第181話 紅葉四天王
マヨイガの門前に立つ四人組。
その姿は、まるで時代劇から抜け出してきたかのようだった。いや、実際に彼らは歴史の中を生きてきた者たちなのかもしれない。
この気配を俺は知っている。遠野の――山の中で感じた気配と酷似していた。
そう――妖怪だ。
しかし完全な妖怪という感じでもない。
遠野の町にも時々いる、妖怪の血を継ぐ者たちの気配に近かった。
「改めて、自己紹介をさせていただく」
先頭の着物の男が、胸に手を当てて一礼した。
「我が名は鬼武。火角家に仕える四天王が一、鬼の武を継ぐ者」
続いて、大きなくまのぬいぐるみを抱えた小柄な少女が、ぬいぐるみを掲げるようにして言った。
「く……熊武です! 四天王が二、熊の武を継ぐ者! よ、よろしくお願いします!」
その声は、緊張感を払拭すように張り上げられた。いかにも背伸びして頑張っています、という感じでほほえましいものだった。
三番目、鳥の面……というか和風ペストマスクのような仮面をつけた男が、静かに頭を下げる。
「私は鷺王。四天王が三、鬼道を継ぎし呪術師にございます。以後、よしなに」
そして最後、逆立った髪の巨漢が、ドスの効いた声で言った。
「俺は伊賀瀬。四天王が末席だ」
四人が再び整列し、鬼武が説明を続ける。
「我らは、かつて鬼女紅葉様に仕えた四人の配下、その血と名を継ぐ者たち。
代々、火角家に仕え、紅葉の名を継ぐ姫君をお守りすることを使命としております」
その言葉に、俺は背後の母屋の方へと視線を向けた。物陰からこちらを窺っている紅葉の姿が見える。
「そして、そこにおわす方は……」
鬼武の声のトーンが、微妙に変わった。敬意は変わらないが、どこか呆れと諦めが混じったような、複雑な響きだった。
「鬼女紅葉の血を継ぐ末裔、火角家が姫。火角紅葉様……使命から逃げ出した、バカ娘でございます」
「バカ娘言うなああああああ!」
物陰から紅葉の悲鳴が響いた。
『バカ娘wwwww』
『部下に言われてるw』
『使命から逃げたのか』
『紅葉ちゃんかわいそう』
ふと。
マヨイガの庭に立っているモニターにはコメントが盛り上がってるのが視えた。
ああ、マヨイガが攻略されたのでマヨイガがここも配信しているのか。
攻略者がダンジョンマスターに逢うシーンだからな。そりゃ大事なんシーンだ。
「え、えーと。使命とは何なのか、説明させていただきます……っ」
熊武が言う。続いて鬼武が、改まった口調で続けた。
「火角家では……鬼哭里では、年に一度鬼女紅葉慰霊祭が執り行われます。
これは、かつて鬼哭里の里を栄えさせた初代紅葉様の魂を慰め、その功績を称え、そして我ら一族の繁栄を願う、最も重要な祭事にございます」
「ふむふむ」
俺は頷く。遠野にも、似たような祭事はいくつもある。先祖を敬い、妖怪を鎮め、土地の平和を願う。それは、この国の文化の根幹だ。
「そして、その祭事の最大の見せ場が、当代の紅葉姫による『紅葉の舞』。これは神楽の一種であり、紅葉姫が初代紅葉様の魂を己に降ろし、舞を奉納するという、極めて神聖な儀式なのです」
「なるほど……それで、そこの紅葉さんはその舞から逃げ出したと」
「その通りでございます」
鬼武は深くため息をついた。
「紅葉様は、幼少の頃より厳しい修行を積まれ、舞の技術は完璧に習得されておられます。しかし……その、何と申しますか」
「プレッシャーに弱いのよ!」
ついに我慢できなくなったのか、紅葉が物陰から飛び出してきた。その顔は真っ赤で、涙目だ。
「あんな大勢の前で、あんな恥ずかしい格好で踊れるわけないでしょ! しかも、初代紅葉様が降りてくるとか、怖いのよ! もし失敗したらどうするの! 一族の恥じゃない!」
「紅葉様……」
熊武が、ぬいぐるみを抱えたまま、哀れむような目で紅葉を見た。
「でも、今年で三回目の逃亡ですよ。さすがに、火角家の長老たちも我慢の限界です」
「うぐっ……」
紅葉が言葉に詰まる。
「しかも、今回は逃亡先でオークションに捕まって売られかけるという大失態。もう、言い訳のしようがありません」
「そ、それは……不可抗力だったのよ! 私だって、まさかあんな連中に捕まるなんて……」
紅葉はしどろもどろになりながら、俺の方をちらりと見た。その目には、明らかに「助けて」という色が浮かんでいる。
だが、俺が何か言う前に、鬼武が不敵に笑った。
「紅葉様。我々は、マヨイガを攻略したのです。その意味がおわかりか?」
「え……」
紅葉の顔から、さっと血の気が引いた。
察したようだ。俺だって予想できる。
つまりそういうことなのだ。彼らの望む「褒美」とは。
「ま、まさか……」
「然り」
鬼武は、俺の方に向き直ると、深々と頭を下げた。
「マヨイガの主、菊池修吾殿。我々は、マヨイガ攻略の報酬として、火角紅葉様の身柄を所望いたします」
その言葉に、俺は少しだけ考え込んだ。
マヨイガのルールは明確だ。攻略者は、マヨイガの品を一つ持ち帰ることができる。それは、宝物でも、食べ物でも、あるいは……人でも。
まあ、今まで人を持ち帰った奴はいなかったけど、ルール上は可能だ。
そして、紅葉は確かにマヨイガに滞在している。つまり、彼女も「マヨイガの品」の一つとして数えられる、と解釈できなくもない。
多少強引な解釈かもしれないが。
「……まあ、ルールはルールだからな」
俺はあっさりと頷いた。
「いいぜ。紅葉さん、連れて行ってくれ」
「いやーーーーっ! 裏切られたーーーーーー!!!!」
紅葉の絶叫が、マヨイガに響き渡った。
「信じてたのに! 助けてくれたのに! これが恩返し!? 人身売買は法律違反よーーーーー!!!」
『wwwwwwww』
『キチク容赦ないw』
『紅葉ちゃんかわいそすぎる』
『でもルールはルールだからな』
『マヨイガ攻略者の権利は絶対』
コメント欄も大盛り上がりだ。お前らに人の心とかないんか?
その時だった。
ミシミシミシミシ……
マヨイガの床が、不気味な音を立て始めた。そして、紅葉の足元の畳が、まるで生き物のように持ち上がり始める。
「ひ、ひぃっ!?」
畳返しの妖怪のように、畳が次々と反り返り、紅葉を中心に箱のような形を作っていく。
「ちょ、ちょっと待って! マヨイガさん!? あなたまで!?」
紅葉の悲鳴も虚しく、畳の箱は完全に彼女を閉じ込め、そして最後に、どこからともなく現れた大きな赤いリボンが、箱をぐるぐると巻いていった。
パチン、と音がして、リボンが蝶結びになる。
完璧なラッピングだった。
「……マヨイガも、紅葉さんを景品として進呈する気らしいな」
俺がそう呟くと、千百合が呆れたように肩をすくめた。
「マヨイガったら、ノリノリだね」
箱の中から、紅葉のくぐもった悲鳴が聞こえてくる。
「うぐぐぐぐ……こんなのってないわよぉぉぉぉ……」
『景品化wwwww』
『マヨイガ仕事早いな』
『リボンまで完璧で草』
『紅葉ちゃん、ドンマイ』
鬼武は、その光景を満足げに見つめると、改めて俺に向かって深々と頭を下げた。
「菊池殿。貴殿には、誠に世話になりました」
「ああ、いや、そんな大したことは……」
「いえ。紅葉様を、あの非道なオークションから助け出し、こうして我々が迎えに来るまで、安全に確保していただいた。この恩は、我ら火角家、決して忘れません」
鬼武の言葉には、心からの感謝が込められていた。
「それに……」
鬼武は、箱詰めにされた紅葉の方をちらりと見て、小さく笑った。
「紅葉様も、ここでの日々は、悪くなかったのではないかと思います。あれほど人を信じようとしなかった紅葉様が、貴殿に対しては……まあ、色々と複雑な感情を抱いておられたようですから」
「複雑な感情?」
俺が首を傾げると、千百合がクスクスと笑った。
「シュウゴは本当に鈍いねえ」
何のことだ。
自慢じゃないが俺は遠野で生きてきて東京でダンジョン事変に巻き込まれ、その後は山で修行もさせられた。
殺気に関しては敏感だぞ。
「ともあれ」
鬼武は再び真剣な表情に戻り、俺をまっすぐに見据えた。
「貴殿には、感謝してもしきれません。そこで、僭越ながら、お礼をさせていただきたいのです」
「お礼?」
「はい。来月、火角家の本拠地である長野の戸隠にて、鬼女紅葉慰霊祭が執り行われます。菊池殿、そして菊池殿の大切な方々を、その祭りにご招待したい。我ら火角家の、最高のもてなしをさせていただきます」
その言葉に、俺は少しだけ驚いた。
戸隠。長野県の、霊験あらたかな山岳信仰の地。そして、鬼女紅葉伝説の舞台でもある。
「それは……まあ、光栄な話だけど」
「もちろん、強制ではございません。ですが、もし貴殿がお越しくださるなら、紅葉様もきっと……」
箱の中から、再び紅葉の声が聞こえた。
「……来て、ほしい……かも……」
か細い、本当に小さな声だった。だが、確かに聞こえた。
『おおおおおおお!』
『紅葉ちゃん!』
『これはもう行くしかない』
『デレた!』
コメント欄が、また盛り上がる。
俺は、少しだけ考えてから、頷いた。
「……わかった。都合がつけば、行かせてもらうよ」
「ありがとうございます!」
鬼武が、満面の笑みで頭を下げた。
こうして、火角紅葉は、畳の箱に詰められたまま、四天王たちと共にマヨイガを後にしていった。
門の向こうに消えていく彼女たちの背中を見送りながら、俺はふと思った。
紅葉が俺に向けていた、あのツンツンした態度の理由。
千百合が言っていた「唐変木」の意味。
まさか……。
「なあ、千百合」
「ん?」
「オークションで紅葉さんを助けたのって、雲外鏡が作った俺の分身だったよな」
「うん、そうだよ」
「つまり、紅葉さんからしたら……」
「助けに来たのは本物のシュウゴじゃない、って後から知ったわけだね」
千百合がにっこりと笑う。
「乙女の期待を裏切った罪は重いよ、シュウゴ」
「……あー……」
ようやく、全てが繋がった気がした。
俺は、深くため息をついた。
「雲外鏡のせいじゃねえか!」
「まあ、そうとも言えるけど、フォローしなかったシュウゴも悪いよね」
「ぐぬぬ……」
井戸の底から、相変わらず雲外鏡のすすり泣きが聞こえてくる。
あいつ、もうちょっと沈めておくか。
『キチク鈍すぎるwww』
『やっぱり唐変木だった』
『でも紅葉ちゃん、最後にデレたからいいじゃん』
『来月の戸隠、楽しみだな』
『新章フラグ立った』
コメント欄も、すっかり盛り上がっていた。
俺は配信用ドローンに向かって、苦笑いを浮かべながら言った。
「というわけで、紅葉さんは無事に家族の元へ帰っていきました。めでたしめでたし、かな」
そして、付け加える。
「来月、戸隠に行くことになりそうだけど……まあ、その時はまた配信するから、楽しみにしててくれ」
『おー!』
『待ってる!』
『戸隠編楽しみ!』
『紅葉ちゃんの舞、見たい!』
賑やかなコメントを見ながら、俺は静かに配信を終了した。
マヨイガには、再び穏やかな日常が戻ってきた。
さて、しかしそれでも……約束してしまったからな。
そのための準備はしておくか。




