第194話 家族会議
私を連れて逃げて。
俺は、紅葉にそう言われた。
真剣なまなざしだった。
だから俺は迷うことなく――
「というわけで、親子でちゃんと話し合いをすべきかと」
彼女の母、火角楓に紅葉を連れて報告に行った。
「なんでそうなんのよ!」
俺の隣で紅葉が叫ぶ。
ちなみに他の老人たちもいる。
鬼武などは頭を抱えてため息をついていた。大変なんだな。
「信じらんないこのキチク! 普通連れ出してって女の子が言ったら連れて逃げるか、せめて話を聞いて説得でしょ!
なんでいきなりお母さまに告げ口すんのよ!」
「なんでと言われても……」
俺は頭を掻く。
「親子の対話は大切だぞ。
俺の両親は遠野から65キロ以上離れてる盛岡に住んでてな、仕事で。だからまあ疎遠だけど、会うたびにしっかり話はしてるから家族仲は良好だ」
俺が配信がバズり収益化してお金も入るようになったら、運用のアドバイスもしてくれた。俺にたかって来るようなことはしなかった。
尊敬できる両親だ。
「なんでいきなり家庭自慢なのよ」
「ちゃんと話せって事だよ。悩みや問題ってのはちゃんと対話しないと、抱え込んでるだけじゃどうにもならないんだよ」
「……っ、そうかも……しれないけど……」
紅葉がごにょごにょと口ごもる。
その時だった。
「話はわかりました」
楓さんが声を上げた。凛とした、広間に響く声だ。
紅葉がびくっと身体を震わせる。
怖がっているのだ。
俺は、紅葉の手を握った。
「大丈夫だ。ちゃんと話せよ。俺がついてる」
「……あんたが元凶じゃない」
「何の事だか」
俺はとぼけた。
それを見て、紅葉がふうっと息を吐く。少しは肩の力が抜けたらしい。
「――紅葉。そんなにこの里が嫌いですか。憎いですか」
楓さんの射貫くような言葉に、しかし紅葉は真正面から言った。
「……そうじゃありません、お母さま。私は、確かにこの鬼哭里のことを大切に思ってます。
だけど……息苦しいんです」
「……ほう」
「鬼女紅葉の子孫、その血を継ぎ、里を守る家。確かに立派な役目です、わかっているんです。
でも……外へのあこがれは……止まらなくて」
「それで捕まってひどい目にあったでしょうに」
そう、それで彼女は忍者に沢われて水虎家に売られ、奴隷オークションにかけられた。
懲りているだろうに、それでも彼女は外に――都会に憧れているのか。
気持ちはわからなくもない。
故郷への愛と、外への好奇心は両立するのだ。
俺だって東京のダンジョンに憧れたしな。まあ結果は散々だったけど。誰も俺が深層に行ったとか信じてくれなくて途中で心折れて帰った。
「そ、それでも――」
「紅葉」
食い下がる彼女の声を、楓さんは遮った。
「あなたは、今代の紅葉です」
「……っ」
「あなたには役目があるのです。鬼女にして貴人たる紅葉の血を嗣ぎ、そして初代紅葉の魂を祀り、鎮めるという、千年もの間我々が守り続けた、その役目が。そう、年に一度の紅葉祭り、そして十年に一度の紅葉大祭を担う役目が」
「……っ」
「故に――」
不味いな。
有無を言わせない圧力だ。このままでは紅葉の意見も言葉も何も通らない。
紅葉が俺の手をぎゅっと握る。
そうだ。
俺はここにいる。だったら俺も――
「年に一度里帰りするなら、別にいくらでも外に出てもいいというのに 」
――――――――へ?
今なんと言った?
え?
横を見ると紅葉も目を点にしてぽかんとしている。
俺の聞き間違いではなかったらしい。
「何か」
「いやいやいやいやお母さま、何か? じゃないです!」
紅葉が叫んだ。
「いや、だって、え? いや、私に外に出てはいけないって言いましたよね!?」
「だってあなたはまだ14歳の子供ですよ。未成年です。元服の歳にすら至っていない、そんな子供に外の世界に一人で出る事を了承など出来るわけがないでしょう」
正論である。
全く持って正論であった。
「えーと、ちょっといいですか」
「許可します」
俺は口を挟む。
「一人で出るのは駄目、ってわかるけど。じゃあ大人がついてたら問題ないんじゃ?」
「問題ないですね。ですが紅葉は一人で外に出る事にこだわっていました」
「お前……」
俺は紅葉を見る。
「だ、だって大人はみんなお母さまの息がかかってて私を……って、その、そう思って、て……」
「なるほど!」
俺の思った通りだ。
ちゃんと話し合いしろよこのアホ。
「そもそも! 大人がついてたら外に出ていいってお母さまは言わなかったじゃない!」
「言いました」
「えっ」
「あなたが聞いていなかっただけでしょう」
「ぅぐっ……!」
そんな気がする。
思春期で反抗期な子供って親の言う事ろくに聞かないもんだからなあ。
「とにかく。
あなたの役目は年に一度の紅葉祭りの舞の奉納。
それさえこなせば、外になどいくらでも出てもいいのです。
それに仮にあなたがどうしても間に合わなくても、代わりに舞を奉納する者はいますからね。伝統芸能とはそういうものです」
「いやそういうものって……も、もっとこう……
しきたりで里から出られないどうこうってそういう」
「何を言っているの」
そして楓さんは、息を吸って言った。
はっきりと宣言した。
「あなたの父親だって、私が東京に遊びにいったときにひっかけてきた男です」
そう宣言した。
いや、なんて?
「は!?」
紅葉が愕然とした。そりゃそうだ。
いきなりこんな話だもの。
そして並んでいる村人たちの視線が一人の男に集中する。
人のよさそうな真面目そうな眼鏡のイケオジがそそくさと気まずそうに目を逸らした。
なるほど、彼がその紅葉の父親か。なるほどイケオジだ。
「忘れもしません私が17の時。東京に出た時に金髪のチャラチャラした男たちが話しかけてきて、いい加減腹が立って焼き殺そうかと思ったところに」
「お母さま、それ里の外の話ですよね!? 東京ですよね! 術とかは外で使っちゃいけないんじゃ!?」
「私を助けに入ったのがお父さんでした。その姿を見た時に私はこの人だと確信し、その夜にぱっくりとおいしく食べました」
「娘に何を言ってるのお母さま!?」
「そんな相手が田舎のやべー家の娘と知ってもう逃げられないと悟った時のお父さんの顔と言ったらもう」
「知りたくなかったそんな話!」
……。
俺は、いや俺たちは何を見せられているのだろう。
村人たちは座ったまま寝ている人もいる。スマホ見てるおじさんもいる。
熊武ちゃんは鬼武の膝で膝枕で寝ていた。
厳格な雰囲気どこへやら、である。
「話を戻します。
とにかく外に出たいなら、お役目だけはしっかりと果たすのです。
そう、役目さえ果たせば自由にエンジョイしてかまいません。
私の時のように!!」
「お、お母さま……!」
「奇しくも明日の紅葉大祭はあなたの誕生日、あなたは元服を迎えます。見事役目を果たし、外に羽ばたいてみせなさい!」
「は、はい、お母さま!」
……。
もう外に出ていいかな、俺。
いや、出よう。
俺は静かにそっと、正座したまますすすすすす、と後退して部屋を出て、襖を閉めた。
……寝るか。




