第183話 鬼哭里の村
「ここが長野かーっ」
そう言ったのは誰だっただろうか。
俺達は遠野駅から釜石線で花巻へと行き、東北本線で一ノ関。そこから新幹線で長野へと到着した。
実に五時間の道のりだった。
「うーん、おなかすいたーっ」
千百合が背伸びをしながら言う。
「長野のおいしい料理って何でしょうか……」
水面ちゃんが駅前を見回しながら言う。
今はちょうど昼だ。鬼哭里行のバスの出発にはまだ一時間以上余裕があるし、どこかで昼食としゃれこもうか。
「信州と言えば蕎麦だって聞きました!」
鈴珠が言う。
「なるほど、聞いた事あるな。昔からそうだったんだな」
俺は鈴珠の頭を撫でながら、駅前を見渡す。
……あった。
信州そばの店だ。
「あそこにするか」
そして俺達は蕎麦を食べた。長野名物のくるみだれは中々に美味かった。
やはり旅といえばその地の名物料理を食べるに限る。
もちろん、旅先での全国チェーン店での安心感も中々に捨てがたい。
旅先で外れの店にあたるとつらいからな……。
「ごちそうさまでしたー」
俺達は礼を言って店を出る。
ちなみにどうでもいいことだが、飲食店で食べた後にごちそうさまを言う派だ。世の中には「お金という対価を払ったのだから礼を言うのは自分が下だということになってはずかしい」というわけのわからな理論を述べる人たちも言うが俺はそうは思わない。
感謝はどれだけ重ねた所で別に損はしないし、礼を述べるというものは言う方としても気持ちいいものだろう。
まあ、相手によるのかもしれないのはたしかだけど。どこかの漫画でも、「料金以下のマズい飯を食わせる店には金を払わないのはしょっちゅうよ」って主人公が言ってたし。ちょっとやりすぎとは思うけど。
「……と、そろそろ時間ですよ、キチクさん」
水面ちゃんの言葉が俺の思考を遮る。もうそんな時間か。
「じゃあ発着所にいこっか」
千百合の言葉にうなずく。
そして俺達はバスの発着所にいき、そして市営バスの鬼哭里行に俺たちは乗った。
◇
道中も特にトラブルは起きなかった。まあ、漫画やラノベじゃないしそうそう毎度トラブルがおきてたまるか、という話だ。
「山が多いですね」
水面ちゃんが外を見ながら言う。
「遠野にも山は多いけど、あっちとは違うな。遠野の山はなだらかなのが多いけど……」
「こっちは険しくて高い山が多い感じだよね」
千百合も言ってくる。
確かにそんな感じだ。
『景色いい感じだな』
『山道っていいよね』
『車内には客は少ないですね』
『まあそんな大々的な観光地でもないっぽいし』
コメントがタブレットの画面に流れる。そうもバスに人はいなかったのでここで雑談旅配信をしているのだ。
「大半の観光客は善光寺の方に行ってますからねー。あっちにも小さなダンジョンがあると聞いたけど」
『キチクが入れないダンジョンか……』
『入れないって?』
『S(災害)級探索者なので一般解放人気ダンジョンは出入り禁止』
『あーwwww』
『さすがキチクwwwww』
やかましいほっとけ。
「まあ協会に申請して監視付きなら入れるんですけどね。今回は単なる観光だし、後で善光寺に行くとしても寺の見学くらいですよ」
『顔隠していけよ』
『キチクとバレたらみんな店じまいして観光客は逃げ出しそう』
『さすが災害級』
『怪獣じゃねぇかwwww』
「うるせえ」
いつものことながら好き勝手に言ってくれる。
「あっ、父上様! 見えてきましたよ!」
窓を見ていた鈴珠が声を上げた。
見ると、山道の向こうに建物が見えて来る。小さな町、いや村か。
「あれが……鬼哭里」
「うん。鬼の哭く里……」
そしてバスが駅に到着した。
◇
「お待ちしておりました、菊池殿」
バス停留所に降りると、そこには着物姿のイケメンが立っていて頭を下げて来た。
先日マヨイガを実力でクリアした男、名を鬼武。鬼武吾郎……紅葉四天王の一人だ。
紅葉四天王。
確か、鬼女紅葉伝説における、鬼女紅葉が従えた山賊の四人の幹部。その名を世襲している者たちだった。
探索者を殺そうとしないダンジョンとはいえ、全力で探索者と遊んでいる変幻自在千変万化のマヨイガダンジョンを攻略した男たちだ。実力は折り紙付きだろう。
「ああ、どうもこんにちは。わざわざ出迎えご苦労様です」
「いえ、大恩ある菊池様がこの地に来られたのです。礼を尽くすのは当然のこと」
深々と頭を下げる鬼武。
……うわあ。なんかあれだ、こういう対応されるとなんというか……こそばゆいというか困るというか。
裏の無さそうな、まっすぐな敬意。
武人然とした佇まいでこう来られると、戸惑うというか緊張してしまうというか。
「あ、はい。とにかく頭上げてくださいよ。あと敬語はいいですから」
「敬語ではありません。素です」
「あ、はい」
丁寧語で喋るタイプの人だったらしい。
「菊池様こそ、敬語はおやめください。普段通りで結構ですので」
「あ、うん。じゃあ……そうするよ」
「どうも」
日本刀を想わせる鋭利で精悍な雰囲気でそう言われると、うーん、なんとも。
「ではご案内いたします」
そう言って鬼武は歩き出した。
俺達はその後に続いた。
「普通の山村……って感じだな。静かでのどか、いいところだな」
「だね」
俺達は歩きながら話す。
遠野と同じく、のどかなものだ。少し人々が少ない気もするが、田舎の町や村はそんなものだろう。
「はは、お恥ずかしい。この村も過疎化が進んでおりまして」
鬼武が苦笑する。
「子供も少なく、高校に行くには村外……長野市などのいかねばならず。私などは中卒にございます」
ははは、と鬼武が笑う。おおう田舎の自虐ジョークというやつだ。遠野はちゃんと高校があるからなあ。
「しかしそれでも、火角家のお力で鬼哭里はしっかり存続しております。むしろ変に都会の毒に侵されず古き良き文化を保てている、と誇りに思っております」
鬼武はそう言った。笑顔だった。自虐でも諧謔でもなく。
「……まあ、それは……わかるかな。地元への愛着、誇りってのは」
俺も遠野を愛している。東京に越していた時もその気持ちは変わらなかった。
こいつは……いい奴だな。
「菊池殿も、地元遠野を愛されていますからね。先日の一件で、菊池殿の配信のアーカイブを拝見させていただきました。故郷への誇り、わかります。
俺もこの地を、鬼哭里を守りたいですから」
「なるほど。だから彼女……今代の紅葉さんを助けに来たわけだ」
「助けに……というなら、菊池殿に一歩先に助けられたわけですが」
「何言ってんだよ。マヨイガに囚われた彼女を助けだすためにマヨイガダンジョンを攻略しただろ。
俺や、イベントの時を覗いた通常のマヨイガダンジョンだと初の攻略者だよ、鬼武は」
東雲さんや夕菜たちが攻略したのは盛り上げること第一に企画したイベントだったがら。
そういう半分接待じゃないガチの探索で攻略したのは彼らが初めてだ。
マヨイガも戦い甲斐のある探索者がいて楽しめたようだったし。
「なるほど、そういう考えもありますね。さしずめ菊池殿は魔王ですか。
しかしあのダンジョンは大変でした、からくり屋敷みたいだったり、山や森だったりで大変でした」
「ああ、あれは本当になあ」
一番最初の時のマヨイガはある意味普通のダンジョンだった。マヨイガ自身の意志も反映されていない、ただ侵入者を殺して喰らうためだけの迷宮。
それが俺の攻略によってマヨイガ自身の意志を取り戻し反映した結果、バラエティ番組かくやと言うものになっている。
「まさかダンジョンでクイズの間があるとは思いませんでしたよ」
鬼武が笑う。まあそれはそうだ。
「アーカイブしっかり見てたから解けましたけど」
「……あのマヨイガ野郎」
クイズの間には「キチククイズ」もある。あの野郎プライバシー侵害だぞ。
「……菊池殿も、マヨイガも、本当に地元を愛し、愛されている。だから私たちは……俺は、マヨイガを襲撃せず、攻略する事にしました」
鬼武が言う。
……そう、彼らは探索者であり、そして……それと同時に妖怪の血と力を継ぐ者だ。
本気でマヨイガにいる火角紅葉を確保しようと思ったなら、マヨイガダンジョンを攻略などせず……直接マヨイガに襲撃をかける事も出来ただろう。
だが彼らはそれをしなかった。そちらのほうが確実に面倒なのに、だ。
筋を通したのだ。
「菊池修吾殿。日本初のダンジョンマスターであり、マヨイガの主。あなたなら信頼できる」
鬼武はそう言って、足を止めた。
「……」
気が付けば。
周囲に村人たちがいた。
彼らは俺達を取り囲んでいる。
真剣な顔。しかし鬼気迫る様相であるが、殺気は感じられなかった。
そして振り向いた鬼武が――膝をついた。
村人たちも合わせて膝をつく。
「マヨイガの主、菊池修吾殿。是非――この鬼哭里を、救っていただきたい」
……。
どうやら、また何か厄介ごとに巻き込まれそうな予感がした。




