第190話 鬼の雷
一瞬。
まさに一瞬で鬼武は移動していた。
「おーっと! なんという速度! まさに一瞬だった! あっという間にシュウゴのラッシュから離脱した鬼武ぇ! これはどういうことですかね解説の紅葉さん!」
「え!? えっと……し、知らないわよ!」
「はい知らないそうです!」
『紅葉ちゃんも知らないwwww』
『解説できてないwwwww』
『今何があった?』
『恐ろしく速い離脱、俺でも見逃しちゃったね』
『瞬間移動とか?』
いや……そういうものとは違うと思う。
さっきまで鬼武がいた場所。
焦げた跡がある。
高速で移動した、その名残だろう。
摩擦熱で焦げるほどの走破、か……。
俺は鬼武に向き直り、構える。鬼武もまた構え直した。
そして走る。鬼武に肉薄し、パンチを振るう!
だが――
「……!」
また一瞬。一瞬で鬼武の姿はかき消える。
そして――
「後ろだな!」
俺は向き直り、裏拳を振るう。
その腕は鬼武の蹴りを受け止めた。
「――見事。視えましたか」
「まさか。こういう場合は後ろからって相場が決まってるからの山勘だよ」
これで外してたらめっちゃ恥ずかしかった。しかし当たっていたようだ。本当に良かった。
「はっ!」
そしてそのまま俺はその手で鬼武の足を掴み、動きを止めて――体をひねって拳を叩き込む。
しかし。
「ぐっ!?」
衝撃。
俺の拳が――弾かれた。
『何今の!?』
『なんか光ったような』
『ばちって言ったぞ』
『あれってもしかして』
『スキルか?』
『でもここダンジョンじゃないぞ」
『いやダンジョンみたいなものだろ鬼の隠れ里だし』
『そういうことにしておこう』
そう、ここはダンジョンではない。だからダンジョンでのみ地力を発揮するスキルは使用できない。
つまり――妖術や呪術の類か!
「まだまだいきます!」
鬼武の姿がかき消える。
瞬間、俺の眼前に。
そして拳を繰り出して来る。
俺はそれをブロックし――
「っ!」
弾かれた。
ばちぃ、という音と光。そして俺の腕のブロックが崩される。
そしてそこに――
「がっ!!」
強烈な一撃。
鬼武の掌打が撃ち込まれ、俺の身体は跳ね、壁に激突した。
「クリーンヒットォ――――ッ!」
千百合の声が響く。
『うわいいのもらった!』
『キチクが……押されてる!?』
『予想外』
『鬼武マジ強い、さすがマヨイガ攻略者』
確かに……強いな!
そしてこれは……
「電撃、か」
俺は立ち上がりながら言う。
この腕の痺れ。
これは撃たれた衝撃による痺れじゃない。
電気風呂に入った時や、山で雷に打たれた時と同じ感覚だ。
「その通り」
鬼武が言う。
「――鬼哭雷霆流。そう名乗らせていただいています」
それが鬼武の武術の名前か。
「――なるほどね。電撃の力を使っての、さっきの速度か」
「左様。人間の身体は電気で動く事は知っていると思いますが――」
それは知っている。
思考は脳神経を微弱な電気が走る事で発生するし、その思考を筋肉に伝えるための全身の神経も同じくだ。
そして筋肉を動かすのも電気である。
銭湯に行って電気風呂に入り、その電極に腕を当てて見たりすると実感しやすいだろう。電気に合わせて腕が勝手に動いたりするのだ。
「電撃を放っての攻撃だけでなく、自分の動きのブーストにもその電撃を使う……ってことか」
「はい。御明察の通りです、菊池殿」
鬼武は言う。
なるほど、それであの一瞬の移動を可能にしたということか。
それだけではない。
その電撃を攻撃へと転化した場合の破壊力は――強力だ。
だが。
いつも言っている事だ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。
基本スペックで決定的に劣る人間が妖怪に勝つには、その知性と知識だと――!
そして相手が雷使いなら、突破口はある!
鬼武が身をかがめる。全身を引き絞り、獲物に襲い掛かる猫のような、矢を放つ直前の弓のような、刀身を解き放つ寸前の居合のような――そんな姿勢を取る。
来る!
そして次の瞬間、鬼武の身体が爆ぜた。
衝撃、爆音、閃光。
俺の身体は――吹き飛ばされた。
だが、三度めの正直というべきか。
壁に叩きつけられる事はなく、俺は大きく後退しつつも、なんとか立っていた。
対する鬼武は――腕を抑えている。
その顔は、苦悶に笑っていた。
「お――――っと! 一瞬の閃光の後、二人は離れて対峙している!いったい、何があった! 解説の紅葉さん見えましたか!」
「わ、わかんないわよ!」
『本当に何があった』
『一瞬だった』
『どっちがやられた?』
「――まさか、必殺の鬼哭雷霆掌を防ぐとは」
鬼武が言う。
『防いだの?』
『あーカウンター喰らったのか』
『どうやったんだ』
『頑張って我慢したとか』
『キチクは実はゴム人間だった説』
俺は、黙って空を指さす。
「カラスや雀ってさ」
指さした先には、電線があった。
そこにはカラスが止まっている。
「電線に止まってても、感電しないよな。理由は何でだと思う?」
『ん?』
『急にどうしたキチク』
『知らん……』
『裸電線じゃないからじゃない?』
『いや裸電線じゃなくても鳥は止まるぞ』
「それは、電線に止まってる鳥は、地面にいないからだ。
電気の通り道が無いと、鳥の身体に電気は流れないんだよ」
そしてそれはつまり。
「攻撃を受ける時、俺は軽くジャンプして宙に浮いた。そうしたら――電撃攻撃を喰らっても、その電撃は俺の身体に通り道を作らない。流れないんだよ。だから、電撃は通じない」
……。
一瞬静寂が訪れた。
鬼武があっけにとられている。
『なんで?』
『え?』
『いやその理屈はおかしい』
『なんでそうなるんだよwwwwwww』
『そうはならんやろ』
『なっとるやろがい……いやなろんやろ』
『電気はジャンプで防げる! ……なんで?』
『またキチク理論かよ』
『キチクはこれだから……』
視聴者たちは納得していないらしい。だけど実際にそうなっているんだよ。
俺があの一撃を正面から喰らって立っているのがその証拠だ。
「えーと……ごめん、ちょっと意味わかんないんだけど」
紅葉が言った。
「まあ、シュウゴがそう言うんならそうなんじゃないかなー。シュウゴの中では」
千百合も呆れている感じで言った。
そして鈴珠と水面ちゃんは「流石です!」と言ってくれていた。
「ふ……ふははははは!」
そして、鬼武が――笑った。
「ふふ、いやまさか――そんなやり方で防ぐとは。世の中は広いといいますか。ええ、降参です」
そして鬼武は両手を上げる。
「こっちも、防げたのは電撃だけで、電撃で強化された打撃そのものは威力を殺せなかったけどな。
見ろよ、折れてる」
俺は左腕を見せる。
そこは赤く大きく腫れていた。完璧に折れている。
遠野の男だから我慢できたけどそうじゃなかったら泣いているぞ。
「ですがそれはこちらも同じ。何より、これ以上やると――私も私を抑えられなくなり殺し合いに発展しかねません。
これは決闘ではなく、試合、稽古ですからね。
――私の負けです」
そして、勝負は決着した。
俺の、勝ちである。




