博之42歳異世界2か月目。売上の確認と今後の見込み。連日来る賄い狙いの子供たち。
初日の売上は、銅貨五十三枚だった。
大が七食。
小が六食。
合わせて十三食。
材料代は二十食分で銅貨二十枚ほど。
薪と調味料を合わせて三枚。
「五十三引く二十三やから……三十枚か」
博之は机の上に銅貨を並べた。
日本円の感覚なら三千円ほど。
残った七食は、博之自身が食べたり、昨日小屋の前にいた孤児や仕事のない男に渡した。
それでも銅貨三十枚が残った。
「自転車操業やけどな」
翌日の材料を買えば、また減る。
家賃だって月に銀貨三枚必要だ。
何日か雨が降って客が来なければ、簡単に赤字になる。
それでも。
「なんとか、生きてはいけそうやな」
その事実は大きかった。
次の日。
博之はまた二十食ほど作った。
今日は昨日より少し肉を減らし、芋と根菜を増やした。
味は魚の出汁を強めにして、香辛料を少し控える。
「まあ、昨日と全く同じよりはええやろ」
昼になる。
昨日来た客が二人。
それ以外にも、匂いにつられたのか何人かが入ってきた。
「小ひとつ」
「俺は大」
「昨日魚やったよな?」
「今日は肉と芋」
「じゃあ食ってみる」
昼が終わる頃には九食。
夕方から夜にかけてさらに六食。
「十五か」
昨日より二食増えた。
売上も少し増えた。
「悪ないやん」
ただし、五食余った。
博之が鍋の蓋を閉めようとすると、入口から顔が覗いた。
昨日の子供だった。
二人。
さらに、その後ろにもう一人いる。
「……お前ら」
子供たちが鍋を見る。
「昨日も食ったやろ」
「……うん」
「今日もタダ飯食いに来たん?」
三人とも黙った。
「いや、まあ余ってるけどな」
博之は頭をかいた。
食わせてもいい。
捨てるよりはいい。
ただ、このまま毎日渡していると、本当に炊き出しになる。
「ちょっと待て」
博之は古い布を三枚持ってきた。
「ほれ」
子供たちが首を傾げる。
「飯食う前に掃除して」
「掃除?」
「床拭く。机拭く。あと外掃く」
子供たちは顔を見合わせた。
「できるやろ?」
頷く。
「ほんならやって」
三人は意外と素直だった。
一人が箒を持つ。
一人が床を拭く。
もう一人が机を拭いた。
「そこ、もうちょいちゃんと」
「こう?」
「そうそう」
十分ほどで終わった。
「よし」
博之は余った煮込みを器に入れた。
「食え」
三人は一斉に食べ始めた。
「うまい?」
「うん」
「そうか」
これでいい。
ただ飯ではない。
掃除の賄い。
そう考えれば博之自身も妙に納得できた。
しかし、食べ終わっても子供たちは帰ろうとしなかった。
「なんや?」
「……まだ掃除する?」
「いや、もうええよ」
博之は少し考えた。
そして箱を椅子代わりにして座る。
「ほんならさ」
三人を見る。
「おっちゃんに、この町のこと教えてくれへん?」
「町?」
「そう」
子供たちはまた顔を見合わせる。
「俺な、めっちゃ遠いところから来てん」
「どこ?」
「それ言うても多分分からん」
「海の向こう?」
「まあ……そんな感じ」
本当は世界の向こうである。
「数は数えられる。飯も作れる。金も最近分かってきた」
銅貨を一枚持ち上げる。
「でも、この町の常識が全然分からん」
「常識?」
「例えばやな」
博之は指を折る。
「パン一個何枚。服一着何枚。普通の宿はいくら。風呂入るのに金いるんか。医者はいくら。
魔法使うのに金いるんか。仕事ってどこで探すんか」
子供の一人が口を開いた。
「パンなら安いので銅貨一枚」
「ほんま?」
「昨日の残りなら二個で一枚とか」
「おお」
博之は身を乗り出した。
「そういうのや。もっと教えて」
別の子が言う。
「宿は、この辺なら一晩銅貨五枚くらい」
「高っ」
「中心ならもっと高いよ」
「ボロ小屋借りて正解やったな」
さらに話を聞く。
共同井戸は無料。
風呂屋は銅貨二枚。
洗濯を頼むなら三枚から。
古着は安いもので銅貨二十枚ほど。
靴はもっと高い。
「なるほどなあ」
博之は何度も頷いた。
「お前ら詳しいな」
「住んでるから」
「そらそうか」
今度は仕事について聞く。
「仕事探すならどこ?」
「朝、南門の近く」
「なんで?」
「荷物運ぶ人を集めてる」
「日雇いか」
「ヒヤトイ?」
「ああ、気にせんで」
子供たちは次々に話した。
港では船が入る日に仕事が増える。
雨の日は減る。
冒険者ギルドの裏には安い露店が多い。
夕方の市場では食べ物が安くなる。
貴族街には勝手に入ると怒られる場所がある。
治療院は高い。
教会なら軽い怪我を安く診てくれることもある。
「めちゃくちゃ役立つやん」
博之は笑った。
「俺、下手したら大人に聞くよりお前らに聞いた方がええな」
三人の表情が少し緩んだ。
「じゃあ明日も教えたら飯くれる?」
「……お前、それ狙ってるやろ」
子供が笑った。
「まあええわ」
博之も笑った。
「ただし掃除してからな」
「うん」
「あと、俺が知らんこと教えて」
「何を?」
「何でもええ。町のこと。仕事のこと。飯のこと」
異世界の常識を知らない四十二歳。
そして、この町の底辺で生きてきた子供たち。
博之には料理ができる。
子供たちには、この町で生きる知識がある。
「これ、意外と対等なんちゃうか」
「何が?」
「こっちの話」
博之は空になった器を集めた。
自分が教える側だと思っていた。
だが、この世界では。
十歳そこそこの孤児から教わらなければならないことが、山ほどあった。




