博之43歳。異世界十六か月目、セラの一歩。近くにすみたい!
十六か月目。
商会の仕事を片づけて、博之が二階で一息ついていると。
「博之」
「ん?」
セラがひょこっと顔を出した。
「今日、もう仕事終わり?」
「一応。なんかあった?」
「遊んでよ」
「……急やな」
「最近、仕事ばっかりじゃないか」
「それエレナさんにも言われたわ」
「また?」
「また」
博之が苦笑する。
横丁。
二号店。
鑑定。
治療融資。
教会。
商人の集まり。
気づけば、誰かと飯を食う時間すら仕事の相談になっている。
「ほな、ちょっと飲む?」
「それでもいい」
商会の下から軽い肴と酒を持ってきて、二人で座る。
しばらくダンジョンの話やゼルダの話をしていたセラが、不意に言った。
「博之」
「はい」
「私もさ」
「うん」
「ここに住んだら駄目?」
「……ここ?」
「商会」
博之が酒を飲む手を止めた。
「いや、パーティールーム使ってるし、結構おるやん」
「そういう意味じゃなくて」
「え?」
「部屋をちゃんと一つ借りて、ここで暮らすとか」
セラは視線を少し逸らした。
「それか、すぐ近くに住みたい」
「なんで?」
「なんでって……」
今度はセラが呆れた顔をする。
「一緒に飯食べたり、酒飲んだりできるだろ」
「今でもできるやん」
「もっと」
「もっと?」
「……もういい」
「怒らんといてや」
博之は困ったように頭を掻いた。
「別に俺としては近くに住むんは構わんけど」
「ほんと?」
「空いてる部屋あるか確認せなあかんけどな。近所なら顔役に聞けば何軒かあるやろうし」
セラの表情が少し明るくなる。
「じゃあ聞いてくれる?」
「ええよ」
「よかった」
そこで博之はふと思い出した。
「あ、でもな」
「何?」
「一応言うとかなあかんことあるわ」
「何だ?」
「エレナさんとのこと」
セラの顔から笑みが少し消えた。
「……うん」
「この前な、俺が『恋人にだいぶ近い』みたいな言い方してたやろ」
「言ってたな」
「それ禁止になりまして」
「禁止?」
「今度から『恋人以上』って言えって」
セラが固まった。
「……え?」
「エレナさんに言われた」
「恋人……以上?」
「はい」
「博之、了承したの?」
「しました」
「……そう」
急に酒の杯をじっと見つめ始める。
「いや、なんでそんな動揺してんの?」
「してない」
「してるやん」
「してない!」
「声大きいって」
セラは一口酒を飲んだ。
「じゃあ……もう結婚するの?」
「そこまではまだ何も決まってへん」
「でも恋人以上なんだろ」
「俺も『以上って範囲広ない?』って聞いたんやけど」
「そこじゃない!」
「どこなん?」
セラはしばらく黙っていた。
そして小さく言う。
「私は?」
「え?」
「私は何なんだ?」
「セラさん?」
「そう」
博之が露骨に困る。
「仲のいい……」
セラが睨む。
「それ、この前と同じだろ」
「いやいや、ちょっと待って」
「待つ」
「ほんまに待たれると困るな」
「早く」
博之は腕を組んだ。
「俺、こういうのほんま経験ないねん」
「知ってる」
「知ってるって言われると傷つくけど」
「じゃあ今から経験したらいい」
「簡単に言うなあ」
セラは少しだけ笑った。
「私は博之と一緒にいるの、好きだよ」
「……はい」
「飯食べるのも」
「はい」
「酒飲むのも」
「はい」
「遊びに行くのも」
「はい」
「だから近くに住みたい」
そこまで言われると、さすがの博之にも分かる。
「それ、かなりぐいっと来てる?」
「今さら?」
「いやあ……」
博之は頭を抱えた。
「エレナさんにも『セラさんまではええ』って言われてんねん」
「何それ!?」
今度こそセラが本気で動揺した。
「私、許可されてるの?」
「言い方!」
「だってそういう意味だろ!」
「俺にもよう分からん!」
セラは顔を赤くしながら、しばらく黙った。
やがて。
「……じゃあ」
「うん」
「私にもまだ可能性あるってこと?」
「その聞き方怖いな」
「あるの?」
博之は酒を一口飲んで、逃げるように視線を逸らした。
「まあ……嫌やったら二人で遊びに行ったりせえへんやろ」
「それだけ?」
「俺にしてはかなり頑張ってる回答やぞ」
セラが吹き出した。
「分かった」
「何が?」
「今日はそれで許す」
「ありがとうございます」
「その代わり」
「まだあるん?」
「近くに住むところ、探して」
「あ、それはほんまに探すんや」
「探す」
「はいはい」
セラは満足そうに杯を傾けた。
「あと、また遊びに行こう」
「ええよ」
「二人で」
「……はい」
「今、間があった」
「気のせいや」
商売も。
融資も。
人材育成も。
少しずつ形になってきた。
その一方で博之の周囲では、仕事とはまったく別の問題も、少しずつ逃げられないところまで
近づいてきていた。




