第38話 「生まれてきて良かったよ」
•:〜.*.♢
ぱち
ぱちっぱちっ!
ぱきっ………
暖炉の薪が爆ぜる音が、
古い木の壁にはね返って聞こえる。
季節は真冬。
外にはしんしんと雪が降り積もり、夜更けの真っ暗い森に、暖炉の柔らかい火の灯りが、小さな家の窓からもれていた。
「……っ!」
「ふぎゃっ!……ふぎゃー!」
プルーデンス
「おーっと。よ〜しよ〜し良い子だねえ〜」
「あ、アルテイシア。そういえば」
「この子の名前はもう決めたのかい?」
若い姿の父親が、まだ小さな赤ん坊を胸に抱き、時々揺らしている。
彼は銀縁の丸メガネ越しから困ったような、どこか嬉しそうな笑みを浮かべている。
アルテイシア
「……だああー!!もー!うるさいなあ」
「今、すっごく悩んでんのよ。
プルーデンス………」
どこか疲れた表情を浮かべる若い母親は、
テーブルに突っ伏して頭を抱えている。
そして顔を上げ、うんざりした様子で
彼にそう答えた。
プルーデンス
「どれどれ?………」
「ああ!これなんか、すごく良いじゃないか!」
「この子にぴったりの素敵な名前だよ。」
アルテイシア
「……そう?」
「あなたがそこまで言うなら……」
「じゃあ、決まりね」
アルテイシアはゆっくりと立ち上がり、
プルーデンスが抱く赤ん坊の頬にそっと触れた。
ぴと。
アルテイシア
「この子の名前は--
「アーズの『 真実 』って
古い言葉からとって
『 ノエマ=『 ヴェリタス 』・リュクシエル 』
よ!」
ノエマ
「きゃっきゃっ!」
赤ん坊は母親ゆずりの翡翠色の瞳をまん丸くして、言葉にならない笑い声をあげた。
アルテイシア
「そんなに気に入ってくれたの?
私……めっちゃ嬉しいんだけど……」
「ずっと考えぬいた甲斐があるわね!」
プルーデンス
「はは『 ノエマ 』か。あははっノエマ、
お父さんだよ。」
プルーデンスは優しく微笑むと、
赤ん坊の額に自分の額をくっつけた。
すると--
ノエマ
「ふえぇ〜〜〜ん!」
プルーデンス
「あれえ!??」
アルテイシアはふっと小さく笑って
アルテイシア
「ふふ」
「……そうよね。あなたには、その子の心の声が聞こえないから分かんないものね。」
「なんだかノエマは、あなたの顔を見てさびしくなっちゃったみたい。」
「だから今日はずっと、そうやってそばに
いてあげて。」
プルーデンス
「アルテイシア……ノエマ……」
アルテイシアはとうとう眠気に負けて「ぐがあ〜!」とテーブルに突っ伏して気持ちよさそうな寝息を立て始める。
プルーデンス
「アルテイシア?!」
「 ……って、朝から晩まで考えていたんじゃ、
仕方ないよね。」
プルーデンスはそっと妻と娘を見おろすと、その瞬間だけ『 世界に三人だけしかいないような 』静けさが訪れた。
プルーデンス
「おやすみ。二人とも。」
「今日は、ゆっくり休んで」
「僕はずっと」
「君たちを愛しているよ。」
ノエマを抱くプルーデンスがかけた柔らかなブランケットが、アルテイシアの肩をやさしく包んだ。°♢+•・.•:〜.*.。°。°。♢+•・.•:〜.*
--ふらっ
ガタンッ!
どさ……
ミノリ
「ちょっ!!ノエマ!!?」
「ノエマ!!!」
………………
ノエマ
「……んっ……うう……ん……」
ミノリ
「だいじょぶ?!あんたいきなり倒れたけど……そうだ!救急車呼ぶ!?まじで!ああもう!!どうしよう……」
ノエマ
「ミノ……リ?」
ミノリ
「……!!」
ノエマ
「わたしは……だいじょう……ぶ」
「……うっ」
「わあああ〜〜〜〜〜〜んっ!!!」
急に倒れたかと思えば、
突然泣き出したノエマを
ミノリはその場に座って抱きしめ、
ただ頭をなでてあげることしか
出来なかった。
---
さくさくしゃくっ
雪を踏みしめる。
ぶるぶるっ!
ミノリ
「ああ!寒い!!」
ノエマ
「……ミノリ?あれ……わたし……」
ミノリ
「ノエマ!はあ……良かったあ〜」
「やっと気がついたか……」
「んしょっと!」
っしゃく
雪が積もった地面へゆっくり下ろされたノエマは、図書館でミノリに泣きついた後、それからまた気を失って。
それからはずっとミノリがおぶって歩いてくれていたのだった。
そして二人は、ようやく家の前まで帰って来た。
ノエマ
「ミノリ……わたし……」
ミノリ
「良いっていいって!だって」
「あたしら友達でしょ?」
鼻を真っ赤にして。
ノエマ
「うう……」
「ほんとにありがとぉ……ミノリ〜……」
ぎゅっ
ミノリ
「分かったわかった。よしよし」
「ほら、早く家帰ってあったまろっ」
「ほれほれっ」
二人は仲良くお互いの体を支え合いながら、
マンションのエレベーターに乗り、ミノリの家に帰った。
---
がちゃんっ
フィリム
「フィー!!」
ぴょん ぼんっ!
「ノエマ様、ミノリ様!!
……もしや、何事かあったんですか?」
ノエマ
「フィリムただいま。ありがと」
ミノリ
「王子ただいま。まあ今日……
図書館でちょっとね……」
フィリム
「そう……ですか……」
「は!お二人とも体が冷え切っている
ではありませんか?!」
「わたしが早急にお風呂をあっためて来ますか
ら、お二人はお部屋でまず、温かい格好にお着替
えください。」
「では」 ぼんっ
とことことこっ!
ミノリ
「とりあえずここは王子にまかせて、
あたしらは部屋にいっとこ」
ノエマ
「う、うん……」
---
どさっ
ミノリ
「はあ〜〜〜つかれたあああ」
ノエマ
「ミノリ、フィリム」
「今日は、たくさんありがとう。」
フィリム
「フィ!」
二人はフィリムが焚いたお風呂でしっかりとあったまり、着替えを済ませ、ミノリの部屋で大の字になっていた。
ミノリ
「へぶしっ!!」 たらーーーん
鼻水をたらすミノリ。
「あああ!風邪なんぞ気合いで治すわ!!
負けん。」
ノエマ
「わたしのせいで……ごめんね」
「ミノリ……」
ミノリ
「ノエマ……」
「あっ!そーいえば、あんた気ー失う前に
なんか言ってたけど……」
「それってもしかしたら『 失くなった記憶 』
と関係あんのかな?」
ノエマ
「え?」
「わたしなんていったの?」
ミノリ
「ん?ん〜とね……たしか……」
ごくっと息を呑むノエマ。
「ノエマ……
『 ヴェリタス 』・リュクシエル?」
「ん?」
「あ!待ってそれって!!」
「それが『 本当のあんたの名前 』とか
なんじゃないの?!」
がばっ!
と、起き上がるミノリ。
ゆっくりと体を起こすノエマ。
ノエマ
「真実……」
あ………
『きっとそうだ……』
『あの時、遺跡でお父さんが最後に
伝えたかった……言葉』
ノエマ
「わたしの真実の名前」
ノエマはギュッとペンダントを握る。
「ミノリ……」
「思い出したよ。」
「わたしの真実の名前はね--
『 ノエマ=ヴェリタス・リュクシエル 』
「惑星フィデリスで生まれた、お父さんとお母さんのたった一人の子ども」
「お母さんの次の『 観測者 』として、
わたしにはやらないといけないことがあるの。」
ミノリ
「……まじか。ん?え??」
「てか、なんかあんた光ってんだけど……」
唇にそっと人差し指を当て、
悪戯っぽくウインクをするノエマ。
ノエマ
「ミノリ」
「……今の、ひみつ。……ね?」
もはや彼女の専売特許ともいえる
その可愛らしいしぐさ。
それをいきなり見せられた
ミノリの心は、
真っ直ぐ撃ち抜かれた。
ミノリ
「のおっ……!!?」
『また一つ』
『一つだけだけど。』
『大切なことを思い出せた。』
濡れたプラチナの髪が、
肌に触れて
キラキラと淡く光っていた。
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