第3話 ファーストバイト
砂漠の夜は、あらゆる音を呑み込んでいる。
呼吸する音すら世界からこぼれ落ちるようで
弱い。
その静寂の中を、少年--
アルテナは歩き続けていた。
胸の小型装置は、どこか焦るように脈打つ。
「ったく、なんなんだよこの反応は……」
足元で、砕けた都市の記憶がザラっと音を立てた。壊れた世界の『 記憶の残骸 』。砂に埋まった瓦礫。
するとやがて、砂漠の風が止んだ。
暗闇の奥で、『 紅い光の柱 』が立っている。
まるでその光景は、夜空へ向けて世界が静かに
『 祈りを捧げている 』みたいだった。
「……おっ!あれか」
夜の乾いた冷気が肌を刺す。アルテナは小さく息を呑むと、その光へ向かって歩き出した。
♦︎♦︎♦︎
『 紅い光の柱 』。その中心にあったのは、
砂に埋もれた『 古い聖堂 』のような建物だった。
塔はすでに崩れ、天井には巨大な穴が空き、そこから幻環の白紫色の光が差しこんでいる。
壊れた建物の扉は、半分しか残っていなかった。
アルテナはそこから一歩、足を踏み入れる。
ギ……ッ ガラ……
乾いた音が反響する。
バキッッッ!
「ウヒィっ!!!!!」
自分の声じゃないみたいな裏返り方だった。
不本意にすっとんきょうな声を上げてしまった
アルテナは、内心で超ビビりまくっていた。
そして、アルテナは大きく息を吸い込むと、
意を決して声を出した。
「誰かいるのか!?」
……………………
その声は砂に吸い込まれ、また静寂へと還っていく。返ってくる返事はない。だが、左胸がまた碧く震えた。
-----接続可能 記憶:存在
---識別名:未登録
--波形:生体反応と一致
-異星生物と認識
「あ?……人間じゃ……
ないってのか?」
砂漠の果てで。
『 止まっていた時間 』が今
再び動き出そうとしていた。
♦︎♦︎♦︎
アルテナはなるべく足音をたてないように、
壊れかけた建物の奥へと進んでいく。
すると、聖堂内の崩れた柱の影
その奥に--
一人の少女がいた。
紅い光を抱きしめて。
光ではなく、その少女の『 存在そのもの 』が、生命力に満ちて紅く輝いているんじゃないかとすら、アルテナにはそう思えた。
プラチナの髪が砂に触れ、ときおりふわりと揺れている。翡翠色の瞳は不思議な輝きを持っていて、ずっと見ていたくなるほどに綺麗だった。
少女はまるで、眠たげにうとうとしているようにも見えた。けれど時折、失くし物を探すように周囲に視線を巡らせている。
膝を抱えて地面に坐る少女の胸の上では、ペンダントが今もなお、紅い光を放ち続けていた。
瞬間--
ハッと、少女の目が見開かれる。
砂漠の世界では到底ありえない透明度で、
翡翠の瞳が真っ直ぐアルテナを射抜く--
その刹那、紅い光が灯火を吹き消したかのようにフッと消え、少女のペンダントとアルテナの胸の装置が同時に光り出す。
紅色と碧色とが混ざり合い、それは一瞬『 幻環の光 』のように白紫色に強く輝いた。
そして世界がもう一度始まった。
♦︎♦︎♦︎
「……だれ?」
少女の声は、今にも崩れてしまいそうなほど静かだった。けれど確かにその言葉は自分に向けられている。
「お、おれは、アルテナ!
えっと、たぶん……人間!」
少女はゆっくりと、翡翠の瞳を見開いた。
その仕草はやっと安心した場所を見つけ
出したかのようだった。
「わたしのなまえは………ノエマ。」
「なまえいがいはぜんぶ……おもいだせない。」
「おもいだそうとすると………いたい。」
ノエマはギュッと左胸を押さえる。
少女のその声は、どこか寂しげだった。
少年にはその声が、鈴の音のように
どこか懐しく聞こえた。
「ノエマ……記憶を失くしたって……
あれ?おれと同じだ。」
言葉にした瞬間、胸の奥がなぜか落ち着かない。
思い出せない何かが、記憶の底でゆっくりと
蠢いた。
するとーー
ノエマのペンダントとアルテナの装置が再び共鳴し合い、白紫色の細い糸が二人の間を繋ぎ、聖堂全体が一瞬だけまばゆい光に満たされる。
---〈〈〈共鳴認証〉〉〉完了---
---接続可能記憶:共鳴認証済
--識別名:ノエマ
-波形:安定
聖堂の床に散らばっていた記憶の砂が輝き出し、幻環が落とす白紫光が、二人の影を重ねていた。
少女がとつぜんクスッと笑う。
その笑みは、アルテナにはこの世界で初めて見つけた『 希望の灯り 』のように映っていた。
アルテナはどうしてもそのまま黙っていられなくなって、ついに言葉が口から飛び出す。
「あ、あのさ!」
ビクッ!と、ノエマが小さな肩を揺らす。
聖堂の空気が少しだけ、緊張した。
「え……?」
アルテナの言葉はもう、止まらなかった。
「お、おれさ!あんまり頭もよくねえし、
正直言って!この世界やばい気しかしないんだけど……!」
アルテナは左胸を押さえながら、
ぐっと少女を指さした。
「と、とりあえずっ!!こ、ここで一緒に
暮らさね!?」
「だって……一人よりは二人の方が
絶対マシだし!!」
砂漠の夜にちょっぴり情けない声が
響き渡った。
「………」
ノエマは瞬きをした。
そして、小さく首を傾げる。
「……いっしょにいるの? ここで?」
「う、うん!!」
アルテナは思わず胸を張る。
「てか、ここしかねーし!外、砂漠だし!」
「心細過ぎるし!!……あ、いや!ごめん。
なに言ってっか自分でもよく分かんないんだけ
どさ……」
叫んだ後で耳まで赤くなる。
「その、ノエマも……
ずっと一人でここに居たんだろ?」
「だったらしばらくさ……しばらく!
おれと一緒に居よーぜ!!」
そう言ってすぐに、少年はキメポーズをした
自分が憎くてたまらなくなった。
ノエマはしばらく黙って、胸のペンダントを
そっと撫でていた。その瞳がほんの少しだけ
揺れる。
「アルテナがいるなら……わたし……
こわくないかも。たぶん。」
「……!!」
アルテナは全身でガッツポーズをした。
「よっしゃあああ!!!んじゃ、決まりな!!
今日からここ、おれたちの家だな!」
『ん?……今おれ『 たち 』って……!?
まじかよ?!今すぐ取り消してえぇえ………!』
そう言い切ったアルテナは急に恥ずかしく
なって、そっぽを向きながらひとつ咳払い
をした。
「……と、いうことで。」
「ノエマ。これから よろしくなっ!」
ノエマは、まるでぴったりの言葉を探すかのように目線をさまよわせた後、少年の目を見てゆっくりと頷いた。
「うん、よろしく。アルテナ。」
白紫光の下で。
二人の影がほんの少しだけ近づいた。
星が落ちてきそうな夜に。
崩れ落ちた聖堂の奥で。
そのようにして、偶然にも名前を取り戻した『 異星人の少女 』ノエマと、
そんなことはまだ知らないまま--
アルテナはただ、少女の横顔を見つめていた。
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