彼岸を征く
「この宇宙には、天使がいる」
「天使っ?」
あまりにも突拍子のない神の話に、自分でも分かるくらい頓狂な声がでた。
そんな私には目もくれず、神と名乗った男は続ける。
「人間よりも高位の力を持つ存在。その天使13人を春園市に降ろし、そこにいる人間13人を案内役にする。そして、お前たちには殺し合いをしてもらう」
「殺し合い……?」
澱みなく神が話す中、聞き捨てならない言葉が放たれる。
そんなもの、フィクションでしか聞いたことがない。
「そうだ。人間と天使、13組による殺し合い。そしてその勝者には、生命に関するものを除く、全ての願いが1つ叶えられる」
「願い……」
言葉を咀嚼する暇もなく、とんでもない言葉が神の口から出る。
「それに伴って、春園市にいた、全ての人間を死滅させた」
元々音のない空間に、より異質な静寂が場を支配した。
一瞬虚言かとも思ったが、彼の眼を見て、その考えは泡沫に消え去る。
脳裏に浮かぶのは、父と母。
交友関係など無い私にとって、思い浮かんだ人物は2人しかいなかった。
でも、どうしてだろうか。
天使と聞いても、殺し合いと聞いても、願いと聞いても、父と母がもう死んでいるも聞いても、怒りさえも、悲しみすらも湧き上がらない。
非常に客観的に、だけどどこか他人事のように、ただそうかとしか思えなかった。
きっと、心のどこかで諦めがついているんだろう。
私は主人公ではない。
何かをしようとすれば、0点ではないが、平均には遠く及ばず。
最底辺ではないが、人並みではない。
すべてにおいて下位3分の1以下の存在。
ただ、舞台の端にいる脇役。誰の目にも映ることなく、主役を引き立てる舞台装置。
ただそんな____
「生き残れば、」
そんな諦念の思いを巡らせている最中、神が私に向かい言葉を放つ。
特段大きい声でも無いが、その言葉は何故か頭にスッと入り込んできた。
「生き残れば、見えてくるだろう」
なにが見えてくるのか、と言おうとしたが、神は尚も神は続ける。
「生きている理由も、自らの存在意義も、戦う理由も、進み続ける意味も」
小さなスツールに腰掛けた、到底神とは思えない男。
「変わりたいのなら戦え。戦い、勝ち、生き残り、勝者と成れ」
神が私の眼を見つめながら、語る。
「自ら剣を取り、自分の力で掴み取れ。何者でも無いお前が、何者にも成れなかったお前が、弱者が、何かに成れる。そんな大戦だ」
「大戦……」
可笑しいと思う。意味が分からないと思う。人の命が懸かってて、もう当に、春園市10万の命が消えている。そんなものがゲームだなんて。
思っていて、心が、魂が震えていくのを感じた。
恐怖ではない。怒りではない。
変われる。その言葉が、深く魂に刻み込まれた。
神は最後に宣言する。眼の前の弱者に、変わろうと思い続け、遂に行動に起こすことは無かった愚者に。
「天使大戦。これがお前を、変える舞台だ」
*
春園市立北春園中学校。校門前。
一人の少女は、青年と出会う。
青色のウルフカットをした、黒いマントを纏った長身の天使。
腰には青色の剣が添えられており、彼が秩序の外から来た存在なのだとはっきりと分かる。
青年が少女の姿を一通り見た後、やる気のなさそうな声で言った。
「A級13位。ダンテ・アルギス。あ〜、なんだ、勝手にやらしてもらうから、この街の地理をまず教えろ」
しかし声音に反して内容は、まるで一瞬の時間の無駄も許さぬとばかりに、少女に戦場と化したこの場所の情報を要求するものだった。
少しの沈黙が過ぎ去った後、少女は言う。
だが、それは春園市の地理などではなく……
「ダンテ・アルギス。私に、戦いを教えて。私は変わりたい。こんな弱い私から……いや、変わるの。何者でもない、私から!」
ダンテと名乗った天使は、数秒、固まった。
少女が何を言っているのかが分からなかったからだ。
____戦う? 誰が? こいつがか?
天使であるダンテは察していた。この戦場に連れ出された天使たちはA級であると。A級の中で最下位に位置する13位がこの戦いに勝ち抜くためには、最速で地盤を固め、戦術勝負に持ち込むしかないと。
そんなA級たちと戦うと?この弱そうな小娘が?
ダンテは無視してこの街について聞こうとする。
ただの戯言だと。天使を知らない人間の世迷言だと。
そう一笑に付し、彼女の眼を見た。
その眼は、決意に満ちていた。
本気で変わりたいと、本気で何かに成ろうとしている者の眼。
少女は言う。
「天使が上位存在であることは、貴方を見たらすぐに理解った。でも。私の決意は変わらない」
ダンテは背筋が少し冷たくなるのを感じる。
彼女に、気圧された。
天使である俺が、人間の少女に……
ダンテはニヤリと口を歪ませる。まるで何かを悟ったように、好奇心を抑えきれぬ少年の様な笑みを浮かべた。
「良い眼だ……いいだろう」
彼は自分の運命よりも、自分の願いよりも、彼女の執念を取った。
一体彼女がどの様な生き方を選ぶのかが気になった。
彼女はその後、この絶望に満ちた天使大戦をさらに混沌に導く存在へと成り果てる。
天使による戦争に、人間が介入する14番目のWILD CARD
誰も予想だにしない結末へと歩みを進めるこの大戦は、まだ始まってすらいない。
*
戦いを教えることを了承したダンテが、大事なことを聞き忘れたとばかりに隣に立って歩く少女に言う。
「そういえばこれ聞くの忘れてたわ」
少女が首を傾げる。
「何かあった?」
「アンタの名前、なんて言うんだ?」
それを聞いた少女が、完全に記憶から抜け落ちてたとばかりに立ち止まる。
「あ〜ごめん、言うの完全に忘れてた……私の名前は彼岸、黄昏彼岸。よろしく」
少女の眼には、黒が宿っていた。




