「できる。だがそうなれば、仕掛け全体が動き出す。玄斎が望む状態になる」

「じゃあ、逆はできませんか」

 全員がこはくを見た。

「逆というのは」

雪乃が訊いた。

「封印を解くのではなく、封印を強化することです。今の封印は、玄斎に解かれる前に、もっと強くすることができませんか。わたしの狐火は、解くためだけに使えるとは限らないはずなので」

 たまが少し目を細めた。

「賢いのぅ」

「できますか?」

「できるかもしれん。封印を作ったのも、おそらく特殊な火だ。同じ性質の火で、上書きすることができる可能性はある」

「わたしの火は、温かい火だとたまさんが言っていました。封印を解く火は、破壊する火のはずです。わたしの火は、宿す火だと」

「そうじゃ」

「なら、わたしの火は封印を解くより、封印を守る方に向いているかもしれません」

 雪乃はこはくを見た。

 こはくが、自分で考えた。狙われていることを知り、力を恐れていたはずのこはくが、その力を使う方法を自分で見つけた。

「試せますか?」

雪乃はたまに訊いた。

「今すぐは難しい。封印の構造を正確に把握してからでないと、誤った方向に力を使えば、逆に弱めてしまうかもしれない」

「では、構造を把握してから」

「そうじゃ。鈴音、この歯車の設計を写し取れるか」

「やる」

鈴音は即座に言って、工具袋から紙と炭を取り出した。

「時間をくれ」


 鈴音が写しを取る間、雪乃は広間の奥を調べた。

 大きな歯車の背後に、さらに通路が続いている。壁の刻み目が、奥に行くほど細かく、丁寧になっている。中枢に近づいている感覚があった。

 通路を少し進むと、新しいものを見つけた。

 壁に、最近取り付けられた金属の板がある。板の表面に、細い溝が刻まれており、溝は複雑な模様を描いている。

「鈴音さん」

 鈴音も来た。板を見て、すぐに顔色が変わった。

「これ、玄斎が取り付けた」

「どうして分かりますか」

「素材が同じだから。またたび湯の部品と、猫又亭の人形の部品と、同じ合金。それに」

鈴音は溝を指でなぞった。

「この溝の模様、設計図として読める。これは、起動の手順を示している」

「起動の手順が、ここに彫ってあるのですか?」

「そう。ステップが七つある。最後のステップに、火の記号がある。特殊な火を使うステップが、最後に来る」

「最後に狐火が必要な手順」

「そういうこと。最後まで来て、狐火を使えば、仕掛けが全部動く。玄斎はここまで準備を進めてある。あとは最後の一手だけ残っている状態」

 雪乃は板を見た。

 玄斎の準備は、雪乃たちが思っていたより進んでいた。地下の管の設置、からくり人形の改造、またたび湯と猫又亭への仕掛け、そして起動手順の刻み込み。全部が繋がっており、最後にこはくの力だけを待っている状態だ。

「こはくさんを守ることで、時間を稼いでいる間に、封印を強化することを優先すべきです」

「だが、この板が示す手順を見ると、玄斎は最後のステップ以外を、別の方法で代替できる可能性がある」

「どういうことですか?」

「狐火が使えないなら、別の方法を使うかもしれない、ということ。完全に代替できるかは分からないけど、可能性はある。こはくちゃんを守るだけでは、完全には止められないかもしれない」

「封印を強化することが、根本的な解決になる」

「そう。封印が十分に強くなれば、何を使っても解けなくなる」

 雪乃は決めた。

「両方を同時に進めます。こはくさんを守りながら、封印の強化方法を調べる。鈴音さんは構造の把握を続けてください」

「分かった」

「たまさんは、封印の強化に必要な条件を教えてもらえますか」

「分かった」

「きゅう太は」

 きゅう太が顔を上げた。広間の隅で、壁の石を興味深そうに触っていた。

「おいら、何をすればいい」

「地下水路で変な音や人の気配がしたら、すぐに知らせてください。きゅう太の耳は、私たちより良いはずです」

「任せろ。おいら、見張りをする」

 きゅう太は胸を張った。


 広間に戻ると、こはくが歯車を見上げていた。

 雪乃が近づくと、こはくが振り返った。

「奥に何がありましたか?」

「玄斎の準備が、かなり進んでいました。起動手順が刻んである板がありました」

「そうですか」

こはくは歯車を見た。

「これが動いたら、どんな感じになるのかな、と思って」

「怖くありませんか?」

「怖いです。でも、怖いからこそ、見ておきたくて」

「見て、どうでしたか」

「大きいな、と思いました」

こはくは少し笑った。

「でも、動いていない今は、ただの歯車ですね。大きいけど、止まっている」

「封印があるから、止まっている」

「そうです。封印を守れれば、これは動かない」

「こはくさんが、封印を強化できるかもしれません」

「やってみます」

こはくは迷いなく言った。

「たまさんに教えてもらいながら、やってみます。うまくいくかは分かりませんが、やらないよりやった方がいい」

 雪乃はこはくを見た。

「怖くないのですか。自分の力を使うことが」

「怖いですよ。でも、怖いまま使わなかったら、もっと後悔する気がします。雪乃さんが忍術を使って守ってくれているなら、わたしも使える力は使いたい」

「無理はしないでください」

「します」

「え」

「無理は、します。でも無謀はしません。無理と無謀は違います」

 雪乃は少し止まった。

「こはくさん、それは」

「お銀さんが言っていました。無理はしていい、無謀はするな、と。無理をしない人は、大事なところで踏ん張れないから、と」

「お銀さんが」

「はい。わたしに言ったんじゃなくて、昔の話をしていたんですけど。でも、そうだと思って」

 雪乃は少し考えた。

「分かりました。無謀はしないでください」

「します。無理は、ですよね」

「……はい。無理は、してください」

 こはくはにこりとした。


 地下から出たのは、昼過ぎだった。

 川岸に戻り、水気を払い、それぞれの格好を整えた。鈴音は写しを持ち、すでに何かを考えながら歩いていた。きゅう太は服が濡れたまま気にせず、川に飛び込んで戻っていった。たまは眠そうに欠伸をしたが、出るときよりも少し表情が引き締まっていた。

「鈴音さん、分岐点を塞ぐことと、封印の構造把握、どちらを優先しますか」

 雪乃は尋ねた。

「両方同時に進める。分岐点は、写しが取れたから設計図を作れる。封印の構造は、たまさんから聞きながら文献と照合する」

「何日かかりますか」

「五日あれば、ある程度まで分かる。あと五日で対策を作る。計十日。新月の数日前までには準備ができる計算」

「それでお願いします」

「ただし」

鈴音は立ち止まって雪乃を見た。

「材料が要る。分岐点を塞ぐための部品を作るのに、金属が要る。今の工房にある分では足りない」

「どこで手に入りますか」

「猫又坂の鍛冶屋に頼めばいい。でも、特殊な材質が必要だから、普通に頼んでも難しいかもしれない」

「玄斎が使っているものと同じ合金が要りますか」

「いや、封印を解かれないためなら、反対の性質のものがいい。玄斎の合金は起動に向いた素材だから、封印に向いた素材が要る」

「たまさん、分かりますか」

「古い文献に書いてある素材がある。わしが持っている記録に材質の記述がある。それを鈴音に渡す」

「ありがとうございます」

「それと」

たまは歩きながら言った。

「地下水路に、玄斎が来た痕跡はなかったの。あの板は、いつ取り付けられたか分かるか」

「一月から二月前だと思う。金属の状態を見ると、そのくらい経っている」

 鈴音は言う。

「ならば、玄斎は既に準備を終えている。新月の夜に来るとすれば、それ以前に偵察に来る可能性がある」

「地下水路に」

「そうじゃ。きゅう太に見張りを頼んだのは正しい。ただ、一人では無理がある」

「交代で見張りを立てます。私が夜、きゅう太が昼に入れるところまで確かめてもらう」

「よかろう」


 月見庵に戻ると、お銀がいた。

 腰の具合が悪いと言っていたが、今日は帳場に座って仕事をしていた。雪乃たちを見て、「遅かった」と言い、それ以上は言わなかった。

 こはくが夕飯の準備を始めた。鈴音は「また来る」と言い、工房に戻った。たまはまたたび湯に戻っていった。

 夕飯は、いつも通りだった。

 お銀が帳場で食べ、こはくと雪乃が調理場のそばで食べた。きゅう太が外から顔を出し、「おいらも」と言い、こはくがおにぎりを渡した。

 食事のあと、雪乃は部屋で今日の記録を書いた。

 地下水路の構造。歯車の広間。玄斎の起動手順の板。封印の位置。鈴音の計画。こはくの提案。

 書きながら、こはくが言ったことを思い出した。

 無理はします。でも無謀はしません。

 雪乃は少し笑った。声には出なかったが、確かに笑った。

 こはくはいつも、こういうことを言う。雪乃が思っていなかった角度から、当たり前のように大事なことを言う。

 無理と無謀は違う。

 確かにそうだと思った。

 里では、無理も無謀も同じように戒められた。体を壊すな、力を温存しろ、感情で動くな。だから、無理をすることも、無謀をすることも、同じ意味に思っていた。

 でも違う。

 大事なところで踏ん張るために、無理をする。

 それは、確かに必要なことだと、今は思えた。

 雪乃は記録をたたみ、灯りを落とした。

 窓の外の月は、少し欠け始めていた。満月を過ぎ、新月に向かって減っていく。

 やることがある。仲間がいる。守るものがある。

 雪乃は目を閉じた。

 廊下の向こうで、こはくが部屋に入る音がした。

 おやすみなさい、という声が壁越しに聞こえた。

「おやすみなさい」

雪乃は答えた。

 猫又坂の夜が、穏やかに続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ