博之43歳。異世界15か月目。売れた朝飯と売れない薬
異世界十五か月目も、ようやく月末を迎えた。
「ほな、今月最後の締めやろか」
博之は商会の机に帳簿を広げた。
最近は人の採用だの、鑑定だの、治療融資だの、商人の集まりだのと仕事が増えすぎている。
「せめて数字くらいは見とかんとな。俺、何屋か分からんようになってるけど」
「商会の主ですよ」
「飯屋って言ってくれへん?」
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「まず一号店です」
本店である、おっちゃんの隠れ家横丁。
こちらは、ほとんど前の半月と変わらなかった。
飲食。
酒。
甘味。
洗濯。
散髪。
露店からの場所代。
周辺店舗との行き来。
「売上は銀貨三百二十五枚前後。諸経費が二百九十枚ほどです」
「ほな」
「利益、銀貨三十五枚です」
「安定やな」
前の半月も、本来の営業利益はほぼ同程度だった。
「こっちはもう、それでええわ」
博之は頷く。
「無理して四十、五十まで上げようとして揉める方が嫌や」
一号店は育てる場所というより、安定させる場所になりつつある。
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「次、二号店」
こちらは少し数字が動いた。
店先の道を正式に借り、机と椅子を四卓置いた。
当然、町へ場所代――実質的な道路使用料も払っている。
そして朝。
肉と野菜を香辛料で炒め、柔らかく煮込んだ濃いめの汁物。
パンを浸して食べる朝飯を始めた。
サンドイッチ。
ジュース。
持ち帰り用の容器。
「朝、思ったより来てるな」
「仕事へ行く前のお客さんが増えています」
「やっぱり朝飯需要あったんや」
さらに四卓の外席は、夕方になるとビールやワインを飲む客にも使われた。
「売上は銀貨九十二枚ほど」
「前より結構上がったな」
「ただし食材、人件費、酒、家賃、運搬費。それに道の使用料が半月で銀貨二枚ほど」
全部引く。
「利益は銀貨二十枚ほどです」
「前が十八やったから……二枚増えたぐらいか」
「売上ほど利益は増えていません」
「まあええよ」
博之は笑った。
「席増やして税金というか場所代払って、朝の仕込みも増えて、それで二枚増えるなら十分やろ」
何より、二号店の客層が朝、昼、夕方へ広がっている。
「安定してきてる方が大事や」
一号店三十五枚。
二号店二十枚。
「ほな今の半月は、俺側で銀貨五十五枚増えた、と」
前半は教会への寄付三枚を引いて五十枚だった。
つまり十五か月目全体なら、実質銀貨百五枚ほどの利益になる。
「……月百枚超えたん?」
「そうなりますね」
「怖っ」
「喜んでくださいよ」
「こういう時に限って何か壊れるねん」
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「ほんでリク」
「はい」
「お前の失敗作いこか」
「言い方!」
薬草の本業そのものは悪くない。
買い取り量も増え、薬屋への卸も安定している。
本来なら、この半月も銀貨十一枚前後の利益が残る計算だった。
しかし。
「初心者パック……」
「はい」
「どれくらいやられた?」
「銀貨三枚くらい」
「結構やったな」
箱。
小分けの加工。
薬屋への加工料。
思ったほど売れず、値下げもした。
結果、
通常の薬草事業利益 銀貨十一枚前後。
初心者パック関連の損 銀貨三枚。
最終利益 銀貨八枚。
「前回十一枚から八枚か」
リクが少し落ち込む。
「やっぱ失敗やったな」
「いやいや」
博之は首を振った。
「三枚で色々分かったやん」
「何が?」
「初心者はそんな薬使わん。量多い。値段高い。箱いらんかもしれん。告知も足らん」
「……結構分かったな」
「やろ?」
商売で銀貨三枚失うのは痛い。
でも、店が潰れる額でもない。
「これが三十枚なら怒るけど、三枚なら勉強代や」
「先生優しいな」
「それ今だけやで」
博之は笑った。
「で、ミサキんとこに置いてもらう話した?」
「まだ」
「置いてもらお」
治療に来た者なら、薬に興味を持つ可能性が高い。
布袋に傷薬や熱冷ましを数個入れ、壁から吊るしておく。
売れたらミサキにも手数料を払う。
「あと告知やな」
「どうする?」
「うちの横丁で貼ろ」
「貼る?」
「ペタペタ貼ったらええやん」
薬草売場。
飯屋の入口。
商会。
冒険者が来る場所。
『初心者向け小分け薬あります』
『家庭用の傷薬・熱冷ましあります』
そんな簡単な紙でもいい。
「そもそも商品あること知らんかったら売れるわけないし」
「ああ……」
リクの顔が少し明るくなる。
「もうちょいやってみる」
「そうして」
「今回も借金四枚返してええ?」
「ええよ」
利益八枚のうち、銀貨四枚を返済。
残り四枚は事業に残す。
「減った時こそ全部返したらあかんで」
「分かってる」
「よろしい」
博之は帳面を閉じた。
一号店、銀貨三十五枚。
二号店、銀貨二十枚。
リク、銀貨八枚。
全部が右肩上がりというわけではない。
うまくいった朝飯もあれば、売れなかった薬箱もある。
「まあ、こんなんでええんちゃう?」
「失敗してるのに?」
「商売なんてそんなもんやろ」
博之は笑った。
「売れへんかったら、ちょっと変えて、また売ってみたらええねん」
十五か月目。
横丁は安定し、二号店は少しずつ客を増やし、リクは初めての商品開発でちゃんと失敗した。
それも含めて、商売は前へ進んでいた。




