第192話 鬼哭里の宴
宴会は、最初こそ厳かな雰囲気で始まった。
火角家の長老たちが並び、鬼武が口上を述べ、俺達への感謝と歓迎の言葉が述べられる。
里の人たちも正座して、粛々と盃を交わす。
なんというか……遠野の宴会とは随分と違うな。あっちはもっとこう、最初からにぎやかというか。
まあ、そういう文化なのだろう。
遠野にも色々と作法はあるし、よその土地の文化は尊重するものだ。
物静かな宴席というものも味のあるものだ。それを楽しませてもらうとしよう。
しかし。
それも最初だけだった。
「納得いきません! そもそもお兄様は客人である菊池殿に配慮して自ら勝ちを譲っただけで、あのまま戦っていれば勝っていたのはお兄様です!」
「違います! 父上様の実力です! あのまま戦っていたら完全勝利していました、それはもう完膚なきまでに!」
「むーっ!」
「うーっ!」
熊武ちゃんと鈴珠が大声で言い争っていた。
「お兄様の雷霆掌を防いだのは偶然です! あんなむちゃくちゃな理論、なりたちません! 小学生でもわかります!」
「いいえ、父上様はすごく強くて賢いから余裕です!」
どうやら二人はすっかり仲良くなったようだ。
『幼女同士の口喧嘩始まってる』
『よい見世物ですのう』
『こういうのでいいんだよ』
『栄養補給栄養補給』
『酒が進むwwwwww』
『きつねVSくまさんかあ』
気が付けば、2メートルくらいの狐の姿に変化した鈴珠――サイズは幻術によるものだ――と、同じくらいの巨大化した熊のぬいぐるみ――熊武ちゃんはその背中に乗っている――がとっくみあいをしていた。
うん、仲がいいな。
「あははははははははははっ!!」
そこに唐突に千百合の笑い声が響いた。
見ると、千百合は完全に出来上がっていた。顔は真っ赤、目はとろんとして、なぜか笑い転げている。
「ちょっ、千百合さん……!」
隣で水面ちゃんが慌てていた。
「だってシュウゴが三人に増えてるんだもーん! どのシュウゴに話しかければいいのー! あははははは!」
「おちついてください、キチクさんは一人ですよっ」
「えーっ、でも三人いるじゃーん! 真ん中のシュウゴが本物かなー? それともー? けらけらけらけらけら!」
駄目だこいつ。完全にへべれけだ。
「『鬼活かし』おそるべし、ということですか……いやしかし」
鬼武が盃を見つめて呟く。
鬼活かしとは酒の銘柄だそうだ。
「この里の者でも、あれほど早くは酔いますまい。さすがは秘伝の銘酒」
「なんで鬼活かしなんだ、普通鬼殺しとかじゃないのか」
俺がなんとなく聞くと、鬼武が苦笑する。
「この里では鬼は祀られる存在ですから。鬼を殺すなどとんでもない。
それを飲めば死んだ鬼でも飛び起き生き返る……そのような意味で『鬼活かし』と名付けられたのです」
「なるほどな。それは確かに筋が通ってる」
この里では節分でも鬼は内という感じなんだろうな。
地方の風習によってそういう呼び名が変わる事はよくあるものだ。
「それで飲んだらああなるわけか」
「あははははははははははははははははははは」
「いえ、ああまではなかなか」
要するに飲みすぎってやつか。
まあ千百合は普段は特に酒飲んだりしないからな。
俺は未成年だし、マヨイガでは酒は出ないからな。マヨイガさんは未成年に酒は出さない良識ある屋敷なのだ。
「修吾」
そこに紅葉が来た。
手には徳利と盃を持っている。
「あ、ありがとう。でも俺はそんなに強くないから――」
「甘酒よ」
差し出された盃の中身は、甘くていい香りがした。
ノンアルコールの甘酒だ。
「あなたが飲めないってわかってるわよ、これくらい」
「……気が利くな」
「う、うるさいわね!」
紅葉は顔を赤くしてそっぽを向いた。
しかし徳利は持ったままだ。
俺は盃を傾ける。
ほんのり甘く、体に染み渡る味がした。
「うまいな」
「そ、そう。……よかった」
紅葉はそう言って、また注いでくれた。
その仕草は、さっきまでのじゃじゃ馬とは別人のように静かだった。
「あははははははっ! 紅葉ちゃんがシュウゴにお酌してるー! かわいいー! ボクにもー!」
「ちっ千百合さん、お邪魔ですよ!」
「あによー、水面ちゃんはむしろ邪魔したいんでしょーあははは! ちょうどいいよシュウゴ四人いるし一人もらっちゃえばーあはははは!」
「ああもうどうしたらいいんですか誰か助けてー!」
千百合の声が響いた。
紅葉は耳まで赤くなって千百合を睨みつけた。
「酔っ払いは黙ってなさいよ!!」
『wwwwwwwwwwwwwwwwww』
『ああもうめちゃくちゃだよもっとやれ』
宴会はなんかもう大変な事になっていった。
◇
それでもやがて宴会はお開きになった。
おじさんたちは二次会を始めているけど。どこの田舎も酒好きのご年配ってのはタフだねえ。
「さて、と。風呂にいくか……」
俺は立ち上がり、タオルを持って部屋を出る。
もうさすがに配信は切っている。
ここの湯は鬼の湯といわれる名湯らしい。
楽しみである。
「……ん?」
風呂場の前にいくと、のれんの前に一人の女性がいた。
彼女は確か……。
「楓さん、でしたっけ」
「ああ、菊池様」
火角楓。紅葉の母親だ。
先代の鬼女紅葉であるということだ。
「楓さんも風呂ですか」
「いいえ。ちょっと用件があっただけですので」
すました顔で楓さんは言う。
「では私はこれにて失礼いたします。明日はよろしくお願いいたします」
そう言って楓さんは去っていく。
何だったんだろう。
しかしまあ、厳しそうな人だけど敵意や警戒は感じなかったな。
さて、気を取り直して風呂に入るか。
俺は男湯という青いのれんをくぐった。
そして服を脱ぎ、脱衣所の籠に服を入れる。
俺のほかには籠がひとつ。先客か。
他の宿泊客だろうか。
さて……。
俺は風呂の扉を開けた。
「……」
「……」
そこには。
一糸まとわぬ、火角紅葉の姿があった。




