歪み
A級天使。その存在を一言で表すならば、規格外。
天使世界にある5大国家の内の一つであるエトワール。その中の唯一の教育機関であるルセナ学院には、約15万人ほどの6歳から18歳までの少年少女が通っている。
勉学、魔法、剣術などを幅広く扱っているのだが、1つ、ルセナ学院には特異な制度があった。
階級制。11歳から与えられるその称号は、上からS級、A級、B級、C級に分類され、その力を評価される。
割合としては、S級7名、A級13名、B級上位50%、C級が下位50%となる。
さらに、S級1位、B級1000位、C級1000位など、自分の強さに応じて事細かに順位付けされる超実力史上主義社会。
その上でS級・A級といった上位集団は、尊敬と畏敬の対象であった。
その怪物達が日本の、小さな街の1つでしかない春園市に降臨する。
上位天使13名。それは埒外の外であり、認識の外であり、理の外であった。
そして彼もまた、人間達の世界に足を踏み入れる。
*
グリル・モラル。A級9位である彼は、筋肉質な身体をよじらせ、神と名乗った男の話を聞いている。
剣術の訓練をしている途中、突如地面の揺れと眩い光に襲われ、気付いたらここに居た。
暗く陰湿な空間で、グリルと神は相対する。
神の言葉を聞く中で、概要は掴めてきた。
____天使が13……これはA級全員呼ばれてるな。
グリルは本能で感じ取る。ここから始まる異常ともいえる戦いの気配を。
____一番厄介なのは、A級4位か……
彼は、戦いに呼ばれているであろう天使達への認識を、同郷のライバルから敵へと瞬時に切り替えた。
そして向かう。戦いの地、春園市へと。
*
彼が目を開けると、本の中にいた。
いや、実際に本の中にいる分けじゃないのだが。書斎だろうか、部屋の四方の本棚に本が隙間なく並べられており、部屋の真ん中に机が二つ並べられている。
一つはデスクライトが置かれているだけの簡素な机。一つは机の上に木製のチェスとチェス盤が置かれていた。
だが、人間世界の産物であるチェスを知らないグリルはそれを装飾品の類だと認識しただろう。
さして気に留めることなく、そのチェスが置かれている机に座っていた男の方に目をやった。
黒髪で黒い服を身に纏った、少し不気味な印象を持つ男。
年は10代後半くらいだろうか。18のグリルと同じか、1個上くらいの容貌をしていた。
グリルはその青年に向かって語りかける。
「A級9位。グリル・モラルだ。よろしく頼む」
簡潔だが分かりやすく、自分の強さと名前を男に言う。
それを聞いた青年は何も言わずに席を立ち、グリルの前に歩みを進める。
「あんたの名前は?」
訝しみつつも警戒はまったくしていない様子でグリルは目の前の青年に名前を尋ねる。
青年は2回りは大きいであろうグリルを睨め回るように見て、何故か名前ではない言葉を放つ。
「怪異」
____?
グリルはその言葉の意味をわかりかね、首を傾げる。その時だった。
「!?!?」
突如青年に首筋を掴まれた。
混乱したグリルが瞬時に自分の首を絞めている手を引き剥がそうとするが、思った以上に力が強く、青年から離れることができない。
「な、なにを……」
絞められながらも小さな声を出し、青年に問いかける。何故このようなことを、と。
だが青年は手を緩める事なく、確実にグリルの命を削っていく。
なんとか逃れようとグリルは体格差を利用し、自分の方向に重心を向ける。
だが、それでも尚青年は微動だにしなかった。
不味い____
この瞬間、グリルは目の前の人間を、天使を導く存在ではなく、天使に仇なす敵とみなす。
「3000位階」
彼は焦っていた。焦っているが故に、本気の魔法を青年に叩き込む。
猛々しく燃え広がる魔法陣が周りを囲っていた本を燃やし、家にまで火を移す。
本気の3000位階。
ここで殺らなければ、殺られる!
魔法を青年に向かって射出しようとした時だった。
青年に、目の前の黒服の男に動きが見える。
左手はグリムの首を掴んだまま、突如右手を左腰の剣に手をかける。
____なっ!!
そう、何も無かったはずの所から、剣が出現していた。
上級天使なら、その程度は造作もない。
だが、それをやってのけたのは眼前の人間。
人間は魔法を使えないのでは無かったのか!?
彼は心の内で叫ぶ。それと同時に視界が一瞬途絶えた。
死が近づいてきているのだろう。
彼は心の揺らぎを瞬時に落ち着かせ、魔法を射出した。
「なにをやろうと終わりだ!怪物!」
A級9位は目の前のそれを、怪物と呼称した。
A級天使の一撃。即ち、最強の一撃を持って目の前の青年は粉微塵になる。
はずだった。
「天之尾羽張」
青年は剣の名前を呟きながら、抜刀し、魔法ごとグリムの首を断ち切る。
グリルが知ることは遂に無かった。
その剣の名前が、日本神話に刻まれた名刀であることなど。
天之尾羽張。イザナギが、火の神であるカグツチを屠った神の剣。
あまりにも一瞬に、あまりにも呆気なく、A級9位の命が散る。
グリルは、切られたことすら気づかなかっただろう。
それ程までに高速で、圧倒的な斬撃。
自らを怪異と呼称した青年はその後、何も無かったかのように燃え広がるこの書斎を後にする。
本と共に燃えるチェス盤。
グリルが装飾品と勘違いしたそのチェスの配置は、簡単かつ単純な、1手メイトがかかっていた。
残り天使数 12/13




