第10話 闇色の海
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その頃--
ノエマとアルテナ、フィリムが立っていた密林の手前、そのずっと奥にある蔦で覆われた岩場の影に、歪みを帯びた二つの人影があった。
「…… まさか、NCMーZoneをこうも容易く越えてくるとは……な」
その声の主は、人間でも記憶体でもない。
「あの子ら……目覚め始めてるのかも……」
その影が首に付けている翻訳機が、まるで『 少女の声を模した 』ように言った。
そして二つの影の輪郭はしだいに揺れ、やがて歪みとともに
--消えた
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密林は砂漠とは正反対の世界だった。
目の前には無数の巨木が立ちはだかり、その太い根が地面を持ち上げ、淡い光を放つ植物が足元を照らしている。
生き物の気配は絶え間なく、密林のなかに満ちあふれていた。
ノエマ「……すご……い。……」
ノエマは思わず、そう言葉を漏らしていた。
「せかいが……ほんとうに、さかいめでかわってる。」
アルテナ「ノエマ、フィリム行こう。」
二人にそう言うと、アルテナは視線を上げた。
アルテナ「この先にきっと……」
するとフィリムは二人を先導するように急に駆け出した。
二人はフィリムを追いかけ、密林の奥を目指し『 失った記憶 』を取り戻すために走り出した。
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密林の湿った空気は砂漠とは
やはりまったく違った。
それはなんだか『 閉ざされた静けさ 』を纏っていて、二人の背中に重たくのしかかった。
不思議なのは一歩、森の中へ踏み込んだだけで、背後の『 音 』が消されてしまったことだった。
密度の高い森のなかには、風が吹いているはずなのに葉はなぜか揺れない。
密林の入り口でたしかに感じたはずの生き物の気配もなく、鳥の声も虫の羽音も一切しない。
それらがまるで全部まとめてどこかで消さてしまったかのように。
ーー木漏れ日ですらもこちらをじっと観察しているかのように沈黙していた。
三人は、密林の道なき道を蔓をかき分けながらゆっくりと進んでいった。
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アルテナ「……はあ、だっ…!はあ
はああ……へんだな。」
アルテナが呟く。
ノエマ「……生き物のけはいが……しない。」
ノエマは、背中が急に火傷をしたようにひりひりするのを感じていた。
ノエマ「……アルテナ、気をつけて。ここ……」
ノエマはアルテナのシャツの袖を静かにつまんだ。するとアルテナが言った。
アルテナ「なんか……おかしいよな?……」
「さっきまではたしかにあったはずなのに。気配が……全部消えてる?」
その時、フィリムがぴたっと立ち止まった。
ツノが震えたかと思うと『 来た方向 』を示して光り出していた。
ノエマ「え……フィリム?そっちは……」
ノエマが言いかけたその瞬間--
アルテナの視界がまた『 暗転 』した。
音もなく、光もなく
視界が真っ黒に塗りつぶされる。
アルテナ「……ノエマ!!?」
彼は思わず闇のなかで手を伸ばす。
だが、その手は『 闇 』をかいただけだった。
足元の感覚は消え去り。世界がひっくり返ったように上下左右でさえ分からなくなった。
そこに『 落ちた 』とも『 立っていた 』とも言えない。ただ、意識だけがどこか『 別の場所 』に引きずられていくようで。
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真っ暗。アルテナは深い闇色に沈んだ。
光さえ届かない『 何か 』の中へと。
すると、深い闇の中で知らない声が響いた。
そして、直接頭のなかで聞こえたその声が言った。
『……もう、これ以上ここへは近付くな』
『君はまだ……
何も思い出してはならないんだーー
ごくっ……!
少年が唾を呑み込む。
アルテナ「ッ……?!」
「一体だれなんだよ!!……おまえは……!」
「……おまえが俺の……ッ『 記憶 』を変えたのか!?」
返答はなく、ただ深い闇の中に一つの人影が浮かんだのがアルテナには分かった。
歪みにまみれた輪郭。
まるで、砂漠で感じたのと同じ気配。
影をマントのように纏ったその人影が、
ゆっくりとこっちに振り返る。
『 観測者を追い求める影--
『 否定者』がやがて--
『 光が形を持つ前の闇へと、すべてを還す 』
アルテナ「答えになってねぇ……!!!」
少年のその声だけが深い闇の淵から、滑るように密林へと届いた--
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アルテナの視界が、今度は『 明転 』した。
二人と一匹は密林の中、先ほどと同じ場所に立っていた。
アルテナ「っぶはあーっ!!……」
「なんだったんだよ……今のは……」
少年は無意識で止めていた呼吸を
再び再開させてそう言った。
砂漠で体験した『 裂け目 』とは違う。今度は『 《《アルテナだけ》》 』に起きた現象だ。
もっと、ずっと生々しい実体を持った歪みと禍々しい『 人影 』の存在。
ノエマ「……フィリムもなんだか
きんちょうしてる……みたい。」
ノエマがそう囁いたその時ーー
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ゴガゴゴゴゴゴゴゴ………ッ!!!
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地面の奥底から、巨大な岩塊か何かが擦れあうような地鳴りが響いて、大地が、森が激しく揺れた。
ノエマ&アルテナ&フィリム
「「ッ……?!」」 「フィッ……」
アルテナは思わず立っていられなくなるのをなんとか堪え、ノエマの手をとっさに握った。
アルテナの手は気付けばじっとりと汗でぬれていた。
そして、ノエマが小さく震えた声で言った。
ノエマ
「アルテナ、これ……なにかの……声?……」
アルテナ
「……今はなんにも分かんねえ!」
「でも……この先に多分『なんか』いる……!」
アルテナは喉が乾くのを感じて胸の奥がざわつく。この感覚は?--
アルテナ
『また、俺の記憶に……関係してんのか?』
………テ……ナ!
ア………………!
………………
ノエマ
「アルテナ!」
「………!!?」
少女の何度目かの呼びかけに、少年の意識が再び浮上していく。
アルテナ
「………!」
「うおおっ!!ノエマごめん!めちゃくちゃ考えごとしてたわ今……」
ノエマ
「手、つないだまま……」
アルテナ
「え?」
「っと、わっ!」
「その……ごっ、ごめんっ!………」
と、我に返った少年は顔を真っ赤にして
黙り込んだ。
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