第186話 散策
「よ、ようこそ鬼哭里に。か、歓迎いたしますわ」
旅館の前で俺達を出迎えたのは、見知った顔だった。
着物を着て髪を結った少女――火角紅葉。彼女だった。
緊張かそれとも怒りか、顔も紅潮している。言葉も妙にたどたどしかった。
御嬢様だからか、こういった接客には慣れていないのだろうか。
「あ、久しぶり。元気だったか」
「お、おかげさまでっ!」
「そか。そりゃよかった」
俺は紅葉に挨拶する。無理やり連れ帰られたにしてはちゃんと元気そうだ。
「お、お久しぶりです」
「やほー紅葉ちゃん、元気そうだね」
「あ、どうもお久しぶり。二人も元気そうで」
水面ちゃんと千百合も彼女に挨拶をする。
……二人に対する態度がなんか違うな。やはり何か根に持っているのだろうか。
「それでは、お部屋はこちらです」
俺達は宿の部屋に案内された。
希望通り男女別の部屋だ。
といっても男は俺一人だが。いや厳密には……。
『ふう、荷物の奥で揺られるのは疲れました』
『我も鞄の奥で蛇モードで丸まっているのは意外に疲れるものでしたな』
そう鞄から出て来る手鏡と蛇。
雲外鏡と妖刀日宝寿である。
「お疲れ様。まあ普段からお前ら出してるわけにはいかないからな」
日宝寿に至っては日本刀である。持ち歩くには不便だ。いや刀袋に厳重にしまっていれば問題ないけど面倒だしな。
『く~っ、しかしいい空気ですな、こう……妖気が絶妙に流れて』
日宝寿が背伸びをする。妖刀にとってそんなかんじなのか。
『確かに妖気が満ちておりますな。私のお肌もつるつるですぞ』
雲外鏡も喜んでいる。そういうものなのか。
さて……。
「これからについてだけど、鬼武の返答待ちだったか」
件のダンジョン探索についてだ。詳しい日程と、そのダンジョン探索での配信の可否についてである。
鬼武は里の上層部……彼の言う「老人たち」にその伺いをたてにいってくれている。
その可否が届かないと、ダンジョンでの配信は出来ない、
出来ないが……。
「ダンジョンじゃなきゃ、いいんだよな」
俺は言う。
そう、件の紅葉の岩屋ダンジョンは禁足地だ。
逆に言えば……。
「ダンジョンじゃなきゃいくらでも配信オッケーってことだよな!」
俺は叫んだ。
「まーた変な事言ってる」
「張り切ってますね……」
「父上様やる気です」
そんな俺の後ろから声がした。千百合たちだ。
「変な事とは失礼な。配信者として普通の事だぞ。そもそも禁足地に入らなきゃいいだけだしな」
「入らなきゃいいって……」
「遠くから見るなら大丈夫だろ?」
「うわーシュウゴが迷惑系みたいなみと言ってるー……」
何を言っているんだ千百合は。
「ふっ……水虎とのいさかいの時に迷惑系になるって宣言したしな」
「それ私の前で言うこと?」
そこにとげとげしい声が割り込んで来た。
紅葉だ。
「あ、紅葉か。丁度良かった、色々と村を案内して欲しいんだけど」
「禁足地は駄目よ。まあ……」
紅葉は笑った。
「私もこの里では箱入り娘だし? 知らない場所も結構あるのよねー、だからついうっかり偶然知らない場所に入り込んじゃうかもだけど、その場合は勘弁してよね」
「わかった、間違ったなら仕方ないな!」
仕方ない。
仕方ないのである。
「うわー、迷惑系配信者とじゃじゃ馬御嬢様が手を組んだー」
千百合が言った。
失敬な奴だ。
◇
「というわけでー、ボクたちは無事鬼哭里についたわけで、明日からの紅葉祭をしっかりと配信していこうとおもいますっ」
千百合がカメラに向かって言う。
『始まった』
『おっキタキタ』
『祭りなの?』
『こないだの時鬼武くんが言ってたな』
『紅葉ちゃんの晴れ舞台だっけ』
タブレットの画面にコメントが流れる。
「えっと、今日は……鬼哭里のお散歩雑談と、あと夜から、私たちの歓迎会も兼ねた宴会があるってことなので……そちらの配信も、してみようって話です」
水面ちゃんが言う。
紅葉から聞いたが宴会があるらしい。
致せり尽くせりだ。それだけダンジョン攻略に期待されているということだろう。
「それまで私が里を案内しようってわけ。まあ私も箱入り娘ってやつだから、里の全部を知ってるわけじゃないけど、だいたいはおおまかになら案内できるわよ」
紅葉もカメラに向かって言う。
『地元の人のガイドなら安心だ』
『ここも妖怪の里?』
『鬼の里だよ』
『どんなあやしいトンデモな場所なのか楽しみ』
「普通の場所よ。少なくとも遠野みたいな魔境を期待してたら肩透かしかもね」
おい待て聞き捨てならねえな。
「失敬だな、遠野はちょっと妖怪に近いだけの普通の場所だぞ」
「普通の場所は妖怪なんてそこらにいないのよ。鬼哭里だって妖怪はあんましいないわよ、せいぜいが山の精とか経立とかがいるくらいね。私達はいちおう鬼の血を継いではいるけど……
鬼なんて珍しいものじゃないしね」
『いやそれもおかしい』
『鬼ってそこらにいねぇよ』
『普通の町や村には「あんまし」どころかまずいないんですよ妖怪って』
『うちの近所には山の精とか経立とかいないけど』
『【悲報】紅葉ちゃんもちょっとおかしい』
『やはりここも魔境だったか……』
「なんでよ!?」
紅葉が叫んだ。
そうだよ、うちの視聴者たちにとっては、妖怪とちょっと近しいってだけで異常なのだ。こういうのって田舎では普通なんだが。
いやまあ、こいつらも悪ノリで言ってるだけなんだろうけどな。
ともあれ……。
鬼哭里の散策配信が始まったのだった。




