第16話 かえりみち
四月の最終週の月曜日、学校の帰りに電車を降りると、改札の向こうに舞ちゃんの姿が見えた。
――いつも分かれ道のあたりで待っているのに、今日はどうしたんだろう?
疑問を感じつつ改札を抜けると、舞ちゃんがいきなり飛びついてきた。
「おわっ」
「悠くん、会いたかったよ~」
舞ちゃんが抱きつきながらそんな事を言う。
「どうした? 何かあったのか?」
突然のことに困惑するが、それ以上に何があったのかが不安になってくる
「……もしかして、誰かに何かされた?」
「違う、そうじゃない。大丈夫」
舞ちゃんは顔を俺の胸に埋めたまま答える。
「本当か?」
「うん。ちょっと、急に、寂しくなって、その、凄く、会いたくなったの」
「それだけか? 何かあった?」」
「うん、それだけ。心配させちゃってゴメン」
そうは言いつつも舞ちゃんは抱きついたまま、離れようとしない。
「本当にそれだけならいいけど……」
「うん、大丈夫」
安心させたくて背中に片手を回して、軽く抱きしめる。
「本当に大丈夫? 何もない」
「うん、大丈夫」
舞ちゃんは頷いている。けれど、表情が見えないので全然安心できない。
「舞ちゃん、ちょっと顔を見せて?」
「なに?」
舞ちゃんがその顔を上げて、俺を見上げてくる。……とりあえず、泣いてはいないので少し安心する。
「通行の邪魔になるから、そっち寄ろうか」
「あ、ゴメン。そうだよね」
二人でくっついたまま、壁際に移動した。
しばらくしても、離れる気配がないので、背中を軽くなでてみる。
「それで、どうかしたの? 話せる?」
「……えっと、その……」
「ゆっくりでいいからな」
「……悠くんが居なくて一人だと思ったら、なんか、寂しくなってきちゃって。それで、早く顔が見たくて、駅まで来たんだけど。やっぱり寂しくて、その後、悠くんが見えて来たら嬉しくなってきて、それでも、寂しい気持ちもまだ残ってて、でも嬉しくて。それで抱きついちゃったの」
「そうか……、寂しがらせてゴメンな。一人だと寂しいもんな」
確かに、何も無い住宅街に一人でいると、寂しくなってくるかもしれない。
「でも、舞ちゃんに何も無いならよかったよ。変な事でもあったのかと思って焦ったよ」
「心配させて、ゴメンね。そういう事はないから、大丈夫。本当、寂しくなっちゃっただけ」
「いいよ、俺のことは気にしなくて。舞ちゃんが無事ならそれでいい」
「怒ってない?」
「こんなことで怒らないから。大丈夫」
「ゴメンね」
「寂しいなら、これからは先に帰っててもいいよ。どうする?」
「それは、嫌。一緒に帰りたい」
「そうか。それじゃ、しょうがないな」
でも、舞ちゃんが寂しがるのもなぁ……。どうするかな。
舞ちゃんの背中を撫でながら考えていると、澄華が改札から現れた。
「よお、澄華」
声を掛けると、凄く嫌そうな顔をされる。え、なに、俺、嫌われてた?
「他人の振りして通り過ぎようと思ってたのに、なんで声かけるのよ」
なるほど、そりゃあ、嫌な顔もするかもしれない。
「……それで、こんなところで、何やってんのよ? あんた達」
「お帰り、お姉ちゃん」
「『お帰り』じゃないわよ。凄く目立ってるじゃない」
「えーと、なんて言うか……」
「長いの?」
「そうかも」
「……帰りながら話しましょう」
帰りの道すがら、さっきまでの事を話したら、澄華が困ったような顔をしている。
「……はぁ。舞華ちょっと」
「なに?」
少し離れた場所で舞ちゃんと澄華が話をしている。舞ちゃんがなにか叱られているみたいだ。
しばらくして二人が戻ってきた。
「これは、まぁ、舞華の持病みたいなものだから。たまにあると思うけど、これからはそんなに気にしなくてもいいから」
「え? そんなんでいいのか?」
「いいのいいの。さっきも途中から、単に甘えてただけだし。ね?」
「ごめんなさい」
舞ちゃんが澄華の隣で頭を下げている。
「謝られるほどのことじゃないけど。でも、大したこと無いなら良かったよ」
「大したことは有るけど」
「有るのかよ!」
「この子は、寂しいと死んじゃうから。気をつけてね」
「重大だな、おい」
そういえば昔、今日みたいな感じで飛びついてきた事が何度かあったな。あれはそうだったのか。
「悠斗が一緒なら問題ないから、大丈夫よ」
「大丈夫なのか、それは?」
「さっきみたいに、悠斗が抱き締めてあげたら、すぐ治るから」
さっきは周りを気にする余裕が無かっただけで、それはそれで恥ずかしいんだけど……。
横にいる舞ちゃんを見ると、照れて顔を赤くしている。
「まぁ、寂しがらせないように気をつけるよ」
「気をつけても、たぶん無駄だと思うけど」
「どうしろって言うんだよ……」
「だから、早く貰って上げてって言ったじゃない」
「そこに繋がるのか……」
舞ちゃんの表情が期待に満ちた顔に変わっている。
要は、安心させろって事になるんだろうけど。
「とりあえず、保留にしてくれ」
それは、また、難しい話になったな――




