第179話 唐変木
「……は? モンスターの楽園って……それ、ダンジョンじゃねえか」
俺の素朴な疑問に、ユミナは心外だと言わんばかりに眉を吊り上げた。
「ふざけてるの、あんた!? 冗談で言ってるなら今のうちによ! 人間が面白半分に殺しに来るような閉鎖空間が! 人間を殺す以外の選択肢が与えられていない殺戮空間が! モンスターにとっての楽園なわけないじゃない!」
彼女の声は、怒りと悲しみに満ちていた。
「妖怪みたいな、自由な意思を持って生まれた生き物とは違うのよ! モンスターは、ダンジョンというシステムから生まれ、そのシステムに囚われているだけの存在なの! 彼らには、選択の自由なんてない!」
確かに、ユミナの言う通りかもしれない。
彼らはダンジョンの法則に縛られ、侵入者である探索者を攻撃する本能、それに縛られている。
……そして彼女の言う事には、少しだけ間違いがある。
妖怪もまた、その存在意義……本義に縛られている。
千百合は人を幸せにし、そして人と別れる。
鈴珠は愛を求め、そして人に捨てられ追いやられる。
そういった、人が語り決めた在り方、運命、宿命に縛られている。
妖怪も自由じゃないのだ。
「それを、その軛から解放するのが、私たちテイマーのスキルなのよ」
ユミナは少しだけ声のトーンを落とし、諭すように続けた。
「もちろん、それだって所詮は人間側から見た一方的な考え方だってことはわかってるわ。
支配欲の延長だろって言われたら、否定はできないかもしれない。
……それでも、テイムした子たちが、私の傍で本当に楽しそうに、のびのびと過ごしている姿を見ていると、これが彼らにとっての幸せなんだって、そう思えるのよ」
彼女の言葉には、確かな実感がこもっていた。それは、日々モンスターと心を通わせている彼女だからこそ言えるセリフなのだろう。
「……でも、テイミングモンスターには大きな制約があるわ。
彼らは、ダンジョンの外ではマスターの魔力がなければ存在を維持できない。
そして、一度に外に出してあげられるモンスターの数は、テイマーの実力や魔力量によって違いはあれど、精々が数匹が限界なのよ」
それはテイマーの基本的な知識だ。
だからこそ、彼らはダンジョン探索において、どのモンスターを連れて行くか、慎重に選ぶ必要がある。
「でも、例外があるわ」
「例外?」
「ええ。……ダンジョンの中よ」
ユミナの目が、再び強い光を帯びた。
「命令や支配、完璧なコントロールを考えなければ、ダンジョンの中ではかなりの数のテイムモンスターを同時に存在させることができる。研究者の間では、やっぱり空気中に満ちている魔素の濃度が関係しているって言われてるわ」
「なるほど。だが、それには問題があるだろ」
俺が指摘すると、ユミナは悔しそうに頷いた。
「ええ。普通のダンジョンにテイムした子たちを放牧するには、危険が多すぎる。
まず、そのダンジョンに自然発生する野生のモンスターが襲ってくる。
そして何より……他の探索者たちが、テイムモンスターと野生モンスターの区別がつかずに、間違えて攻撃してくる可能性がある」
それは、テイマーにとって悪夢のようなシナリオだろう。我が子同然のモンスターが、他の探索者に狩られてしまうなど、耐えられるはずがない。
「今回のクロノスクロスが使っていた府中のダンジョンみたいに、強力な結界を張ってプライベートエリアを用意するにしても、せいぜいダンジョンの1階層が限度。
それに、莫大なコストと手間がかかるわ。私たち個人でどうこうできるレベルじゃない」
ユミナはそこまで言うと、一度言葉を切り、期待に満ちた目で俺を見た。
「だけど……その問題を、完璧にクリアしている奇跡のようなダンジョンが存在するのよ」
「……それが、マヨイガと供養絵額だって言いてえのか」
「その通り!」
ユミナは指をパチンと鳴らした。
「マヨイガダンジョンそのものは、妖怪系モンスターが普通に出てくるわ。でも、この拠点である『マヨイガ』と、それに付随する『マヨイガの庭』には、敵性モンスターは一切出現しない。
安全が完全に保障されたエリアよ! だから、私はこのマヨイガを攻略して、報酬として庭の一角を譲ってもらい、そこに私たちのモンスターを放牧する……っていう計画を立てていたの。
まあ、さっきも言った通り、全然攻略できなかったけどね!」
「崇高な目的を本能と欲望が凌駕したのか……」
「そして、もう一つ! 供養絵額ダンジョン! 世間の評価じゃ、ろくなアイテム出ない、まともにモンスターも出ない、ただ奇妙なだけの外れダンジョンってことになってるけど、とんでもないわ! あのダンジョンは、テイマーにとっての理想郷、まさしく聖地よ!」
ユミナのテンションが、さらに一段階上がった。その目はキラキラと輝き、頬は興奮で上気している。
「だって、いるんでしょう!? 知性を持ったダンジョンコア……幽霊ちゃんが!」
「そりゃまあ……いるけどさ」
供養絵額ダンジョンのダンジョンコア。あの絵額に宿った幽霊の少女、久陽だ。
「ダンジョンコアの意思で、内部構造を自在に組み替えられるダンジョン! モンスターも自然発生せず、人を襲うこともない!
これほど、テイミングモンスターの楽園に相応しい場所が、他にあると思う!?」
なるほど、そういう観点もあるのか。
俺としては、探索者達のスキル訓練や初心者の練習、あとはバカンスに使えるなってぐらいの考えだったけど。
「だから、お願い! そのどちらかの場所を、私たちに貸してほしいの! もちろん、ただでとは言わないわ。相応のレンタル料を支払う。これは、私たちテイマー全体の悲願なのよ!」
彼女は深々と頭を下げた。その隣で、田中さんは肩をすくめている。
俺は腕を組み、考え込んだ。
ユミナの提案は、突拍子もないようで、しかし、筋は通っている。
彼女の言う「モンスターの楽園」が実現すれば、多くのテイマーとモンスターが救われるのかもしれない。
だが、マヨイガは遠野の、そして俺たち家族の聖域だ。供養絵額ダンジョンは、久陽という一人の少女の魂そのものだ。それを、簡単に貸し出していいものだろうか。
そう突っぱねるのは簡単だ。
しかし……俺は妖怪と共に生きる遠野の民だ。
モンスターと共に生きたいという彼女の考えは、性癖はともかく……少しだけは理解できないわけでもない。
「ユミナ、あんたの言いたいことはわかった。だが、この件は俺一人じゃ決められねえ。
そもそもマヨイガの主、ダンジョンマスターと呼ばれているけど俺とマヨイガは友人ってのが一番しっくりくる間柄なんだよ。
もし俺とマヨイガが喧嘩したら、俺は簡単にマヨイガからぺっと吐き出されて二度と入れない。
俺に権利なんてないんだよ、ただ仲良くしてて色々お願いしてるだけだ」
それにもはやマヨイガには何体もの妖怪たちが住んでいる。彼らの意見も聞かないといけない。
俺の言葉に、ユミナはむう、と不満そうな顔をする。
ああ、そんな便利なもんじゃないんだよ。
「だから、今日のところはいったんその話を預からせてもらう。
供養絵額にしてもそうだ、遠野博物館もあのダンジョンの権利もってるからな。博物館や久陽本人と相談してみないとな。
ま、前向きに検討させてもらうよ」
「……まあ、いいわ。シュウゴがそう言うなら、信じるしかないものね。必ず、良い返事を期待してるわよ!」
ユミナはそう言うと、田中さんを伴って、少し名残惜しそうにしながらもマヨイガを後にして行った。
嵐のような訪問者が去り、マヨイガには再び静寂が戻ってきた。いや、井戸の底からは相変わらずおっさんのすすり泣きが聞こえてくるが。
「はぁ~……」
俺は大きくため息をついた。モンスターの楽園、か。また一つ、面倒だが、無視できない宿題が増えてしまった。
そして、俺は最後の問題に向き直ることにした。
先程からもじっと俺を睨みつけている、不機嫌なフィイヤーチワワに。
「で、だ。紅葉さん」
「……」
「この件は一旦置いとくとして、あんただ。あんたは、なんで俺に対してそんなにキレてんだ? 俺、本当に何かした覚えがないんだが」
俺が真正面からそう尋ねると、紅葉はびくりと肩を震わせた。そして、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていく。
「し、知らないわよ! そんなこと!」
「いや、知らないってことはないだろ。三日間も睨みつけられてる身にもなってみろって」
「う、うるさい! あんたなんて……あんたなんて、大っ嫌いよ!」
意味不明な罵詈雑言を叩きつけると、彼女は脱兎のごとく立ち上がり、母屋の奥へと走り去ってしまった。
後に残されたのは、呆然とする俺と、やれやれと肩をすくめる千百合だけだ。
「……だから、一体何なんだよ……」
俺の呟きに、千百合が心底呆れきった声で言った。
「んー……そろそろボクもなんかわかってきたかも。あれだよね、乙女心」
「乙女心……?」
「さらわれて変態に売られる絶望的な状況でかっこよく助けてくれた王子様、だけどその王子様がまた朴念仁で地雷ふんじゃった、ってところじゃない? ショウゴってそーいうことしそうだし」
「……」
俺は考え込む。
「いやまじでさっぱりわからん。俺マジで何もしてへんで?」
意味不明すぎて最後は似非関西弁になった。
「牢屋の中で出会って、必ず助けるって約束して、ちゃんと助けたしな。雲外鏡の作った分身・ザ・俺に頑張ってもらって」
「……あー」
俺の言葉に、千百合が合点がいった、という顔をした。
どういうことだ?
「唐変木」
そして千百合に罵倒された。
マジで意味が解らん。




