博之42歳。異世界2か月目。賄い目当ての子供たち。ソラ、リク、ミサキ。孤児がいっぱいで全部救うのは無理。ミサキが手伝い3人分の賄い銅貨15枚分を払う契約で手伝う。
「そういや、お前ら」
夕方、客が途切れたところで、博之は三人の子供を見た。
「お父ちゃんとか、お母ちゃんはどうしたん?」
三人が一瞬だけ黙った。
最初に口を開いたのは、女の子だった。
「うちら、親おらんで」
「三人とも?」
「うん」
話を聞けば事情はそれぞれだった。
戦争へ行った父親が帰ってこなかった者。
仕事を探して遠くへ出たまま、戻ってこなかった親。
夫を失った母親が別の男と再婚し、その家には連れて行ってもらえなかった者。
「そんな子、ここら辺にはいっぱいおるよ」
「……そうなんか」
博之はそれ以上深く聞くのをやめた。
「名前、聞いてへんかったな」
「ソラ」
男の子が答える。
「俺はリク」
「私はミサキ」
三人とも十歳前後だった。
「普段どうやって食ってんの?」
「仕事あるところ探す」
「荷物運んだり、掃除したり」
「市場の片付けとか」
「いくらぐらいもらえるん?」
「一日、銅貨二十枚くらい」
「二十枚?」
「ちゃんと一日仕事あったらな」
毎日あるわけではない。
二日に一度仕事が見つかればいい方だという。
「寝るところは?」
「古い小屋」
「金いる?」
「いらん。もう誰も使ってないから」
「飯は?」
「自分で買う」
博之は腕を組んだ。
銅貨二十枚。
この店の大なら四食分。
だが仕事は毎日ない。
そこから服や風呂、日用品まで出さなければならない。
「そら風呂なんか入られへんな」
「たまに川で洗うよ」
「冬どうすんねん」
三人とも笑った。
子供にとっては、それが普通なのだろう。
博之は今日の売上を思い出した。
料理を売って材料代や薪代を引けば、残った利益は銅貨三十枚ほど。
自分一人なら何とかなる。
余った料理を三人に食わせることもできる。
だが。
「おっちゃんがもっと店うまいことできたらなあ」
「仕事くれる?」
「いや、今は無理や」
「なんや」
「そんな期待されても困るわ」
博之は苦笑した。
「今のおっちゃん、今日働いて残ったん銅貨三十枚くらいやぞ。お前ら三人に
毎日銅貨二十枚ずつ払ったら、普通に破産するわ」
三人には破産という言葉が分からなかったらしい。
「まあ、金なくなるってことや」
それに三人だけではない。
「お前らみたいなん、もっとおるんやろ?」
「いっぱいおる」
「百人?」
「分からん」
「そらそうやろな」
この三人を今日食わせた。
だからといって、町の孤児全員を食わせられるわけではない。
「全部どうにかしようとしたら、おっちゃんには荷が重いわ」
博之は鍋を見た。
「ただ、余った飯あったら食わせるくらいはできる。掃除とか手伝ってくれたらな」
するとミサキが言った。
「私、ここで働く」
「ん?」
「重い荷物あんまり持てへんから」
ソラとリクは港や市場で仕事を探す。
その間、ミサキがここに残る。
「その代わり三人分、一食ずつ食べさせて」
「三人分?」
「うん」
大一杯が銅貨五枚。
三人なら十五枚分。
もっとも実際の原価はそこまでかからない。
博之は少し考えた。
「ミサキが掃除して、皿洗って、野菜洗ったりしてくれるんやな?」
「する」
「ソラとリクは外で仕事探す?」
二人が頷く。
「ほんなら、ありやな」
博之としても一人で全部やるのは面倒だった。
「俺も楽できるし」
「ほんまに?」
「飯だけやぞ。まだ銭は払われへん」
「うん。それでいい」
こうして、博之の店に初めて一人、働く者ができた。
ところが。
「じゃあミサキ、これ銅貨何枚か数えて」
机に硬貨を置く。
ミサキが固まった。
「……いっぱい」
「いや、いっぱいやなくて」
博之は嫌な予感がした。
「数字分かる?」
「少しだけ」
「文字は?」
「……」
「自分の名前書ける?」
首を横に振った。
ソラとリクも同じだった。
「学校みたいなんないん?」
「教会で教えてくれる」
「無料?」
「お金いる」
「ああ……」
だから行けない。
「なるほどなあ」
博之は頭をかいた。
金を数えられなければ、店番を任せることもできない。
文字が読めなければ、値札も契約書も分からない。
「ほんなら数字からやな」
「教えてくれるん?」
「俺もここの文字は読まれへんから偉そうなこと言われへんけどな」
博之は紙を一枚出した。
「銅貨五枚もろたら、ここに五って書く」
数字そのものは、この世界でも近い書き方が使われているらしい。
「客が一人来るたびに書く。店終わったら一緒に数える」
「うん」
「まず一から十まで。次に二十、三十」
ミサキが紙を覗き込む。
「ソラとリクも暇な時覚えたらええ」
「なんで?」
「銭数えられへんかったら、ごまかされるかもしれへんやろ」
三人の顔が少し真剣になった。
「文字も読めた方がええ。俺も読めへんから、そのうち誰かに教えてもらおう」
「おっちゃんも勉強するん?」
「せなあかんやろ。異世界……いや、遠くから来たからな」
博之は笑った。
店を始めた時には、一人で飯を食えれば十分だと思っていた。
それがいつの間にか。
一人の子供に飯を出し。
仕事を頼み。
数字まで教えることになった。
「なんでこうなったんやろな」
「何?」
「なんでもない」
ミサキは紙の上に、ぎこちなく数字を書いた。
まずは一。
次に二。
飯屋の片隅で始まったのは、料理の仕込みだけではなかった。




