目眩く
幾度となく放たれ続けた魔法の応酬。
この世界すらも破壊しかねぬ不条理の衝突が、終わりを迎える。
舞い上がった土煙が青年の視界を遮る。
地獄の様な轟音、煉獄の様な閃光だった。
「……あ……ルナ! 大丈夫か!?!?」
呆けていた。というより、現実逃避していた状況から我に返り、視界が未だ十全じゃない中ルナの元へ走る。
「クソっ、前が見えない……」
土煙が彼の歩みを阻害している。惨状は、辺り一面に広がっていた。
家々が倒壊し、崩れ、アスファルトの道が盛り上がる。
この状況じゃルナとミランがどうなったかすら分からないぞ……!
焦りと同時に、視界が晴れ始めた。
すると、爆風の影響か一部分だけ景観が欠けている空間の中心に、ルナの影を見つける。
「ルナ!」
慌てて駆け出し、ルナの元へ向かう歩夢。
全身傷だらけ、全身血だらけの中、両膝をついて肩で呼吸をしていた。
「えへへ、ちょ、ちょっと無理しすぎちゃいました」
自分に気づいたルナが呼吸混じりに反応した。
見た目の酷い状況と異なり、思ったより軽く反応を返したことにほっと胸を撫で下ろす。
「生きては、いるな……良かった。立てる? 肩を貸すよ」
「うん、お、お願いします」
ルナに肩を貸し、身体を支え立ち上がってから口を開いた。
「それより、本当に凄いな。ルナ、というか天使は……あんなの、CG映画ですら見たことがない。あんな戦いをして、しかも勝っちゃうなんて本当に……」
心からの言葉だった。賞賛の言葉をさらに並べようとしたが、ルナに遮られる。
「ごめんなさい。まだ、終わってないんです……」
「……え」
ルナが言うと同時、視界の端に人影が見えた。
「嘘だろ……」
すぐ近く、20メートル程離れたところにミランが立っていた。
全身が震える。生きていた。
あの激しい戦いの中でも、二人の勝敗は決まっていなかった。
ルナは動けない! ……これは、まずい。
瞬間、死の予感が頭を横切る。だが、彼の言葉は意外なものだった。
「別に殺さないよ。というか出来ない」
予想もよらない言葉に戸惑い、一歩後退るが、ミランの姿をよく見ると、全身傷だらけ。衣服も左肩から下が破れ、頭から血も流している。
立っているのも不思議な程の重症だった。下手をするとルナよりも酷い。
「ほんと、あの状態から引き分けるかなぁ」
ミランがルナに向かって吐き出した。
「魔法の練度はこっちが上回っていた。上も取った。先手も取った。でも引き分けた」
ルナも言い返す。
「貴方も、強かった」
「どの口が……まぁ良い。相方の人間は確認したんだ。おい、そこの男」
一息おき、ミランが僕を睨み忠告する。
「この大戦じゃ天使と繋がった人間が死んだら相方の天使も死ぬんだ。注意しなよ。さっきみたいに気を抜いてたら、簡単に命を刈り取られるよ」
「簡単に……命を」
そんなこと、あってはならない。
僕が世界平和を叶えるまでは、死ぬわけにはいかないんだ。
世の中には今もたくさんの人々が理不尽に亡くなっているのだから。
「……次は必ず殺す」
ミランはルナか歩夢か、もしくはその両方にそう言い残し、この場から去っていった。
「ミラン・ゾーク」
無意識にあの少年の名前を漏らす。残念だが、彼もいずれ死んでもらわなくちゃならない。
世界平和のために。
「はぁ、始まってまだ一時間も経ってないのに、本当に色んなことがあった……」
まだこの街から人の気配が消えてからまだ少ししか経っていない。戦いは始まったばかりだ。
「家は……崩れちゃったから他の家をお借りしよう。もうこの街に、人間は居ないみたいだから」
ここで、ルナの反応が返ってこない事に気づく。
「ルナ?」
振り返ると同時、ルナが倒れる。
「ルナっ!!」
*
「い、いたい……」
僕は今、ルナの怪我の手当てをしている。
「動くと危ない。じっとしててね」
「うぅぅぅぅ」
ルナが嘆いた。とういうか、この怪我でなんで意識があるんだ……
消毒液を傷口にかけ、ガーゼを貼り、包帯で固定する。
こんなもので本当にこれほどの重傷をなんとかできるのかは疑問だけど、ルナ曰く、天使はどうも傷の回復速度が人間よりも早いらしい。
あの後、ルナを背負って近くの家に退避、そこの家のベッドで寝かしたのだが、3時間も経たないうちに起きてきてしまって今に至る。
別に知らない家だったけど、救急用品が沢山あったのが救いだった。
「っと、これで終いだ」
包帯を巻いた程度だが一応は応急措置完了。
「う〜、ありがとう……」
痛みを堪えながらルナが返事をする。
あんな大怪我がこんな大雑把な措置でいいとは……
流石は天使、人間とは身体の作りが違うな。
「…………」
先程の戦いが脳裏に刻み込まれているからだろうか。少しの間、言葉に詰まってしまう。
そのことを知ってか、ルナが話題を振る。
「か、かっこいいところ見せたかったんだけど、最後の最後で出し抜かれちゃいました」
こちらとしては全く気にしていないが、ルナとしては思うところがあるのだろう。
「いや、まさか……」
思い出す。打ち出された剣戟の数々を。放たれ続けた魔法の数々を。
「でも、凄かった」
自分から無意識に放たれた言葉は、ただ純粋な賞賛であり、ただ驚嘆の一言だった。
しかし、そんな言葉を聞いたルナはハッとした顔になり、少しした後、くすくすと笑い出した。
「え、な、なんで笑うんだ……?」
「あははっ!ご、ごめんなさい。あゆむの顔がおかしくって……でも、ありがとう」
何故かルナが感謝の言葉を述べる。
「え〜……僕は何もしてないけど……何その顔?」
彼女がニヤリと笑う。
「さ〜て、傷もだいぶ癒えてきましたし、次の戦略を考えましょう!」
「なんか感情の入れ替わりが激しい……しかもさっきまで寝てたのに……」
「負けっぱなしは嫌なので! 次こそあゆむに良いところ見せます!」
「そういうものかなぁ……」
*
こうして、渡会歩夢とルナ・アルテミスの戦いが始まった。
歩夢の願いである平和とは真逆に位置する天使大戦は、2人の運命をひた笑う。向かう先は地獄か、天国か。全てを呑み込む悪意と殺意は、未だ目醒めてはいない。




