第189話 試合
紅葉祭りで舞や能を奉納するための舞台。
俺はそこに立っていた。
そして10メートルほど離れた同じく舞台の上には、鬼武が立っている。
さて、なぜこうなったのかというと、別に能や舞を披露するためではない。
それは……。
「申し出を受け入れていただいて感謝します」
鬼武の言葉に俺は頷く。
そう、鬼武から試合の申し込みをされたのだ。
しかも雑談生配信中に。断れる雰囲気ではなかった。視聴者たちが盛り上がるんだもの、彼らの期待を裏切るわけにはいかないのだ、配信者として、エンターテイナーとして。
なお見物人は結構来ている。里の人たちだ。
緊張するな。
『わくわくしてきた』
『マヨイガダンジョン攻略者VSマヨイガダンジョンマスター世紀の一戦』
『でもここダンジョンじゃないけど……』
『あースキル使えないか』
『まあキチクは元々スキル使えないし』
『鬼武さん不利?』
『どうだろう、あいつ妖怪の血を引くって言ってたしな』
『妖怪の血を引く鬼武VS妖怪みたいなキチク、か……』
コメントでそのような声が上がっているけど問題ないだろう。
妖怪や妖怪の血を引く人間、そして術者たちならダンジョン外でも力を使えるものは多い。
「対する俺は普通の人間だけど……そこはまあ経験で補うかな」
『えっ』
『え?』
『また何か寝言言い出した』
『お前のような普通がいるか定期』
『遠野では普通です定期』
準備運動をする俺のつぶやきに対して心無いコメントが飛んできた。しかしいつものことなので俺の心は動かない。
今は気持ちを切り替える。
「では……参ります」
鬼武は静かに構えた。
なんというか……様になっている。
武人然とした立ち振る舞いに、俺もつい背筋が伸びた。
「始め!」
紅葉四天王の一人、伊賀瀬が叫ぶ。
その言葉と同時に、鬼武が地を蹴った。
「――ふっ!」
肉薄し、拳を繰り出して来る鬼武。
連続の拳を、俺は腕を交差させて受ける。
「くっ!」
いい拳だ。
戦い慣れている感じがする。
「うーん、これはシュウゴがちょっと不利かもね」
「えっ、なんで?」
千百合の言葉に紅葉が質問を投げかけた。
「それはね、はい解説の水面ちゃん」
「えっ、おら!? じゃなくて私ですか、えっとその……。
き、キチクさんは基本、妖怪やモンスターとばかり戦ってるんです」
千百合に振られた水面ちゃんが答える。
「妖怪と共に過ごし、妖怪を退治したりしてきた遠野の人間ですから……キチクさんは普段から対人戦をあまりしてないんです」
『そういや佐々木っちもそんなこと言ってたな』
『不良じゃないからケンカもあまりしてないんだっけ?』
『あー中にはいるよ探索者に、ゴブリンとかオーガやオークみたいな人型のモンスター殺せないって人』
『まあ人間タイプは抵抗あるよな、倒すならともかく殺すってのは』
『キチクにも人の心があった……?』
『コノ罪悪感……コレガ心……?』
『最初のマヨイガダンジョンで鬼や河童という人型モンスターぶっ殺してたぞキチクは』
『小豆洗いも……』
『あくまで人間型であって人間じゃないから……(震え声)』
まあ、確かにその通りだ。
俺は基本的に物静かなタイプなので、人間とのケンカはやらない。
しかし眼前の鬼武は人間だ。
前にダンジョンでやりあった、薬物で化け物みたいになった水虎の連中たちとも違う。だから厄介である。
何しろ、考えて攻撃してくるんだ。妖怪やモンスターのように単純じゃない。
ちなみに試合中の俺にコメントを読むひまはない。
視聴者たちのコメントは千百合が読み上げている。
「ふっ、はっ!」
正拳、裏拳、フックにアッパー、打ち下ろし。
様々な角度、方向から拳が飛んでくる。
俺はそれを避け、あるいは受ける。
今はまだジャブなのだろう、一撃一撃はそんなに重くないが――くそ、手札が多いのは厄介だな!
「くっ、気合入ってるな!」
「それはもう!」
俺の言葉に鬼武が答える。
「マヨイガの主にしてダンジョンマスター、そしてS級探索者!
戸隠の忍者たちを一撃で倒したそれを眼前にして、たぎってしまったのです!
男として!」
そして、強烈な回し蹴りが俺に炸裂した。
今までとは違う、力の入った一撃。
腕のブロックでも勢いを殺しきれず、俺の身体は吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
「――どうして、滾らずにいられましょうか」
その鬼武の言葉に。
「なるほど。わかるよ、男の子なら仕方ない」
埃を払って立ち上がる。
ダメージは……そこまではない。
だけど……こいつは強い。
今まで妖力や術を使っていないのに、この格闘能力――最低でも三太郎天狗のじいさんの所に居た烏天狗たちは上回っている。
そうか、あいつらとの稽古を思い出せばいいんだ。
俺は腰を落とした。
『あの大勢は――』
『知っているのか雷〇!?』
『うむ。タックルの構えだ……キチクの奴、プロレス戦法で行く気か』
『でもプロレスってショービジネスだろ、大丈夫なのか』
『プロレス技は確かにショー向けだけど、前提としてアホみたいに鍛えた(わざと受けて盛り上げる必要から)プロレスラーの肉体だからショーとして耐えられると言うのがある』
『捕まってその態勢に入られたら普通の格闘家では終わり……ということか』
『どこの格闘家がバックドロップやパイルドライバーに耐える修行しとるねん?と言うことだ。
逆に言うとボクサーやキックボクサーがジャブのみで接近しない、ローキック以外攻撃しないしょっぺー試合をして顔や脚が腫れ上がってボロボロになるまで近寄らないことを徹底して、そこまでしてようやくトドメを刺しに来るようならプロレスラーに勝ち目は薄いと言える』
『……武人っぽい鬼武だとそんなことしなさそう』
『じゃあキチク優勢?』
『どうだろうな……』
そして俺は鬼武に向かって突進する。
対して鬼武は――
「ふっ!」
同じく腰を落とし、俺のタックルを正面から受け止めた。
「……っ!」
流石は鬼の血を引く人間だ、膂力がすごい。
びくともしない、というわけじゃないが……俺のタックルを正面から受け止めた。
そして――。
「っ!」
鬼武が俺の腕を掴む。
そしてそのまま――
「せいっ!」
一本背負いの体勢。俺の身体を投げ飛ばした。
……そう、投げ飛ばした。
一本背負いで地面に叩きつけるのではなく、だ。
これはパワーとテクニックの両方が無いと成功しない。
「……っ!」
俺は投げ飛ばされて地面に叩きつけられ転がり、しかし体勢を立て直す。
「……やるな、鬼武。殴る蹴るだけでなく投げも行けるのか」
「武芸百般を目指しておりますので」
なるほどな。
くそ、これでは下手に組みにいっても投げられて終わりそうだ。
となると――
「遠野パンチ!」
正攻法で行くことにした。
そのパンチは、鬼武の腕によっていなされる。
しかし――
「遠野パンチ! 遠野パンチ! 遠野チョップ! 遠野エルボー!」
先程の鬼武と同じだ。俺も連続攻撃を繰り出す。
『あれは遠野ラッシュ! 何も考えずひたすら攻撃するキチクの必殺技だ!』
『wwwww』
『単純だけどアレ強いんだよなあ……』
『並みのモンスターたちなら吹っ飛んでるぞ』
『耐えるなんて鬼武つええな……』
そう、鬼武は俺の連続攻撃を受け、そしていなしている。
だけど怒涛の連撃の前に鬼武は後退し、そして――隙を見せた。
「ここだっ!」
俺は正拳を繰り出す。
しかしそれは――
「なっ!?」
一瞬。
たった一瞬の事だった。
まるで雷鳴のごとき速さで――鬼武はその場から姿を消し、俺の後方五メートルくらいの位置に移動していた。
いま――何をした?




