何者でもない少女
変わりたいと思っています。こんな自分から。
勇気が出ずに人と関われない自分から。
人の顔色ばかり見て生きてきた自分から。
怒られるのが嫌で挑戦から逃げてきた自分から。
だけどそれは、私には少し、難しいのです。
でも、もし叶うのなら、私は……
*
もう、中学校に入学してから半年以上経った。
登下校はいつも1人。別に選んでそうなったわけじゃないけど、気づいたときにはこうなっていた。
小学生の時もそうだった。
部活も入っていない。別に入りたくなかったわけじゃないけど、失敗やミスで叱られたくないから入れなかった。
私は、ずっとこうだった。
塾も習い事ももちろんしていない。テストの成績も下位3分の1に入っている。
努力していない訳じゃないと思うけど、どうやら人より要領が悪いらしかった。
親や先生は何も言わなかった。
11月24日。今日もまた、いつも通りの決まりきった1日が始まるのだろう。
*
「ちょっと〜!もう8時よ、起きないと遅刻するわよ〜」
母の甲高い声で目が覚めると、見慣れた白い天井が圧迫感を与えるとともに私を現実へと迎え入れる。
「起きてたよ。今降りようとしていたところ」
あぁ、またつまらない嘘を吐く。虚勢を張っていないと、人から馬鹿にされる気がするから辞めることができない。
「分かったから降りてきなさい〜! 朝ごはん、もう出来てるわよ〜」
「すぐ降りる」
虚言を重ねる度、そのぶん自分の首が締め付けられる気がした。
「いい加減、友達の1人や2人出来たの?」
朝ごはんを食べている途中、お母さんがいつものように尋ねてくる。
その顔には、私を憂う危懼があった。
同じ席に座っているお父さんも、スマホを触りながらも耳を傾けているのが分かる。
ほっといてくれ……
「……まだ出来てない」
「そう……困ったことがあったら言うのよ。先生にも相談しといてあげるから」
そう発言した母の眼には、私に対する憐憫が映っていた。
あぁくそ、またその眼だ。私の全てを理解っているかのような顔、私の全てを見下しているような眼。
「まぁまぁ母さん。もう14歳だよ。あんまり干渉するもんでもないんじゃない?」
お父さんも口を出してくる。その声には、私に対する嘲があるような気がした。
「……今日はもう朝ごはんいらない」
「あ、ちょっと!」
「行ってきます」
そう言った私は、逃げ出すように家を出た。
「くそくそくそくそくそくそ、私だって、私だって好きでこうなったんじゃないのにっ」
涙目になりながら、早歩きで登校する。
それらが被害妄想であることなど、私はとうに分かっている。
私は1人じゃ何も出来ないのに、プライドだけはどうやら高いようだった。憐れまれるのが嫌いらしい。
そんな自分に嫌気が差して、いつも変わりたいと思うけど、結局変わることなどできない。それが嫌になる。負のループだ。
なんかもう疲れたや。
学校も家も、私の安息の場所でははなかった。
___そんなことを考えていたからだろうか、この世界が壊れていることに気がついたのは、学校の門に着いた時だった。
*
「誰もいない……」
いつもは校門でおはようと、不毛としか思えない挨拶をしている生活指導の先生が居なかった。
しかし門は開いている。学校の中に人がいる気配はないけど……
ふと思い出してみる。そういえば、もう遅刻ギリギリの時間なのに同じ制服の生徒と一度もすれ違わなかった。
「今日って祝日とかだっけ?」
スマホでカレンダーを確認しようとすると、圏外になっていることに気づいた。
「え、どういうこ……」
突如、地面が揺れた。
「地震!?!? こんな時に!?」
焦りながらも、校門から続いている塀から離れようと意識を向けた瞬間だった。
「つ、次は何!?」
突如、視界が光で満ちる。
まるでフラッシュライトを焚きつけられたかのように、眼では処理できない量の光が視界を遮る。
な、何も見えない……
瞬間、意識が遠のいた。
*
目を覚ますと、そこは灰だった。
いや、空間としては真っ暗で、陰湿で、黒と表現した方がいいのかもしれない。
でも、まだ何かが完全には黒に染まりきっていないと感じる。どこにも属さない、狭間の地。
まるで、私みたいな境界線。
どこまででも続いているように思えるそこには、1人の男を除き、何もなかった。
古びた灰色のパーカーに、タイトな白色のパンツを履いた男が、小さな木の椅子に座っている。
服装だけを見たら、どこにでもいる青年という印章を受ける、この空間には似合わぬ存在。
だが、パーカーからチラリと見える右手には大きな火傷痕と、顔には無数の切り傷がある。
そして何より、まるで全てを見通し、全てを諦観しているかのような眼があった。
それだけで、彼が普通の存在ではないことが理解る。
小さなスツールが軋む音を鳴らしながら、男は私に話しかける。
「よお。なかなか、陰湿な顔をしているな」
「!?!?」
意外にも、男はフランクに話しかけてくる。
だがどうしてだろうか、私はその声に、互いに相容れることはないという不思議な嫌悪感を抱いた。
私のこの感情を知ってか知らずか、男は言う。
「名前は……いや、今は神でいい」
「かみ……」
神と名乗った青年は、静かに語り始めた。
これから始まる、狂いに狂ったとある大戦の話を。




