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王女の護衛に潜り込んだら、なぜか溺愛されています〜銀髪密偵と変人王女の新大陸遠征〜  作者: 白保仁


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第三話

 翌日、フィアは再び王宮へ向かった。


 今日は、いつものように動きやすい服装だ。護衛の仕事をする以上、飾り気より身軽さを優先した方がいい。腰には短刀を提げ、銀髪は邪魔にならないよう後ろで束ねている。


 彼女とエルザを迎えたのは、女性の騎士だった。


 年のころは三十手前ほどだろうか。青い髪をひとつに束ね、無駄のない体つきをしている。表情に緩みはなく、澄んだ目には鋭さがあった。立っているだけで、よく鍛えられた人間だとわかる。


「新任の護衛だな。私はレナ・フォルク。カトレア殿下付きの護衛長をしている」


 短く名乗ると、レナはそれ以上愛想を見せることなく踵を返した。フィアとエルザはその背を追う。


 案内されたのは、王宮の一角にある小部屋だった。護衛たちの詰め所なのだろう。壁には王宮内の見取り図が貼られ、隅には手入れの行き届いた剣や武具が整然と並んでいる。簡素ではあるが、仕事に必要なものだけはきっちり揃っていた。


「護衛長とは言っても、殿下付きの護衛は君たちと私で三人だけだ」


 レナはそう言って、先に長椅子へ腰を下ろした。顎で向かいを示され、フィアとエルザも対面に座る。


「三人だけ、ですか。一人亡くなったという話は聞いていますけど」


 フィアが尋ねると、レナは小さく息を吐いた。


「人手が足りないのさ。カトレア殿下は男の護衛を近づけたがらないし、ご本人もあまり護衛の必要を感じておられない」


「感じておられない、ですか」


「実際、あの方は強い。下手な騎士よりよほどね。正面からやり合えば、私でも勝てる気はしないよ」


 レナは少し苦い笑みを浮かべた。だが、その口ぶりに誇張はない。ただ事実を述べているだけの声音だった。


「もともとは四人で回していた。だが、襲撃で一人死んだ。残った二人も怖じ気づいて辞めたよ。カトレア殿下も引き留めはしなかった。自分の身は自分で守る。そういうお方だからね」


 そこで、レナは一度言葉を切った。乾いた調子のままだが、その奥にはうっすらと疲れが滲んでいる。


「それで気づけば、私が護衛長だ。大した出世だろう?」


 冗談めかしてはいたが、少しも笑ってはいなかった。


「レナさんは、それでも残ったんですね」


 フィアがそう言うと、レナは一瞬だけこちらを見た。


「当然だ。カトレア殿下は、この国に必要な方だ。万が一があってはならない」


 その言葉には迷いがなかった。


「英雄だろうが王女だろうが、ひとりで生き延びられるわけじゃない。戦えることと、守られなくていいことは別だ」


 その一言に、フィアは少しだけ目を伏せた。


 自分のことを言われたわけではない。けれど、なぜだか胸の奥に引っかかった。怪我をして戻るたび、必要以上に渋い顔をするカーディのことまで思い出してしまう。


 レナはそんなフィアの内心に気づいた様子もなく、すぐに話を続けた。


「もっとも、楽な仕事じゃない。命を狙われる相手のそばに立つ以上、お前たちも無事では済まないと思っておけ」


 静かな声だった。脅しというより、ただ事実を確認させる口調に近い。


「それでも残るか?」


 問われて、エルザが先に鼻を鳴らした。


「いまさら怖じ気づくくらいなら、最初から来てないよ」


「私も同じです」


 フィアも短く答える。危険だという話なら、最初から承知の上だった。レナは二人を見比べると、今度こそほんのわずかに笑った。


「そうか。なら話は早い」


 レナは机の上に置かれた一枚の羊皮紙を、指先で叩いた。そこには整然とした勤務表がインクで書かれている。


「基本的に、私とお前たちの三人で交代しながら殿下に付く。一人が同行、一人が近くで待機、もう一人が休養だ。非常時を除けば、常に二人が殿下のそばにいる形になる」


 エルザが腕を組んだまま勤務表を覗き込み、ふんと鼻を鳴らす。フィアも目で追いながら、頭の中で整理した。回せなくはない。だが、余裕があるとは言い難い。


「今までは、レナさん一人で回していたんですか?」


「カトレア殿下が寝ている間は、私が張りついていたよ。起きている間は、あの方が自分で何とかしてしまうことも多かった。だが人数が増えた以上、今日からはきっちり二人体制で回す。このあと三人で殿下のところへ向かう」


 ずいぶんと簡単に合格を出されたものだと、フィアは昨日の顔合わせを思い返した。あれはカトレアが最初から自分の身を自分で守るつもりだからなのかもしれない。英雄としての自負もあるのだろう。


「襲撃犯については、何かわかっているんですか?」


「実行犯はその場で死んでいる。誰の差し金かは、まだ不明だ」


 想定通りの答えだった。そもそもそこが判明しているなら、フィアにこんな依頼が回ってくるはずがない。


 レナは疲れた顔のまま立ち上がると、先ほどの勤務表を壁に貼り付けた。


「カトレア殿下は英雄だ。英雄だからこそ敵も多い。ルミエール王国をはじめ、かつての敵対国はいま表向きは我々に従っている。だが、腹の底まで従っているかと問われれば話は別だ」


「敵国の残党がいると」


 フィアが言うと、レナはうなずいた。


「それに、王宮の中にも敵はいる」


「なぜです? 救国の英雄でしょう」


「だからこそさ」


 レナは淡々と言った。


「カトレア殿下こそ次の王に、という声は少なくない。戦争が終わったいま、他の王子たちにとって殿下は目障りな存在にもなる」


「要するに、内も外も敵だらけということですね」


「そういうことだ」


 フィアは頭の中で軽く整理した。


 カトレアに敵が多いことはよくわかった。だが、戦争が終わったとはいえ、いまの平穏がカトレアの威光に支えられているのも事実だ。彼女が死ねば、王宮内の派閥争いだけでは済まないかもしれない。誰が何のために狙っているのか、きちんと見極める必要がある。


 レナは話は終わりだと言わんばかりに、ぱん、と軽く手を打った。


「他に質問はあるか? ないなら、これから三人で殿下のところへ向かう。午後からは勤務表どおり、順に休憩に入れ」


 そう言うと、レナはきびきびとした動きで詰め所の外へ向かった。フィアとエルザも立ち上がり、その後を追う。


※※※


 これは、面倒くさいことになったとフィアは思った。


 三人で向かったカトレアの私室は、昨日の応接用の部屋とは違って、ずっと王族らしい華やかさに満ちていた。高い天井には豪奢なシャンデリアが吊られ、壁には織りの細かなタペストリーが掛けられている。窓から差し込む光も明るく、部屋全体がどこか柔らかな色合いに包まれていた。


 その部屋の中央で、カトレアは机に向かって書類を片づけていた。傍らには侍女のマルタが控えている。カトレアはフィアたちに気づくと顔を上げ、にこりと笑った。そして、まっすぐフィアへ視線を向けてくる。


 それだけで、マルタの眉間にしわが寄るのが見えた。フィアは無表情を保つことにする。


「レナ、新しい護衛たちを連れてきたんだね」


「はい。これからは二十四時間体制で護衛がつきます。外出の際も必ず同行しますので、勝手な行動はお控えください」


「ふふ。そんなに心配しなくても、今日は書類仕事だけさ。外に出る予定はないよ」


「殿下は予定がなくても無茶をなさるので」


「心配をかけるのは本意じゃないよ」


 カトレアはいたずらっぽく笑う。心配をかけたくないというのは本心なのかもしれない、とフィアは思った。護衛に守ってもらうつもりがないというより、周りを安心させるために護衛を置いているのかもしれない。


 そうはいっても、レナとカトレアのあいだに信頼関係があることはよく伝わってきた。


 レナは、フィアの目から見ても信頼できそうな人間だった。だが任務は始まったばかりだ。カトレアを狙う者が誰かわからない以上、誰にどこまで息がかかっているかもわからない。


 味方を必要以上に疑うのは仕事の妨げになる。だが、簡単に信用しすぎるのも危うい。エルザもマルタも含め、しばらくはしっかり見ていくしかない。


 それから、カトレアはふとレナ、フィア、エルザの三人を順に見回した。


「三人とも、休みはきちんと取るように。護衛だからといって、無理をしていいわけじゃない」


 レナは小さくうなずいた。変わり者には違いないが、部下の心配をする人間でもあるらしい。


 レナとカトレアの会話が終わると、フィアたちは壁際に控えることになった。カトレアはすぐに書類仕事へ戻る。初日から何かが起きるわけもなく、ただ王女を見張るだけの時間が続いた。


 問題は午後からだった。


 勤務表どおりエルザは休憩に入り、レナは詰め所で待機することになった。結果として、部屋の中にはカトレアとマルタとフィアの三人きりになる。


 静かな部屋には、カトレアのペン先が紙を走る音だけが響いていた。フィアは警戒を解かなかったが、外から怪しい気配が近づく様子もない。


 やがて仕事がひと区切りついたのか、カトレアが大きく伸びをした。


「少し休憩にしようか」


 書類を脇に寄せ、長椅子へ移る。マルタがすぐに紅茶の支度を始め、部屋の中に甘い香りが広がった。


「フィアも座りなさい」


 カトレアは隣の空いた席を指さす。


「いえ、護衛中ですので」


「護衛なら、なおさら近くにいた方がいいだろう。マルタ、フィアにも紅茶を」


「……かしこまりました」


 返事は丁寧だったが、声は冷えきっていた。マルタはあからさまに不満そうな顔で紅茶を淹れ始める。フィアが断る隙もなく、カトレアは楽しそうに手招きしていた。


 王女にここまで言われて拒み続けるのも不自然だ。フィアは仕方なく腰を下ろす。


 カトレアは満足そうに頷き、マルタが運んできたカップをフィアの前へ自ら置いた。マルタの目は凍えるように冷たかった。


「飲んでみろ。美味しいぞ」


 フィアはおずおずとカップを手に取り、口をつけた。


 しょっぱかった。


 反射的にむせそうになったが、かろうじてこらえる。視線だけでマルタの方を見ると、あちらは何食わぬ顔をしていた。だが、その口元にはほんのわずかに勝ち誇ったような気配がある。


「……どうだい?」


「美味しいです」


 初日から揉める気はなかった。いつもの仕事を思えば、この程度は可愛らしい嫌がらせの範囲だ。問題はマルタではなく、その隣で満足そうに微笑んでいる王女の方だった。


 気づけば、カトレアの左腕がフィアの肩を引き寄せていた。鍛えられた身体のぬくもりが伝わる。


 もちろん、フィアにそういうつもりはない。だが、相手は王族であり、この国の英雄だ。正面から拒むのも難しい。


「フィア、そのかわいい顔をもっとよく見せておくれ」


「……はい」


 至近距離で見上げる形になる。カトレアの指が、髪を梳くように頭を撫でた。


 自分の顔が熱くなるのを、フィアははっきり自覚していた。仕事柄、荒っぽい男を相手にすることは多い。下卑た目で見られることだって珍しくない。だが、女にこういうふうに距離を詰められるのは初めてだった。


「困っているね。安心してほしい。無理やりは好まないよ。フィアが受け入れてくれるなら、私は嬉しいが」


「……ありがとうございます」


 自分でも、何に礼を言っているのかわからなかった。


 そのとき、不意に肩を強くつかまれる。マルタだった。フィアはカトレアから引き離される形になり、ほっと小さく息をついた。


「カトレア様、こういうことは二人きりのときにしてください。レーヴェン様も困っておられます」


 声音は丁寧だが、棘は隠しきれていない。


「おっと、すまない。マルタを怒らせてしまったか」


 カトレアは悪びれもせず笑った。


「もちろん、マルタのことも愛しているさ」


 その言葉に、マルタの肩がぴくりと震える。耳まで赤く染まった顔でフィアの肩から手を離し、今度はカトレアのすぐ傍へ控えた。熱のこもった目で主を見つめている。


「……マルタさんとは、どういう関係なんですか?」


 フィアが思わず尋ねると、カトレアは楽しそうに目を細めた。


「私は王族だからね。私の愛は広くて深いのさ」


 返事になっているようで、少しもなっていない。だが、おそらくエルザの言っていた噂は当たっているのだろう。


 フィアは立ち上がり、壁際へ下がった。


「カトレア様。私はただの護衛ですので、そのあたりはお忘れなく」


「ふふ。まあ、そういうことにしておこう。気が変わったら言っておくれ」


 カトレアは軽やかに笑うと、何事もなかったように机へ戻った。


「では、休憩は終わりだ。仕事に戻るとしよう」


 そう言って再び書類へ向かう。マルタはその横顔をうっとりと見つめていた。


 フィアは、気づかれないほど小さくため息をつく。


 確かにカトレアは英雄で、仕事もできるのだろう。だが、それ以上に変わり者らしい。カトレアを狙う者の正体を探るだけでも面倒なのに、それに加えて王女本人まで厄介だとは思わなかった。


 これは、思った以上に面倒な任務になりそうだった。

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