第202話 妻にしなさい
戦いは終わった。
犠牲者は……里の人々の犠牲者はゼロ。
敵によくわからんうちに自滅し死体も残らないまま死んだ鷲王という死者が一人。これは……まあ俺のせいじゃない。
人が死ぬのは残念だし哀しい事だけど、相手の自滅だし事故だ。冥福を祈っておこう。
しかし……犯人死亡となると事件の背景が謎のままだな。
そう思っていたら、俺たちに向かって走って来る人たちがいた。
「うわははははははは主どの~、無事にこの雲外鏡! 勤めを果たしましたぞごぶっ!」
ドロップキックをかましておいた。
「なななななんですかこの仕打ち!」
「いいからとっととその鏡身を消しとけ雲外鏡。何が大回転キチクビームだよ、だからお前のつくる偽物は外見だけそっくりの三流なんだ」
「そんな……いつもだいたいあんな感じでは」
「割るぞ」
「すみません」
俺の鏡像は謝罪して姿を消した。
「まあ……身代わりの役目だけはちゃんと果たしたと思う……よ?」
千百合がフォローしてきた。
「なんで語尾が疑問形なんだよ」
「まあそりゃ、遠野ロケットパンチ! とかやりだしたらねぇ……人間は手を切り離して飛ばしたりできないし。
……出来ないよね?」
「なぜ疑問形だよ! 出来ねえよ!」
出来るのはせいぜいが関節を外して腕を伸ばすズームパンチくらいだろう。
昔試してめちゃくちゃ痛かったので二度とやらないと心に決めた。
「まあそれはおいといて……そっちもお疲れ様だ。首尾はどうだった?」
「うん、問題なかったよ。死霊系魔物の出て来る感じのいいダンションだったよ。落ち武者の怨霊とかああいうのが出てくるの」
「く~、行きたかったぜ」
俺は悔しがる。
落ち武者の怨霊は見た事あるけど、落ち武者の怨霊系ダンジョンモンスターはまだ見た事無かったのだ。
どう違うのか味比べしてみたいものだ。いや味比べといっても本当に食べるわけじゃないよ?
「そういや、そっちにいた伊賀瀬はどうなったんだ?」
「ちゃんと捕まえたよ。すごいよー、鈴ちゃんと水面ちゃんががんばったんだから」
千百合の言葉に、鈴珠が自慢げに笑い、水面ちゃんが顔を赤くして顔を伏せる。
「……そうか。よくやったな、鈴珠、水面ちゃん」
俺は二人の頭を撫でた。いい子たちだ。
「それでな修坊。四代目がなんと! 岩屋ダンジョンをクリアしたんだぜ!」
カッパのタガメがすげえ笑顔で言ってくる。
「……マジか」
「おうよ! そもそもあのメンバーで人間は四代目しかいねえしな。まあそれを差し引いてもマジ頑張ってたぜ、リスナーのみんなが証人だ」
『うん四代目ちゃんがんばってた』
『テイマーとしても中々成長してたよ』
『ありったけの魔力使ってタガメを巨大化させたのはすごかった』
『一時的に鈴珠ちゃんと契約してパワーアップさせたのは胸熱』
『あの合体必殺技は最高でしたね……』
『うんあの活躍はダンジョン攻略者としてふさわしいよ』
『河童おじさんが強くなって俺も鼻が高いよ(後方河童面)』
「なにそれ見たかった」
あとでアーカイブ視聴しよう。
「あ、あの……ごめんなさい! あのダンジョン、キチクさんが攻略する約束だったのに……」
そう水面ちゃんが謝って来る。
俺は笑って水面ちゃんの頭を撫でながら言った。
「火角家との約束はあくまでも、岩屋ダンジョンを攻略してスタンピードの危険を抑え、第一攻略者の権利でこのダンジョンを関係者以外出入り禁止にする……だよ。
俺達の誰かが攻略して、そしてそれで一件落着、どんどはれだ」
ここで水面ちゃんが「うわははははははこのダンジョンの権利は私のものだーゲハハハハハ」といいだしたら話はまた変わって来るが。
まあそんなキャラではない。
「は……はい……」
水面ちゃんは顔を赤くして言う。
やはり彼女もダンジョン探索者だ。ダンジョンをひとつ攻略したという達成感が心身を高ぶらせているのだろう。
「うん、ちょっと違うと思うなー」
千百合が俺を見て言った。何が違うのだろうか。
さて、それはともかく、だ。
「こいつをどうするかだな」
眼前には、縛られて顔をボコボコに腫らした元紅葉四天王、伊賀瀬がいる。
「情報を聞き出したいけど……」
しかしひとつ問題がある。
今回の一連はばっちりと生配信してるってことだ。リスナーもコメントで「通報してくる」というのもあったし、間違いなく警察の知る事となってるだろう。
となると、ここで変に正義系配信者を気取って私人逮捕なんていうのはやめておいたほうがいいわけで。
「私達が警察に引き渡しましょう」
そんな時、声がかかった。
見ると、声の主は火角楓。紅葉の母親だ。
「楓さん……」
「この男は私達が司法の裁きを受けさせます」
楓さんははっきりと言った。
「火角家は警察にも顔が利きますので」
鬼武がそう補足する。
なるほど、火角家は御三家と言われる旧家だ。そっちにも影響力はあるということなのだろう。
となると確かに任せた方がいいな。対外的にもそうだし、きっと今回の事件の背後情報を引き出してくれるだろう。
「ふ……ふははははは! いずれわかる、きっとわかる! 我々が正しかったとな!」
里の警官たちに引き立てられた伊賀瀬が叫ぶ。
「今のこのこの里は、世界は間違っているのだ! だから正しい世界に戻さねばならぬ、古き良き世界にな! そのためにも……!」
伊賀瀬はそう叫んだが、鬼武の電撃によって気絶させられた。
「がっ……!」
「黙れ、藤田。貴様にもうここでわめく権利はない」
鬼武が言う。藤田というのが伊賀瀬の本名なのだろう。
そして藤田はそのまま連れていかれた。
「……本当に世話になりました、菊池殿」
鬼武と熊武が頭を下げて来る。
「あ、いや。そういう仕事だしな。俺たちは仕事を果たしただけだよ」
まあ細かく言えば、俺は依頼された仕事をすっぽかして紅葉大祭を見物してたことになってしまうわけだが、結果オーライだ。
「では、仕事も無事に終えたと言う事で、一刻後に屋敷に来てください。
後始末やこれからの事についてお話をしましょう」
鬼武の言葉に、俺たちは頷いた。
◇
一刻後。つまり現代の時間で二時間後。
俺達は火角の屋敷にいた。
俺と千百合、鈴珠と水面ちゃんだ。
そして対面するのは火角家の、里のお歴々たちである。
「まずは礼を述べさせていただきます。ご苦労様でした」
楓さんがそう言い、頭を下げる。
俺達もまた、頭を下げた。
「次期当主である娘紅葉の救出と保護、そして紅葉の岩屋ダンジョンの攻略に続き、不埒なる裏切者から娘と里を守って戴いた事、火角家現当主として深く感謝を」
「いえ、仕事をしたまでです」
「そう、仕事」
俺の言葉を楓さんは反芻した。
「であるからには、正当な謝意、報酬を与えねばなりません。
さて、まずは質問させていただきましょう。
菊池修吾様」
楓さんは俺を見て言う。
「あなたの状況は把握しています。配信で見ました」
「あ、それはどうも」
「娘からも聞きました。あの水虎家に確実に目を付けられていて、そしてそれに対抗するための、政治的な力が欲しいと」
「政治的な力……とまではいきませんけど、まあそういう感じですね。
こちらはただの個人の配信者の一市民でしかないので、弱いものですから」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
みんながえっと言い出した。
いやなんでだよ。
たかがいち遠野市民、たかが知れているだろう。
「まあ、個人の武を極めた所で政治力がないと確かに……ですね」
鬼武がそう同意してくれた。
でも俺は別に武は極めていないぞ。
知略と相性でどうにかやってきているだけだ。それが人間ってやつだからな。
「つまり、水虎家に潰されないための後ろ盾が欲しい、そのために我が火角家の力を借りたい……と。
菊池殿はそういうのですね」
楓さんの言葉に俺は頷く。
さすが話が早い。確かにそうなると俺としても実に助かる。
御三家と呼ばれる、怪異を知り異能を使い、政治経済にも力を持つといわれる旧家。そのひとつと敵対――俺としては別に自分からするつものもないが――するのであれば、おなじ御三家を味方につけられるのは心強い。
しかし。
楓さんは言った。
「ですが。我ら御三家は絶妙なパワーバランスの上に均衡が成り立っています。率直に申し上げましょう。
我ら火角家は、水虎家と敵対する意思はありません」
その言葉に、この場がどよめいた。
御嬢様をさらったのも水虎だと言うのに……という声も上がる。
俺も不思議に思った。
特に……今回の鷲王・伊賀瀬の裏には水虎家が関係している可能性だってあるのだ。前回の時も、水虎家は陰陽師と繋がっていた節がある。
なのに静観の構え……?
「……しかし」
そして楓さんは続けた。
予想外の一言を、その口にしたのだ。
「身内の話となれば話は別です」
その言葉に、楓さんの横にいた紅葉が「いや私は身内じゃないんかい」みたいな顔をしたが、楓さんは構わず続けた。
「故に、菊池修吾殿。我が娘、紅葉をあなたの妻にしなさい」
……は?
それはまさに、予想外の一言だった。
いや、なんで?




