開戦
「はぁ……」
あの後、別に断る理由があるわけじゃないので提案に了承。
「まさか、初めて家に連れてくる女性が天使になるとは……いや、そもそも性別って概念があるのか……?」
「そ、そんな些細なこと、気にしなくてもいいよ。それよりも、あゆむの家ってどんな感じなの? 実はすっごい豪邸に住んでたり?」
「なんかすっごいハードル上がってるけど普通の一軒家です。はい」
……なんか憂鬱になってきた。
「……そういうなら、天使の家ってどんな感じなんだ?」
これ以上貧相な我が家の話を広げないために会話を変える。
「い、家かぁ? うーん……国によるけど、エトワールはこんなにカビカビしてないかも? 中世よーろっぱ? みたいな?」
「なんで中世ヨーロッパの街並みを知っているんだ……」
「なんとなくです。なんとなく!」
「てきとうだなぁ……」
そんな話をしていくうちに、家の輪郭が見えてきた。
「見えてきたよ……あそこが僕の家だ」
「お~、ここがあゆむの、家……」
そう言ってまじまじと家を凝視する。
「な、なんていうか、いい家ですね……隠れ家にはちょうどいいかも!」
「それ、けなしてるからね」
僕の家は2階建ての一軒家だ。
特に大きくもない、どこにでもありそうな家。
「?」
ルナが首を傾げながら辺りを見回す。
なんか他の家と比較されてるみたいで嫌だな。
「まぁいいや。ようこそ。ここが僕の家だ」
*
玄関に向かう。
ドアノブに手をかける。
決まりきった、なんでもない動作。
扉を開けようとした、その瞬間だった。
「あぶないっ!!」
突如、ルナの声があたりに響き渡る。
何事かと思った瞬間、金属同士がぶつかり合う鈍い音が鳴った。
「は?」
直ちに振り返ると、僕のすぐ後ろでルナと、ルナと同じ黒いマントを纏った少年が、剣と剣をぶつけ鍔迫り合いをしていた。
「嘘だろ……」
思わず呟く。白髪かつ色白の、美少年。あどけなさが残るが、驚くほど冷たい眼をしている。
持っているのは蒼く染まった長い剣。
それには、一目で理解る異質があった。
背筋が凍るように冷たくなってくる。
まるで、身体が無意識に引き返せと警鐘を鳴らしているかのように。
だが、無情にも時は進み続ける。
「まさか、もう始まるのか!?!? この大戦が!!」
この戦争が始まって最初の戦いの火蓋が、切って落とされた。
拮抗した状況は、ルナの一言によって瓦解する。
「3000位階」
言うと同時に、ルナの背後から炎の魔法陣が出現した。
それを見た少年が、ルナを押し返し、距離を取ろうと離れる挙動をとる。
刹那、魔法陣から炎が男に向かって射出された。
あまりにも、あまりにも大きな炎。
創作の類いならば必殺技と言うべきものを、汗一つかかずに使用する。
「魔法……?」
言い終わる頃には二人は離れ、次の機会を窺っていた。
数秒の後、少年が口を開ける。
「まさか、本当に防ぐとはね……流石はA級4位と言ったところかな」
白髪の少年が心から発したであろう賞賛を、ルナは軽口で返す。
「あ、あなたの動きが鈍かっただけ。A級10位、ミラン・ゾーク」
「言うね」
二人が剣を構えなおし、完全に静止した。と思った瞬間、二人とも一瞬で間合いを詰め、剣と剣とをぶつけ合う。
見えるのは、かろうじてルナの紫の剣の残光と、ミランと呼ばれた男の蒼い剣の残光のみ。
「人の目じゃ、追えない……」
無意識に言葉を溢す。
右へ、左へ、空を飛び、場所を移動し、剣をぶつけ合う姿は、もう人間が関与していい領域を超えていた。
「一瞬で、100メートルは離れたぞ……」
歩夢は驚きを隠せない。天使は人間よりも上位な存在である。そんなものはルナを一目見た瞬間から理解っていた。
だが、その力は予想を遥かに超えていた。
人間と比べるのも烏滸がましい程の、明確な力の差。
「あんなのが、この街に13人も居るってのか……?」
恐怖にも似た感情が頭の中に巣食う。
「この街が壊れるぞ……」
「3000位階」 「2000位階」
2人が同時に言葉を発する。
ルナの背後に炎の魔法陣。ミランの背後に水の魔法陣が出現し、剣と剣、魔法と魔法がせめぎ合う。
剣同士がぶつかり合う鈍い高音。魔法同士がぶつかり合う爆撃音。互いの魔法が相殺しあう余波が歩夢のもとに届き、周囲の家々が崩壊していく。
なんの皮肉か、天使が地獄を創り出していた。
*
奇襲は完全に失敗した。
ミラン・ゾークは考える。
その時点でこちらのアドバンテージは消え去った。
「ここでA級最強のアンタを消したかったんだけど」
「……」
ルナは答えを返さず、ただ無言で敵に向けて剣を振るう。
ミランは舌打ちをし、それでもなおと思考を巡らした。
こっから先はただ単純に、力が強いほうが勝つ……
A級4位を一瞥するが、力の差は大きい。
強いて相手になるとすれば、魔力量。隙を見て引くのが賢明だよね……
しかし、A級4位に、隙がありようはずがなかった。
「……魔法は、撃たせない」
「ほんと、怪物」
隙が無い、なんてものじゃない。そもそも、攻撃速度からして違いすぎる。
ミランは心の中で吐き捨て、さらに血の気が引くような事実を呟く。
「これで天界を降ろしてないんだからね。ほんとに、鬱陶しい程に天才だ」
「天界……?」
歩夢が聞き取ったのはその部分。理解は出来ず、その単語を咀嚼する時間も与えられなかった。
「どういう……なっ」
ルナの攻勢が続く中、瞬間、ルナの完全に静止した。
傍目から見たら、躓き転んだ様にすら見える程の動きの緩急。
事実、歩夢はルナの体勢が崩れたと感じた。
「ルナっ!」
30メートル程離れた場所にいるルナに向かって声を上げる。
だが、当の二人だけは、死闘を繰り広げているルナ・アルテミスとミラン・ゾークだけは、そうでは無かった。
ルナが無慈悲に宣告する。
「これで、終わりっ」
その宣告を聞くまでもなく、ミランは全力で身体をずらす。
必殺の一撃を喰らわぬ為に。
「クソっ!!」
突如、ミランの左斜め前の角度から紫の剣が心臓に向かって放たれる。
重心を異様なまでに偏らせ、普通とは異なる方向から放たれる一撃。
並の者なら、体勢を崩したと思いルナの懐に入り込んで、首を取ろうとするだろう。
自分が罠に嵌められているとも知らずに。
心臓が刈り取られているのは、己の方。
その程度なら、どんなに良かったことか。
その後、初撃の反動を利用し即座に刀を引き、間髪入れずに顔に二撃目を叩きつける。
絶殺の攻撃。ルナが怪物と呼ばれる所以の一つ。それを可能にしているのは、異様なまでの身体の柔らかさと状況判断能力。
だが、ミラン・ゾークも、怪物だった。
「舐めんなっ!!」
初撃を躱し、顔にくる二撃目もすんでのところで躱す。
「!?!?」
完全に避けられると思わなかったルナは、その無理な体勢の都合上、ほんの僅かな隙が生まれた。
ほんの数刻。もし人間が見ても何も感じることが出来ないほどの短い時間、ルナの動きが止まる。
その隙を、ミランは見逃さなかった。
「引かれた……!」
判断を誤った。とルナは思う。だが、その僅かな思考と身体の反応速度のギャップが、ミランに次の行動の猶予を与える。
「3500位階!!」
ミランはルナから20メートル程距離を取ると叫んだ。
直後、ルナの周りに土の壁が出現する。
ここを逃したら無い、殺しきる!
ミランの鼓動が一際大きく鳴る。
ルナは自分の周りに聳え立った壁を間髪入れずに破壊した。
「壁が壊されるのは分かってる!!」
そう吐き、ミランは息を入れ直す。
刹那、ミランが上空15メートル付近まで飛び、叫んだ。
「3000位階!!!!」
その後、彼の背後に現れるは100を超える炎の魔法陣。
「くっ、2000位階!!」
ルナも叫び、無数の水の魔法陣が後ろに出現した。
「さぁ!!魔法勝負と行こうじゃないか、A級4位!!!!」
繰り広げられたのは、魔法の応酬。
人智を超えた、天使と天使の殺し合い。
穿ち、轟き、無数の閃光が跋扈する久遠の地獄。
魔法同士がぶつかるにつれ、街々が、人類の叡智の結晶が蹂躙されていく。
天使二人が戦う様を見ながら男は、渡会歩夢は立ち尽くす。
「これが、天使……? これが、A級……? これが、天使大戦……?」
男の前には、ただ荒野が広がっていた。




