命動
「おぉ……」
ルナが身にまとった衣服を見て、歩夢は感嘆の声を漏らす。
歩夢はルナが服を選んでいる間、このモールの一階にある食料品ストアで一通り必要なものを確保していた。
もちろん一人で行動するのはこの大戦において自殺行為なのだが、ルナの何かあったら強制的にルナの元に転移するという魔法を使い、その効果範囲内であれば移動しても問題ないだろうと言うことで行動を別にしていた。
まぁ服を選ぶ時に自分がいたらやり辛いだろうという配慮で歩夢から言い出したことなのだが。
つまり、この服は他ならぬルナが自分自身で選んだことになる。
白い半袖のセーラーブラウスに、胸下から続く黒のジャンパースカートを重ねて、胸元に大きなリボンを結んだ制服風の創作衣装。
一言で言えば、ゴシックファッションをルナは身にまとっていた。
あまりにも甘く、あまりにもガーリーな衣装は、ルナの童顔で小柄な身体と完璧な調和を成している。
「ど、どうですか……?」
ルナは恥ずかしいのか、身をよじらして赤面した顔を右手で隠しながら歩夢に尋ねた。
あまりの可憐さに魅入っていた歩夢は、声をかけられたことで意識を瞬時に現実に引き戻す。
あくまで自然体に、あくまで当たり障りなく言葉を紡ぎ続けるが、その声にはルナの姿の衝撃を相殺しきれずに上擦っていた。
「う、うん。とても可愛いと思うよ。ルナによく似合っている」
にっこりと笑みを浮かべる歩夢を見て、ルナも恥ずかしさを忘れたのか、顔を隠していた手を下げて歩夢に笑いながら言った。
「あゆむが気に入ってくれて、良かったです」
*
「まさか山越えまでするとはね……」
彼岸がダンテに愚痴をこぼすように独りごちる。
今現在、2人はショッピングモールへ続く路地を歩いている。
当たり前ではあるが人気がなく、街灯も申し訳程度にしか置いていない、見る人が見れば不気味と感じるであろう路地。
そこまで、彼岸達は自分の足で訪れていた。
彼女が通った春園市は総面積22.14平方キロメートルの中規模都市であり、その形は縦に長い長方形をとっている。その中でも栄えている南部と、田舎風景が広がる北部が、互いの真ん中にある巨大な山、文月山を挟んでいる状態にある。
北部を拠点にする彼岸たちが南部にある春園駅やショッピングモールに行くには、一本直通の公道を通っていくか、その道を無視し、山を横切る形で向かうしかない。
彼岸はもちろん、道が整備された平坦な公道を通って向かうのだと思っていたのだが……
「当たり前だ。遮蔽物のない平坦な道を通っていくなんて、自分たちから見つけてくれと言っているようなもんだ。険しい山道を登った方がよっぽど安全で確実。死ぬよりはマシだろ?」
ダンテが彼岸に向かって言う。そう言われたら彼岸に反論する余地はない。
そして、ダンテは彼岸に事実としての身体の変化を突きつける。
「さらにだ、彼岸。お前はこの山越えを苦ともしてないだろ」
「……」
彼岸はその問いを、無言をもって返す。
事実として、彼岸はこの文月山を越えるのに、少しの疲れも、些末の痛みさえも感じなかった。
さらには、ものの30分程度で春園市北部の学校から南部の春園駅まで移動している。
10日
この大戦が始まってから、つまりは彼岸が力をつけるに至った日数。
それは天使の導きによるものか、それともただ純粋に黄昏彼岸の才能によるものなのか。
WILD CARDは、既に命動を始めていた。
そんな中、彼岸はふと考える。ダンテは、目の前の天使は一体何を望んでいるのか。
願いがない。なんて事はあり得ない。命持つものは、何かしらの欲を持つものである。
彼岸はそう思っていた。
彼女の場合は、変わりたい、何者かに成りたいという純粋な欲求。
しかし、ダンテは一人で動き戦うというある種の生き残るを捨ててまで彼岸を育てることに注力している。
「ダンテは……」
この戦いを、どう捉えているのか。そう聞こうとした、その時だった。
「……気づいているか?」
突如、ダンテは神妙な面持ちでこちらに問いかける。
最初は何を聞いているのか分からなかったが、注意を済まして周りを見てみると、前方の曲がり角に人の気配が感じられる。
「あ……2人、天使と人間。あそこの曲がり角から、来る……」
山を越え、走っても何一つ影響がなかった心臓が高速に脈打ち、呼吸が荒くなる。
「気づけたなら上出来だ。あっちも気づいてる。俺が出る。下がってろ」
当のダンテはまるで当然とばかりに彼岸を下がらせ、的確な指示を出す。
「……了解」
彼岸はただ、頷くことしかできなかった。
冷や汗をかき、集中している弱き物の前で最上位天使は言う。
冷静に、淡々と、これから始まる地獄の始まりを告げるように。
「来る」
*
「なんか、ポワポワしてるね……?」
「そ、そうかなぁ〜」
ショッピングモールからの帰り道、歩夢はルナがいつも以上に上機嫌であることに気づく。
ルナは現在歩夢に最初に見せたゴシックファッションを着こなしており、両手にはその後に選んだ他の衣類が入った袋を持っている。
歩夢が調達した食料品類の袋は彼の周囲にぷかぷかと浮遊していることから、ルナはあえてその袋を自分で持っていることが分かる。
____最初はどうなることかと思ったけど、ルナが楽しそうなら良かった。
歩夢にとって、ルナは自分の守護天使であり、願いを叶える要でもある。
しかし、彼はこの10日間でそれ以上に、彼女が努力や研鑽を忘れない1人の少女であることに気づいていた。
この時間が、彼女にとっての少しばかりの息抜きであることを願う。
そんなこと考えていると、少し前で歩いていルナが立ち止まってこちらに振り向き、笑顔を見せて歩夢に言った。
「今日はありがとうね。あゆむ!」
いつものぎこちない喋り方ではなく、スムーズに放たれたその言葉を聞き、歩夢は心の底から喜んだ。
世界を平和にしたい。
そんな夢にずっと引っかかってきた心に、新たな感情が芽生えたのを歩夢は無意識に感じとる。
だがそんな感情を外に置き、少年は少女に笑顔を返す。
これはとある大戦の一幕。
何をやるにしても上の空な少年と、今までずっと孤独だった少女の、とある非日常の1ページ。
「こちらこそありがとう。ルナ」
*
その非日常は、より色濃い非日常によってすぐに瓦解することになる。
「________!」
「ルナ?」
歩夢の疑問に、ルナは笑顔で答えた。
「すみません。この服たち、持っていてください」
2つの袋を歩夢に渡したルナは、いつのまにか今日選んだ服ではなく、いつもの制服に戻っていた。
黒いマントを身にまとった、シンプルながら洗練された制服。
腰には紫色の剣が添えられている。
そこまできて、歩夢は察した。
「まさか……」
ルナは先程までの雰囲気とはガラリと変わり、真剣な表情で呟く。
「来る」




