あっち側
春園市立北春園中学校
「校内に入ってどうするの? ダンテ」
ダンテに戦いを教えてもらう約束にこぎつけた彼岸は、そのまま彼に連れられて中学校の中に入る。
「なにって、修行の場所を確保する為に決まってるだろ」
「修行の場所?」
「お前なぁ……天使と戦うんだぞ。まさか小さい民家で修業しようなんて言うんじゃないだろうな」
「それは……確かに」
「だから、修行の場にふさわしい所に行く」
大きな声で語るダンテに納得しつつ、学校のとある場所に到着し立ち止まった。
「ここが今日からお前が修行する場所だ。気張れよ」
言いながらダンテは、固く閉ざされた体育館の扉を軽々と開ける。
「……ここで、修行?」
目の前に広がったのは人気のない空間。小さな窓から差し込む光に当てられて、埃が舞っているのが見える。
「あぁ。広く、他所からみられることもない。こそこそ修行するにはうってつけの場所だ」
ダンテがニヒルに笑って語った。
「いいか、確かにお前をA級天使どもとやり合えるようにはするが、まっとうに戦えるなどと思うなよ。お前がするのは、相手がお前の首を取ろうと油断した隙を突く、奇襲かつ反撃の戦いだ」
「……それ、本当に戦いっていうの?」
眉をひそめながら聞き返す彼岸に、ダンテは構わず続ける。
「人間が鍛えたところで天使に太刀打ちができるかよ。ましてやあいつらはA級だ。天地がひっくり返っても敵わない」
「あなたもA級でしょ……」
「おいおい、俺はあいつらとは違う。俺はA級最弱だからな。戦いの面では期待するなよ」
「……」
私の呆れを無視してダンテは続ける。
「が、お前はそれでもやるんだろ」
改めて問われて、思い出す。
あの時の誓いを。あの時の思いを。あの時の、渇望を。
「当り前じゃない。やってやるわ」
笑みを浮かべ、答えを返す。
「いい眼だ。その眼に免じて鍛えてやる」
ダンテが私の眼を見つめながら、どこからともなく木刀を取り出し私に投げつけた。
「早速始めるぞ。身体づくりは勝手にしとけ、まずは俺に、一発当ててこい」
「え?」
「何、本気ではやらんさ。最高レベルの慢心と油断、そして侮りをもって臨んでやる」
「いや、そんな急に……」
私は今まで剣を握るどころか、誰かと手を出し合う喧嘩をしたことがない。
「覚悟を決めろ黄昏彼岸。ここはとっくに、戦場だ」
そう言い終わると同時、突如遠くから轟音が響き渡った。
「!?!?」
ダンテは、まるで予知していたかのように目を細めて呟く。
「A級4位とA級10位だ。大方ミランが奇襲を仕掛けて失敗したってところだな。魔法を打ち合ってる。この街の南の方だ」
その言葉を聞き、彼岸は驚愕する。
「は? 南って……ここは春園の最北よ……」
ダンテは静かに語った。
「よく聞けよ。こいつが怪物どもの足音だ」
*
雷鳴の如き爆発音と、身体の芯に響くような衝撃波がここまで届いている。
「数千を超える2000位階と3000位階の撃ち合いか。相変わらず常軌を逸してやがる」
ダンテは何事もないように言うが、その眼には焦りが見える。
「その、2000位階とか3000位階ってのが、魔法?」
耳にへばりつくような轟音から気を逸らすように彼岸が言う。
「あぁ、2000位階は特大の水魔法、3000位階は炎魔法だ。バンバン使っちゃいるが、並のやつなら1回使うだけで魔力を根こそぎ持ってかれる」
「それって……」
「言ったろ。あいつらは規格外だ。特にルナ・アルテミス、真っ当な殺し合いなら、あいつはS級すらも凌駕する」
____S級。ダンテの国で、最強の天使7人。それよりも強い天使が、今戦ってる……
爆発音が響く中、ダンテは言う。
「とっとと剣を持て。時間の猶予はもうないぞ」
「……分かった」
こうして少女は剣を持つ。まだ誰も辿りついたことのない、果ての領域を目指して。
「まぁ、別に時間の猶予を得たところで何かできるとは思わないが……」
木刀を構えた少女を見て、ダンテは感じる。
____猫背で、弱々しく、覇気など毛頭ないただの少女。
人間という歪で脆弱な存在。しっかり鍛えたところで、A級天使はもちろん、C級下位天使にすら太刀打ちできないのは決まりきっている。
だから、何故その少女に力を貸そうとしているのか、自分でも分からなかった。
大方、自分の弱さから目を背ける為の現実逃避がしたかっただけだろう。
自問自答を繰り返す内に、彼女の雰囲気が変わった。
「……?」
何が起きたかなど分からない。何がそのきっかけになったのかなど分からない。
ただ事実として、この場を無言が支配する。
「はぁぁぁぁあ」
彼岸が一歩、踏み込んだ。
「____!」
木刀の鋒がダンテの眼前に迫る。
「速い……?」
彼女の動きを見て、無意識に呟いていた。
そして、剣が打ち込まれる音が体育館に響く。
「…………」
「……いったぁ」
振り下ろされた木刀はダンテに当たることはなく、そのまま床に叩きつけられた。
あまりにも勢いよくぶつけられた為、刀が中心からひしゃげている。
その衝撃が手にきたのか、涙目になりながら手を振る彼岸。
「やっぱり上手くはいかないなぁ」
自分にはやはり才能がないとばかりに、彼岸が嘆く。
その姿を見て、ダンテが不敵な笑みを浮かべた。
「? あ、もう。そんなに滑稽だった……?」
____あぁ、成程。コイツは、黄昏彼岸は……
「いや失礼。なに、ちょっと未来のことを考えて笑みが溢れただけだ。とっとと続きをやるぞ」
「?」
あっち側の存在だ。




