第180話 供養絵額モンスター特区
嵐のような訪問者、水無月ユミナが帰った後、俺は縁側に座り、井戸の底から聞こえる雲外鏡のすすり泣きをBGMに、腕を組んで深く考え込んでいた。
「モンスターの楽園、か……」
ユミナの提案は、突拍子もないようで、しかし、その根底にあるモンスターへの愛情は本物だと感じられた。彼女の言う通り、ダンジョンというシステムの中で、ただ侵入者を殺すためだけに生まれ、殺されていくモンスターたち。彼らに、もし別の生き方が与えられるのだとしたら。それは、素晴らしいことなのかもしれない。
妖怪と共に生きる遠野の民として、モンスターと共に生きたいと願う彼女の気持ちを、無下に切り捨てることはできなかった。
だが、問題は山積みだ。
まず、マヨイガの庭を貸すという選択肢。
これは、熟考するまでもなく却下だ。
「あの女を、マヨイガに自由に出入りさせるわけにはいかん……」
水無月ユミナ。
あの女の目は、獲物を見つけた肉食獣のそれだ。彼女にとって、マヨイガはさながら高級食材が満載のビュッフェレストランだろう。鈴珠や他の可愛い系の妖怪たちが、彼女の毒牙にかかる光景が目に浮かぶ。
いや、可愛い系だけでなく、おっさん妖怪ですら危ないかもしれない。彼女の守備範囲は未知数だ。
尻目や大手の白けつの尻に頬ずりだって奴ならやりかねない。
妖怪たちの貞操と平和を守るためにも、マヨイガのレンタル案は絶対に呑めない。
「となると、残るは供養絵額ダンジョンか……」
あちらは、元々が公共の博物館の展示物に発生したダンジョンであり、現在は俺と遠野博物館が共同で管理している。
一般開放されていて、マヨイガ本宅ほどプライベートな空間ではない。
ダンジョンコアである久陽の許可さえ得られれば、テイマーたちに特定の区画を貸し出すことは、現実的な選択肢と言えるだろう。
「なあ、千百合。どう思う?」
隣でお茶をすすっていた千百合に意見を求める。
「ボク? ボクはシュウゴの判断に任せるよ。でもまあ、あのユミナって人、面白いよね。モンスターへの愛は本物みたいだし」
「ああ、それは確かだ。性癖が歪みきってるだけで……」
「でも、供養絵額ダンジョンを貸すってことはさ、あの子……久陽ちゃんの負担にならないかな? あの子、まだ子供の幽霊なんでしょ?」
「言うて江戸時代の人間の幽霊だから俺よりババアだけどな。
まあ確かに、一番大事なのは久陽自身の意思だ」
俺は立ち上がった。結論は出た。
「よし。というわけで、供養絵額ダンジョンを貸してしまえば、ユミナがマヨイガの庭欲しさにダンジョンに乗り込んできて、鈴珠たちを追い回すことはなくなるわけだ」
「うわー、久陽ちゃんを盾にした! 見捨てた!」
人聞きの悪いことを言う千百合の頭を軽く小突き、俺は付け加えた。
「もちろん、久陽が嫌だと言えば、この話は即刻なしだ。ユミナには別の場所を探してもらう。あるいは諦めて泣き寝入りしてもらう。
あくまで、久陽の意思を最優先する。それが大前提だ」
俺はそう言うと、早速話をしにいくため、供養絵額ダンジョンへと向かう準備を始めた。
◇
遠野博物館。静寂に包まれたその通路には、様々な絵が展示されていた。
死者の冥府での平穏と幸福を願って描かれた絵、遠野や東北の文化のひとつである供養絵額だ。
その中の一枚の絵が、幽霊が憑りつき、そしてダンジョンとなっている。
俺が絵額の前に立つと、その表面が水面のように揺らめき、中から黒い着物を着少女、久陽がふわりと姿を現した。
「お兄ちゃんこんにちは。今日もさえない顔してるね、とっても雑魚くて似合ってるよ~」
とりあえず遠野アイアンクローをかました。
「あいたいいたたたたた! ごめん、ごめんなさいっ!」
メスガキ幽霊こと久陽は泣いて謝る。
いつものことだった。
気を取り直して俺は単刀直入に、水無月ユミナの提案について話した。
テイマーたちが、テイムしたモンスターを自由に過ごさせるための場所を探していること。その候補として、この供養絵額ダンジョンが挙がっていること。そして、そのためにダンジョン内の一部区画を貸し出してほしい、と。
俺の話を、久陽は静かに聞いていた。彼女がどう思うか、俺は少し緊張しながらその反応を待った。他人の都合で、自分の住処である世界を切り売りされるような話だ。怒るかもしれないし、悲しむかもしれない。
しかし、彼女の反応は、俺の予想とは全く違うものだった。
「へえ? つまり私に下僕が大量に出来るってこと?」
「違うぞ?」
ある意味では予想通りでもあった。
ともあれ、久陽の快諾を得て、話はとんとん拍子に進んだ。
遠野博物館側も、ダンジョンの新たな活用法が見つかったこと、そして何より、テイマー協会から支払われる高額なレンタル料に、二つ返事で了承した。
俺と博物館で、そのレンタル料を折半することになった。これは思わぬ臨時収入だ。
数日後、ユミナに結果を伝えると、彼女は電話の向こうで狂喜乱舞していた。すぐにテイマー協会に話を通し、あっという間に契約は締結された。
そして、その週末。
遠野の町は、にわかに活気づいていた。全国から、数十人ものテイマー探索者たちが、自慢のテイムモンスターを連れて集まってきたのだ。彼らは皆、一様に興奮と期待に満ちた表情をしていた。
供養絵額ダンジョンの中に、久陽が作り出したテイマー専用区画が設けられた。
そこは、まさに奇跡のような空間だった。
久陽の力によって、だだっ広いだけだった空間は、様々な環境を内包する美しいジオラマへと変貌していた。
どこまでも続くかのような雄大な草原。
鬱蒼と茂る古代樹の森。
灼熱の溶岩が流れる火山地帯に、穏やかな波が打ち寄せる紺碧の海辺まで。
それぞれの環境は、見えない結界で緩やかに区切られ、モンスターたちが好みの場所で過ごせるように配慮されている。
サンクチュアリの入り口ゲートで、ユミナが感極まったように声を上げた。
「すごい……すごいわ……! これが、私たちが夢見た理想郷……!」
彼女の隣には、他のテイマーたちも集まっている。皆、目の前に広がる光景に言葉を失っていた。
そして「もっと褒めなさい雑魚探索者たち」とばかりに久陽がものすごいどや顔を披露していた。
ゲートが開かれると、テイマーたちは一斉に、それぞれのモンスターをダンジョンの中へと解き放った。
炎を纏ったサラマンダーは、嬉しそうに火山地帯の溶岩溜まりへと飛び込んでいく。
グリフォンは、広大な草原の上空を気持ちよさそうに旋回し、森の中ではドライアドたちが木々と楽しげに語らっていた。
海辺では、クラーケンの子供が水しぶきを上げてはしゃいでいる。
普段は、マスターの魔力供給がなければダンジョンの外では存在を維持できず、一度に数体しか呼び出せないモンスターたち。
彼らが、ここでは何の制約もなく、仲間たちと共に、生き生きと、のびのびと過ごしている。
それは、テイマーたちにとって、涙が出るほど嬉しい光景だった。
「ありがとう、シュウゴ……! 本当に、ありがとう!」
ユミナが、興奮冷めやらぬ様子で俺の肩を掴んで揺さぶってくる。
「あんたのこと、キチクだとか妖怪バカだとか色々言ってたけど、今日から見直したわ! あんたは神よ! 私たちテイマーにとっての救世主よ!」
「やめろ、大げさだ。俺は場所を貸しただけ。全部やったのは、そこの久陽だよ」
俺がそう言うと、ゲートの傍らで様子を見ていた久陽が、ものすごいドヤ顔でふわりと宙に浮いた。私を視ろ褒めたたえろと言わんばかりである。テイマーたちから、一斉に感謝と賞賛の声が彼女に送られる。
この特区には、厳格なルールが設けられた。
・許可を得た探索者以外は立ち入り禁止。なおモンスターと触れ合いたい一般客は入場可能。
・エリア内でのモンスターへの攻撃は一切禁止。
・違反者には、探索者協会を通じて高額な罰金が科せられる。
久陽がダンジョンコアとして常に内部を監視しており、違反行為は即座に検知される。安全は、完全に保障されていた。
こうして、ユミナの悲願であった「モンスターの楽園」は、遠野の地に誕生した。
色々と面倒なことにはなったが、結果的に多くのテイマーとモンスターを救い、久陽に新しい世界の楽しみ方を提供できた。おまけに、俺の懐も潤った。
万々歳と言っていいだろう。
これでようやく、平和な日常が戻ってきたのだった。
どんどはれ。
……と、思っていた時期が、俺にもありました。
◇
供養絵額ダンジョンモンスター特区の開設から、一週間が過ぎた。
マヨイガには、すっかり平穏な時間が流れていた。
ところでもう一つの懸案事項。
ファイヤーチワワこと、火角紅葉。
彼女は、相変わらず俺に対してトゲトゲしい態度を崩さなかったが、以前のような殺意のこもった視線を向けてくることは少なくなっていた。
マヨイガでの生活に、少しずつ慣れてきたのかもしれない。千百合や鈴珠とは、ぎこちないながらも会話を交わすようになっている。
ただ、俺と二人きりになると、途端に口を閉ざし、ぷいっと顔をそむけてしまう。
「なあ、紅葉さんよ」
「……なによ」
「そろそろ、俺が何をしたのか教えてくれてもいいんじゃないか? 三日と言わず、もう一週間以上経ってるんだが」
縁側で並んで座っている時、俺は改めて尋ねてみた。
彼女はびくりと肩を震わせ、顔をみるみる赤く染める。
「し、知らないって言ってるでしょ! しつこい男は嫌われるわよ!」
「すでに嫌われてる自覚はあるんだが……」
俺がため息をつくと、彼女は何か言いたげに唇を噛み、しかし結局何も言わずに立ち上がって母屋の奥へと引っ込んでしまった。
俺がそんな風に頭を悩ませていた、その時だった。
「ふ、ふひひひひ……グッドかバッドかわかんないけど、大ニュース……」
日狭女がニヤニヤと笑いながら顔を出してきた。
「何だ?」
俺の問いに、代わりに応えるように、マヨイガがラップ音をかき鳴らした。
これは警告……じゃないな。
盛大に祝っているパターンの音だ。
これは……。
「おい、まさか」
「ふひひ、そのまさか。攻略者が……出たよ」
「マジか」
マヨイガダンジョン攻略。
この俺と、藤見沢たちイベントでの攻略者を除くと、初めての踏破者である。
「ついに出たね。ささ、おもてなししないとシュウゴ」
千百合が出てきて言う。
そうだな。その通りだ。
さて、どんな探索者達なのか……。
「来たみたいだよ」
門の向こうから、ゆっくりと近づいてくる四つの人影。
その歩みは、寸分の乱れもなく、まるで一つの生き物のように統率が取れている。尋常な探索者ではない。
やがて、人影がはっきりと見える位置までやってきた。
先頭を歩くのは、着物を着流した青年。
その後ろに、大きなくまのぬいぐるみを抱えた小柄な少女。
そして続くのは、鳥の面……和風のペストマスクのような感じの仮面をかぶった男。
そして逆立った髪の巨漢だった。
四人全員が、歴戦の強者だけが放つ、張り詰めた空気を纏っていた。
彼らは、俺と千百合の前に立つと、ぴたりと足を止めた。
先頭の着物の男が、無言のまま、俺たちを値踏みするように見つめる。その視線は、刃のように鋭い。
俺は両手を上げて歓迎する。
「ようこそ、探索者たち。俺がこのマヨイガの主……」
「知っている」
先頭の男が、俺の言葉を遮った。
「その名は信州にも轟いている。東北有数の浄土、マヨイガ。その主である菊池修吾」
「お前……」
初対面で俺をキチクではなく菊池と呼ぶ。
俺の中で彼への好感度が上がった。こいついい奴だな!
「我らは、主を探し、この地まで参った」
「主?」
俺が眉をひそめると、鎧の男は俺の後方……俺たちがさっきまでいた母屋の方へと、ちらりと視線を向けた。
その視線の先に誰がいるのか……それは、彼らの姿を見て慌てて姿を隠した一人の少女。
「我ら、火角家に仕えし者」
男はそう言うと、他の三人と共に、その場で片膝をつき、深く頭を垂れた。
「我ら紅葉四天王。
我らが主、火角紅葉様をお引き取りに参上した」
第九章 魔物愛護団体とオークションダンジョン 編
~完~
第十章 鬼女紅葉と鬼哭里ダンジョン 編 に続く




