博之43歳。異世界15か月目。向いている場所と向いていない場所
十五か月目も少し進んだ頃。
ゼルダは、治療とリハビリの合間に、ちょこちょこと低層のダンジョンへ潜るようになっていた。
もちろん、昔のように高難度へ行くわけではない。
ソラやミサキ、それにセラやユーリと組んで、身体の具合を確かめながらの軽い探索だ。
「やっぱり身体そのものは、まだ戻ってないな」
ある日、探索から帰ってきたゼルダが、商会二階のパーティールームで腕を回しながら言った。
「昔なら、もうちょい軽く動けたんやろ?」
「ああ。弓を引く力も、足の踏ん張りもまだ足りん」
ただし。
実際に一緒に潜ったソラたちの評価は、かなり違った。
「ゼルダさん、めっちゃすごいで」
「何が?」
「魔物出てくる前から、あっち怪しいって分かってるやん」
「長くやってりゃ分かる」
「矢も変なところ狙ってるのに当たるし」
「変なところじゃない。動く先を狙ってるんだ」
身体能力は落ちている。
それでも、何年も高難度ダンジョンへ潜ってきた経験は消えていなかった。
足跡。
風。
音。
魔物が逃げる方向。
狭い通路でどこに立てばいいか。
前衛が崩れそうな時、誰を先に下げるべきか。
そういう勘所が、ソラたちには新鮮だった。
「俺としては、技術に助けられてる感じやけどな」
ゼルダが苦笑する。
「身体は前ほど動かん。その分、無駄に動かんようになった」
「それが子供らには勉強になるんちゃう?」
博之が言う。
「鑑定したての子からしたら、上級ダンジョン潜ってた人が目の前で教えてくれるだけで全然違うやろ」
「そうみたいだな」
「良かったやん」
「何が?」
「全く使い物にならんかったら、俺も困ってたし」
「貸した金の話か?」
「銀貨三百三十枚やぞ」
「忘れさせてくれ」
「忘れたら困るわ」
部屋にいたセラとユーリが笑った。
博之としても、ゼルダが無理に強さを取り戻す必要はないと思っていた。
経験を若い者へ渡せるなら、それも立派な働き方だ。
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一方。
教会から試しに雇った三人の子供については、早くも差が出始めていた。
成績二番目の子は、目立たないが真面目だった。
言われた皿を洗い、掃除をし、分からないことがあれば聞く。
三番目の子はさらに違った。
「あ、この机まだ拭いてへん」
「水減ってます」
「お客さん来たから椅子出します」
とにかく気が利く。
「この子、結構ええな」
現場の大人からも評判がよかった。
問題は、一番成績の良かった子だった。
頭はいい。
覚えるのも早い。
だが、仕事に慣れてくると手を抜く。
人が見ていなければ休む。
頼まれたことも、最低限だけ済ませる。
十日ほど様子を見た博之は、結局決めた。
「神父さん、ちょっとこの子返すわ」
「やはり難しかったですか」
「頭はええと思う」
博之は本人の前でも、そこは否定しなかった。
「多分、要領もええ。でもな、抜くところ抜くんはもっと後でええねん」
最初から全力で人生頑張れ、などと言うつもりはない。
博之自身、そんな立派な人間ではない。
「ただ今、うちで働きたいって並んでる人、めっちゃおるねん」
子供だけではない。
少し年上の少女。
愛嬌があって接客向きの者。
簡単な調理経験がある者。
生活のために必死で仕事を探している大人もいる。
「その人ら断って、この子を特別枠やからって置き続けるんは、ちょっと違うと思う」
神父は静かに頷いた。
「分かりました」
「ただな」
博之は付け加える。
「この子が駄目って話ちゃうからな」
少年は下を向いていた。
目には少し涙が溜まっている。
「うちの店が合わんかっただけかもしれへん」
「……おっちゃん」
「勉強得意なんやろ?」
「うん」
「ほな、もっと勉強に近い仕事とか、座ってやる仕事とか、別にあるかもしれんやん」
教会の周囲には、商店も職人もいる。
帳面仕事。
荷札を書く仕事。
品物を数える仕事。
向いている場所は一つではない。
「神父さん、その辺ちょっとフォローしたって」
「もちろんです」
「おっちゃんの店、もう来たらあかん?」
「そんなこと言うてへんよ」
博之は少年の頭を軽く撫でた。
「飯食いに来てもええし、また別の形で手伝えること出てくるかもしれん」
「……うん」
「今回はしゃあない。それだけや」
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「では、空いた一枠は次の子に?」
神父が聞いた。
「いや、今回はええわ」
「補充しないんですか?」
「常に三人置くって決めたわけちゃうし」
また時期が来れば、教会で真面目に学んでいる子の中から三人ほど試せばいい。
「枠空いたから即入れる、ってやり始めたら俺らも回らんしな」
「なるほど」
博之は残った二人を見る。
「この二人はしばらく続けてもらお」
二番目は真面目。
三番目は気が利く。
教会の成績だけなら、一番目が上だった。
でも、働いてみなければ分からないことがある。
「結局、鑑定受ける前にも見ることいっぱいあるんやな」
博之がそう呟くと、神父が笑った。
「勉強ができることと、仕事ができることは別ですからね」
「ほんまそれやわ」
横丁で働くこと。
続けられること。
周りとうまくやれること。
その先に、ようやく鑑定がある。
昔のソラ、リク、ミサキに比べれば、ずいぶん狭き門になった。
「最初の三人、ほんま運良かったな」
博之が笑う。
だが、その狭き門を作れるくらいには。
横丁には、働きたい人が集まるようになっていた。




