第197話 叛乱
伊賀瀬が何やらその本性を現した――というか、よくわからん高尚な理念を騙り始めた、一方その頃。
鬼哭里では祭がクライマックスだった。
紅葉大祭。
この里では貴女と称えられる鬼女紅葉の魂を鎮める祭りである。
あまり多くはないものの出店が出て、地元の民、観光客が歩いている。
そして俺と鬼武が戦った場所――あの舞台で能が奉納される。
物語はこうだ。
今は昔の平安の時代、伴笹丸と菊世という夫婦には子がいなかった。
神に願ったが、神は聞き入れてくれなかった。
仏な祈っても、仏は聞き届けてくれなかった。
ただ、第六天の魔王のみがその想いをかなえてくれ、やがて呉葉という美しい娘が生まれた。
後に紅葉と名を改めた彼女は源経基に見染められ、無理矢理召し抱えられ、やがて子を産まされた。
そしてそれに嫉妬された紅葉は、身を守るために呪術を使い――それが明るみになり、鬼として京を追われる事となる。
そして信州の水哭瀬へという山里へと流されてしまうのだった。
そこの人々と交流し、山賊たちをその力で改心させて従え、里に文化を与えていく紅葉。
しかし、そうやって紅葉とこの里が栄えていく事が許せない者たちがいた。紅葉をおいやった都の人々だ。
邪悪なる鬼の軍勢はいずれ京に攻め入るであろう。
そう陰陽師安倍晴明は語り、そして紅葉討伐軍が結成される。
そして神仏の加護を得た平維茂は宝剣を片手に里に攻め入り罪もない人々を殺し、そして――紅葉を打ち、この地を支配した。
だが、紅葉の魂は死後に鬼と成り、維茂の軍を苦しめて追い返す。しかし完全に鬼と成り果てた紅葉は里の者たちにもその怒りを向け――
生き残った息子、経若丸とその娘の姿を見て荒ぶる魂は正気に戻り、その娘に自分の名である紅葉の名を譲り、そして岩屋にて眠りについた。
それ以来、この里は鬼女紅葉の哭いた里――鬼哭里と呼ばれるようになった。
それがこの里に伝わる紅葉伝説だった。
確かに世間に伝わる紅葉伝説とは違う。
一般的な鬼女伝説は、魔王の加護によって生まれた紅葉は美しくも権力欲に満ちた女であり自ら経基を誘惑し、正妻となるために経基の妻たちを呪術によって殺害しようとした。
そして流された後も山賊を率いて村々を襲い、京に攻め入る準備をしたために討たれたのだという。
どちらが真実なのかは、わからない。きっとどちらも真実、事実を語っているのだろう。
少なくとも、この里では鬼女紅葉は貴女として慕われている。
そして能が進み、一人の少女が舞台に出る。
紅葉だ。火角紅葉、今代の紅葉を襲名する少女。
下品ではない程度に露出度の高い巫女服を着て、前に出る。
そして、ゆっくりと舞う。
静かに、そして――時折、熱く。
郷愁を抱かせる、哀しくも情熱的な舞だった。
人々は静かに、その舞に見入っている。
見事なものだった。
――その時だった。
ぱち、ぱち、ぱち。
舞を中断させるかのように、舞の途中で拍手が起きた。
たったひとりの拍手。だけどそれは異様に、その場に響いた。
観客たちの視線が集まる。
その拍手の主は――鳥の仮面をかぶった、一人の男だった。
鷲王。
鬼女紅葉四天王の一人、その名を襲名した男。
彼は拍手をし続ける。静かに、それでいて狂ったように。
そして我に返った運営の係の人たちが、鷲王の拍手を止めようとした。
だが――
鮮血が飛び散る。
鷲王を止めようとした男たちの身体から血が飛び、彼らはその場に倒れる。
「――っ、きゃあああ!」
誰かが悲鳴を上げた。
何だ、何が起きている?
「――鷲王、貴様、血迷ったか!」
鬼武が声を上げた。
「血迷った?」
返り血を浴びた鷲王が言う。仮面でその表情はうかがえないが、その声には明らかに嘲笑の響きがあった。
「何を愚かな。血迷ったのはあなたたちでしょう」
「何だと……」
「くだらないと、常々思っていたのです。そうは思いませんか?」
鷲王は肩をすくめ、周囲を、舞台の上の紅葉を、そしてその後ろの火角楓以下、里の老人たちを見て言った。
「この里は、変わっていった。変わり果てて行った。そうは思いませんか、鬼武。
見てください、ここに集まる無関係な、里の外の者たちを。嘆かわしい!」
両手を広げて言う鷲王。
その非難はつまり、観光客へと向けられている。
「我ら鬼哭里の者にとって、里の外の者たちは敵。今の能にもあったように。違いますかな」
「何を馬鹿な。外の者は敵だと? そのような時代錯誤――」
「そう、時代錯誤。今の時代は、今の世は、そう言って仕方ないと恨みを忘れ迎合しようとする。鬼武、そして今代の紅葉、先代の紅葉たる火角楓、里の古老の方々――
あなた方は忘れたのか、我ら鬼哭里の者たちが! いや、異能の古き民たちがどのような辛酸をなめさせられてきたことか!
だから我々はそれを忘れぬために、紅葉の恨みを憎しみを怒りを哀しみを語り継いできたはず、違いましょうか!」
鷲王は声をはりあげた。
紅葉祭りは――鬼女紅葉を鎮めるための祭ではなく、恨みを語り継ぐための祭、とでもいうのか。
少なくとも――鷲王の中では、それが真実なのだろう。
「――貴様」
鬼武が絞り出すように言う。
「確かに、紅葉の恨みを憎しみを怒りを哀しみを語り継いできた。だがそれは、決して浅はかな復讐のためではない。我らが前に進むためのものだ。
我らは決して権力に屈せず、自身たちで――」
「屈しているでしょう!」
鷲王が叫んだ。
「観光客などを受け入れ、紅葉伝説を、史跡遺跡を見世物にし、あろうことかあのような遠野のよそ者まで歓迎し、そして配信などと」
鷲王はこのカメラを指さした。
『うわあめっちゃ怒ってる』
『俺達も悪かった?』
『いやそれにしても警備員殺すのはちょっと』
『というか倒れた人たち大丈夫なの』
『おいおいヤバいよキチクどうすんだこれ』
『世の中が変わるのは仕方ないよ』
『キチク今ダンジョンの中だろ』
『分断されたか』
『この人めっちゃ溜まってたんだろうな』
『老害も老害で大変なんだなあ』
『観光地化する田舎の闇ってやつか』
視聴者コメントも騒いでいる。鷲王はこのコメントを見てもいないだろうけど。
そして彼らの言う事ももっともだ。
遠野にだって、そう考える人間がいないこともないのは知っている。
かつて柳田国男が遠野物語を世に出した時、激しい藩閥が起きたとも言うしな。
そういうのは――きっとどこの田舎、地方でもあることなんだろう。
しかし、そうやって保守的に凝り固まり閉鎖的なだけでは地方都市、村々はどんどんさびれ潰れていくのも事実だ。
「――だから」
凛とした厳しい声が響いた。楓さんの声だ。
「紅葉祭を壊そうというのですか」
「いいえ、違います」
鷲王は言った。
「この里の全てを壊し、正すのです。初代紅葉の怨念を持って」
そして鷲王は――懐から一枚の紙を取り出した。
あれは……符だ。
陰陽術や呪術で使われるもの。しかもあれは……式神符か!?
「それは……!」
「これは我が術の結晶。あのお方より授かりし秘奥。
さあ、とくとご覧あれ皆の衆、迎合した里の裏切者たち、そして外の愚か者たち!
これが――鬼女紅葉の、千年にわたる怨念よ!」
そして式神符がまがまがしい光を放ち、次の瞬間――爆発する。
そしてそこに……
「グォアアアアアアアアアア!」
鬼が、いた。
身長は二メートルをゆうに超える巨漢。
襤褸をまとったくすんだ色の肌。
ただその髪と眼光だけが深紅に燃えていた。
「これぞ――鬼神、枯葉童子!」
枯葉童子。
それが、鷲王が呼び出した――鬼女紅葉の怨念の姿だった。




