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博之42歳。異世界2か月目。店を出した初日。10食→20食出して13食売れる。残りは近所のハラ減らした子供とかに賄いで出す。

店を始めると決めたものの、朝になると不安になった。

「……ほんまに来るんかな」

 博之は鍋を見ながら呟いた。

 街外れのボロ小屋。

 壁はところどころ黒ずみ、戸を閉めても隙間風が入る。

 看板らしい看板もない。

 入口に板を立てて、

『本日の煮込み 大・銅貨五枚 小・銅貨三枚』

 と書いただけだった。

 場所も良くない。

 街の中心から離れた貧民街に近い場所で、行き交うのは日雇いの荷運びや職人、仕事を

 探している者ばかり。

「十人分作ったけど……多かったかな」

 売れなかったらどうする。

 材料代が消える。

 家賃も払わなければならない。

 食堂のおばちゃんのところなら、客は向こうが連れてきてくれた。

 ここでは全部自分である。

 鍋の蓋を開ける。

 今日は芋と玉ねぎ、それに安い肉を少し入れた煮込み。

 海藻と干し野菜で取った出汁に、魚醤もどきを少し。

「味は悪ないと思うんやけどな」

 そう言っていると、昼前。

「お?」

 戸の前に男が立った。

「あんた、前の店にいた人だろ?」

「え?」

「ほら、港の近くの食堂。煮込み作ってた」

「ああ」

 見覚えは……ない。

 博之は客の顔を覚えるのが苦手だった。

「独立したって聞いたからさ。仕事場もこっちの方なんだよ」

「そうなんや」

「一杯もらえる?」

「もちろん」

「じゃあ大」

 最初の客。

 博之は少し緊張しながら器によそった。

 銅貨五枚。

 自分の店で初めて受け取った売上だった。

「どう?」

「うん。やっぱりうまいよ」

「ほんま?」

「小屋はボロいけどな」

「そこは言わんでええやろ」

 男が笑った。

「まあ頑張れよ。また来るわ」

「ありがとう」

 その後、さらに二人来た。

 どちらも以前の食堂で博之の料理を食べたことがあるらしい。

「おばちゃんから聞いたぞ」

「ここで始めたんだって?」

「そうそう」

「近くで仕事あるから、こっちの方が寄りやすいわ」

 一人は大。

 一人は小。

 さらに通りがかった男が匂いにつられて小を頼んだ。

 気づけば昼までに八食ほど売れた。

「……売れたな」

 全部ではない。

 けれどゼロではなかった。

 それだけでかなり安心した。

 貧民街に近いというのも悪いことばかりではない。

 銅貨三枚の小なら、日雇いでも手が届く。

 パンだけよりは腹にもたまる。

「なるほどな」

 昼過ぎになると客足が止まった。

 博之は椅子代わりの箱に座った。

「暇やな」

 一人で店をすると、忙しい時以外は本当に暇だった。

 皿を洗う。

 鍋を洗う。

 終わる。

「……市場行くか」

 残った料理は自分の晩飯にすればいい。

 ただ、もう少し試したくなった。

 市場へ行けば、昼を過ぎて値段の下がったものがある。

 特に魚や野菜。

「捨てるぐらいなら安くして」

 と頼めば、かなり安く手に入った。

 少し傷んだ芋。

 曲がった根菜。

 売れ残った小魚。

 葉の外側。

 見栄えが悪いだけで、火を通せば問題ないもの。

「これで十人分くらいいけるかな」

 また買った。

 午後、小屋へ戻る。

 魚を捌く。

 骨から出汁を取る。

 芋と野菜を切る。

 今度は昼とは少し味を変えた。

「まあ、売れんかったら明日の朝も食えばええか」

 夕方。

 鍋の匂いが外へ流れ始める。

 一人。

 二人。

 仕事帰りの男が入ってきた。

「なんか食える?」

「あるで」

「小」

「はいよ」

 結果、五食売れた。

「半分か」

 悪くない。

 だが五食残った。

 博之は鍋を見た。

「さすがに全部俺は無理やな」

 そこへ、小屋の前を二人の子供が通った。

 十歳くらいだろうか。

 服は汚れている。

 鍋をじっと見ている。

「……食いたいん?」

 二人が黙る。

「金ない?」

 小さく頷いた。

「しゃあないな」

 器に一杯ずつ入れた。

「今日だけやで」

「いいの?」

「余っただけや。炊き出しちゃうからな」

 二人は何度も頭を下げた。

 さらに小屋の端に、朝から見かけていた中年男が座っていた。

 仕事がなかったのか、一日中ほとんど動いていない。

「おっちゃん」

「……なんだ」

「飯食う?」

「金がない」

「知ってる」

「じゃあいらん」

「余ってんねん」

「施しはいらん」

「ちゃうちゃう」

 博之は少し面倒くさそうに言った。

「俺一人で食い切れへんから手伝って。賄いや、賄い」

「……何も働いてないぞ」

「明日、暇やったら薪運ぶの手伝って。それでええわ」

 男はしばらく黙っていた。

「……なら食う」

「はい」

 結局、残りは子供二人と男。

 それから博之自身が食べた。

 最後の一杯だけ鍋に残った。

「まあ、明日の朝やな」

 子供たちは器まで綺麗に舐めて帰った。

 男も小さく頭を下げた。

 静かになった小屋で、博之は今日の銅貨を机に並べる。

「大儲けではないな」

 けれど。

 昼に八食。

 夕方に五食。

 合わせて十三食売れた。

 初日としては十分だった。

 しかも売れ残ったものまで、誰かの腹に入った。

「別に人助けするつもりちゃうけどな」

 博之は一人で言った。

「捨てる方がもったいないだけや」

 そう言いながら、少しだけ気分がよかった。

 ボロ小屋。

 鍋一つ。

 客はまだ十人程度。

 それでも。

 明日もまた作ってみよう。

 そう思えるくらいには、最初の日は悪くなかった。

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